Song.14 1→2
「随分と自己満足な演奏だ」
曲が始まってすぐ。まだ大輝が唄うよりも前の時点での感想。
ベースを弾くと、ついついハイになるから自己満足だと言われて何も反論できない。
「所詮、高校生の演奏だって考えればその程度か。プロとは雲泥の差だよね。聞いていられないよ」
率直な悠真の感想が胸に刺さる。
始めたばかりのバンドだから、プロのような演奏になるわけじゃない。わかっているけど、ヘコむ。
「曲に物足りなさがあるし、ところどころのズレが気になる。それに歌。何を伝えたいの? これじゃただのカラオケになってるし、言いたいことも伝えたいことも全くわからない。ただがなってるだけ。ていうか、この声、大輝でしょ? 大輝の使い方がなってないよね。曲だって僕ならもっと……」
まだ続きそうな悠真の感想を待っていたが、急に口をつぐんだ。
音楽をやらないといいながらも、自分だったらどうするのかを言いそうになったからだろう。
続きを言わなかったが、悠真の感想はまさにその通りだ。
俺が抱いていたものとかなり近い。
俺だって、この曲にまだ足りないものがあるってわかっている。AiSと違って、機械ではなく人間が演奏して唄う。今までの曲作り通りでは、成り立たない。
だからなのか求めていた曲の最終的なイメージから離れてしまっていることは否めない。本当はもっと違う音を入れたい。具体的にはキーボードがほしい。そうすればもっと、曲に豊かさが出て、滑らかになる。そんな気がしてならない。
「もっと?」
「……うるさいな。そのくらい自分で考えなよ」
あれこれ考えてやって、このレベルだ。
今の自分の技術では、これが限界だ。
バンドとしても毎日練習しているし、少しずつ気になるところは修正している。渡してある
せっかく練習したのに書き換えているのだから、これ以上俺に何か言われたときには、バンドを辞めてしまうのではないかと思って、いくつか言えないこともある。
口下手な俺じゃ、言いたいことをうまく伝えられない。瑞樹なら言いたいことを察してくれるが、残る2人とは出会って間もない。互いに黙っていることがあるだろう。
「練習は」
何も言い返せないのはいやで、絞り出して言葉を紡ぐ。
「これから練習する。でも」
「何?」
「曲を完成させるのに、お前が必要だ。頼む、俺たちとバンドをやってくれ」
「や・だ」
頭を下げて頼んだが、悠真はすぐに拒否した。
そして何やらスマートフォンを操作し、しかめっ面をしたかと思うとすぐに「はぁ」と深いため息をついた。
「ほんと、君たちってしつこいよね。まるでゴキブリだよ」
そう言って見せてきたのは、大輝とのトーク画面だった。
トークと言っても、大輝が一方的にメッセージを送っている。十数件のメッセージに対して、悠真が一度返信するぐらいの割合だ。
返信の内容も、「そう」、「うん」、「やだ」。どれもたった2文字しか送っていない。
『今日は練習してきたんだ! 絶対ユーマと一緒にやるからな!』
ここ最近はそんなような内容がずっと送られてきているようだ。
今もまた、大輝から似たような内容のメッセージが送られてきた。
「意味わかんないよね。なんでそんなに音楽をやろうと思えるのか。やったところで、何かを変えられるわけじゃないのに」
続けて送られてくるメッセージを既読無視して、画面を伏せた。
だんだんと小さくなる悠真の言葉は、本音を表しているようにも聞こえる。
大輝から聞いた話では、悠真は音楽が好きなはず。だが、きっと辞めたくなるような何かがあったのだろう。
でも人の過去を聞くためには、まずは自分をさらけ出さないと無理だ。
俺の足は、親父の部屋へ向かっていた。
「これ。遺品整理のときに見つけたやつ」
仕事で忙しいからと、俺に構ってくれなかったから、小さいときは親父が嫌いだった。
