最終話 「あんたのせいよ……」 涙目の少女は、顔を上げてそう言った。

 いよいよ迎えた学園祭最終日。

 どこのクラスも昨日、一昨日よりも盛り上がりを見せている。


 それは俺たちのクラスも変わらず、藍那あいなの掛け声にも気合が入っていた。


「学園祭最終日! 盛り上がって行くぞー!」


 教室全体が、「おー!」という声に震える。

 この光景はすでに二度見たが、窓ガラスの震え方が前よりも強くなっている。

 大丈夫だよな?


こうちゃん行こー?」

「ああ」


 今日の俺のシフトは、調理が午前中にある。

 琴羽ことはと一緒の時間だ。


 そして藍那は見回ってから調理に入ることになっている。


 お昼時の忙しい時間まできっちりと仕事をこなし、見回りもまとめてこなす。

 琴羽も疲れているだろうが、一緒に回ってくれた。


「今日はみっちゃんと真莉愛まりあちゃんは来るの?」

「来るって言ってたなぁ。真莉愛ちゃんが」

「じゃあみっちゃんも一緒だね」

「だろうな」


 昨日動物喫茶を出た後、藍那と合流して軽い愚痴を聞きながら歩いていると、心優みゆと真莉愛ちゃんに会った。

 喜んだ真莉愛ちゃんに喜んだ藍那が、一緒に回ろうと提案して、しばらく一緒に学園祭を回った。

 今日は午後から俺も琴羽も藍那も仕事がないので、昨日よりもゆっくり回れる。


 だからというわけでもないが、心優と真莉愛ちゃんは今日も来てくれるようだ。


「まだ藍那が来るまで時間あるし、どっかで昼飯でも買っとくか?」

「あ、そうだね! いいとこあるよ!」

「いいとこ?」


 着くまでのお楽しみとニヤニヤする琴羽に連れられ、俺たちは特別棟まで移動する。


「じゃーん!」

「帰る」

「あ、ちょっと待って! 見た目はこんなだけどすごいんだって!」


 連れてこられたのは、めちゃくちゃ不気味なラーメン屋……をやっている部活動があるらしい。

 のれんからしてまず不気味だ。


 真っ黒なところに、なぜか見にくい紫の字で「らぁめんだよ」と書かれている。

 なんで最後にだよを付けたんだここは。


「オカルト研究部らしいんだけどね? すっごくおいしいって評判になってるんだよ?」

「なおさら怪しいんだが……」


 オカルト研究部と聞いてさらに帰りたくなってきた。

 それでも琴羽がこんなに推してくるなんて相当なんだろうな……。


 ラーメンが気になる俺と、ここから逃げ出したい俺が脳内で論争を繰り広げている。


「お待たせ」

「あ、ららちゃんおつかれさま~」

「うんおつかれ~。ここが例のラーメン?」

「そうだよ! すっごくおいしいんだって!」

「……帰ってもいい?」

「なんでららちゃんまで!」


 やっぱりそうなるよなどう考えても。

 だってのれんからちらっと見える中身がマジでありえないんだけど。

 言葉じゃ表せないってこういうことを言うんだろうか。


 ダークマターだとか言い出しそうで恐怖すら覚える。


「まぁまぁ二人とも、騙されたと思ってさぁ?」

「まぁ琴羽がそこまで言うなら腹を括るか……」

「康太が行くならあたしも行く……」


 俺と藍那はお互いに頷き合う。

 よし、覚悟は決まった。


「うんうん。よし、行こっかー!」



※※※



「マジでうまかった……」

「ちゃんとこの世のもので作られてたわね……」

「二人とも? もっと私を信じて?」


 評判通りというか琴羽の言う通りというか、たしかにめちゃくちゃうまかった。

 店内に入ると、客はほかに誰もいなかったので、さらに帰りたくなってしまったのだが、あくまで噂も噂。

 外面も相まってあまり集客性がないらしい。


 味は最高だった。


「見た目も普通だったな。店が普通じゃないだけで」

「康太の言う通りね。あたしもまったく同感よ」


 ラーメンの見た目は普通。

 どこにでもあるようなラーメンだった。


 しかし店内はやはりというかなんというか、禍々しさ100%だった。


「レシピまで教えてもらったしな」

「こんなんでいいなんて思わなかったわ」

「あ、それは私も思ったなぁ」


 後で心優にも教えようと思ったところで、集合場所に着いた。

 まだ時間には少し早いので、しばらくすれば心優と真莉愛ちゃんが来るだろう。


 と、考える間もなくやってきた。


ことお姉ちゃん、うららさんおはよぉ」

「お兄さん、お姉さん、麗お姉さんおはようございますです」

「心優ちゃん真莉愛ちゃんおはよ」

「みっちゃん真莉愛ちゃんおはよー!」


 真莉愛ちゃんは藍那を見て嬉しそうに笑い、琴羽と心優は今日もハイタッチを交わす。

 今朝も琴羽と心優は会ってないからいつもの挨拶だ。


 それから俺たちは目いっぱい遊んだり、食べたりして過ごした。

 琴羽と食べたたい焼きアイスを今度はみんなで食べたり、謎の展示会をしている部活を覗いてみたりと、時間の許す限り遊んで食べた。


 夢中になっている間に時間は刻々と過ぎていき、やがて夕方を迎え、日も沈みそうな頃。

 学園祭実行委員は集まり、先生たち、運動部や生徒会たちと協力し、キャンプファイヤーの準備を進めていた。


「これで最後っと」


 最後の木材を運び込み、みんなでそれを組み立てる。

 それらはやがて見覚えのある形へと組み上げられていった。


 後は時間になるまで待つだけだ。


 出し物をある程度片づけたクラスから、順に校庭へ出てくる。

 もうすっかり辺りは暗くなっており、星空が天に輝き始めている。


 俺たちももうやることがないので、適当な場所で待機していた。

 隣には一緒に仕事をした藍那がいる。

 藍那は空を見上げながらぼそっと呟いた。


「あっという間だったなぁ。本当は今日、躍るつもりだったのに」

「…………」


 踊る人たちは踊るが、近くにはバイキング形式の軽食もある。

 躍らない人たちは、友達や家族など、思い思いの人たちと時間を過ごす。

 ちょっとしたパーティー会場だ。


 俺は何も言葉を返せずにいた。

 きっとこの会場のどこかに、琴羽もいて心優もいて真莉愛ちゃんも千垣ちがきもいて。

 祐介ゆうすけなんかは姫川ひめかわさんと踊る気でいるのだろうか。


 みんな思い思いに時間を過ごしているに違いない。

 校長の言葉まであと十分。

 カップルたちにとっては、いよいよ運命の時間がやってくる。


 俺には関係のないことだ。

 ふと空を見上げると、流れ星が見えた気がした。

 俺は叶わないだろうと思いながら、彼女が欲しいと願っておいた。


「あ、いた!」

上野うえの先輩……」


 突然の大きめな声に驚き、声のした方を見ると上野先輩がいた。

 藍那はぼそっと先輩の名前を口にする。


 その声は小さかったが、何をしに来たのだろうと思っていることが俺には伝わった。


「その、よかったら……なんだけどさ、一緒に、踊らない?」

「え……?」


 その先輩は、少し照れたように藍那を誘う。

 さっと手を出して、藍那が手を添えてくれるのをじっと待つ。


「その隣の人と踊る予定だった?」

「…………」


 藍那は無言で先輩の手を見つめる。

 一度俺の方に顔を向けてくるが、俺は何も言わずに見つめることしかできない。

 これは俺が決めることではなく、藍那自身が決めることだからだ。


ただし~」

「っ!?」


 藍那が手を動かそうとしたその時、甘えたような女の人の声が響いた。

 先輩は明らかに動揺した様子で手を引っ込める。


 両手を背中に回しながら先輩は振り返った。

 例の女の人へと。


「や、やぁ? 今日は来れないんじゃなかったの?」

「えへへ、サプライズ! どう? びっくりした?」

「そ、そりゃもうびっくりだよ!」

「そう? よかった! そっちの子たちは?」

「え、あ、この子たち? あっと……えっとぉ……」


 先輩はあっちこっちに視線を動かしながら必死に言い訳を考えているようだ。


 かくいう俺も驚いて頭が真っ白になった。

 作戦がうまくいったのか?

 でも、藍那はどうする?

 藍那の気持ちは?

 今、藍那は先輩の手を取ろうとしたんじゃないか?


 いろんな考えがぐるぐると脳内を駆け巡る。

 それでも時間は待ってくれない。

 考えがまとまったのか、先輩が言葉を紡いだ。


「こ、後輩なんだけどね? この子に、ダンスに誘われちゃって!」

「あ、そうなんだ? ごめんね? 私、この人の彼女なの。だから、その……ごめんね?」

「…………」


 女の人はとても申し訳なさそうに藍那に謝罪をする。

 本当に申し訳なさそうで、この人はきっといい人なんだろうなと思える。

 たぶん、この人も知らないんだろう。


 話しかけられている藍那は何も言わずに二人を見ている。

 俺はどうしたらいいのだろうか。

 声を掛けたほうがいいのだろうか?