でも、親父の曲を聞いて、俺は音楽が好きになった。
そんな好きな音楽のせいで親父が死んだ。
親父がバンドをやっていなければ、ライブ会場に向かう道中で事故に遭うことはなかった。
音楽が親父を殺した。
だからまた、音楽が嫌いになったときもあった。
でも、親父の遺品整理を手伝っていた俺が見つけた一冊のノート。端がボロボロで、色あせており、それが古いものだと教えてくれる。
このノートが俺をまた親父の背中を追わせた。
「は?」
ボロボロのノートを手渡し、悠真は何気なくページをめくる。中には
書いては消してを繰り返し、色の異なるペンで注意する場所にコメントが書かれている。ノートの最初に書かれた譜面。それは、親父が作った最初の曲――Mapの初めての曲だ。
この曲でMapはバンフェスで優勝して、デビューした。初心を忘れないためにも、ライブでは毎回この曲を演奏していた。
俺が初めてこの曲を聞いたのは、ライブ会場だった。
いやいや連れてこられた会場で聞いて、戸惑った。でもたった一曲で会場を盛り上がらせる。それに感動して、俺もバンドをやりたいと思った。
そして親父の真似をして、作曲を始めた。
もちろん曲を作ることが大変なことだとわわかっていた。それでもこの譜面を見つけたときに、改めて知ることになる。困難を経て、完成するたった4、5分の曲。それを作るのに何時間も必要としている。
1曲できたとして、それを聞いた人がどう思うかはわからない。駄作と言う人も、神と言う人もいる。どんな反応をされるかわからないまま、作らなくてはならない。
曲を作るのには不安がある。でも、Mapは何曲も作り出して、人を楽しませた。そして励ましてきた。
「これ、Mapの……」
音楽をたしなみ、Mapのファンである悠真には、譜面だけでどの曲なのかもわかったようだ。
「音楽をやる理由なんて、好きだからでいいだろ。音楽は人を変えるんだ。前に進ませてくれる。一人じゃできない音楽で……音楽が好きなお前と一緒にやりたいんだよ」
愛の告白かよって思うような拙い言葉。
そんな言葉を悠真はさらっと聞き流し、まるでなかったような反応のまま、またノートをめくる。
「これは……?」
ノートには世には出していない曲も、未完成のまま残っている。
アイデアノートとしての役割を持っているノートを見て、悠真は唇をかみしめた。
いくつも作りかけの曲があるから、どの曲なのか気になってノートを覗き込んだ。
「あ、なるほどな……」
悠真の手を止めたのは、単語しかかかれていない真っ白のページだった。
書かれているのは『敗者』、『敗北』の二つの単語のみ。
これを使って曲を作ろうとしたのか、それともただのメモなのかはわからない。ただ、この単語から連想できるような曲をMapは作っていない。
「なあ! これで曲を作らね?」
「は? それは著作権的に……」
「著作権もなにも、書いてあるのは単語だけだろ? 著作権もなにもねえよ」
「まあ、そう、だけど」
「決まりだな! こっちだ!」
歯切れの悪い悠真を無理やり立たせ、俺の部屋まで移動する。
デスクトップのパソコンの傍に、キーボードがあり、俺的に最高な曲作りの環境を整えた部屋。勉強に必要な本よりも、音楽に関係する本が圧倒的に多い。一通りは目を通しているので、何がどこに書いてあるか大方わかる。
そんな部屋に入るなり、棚に並ぶ本を悠真はジッと見つめていた。
「好きなやつ読んでてくれ。パソコン立ち上げるから」
パソコン、そしてAiSを起動させる。
時間がかかることを察した悠真は、一冊の本を手に取り、じっと読み始めた。
「なんかいいメロディーある?」
パソコンが立ち上がるまでの時間、悠真に訊く。
「いや、知らないし。僕、曲は作ったことないし」
「んじゃ、俺が適当にメロディーつけるわ。歌詞考えておいて」
「だから、僕はやるって言ってないんだけど」
「まあまあ、そんなこと言わずに」
嫌そうに言う悠真であったが、いくつかの本を見ながら考え始めた。
俺も頭に浮かんだメロディーをAiSに入力し、再生のボタンを押す。
「それ、なんか暗いからヤダ。明るくならないの?」
「明るくかー……最初は暗いイメージにして、ここから変えてみる?」
「最初はキーボードだけで静かに。そこからドラムでも入れれば?」
「ありだな。歌詞は?」
「なんか他にワードないと無理」
「ワードか……あ、それなら絶対入れたいのがあるんだけど――」
NoKとして、ずっと一人で曲を作ってきた。
曲のどこを変えて、どこをそのままにするのか一人で考えてきた。
一人だと、どうしてもアイデアが出ないで詰まることが多い。だけど、初めて二人で作ってみると、かなりはかどる。
そういう手があったのか、と今後参考になるところもあった。
ああでもない、こうでもない。
二人で話し合って進める。
時間も空腹も忘れ、一つの曲が誕生した。
「再生するぞ?」
全てを入力し、再生ボタンをクリックする。
静かに落ち着いたキーボード。そこへ他の楽器が加わって、歌が始まる。
敗北から始まり、前に進むことをやめない歌詞。
闇の中に希望を見出し、負の感情だけでは終わらない。
暗いバラードかと思いきや、ロックへと変わっていく。
間に入るギターソロが、かっこよさまで出してくれる。
曲の出来でいえば、NoKとしてネットに挙げた曲以上の出来栄えである。
AiSの仕様上、感情のない声になってしまうのが本当に惜しい。これが人間の声ならば、もっと力強くて、感情のこもったものになるのに。
「これなら僕でも満足するよ」
同じ姿勢のままで、凝り固まった体をぐっと伸ばすと、バキバキと音が鳴った。
深く息を吸い込んで、酸素が脳にいきわたると、ふとひらめいた。
「というか、この曲やればいいんじゃね? な?」
瑞樹たちに、今練習している曲はどうするんだよって言われるかもしれない。
でも、この曲の方が。
曲としての完成度も、満足度も高い。
一人で作った曲よりも、人の心に刺さる気がする。
だから急ぎ足で作って練習しているあの曲より、今完成したこの曲がいい。
「勝手にやればいいでしょ」
「あ? お前がいなきゃできねえよ。だって、これ、キーボードがバリバリ入ってくるんだぞ?」
「あ」
夢中になって作っていたから、そもそもキーボードの勧誘をしていたことさえ忘れていた。
俺だけじゃない。悠真も夢中になっていた。
「これやるの、めちゃくちゃ楽しいって! 最初なんてキーボードソロだぜ? 目立つし、かっけえ」
「ちょっと待ってよ。僕はやるなんて一言も言ってない」
「お試しでいいから! 期間限定でも。やってみて、やっぱり音楽は大嫌いだって思ったら辞めてもいい。でも、何が何でも楽しいって言わせて見せるからな」
「はあ!? 君、馬鹿なの?」
そういう悠真の顔は、本気で嫌がっている顔ではなかった。
「そうだ、俺は馬鹿さ。馬鹿でも、音楽は作れる。人を楽しませられる」
「はあ……君、本当に狂ってるよ」
「そんな狂ったやつと曲を作った人も、十分狂ってるけどな」
「……確かに」
時間を見れば、とっくに日付が変わっている。
でも、今のテンションのまま、譜面も作ってしまいたい。
「今日はオールだな。全員に渡せるように譜面作るから手伝ってくれ」
「はあ? 馬鹿も休み休み……」
「そこら辺の本に譜面について書いてあるから、頭のいい悠真くんなら作れるって。ほれ、さっさと作らねえと朝になるぞ」
「はあ。君ってほんと、たちが悪いよね」
いつもは静かな夜が、今日は賑やかになった。
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