 ここから連れ出した方がいいのだろうか?

 そっとしておいた方がいいのだろうか?


 何も考えられない。

 ただただ藍那を見つめていると、藍那は女の人の横を通って、先輩に近づいた。


 パシンッ!


 とても大きな音だ。

 近くにいた生徒が何事かとこちらを見てくるほどに。


 先輩に近づいた藍那は、思いっきり先輩にビンタをしたのだ。


「……え?」

「ふんっ。嘘つきも大概にしときなよ、このクズ男」

「……は?」


 ビンタをされたことに困惑している様子の上野先輩だったが、続く藍那の言葉で口をあんぐりと開け、目も大きく見開き、この世の終わりでも見てきたかのような表情になってしまった。


「何がこっちから踊ろうと誘ってきたよ。誘ってきたのはあんたでしょうが! 彼女がいるなら思わせぶりな態度なんかとるな! それと、あんたなんて好きじゃないから。あたしは……あたしはねぇ!」


 一気にまくし立てていた藍那だったが、そこで言葉を一旦区切り、なぜか俺の方に向かって歩いてくる。

 え、なになに怖い怖い!

 ガチギレモードの藍那本当に怖いよ!

 俺こいつといっつも口喧嘩的なことしてたの?

 すごくね?


 思考停止し始めている俺は、どうして藍那がこっちに向かってくるのかまったくわからなかった。

 藍那は俺の前で立ち止まると、今一度くるりと回り、先輩の方に向き直った。

 そして俺の隣に移動すると、俺の腕にガッチリと、自分の腕を絡めてきた。


「あ、藍那……何を……」

「あたしはね! こいつと踊るから!」

「はぁ!?」

「……は!?」


 先輩も声を荒げているが、俺が一番驚いている。

 俺も思わず叫んでしまった。


 今もまだ柔らかい感触を、俺の腕に押し付けたまま藍那は続けた。


「そんなに踊りたいなら、その人と踊れば? ま、その人がいいって言ってくれればだけどね。行くわよ」

「あ、ちょっと待てよ藍那! おいこら!」


 まったく話を聞いてくれず、俺の腕をガッチリホールドしたまま歩き出す。

 転びそうになりながらも、先輩たちの方を確認する。


 しばし放心状態になった先輩だったが、すぐに女の人の怒鳴り声が聞こえてきた。

 そしてすぐにもう一度パシンという音が響いてくる。

 これは藍那の復讐。

 俺たちが作戦でこっそりと実行させようとしたもの。


 藍那もこうしたいと思っていてくれたようで、そこは安心した。

 俺たちのやったことはちゃんと藍那のためになっていたのだと。


 でもこれは聞いてない。

 何も知らされていない。


 俺が踊る? 藍那と? なんで?


「おい、藍那!」

「何よ。なんか文句あんの?」

「いや、文句っていうか、なんで踊るんだよ」

「あら? 嫌かしら? どうせあたしたちなんて合わないわよ」

「いや、そういう問題じゃ……」


 抗議を続けようとするが、藍那は構わず進んで行く。

 視界にキャンプファイヤーの炎が見えてきた。

 それと同時に放送が校庭に響く。

 校長の声だ。


 てかこいつまさか本当に?


『えー、学園祭も最後となりました。幸いにも晴天に恵まれ、星空も綺麗に――』


 まずい、始まってしまう!

 こいつ、本気で俺と踊る気だってのか!?


 一体どんな不幸が起こるかわからないのに!


「康太」

「は? なんだよ」

「ありがとうね。ずっとキューピッド、頑張ってくれて」

「…………」

「あの女の人が来たのってあんたが……いや、あんたたちがやってくれたんでしょ?」

「……気づいてたのか?」

「ヒントくれたじゃん」


 たしかにそれっぽいことは言ってしまったが……。

 それがどうしたというのだろうか?


「だからさ、これはけじめ。恋のキューピッドはこれでおしまい。そのためにさ――」


 藍那は俺から離れて手を差し伸べてくる。

 とても悲しそうな、今にも消えてしまいそうな、そんな笑顔を浮かべて。


「――最後に、踊ってくれる?」


 この日まで、俺はずっと藍那を応援していた。

 出会いはかなりひどいものだったが、俺もなんだか本気になってしまっていた。

 それはなぜだったのか。


 俺は今、目の前の藍那に心がときめいてしまっている。

 正直、藍那のことは嫌いじゃない。

 どちらかというと、好きだ。


 学園祭の途中、探してしまうほどに。


 遠慮せずに物事を言ってくるところ、一つ一つの仕草、優しさ。

 ずっと気づかない振りをしていたんだ。


 だって、失恋したところに付け込んだみたいで、嫌じゃないか。


 そんな藍那が今は、俺に踊ろうと手を差し伸べている。

 踊り切れば結ばれるというこの行事において、その行動はたった一つのことを意味している。


 藍那も、俺のことを……。


 そうとなれば、俺の答えはたった一つだ。


「答えはノーだ。藍那」

「そっか……」


 差し伸べた手をだらんと垂らす。

 藍那は微笑を浮かべると、俯いて黙りこくってしまった。


 俺はそんな藍那に近づいて、右手を取る。


「っ!」


 藍那はピクリと反応するも、手を振りほどいてくるようなことはなかった。

 それでも意図がわからなかったようで、きょとんと首を傾げる。


 相変わらず、仕草もかわいいやつだな。


「藍那、俺と踊ってくれないか?」

「え……?」

「俺は、藍那が好きだ。好きになっちゃったんだ。遠慮しないで物を言ってくるところ、小さな気遣いや優しさ、心優ともすぐに仲良くなってくれてさ、嬉しかった」

「……え、は?」

「だから俺から頼む、俺と一緒に踊ってくれないか?」


 俺は誠心誠意を込めて藍那に告白をする。


 藍那はしばらく俺のことを見つめると、思わずといったように「ぷふっ」と吹き出した。


「あははは! 何よそれ、ずるいじゃんそんなの」

「なんだよ笑うなよ。こっちは真剣だってのに」

「いやぁごめんごめん。あまりにも似合わなくて!」

「こいつ……」


 ついさっきの自分を殴ってやりたい。

 なんで俺はこんなやつに告白なんてしてしまったんだ……。


「いいよ。躍ろ?」

「最初から素直にそう言え」


 二人で見つめ合い、手を取り合う。


『それでは、踊咲おどりさき高校名物、キャンプファイヤースタートです』


 綺麗な音楽と共に、周りにいたカップルが一斉に踊りだす。

 俺たちもそれに合わせて動き始めた。


 俺も藍那も動きが全然ぎこちない。


「お前、躍れないのかよ」

「やったことないんだから知るわけないでしょ?」

「あはは」

「ふふふ」


 ぎこちなくても踊りは踊りだ。

 俺たちが良ければそれでいい。


 キャンプファイヤーの炎が揺らめく。

 星空も綺麗に輝き、なんだか別の世界にいるような気分だ。

 放送で、それっぽい音楽も流れている。


 ふと正面の藍那を見てみる。

 あれ? こいつこんなに綺麗だったっけ?


 金髪の長い髪が、炎の明かりに照らされて淡く輝く。

 ワイシャツと赤いリボンが、ドレスに見えてくる。

 ひらりと舞う制服のスカートが、また違った藍色のドレスに見えてくる。


 こちらを見て笑顔を浮かべる藍那に心が惹きつけられていくのを感じる。


 気づいた頃には、音楽は止まっていた。

 最後まで、踊りきったらしい。


「踊りきったな……」


 藍那に声を掛けるが、反応がない。

 なぜか藍那は俯いてしまっていた。


「藍那?」

「――よ」

「ん?」


 何かを呟いたようだったが、よく聞こえなかった。

 顔を近づけて聞いてみる。


「あんたのせいよ……」


 顔を上げながらそう言った藍那の瞳には、涙が浮かんでいた。

 それでも笑顔を浮かべている。


 そんな藍那に向けて俺は、とびっきりの笑顔で言った。


「俺と、付き合ってくれませんか?」


 藍那は俺から手を離し、涙を拭った。

 いつものウザイニヤリとした笑みを浮かべ、ちょぴり偉そうに答えた。


「答えはノーよ。このバカキューピッド」




~~~~~~~

あとがき


こちらの話で完結になります。

なろうの方ではすでにあがってますが、こちらも後日譚を投稿します。

カクヨムしかチェックしてないよという方はお楽しみに!

それではまた明日。

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