第061話 湯治に出発

宗徳は、王子達が集まるまで、案内された中庭でのんびりと月を見上げて待っていた。


離れた所で兵士達が宗徳の様子を窺っているのには気付いている。別に敵対する気もないので、知らんふりで通す。


「こういう庭も良いもんだな」

《くすぅ》


周りには多くの花が咲き乱れ、月明かりで今は本来の色をその目に映すことはできないが、緑の芝生が広がっている。


いわゆるガーデンパーティーをするような場所だ。


「ここを指定してよかったぜ。これくらい広ければ、お前が大きくなっても大丈夫だな」

《くふんっ》


任せておけと鼻息を荒くする徨流の体を撫で、宗徳はふと気付く。


「おっ、外の奴らが引いてくな」


恐らく王の指示だろう。城へ集まっていた兵達が散らばっていくのが感じられた。


「さて、こっちもそろそろ用意すっか」

《くぅ~》


宗徳は見られている事を意識の端に留めながら、警戒されないように注意して庭の中央へと進んでいく。


「一応、試験はしたから大丈夫だとは思うが……もう一回強化かけとくか」


そう呟きながら、空間魔法で目の前に小さなコンテナを二つ出現させる。


そこここで息を飲む音が聞こえたが、振り返ることはしない。


「ベルトも太めにしたから、痛くねぇとは思うが、ちょい窮屈だけど頼むぜ」

《くふんっ》


そこで徨流がするりと腕から外れ、上昇すると、元の姿に変わる。


リヴァイアサン。本来ならば水の中に生息するが、徨流は神格化している変異種だ。生きるのに水が絶対的に必要というわけでもないようで、ここでも問題なく気持ち良さそうに芝生の上に寝転がった。


《グゥ~》

「はは。気持ちいいか?」


宗徳にしてみると、今のコロコロと喉を鳴らす徨流は、猫のようで可愛らしく感じる。しかし、リヴァイアサンを見たこともない兵達にとれば恐怖しか感じない。お陰で気絶する者達が出たようだ。


徨流の顔は、宗徳の三倍程ある。口を開ければ、簡単に一飲み出来てしまう大きさだ。驚かない方がおかしいのかもしれない。


「お? 刺激が強かったか? お~い、こいつは襲ったりしないから心配すんなよ~っ」

《グルっ》


怖がるなんて酷いと言いたそうな徨流を見て、宗徳は笑って撫でてやる。すると、機嫌を直してくれたようだ。


またコロコロと喉を鳴らし、コンテナを見つめる。その意図する所を理解し、宗徳は徨流の体にコンテナに付けてあるベルトを固定する。


コンテナに見えるが、ちゃんと窓もあるし、中はソファもテーブルも完備されている。馬車の箱の部分だけと言った方がわかりやすいかもしれない状態のものだ。もちろん、中の広さは違うが。


「よしっ。固定の魔術もバッチリだ。強化も問題ねぇ。軽量化も良しっ。持ち上げる時はゆっくりな」

《グゥっ》


二つのコンテナに八人は乗れるが、今回は五人ずつ乗ってもらうつもりだ。これを徨流が吊り下げて飛ぶ。


こちらの準備が整った所で、王子達がやってきた。当然だが、徨流を見て足を止め、驚きの声を上げる。


「っ、そ、それはっ!?」

「こいつは徨流だ。人を襲ったりしねぇよ。攻撃されればちょい反撃はするかもだが、優しいやつだ。あんま怖がってやらんでくれ」

「わ、わかりました……」


こちらを信用してくれているのか。それとも、信用を得ようとするためか。肝が据わっている。さすがは一国の王子だと宗徳は感心していた。


しかし、一番度胸があるのは王女のようだ。


「うわぁっ。とっても大きな……蛇さんでしょうか?」


周りにいた侍女達は気絶していっているのに、王女は徨流に見惚れていた。


「こいつは徨流。種族としてはリヴァイアサンだ。それよか……これに乗ってもらいたいんだが、お付きの人達が倒れたぞ?」

「あら? まあっ。どうしたのかしら?」


不思議だわと首を傾げる王女。それを見て、王子が頭を抱え、隣にいたガッチリしている護衛兵に指示を出す。


「……ゼフ、運んでやってくれ」

「はっ。お前たち、丁重にな」


兵達に指示を出し、侍女達を宗徳が案内したコンテナに乗せていく。その侍女達が乗ったコンテナに王女も乗り込み、もう一方に王子と護衛達が乗った。


しかし、さあ出発と扉を閉めようとしたところで、突然フラフラと城から駆け出してきた人がいた。


「ま、待ってくださいっ。子ども達をどこへっ」

「母上!?」


王子が驚いてコンテナから顔を出す。


「ん? 母親か。一緒にどうだ? 顔色も悪そうだし……湯治にどうだ?」

「え……わ、わたくしも……?」


宗徳は、儚げなその人に近付いていき、手を差し出す。それから気になって状態を確認したのだ。


「……病気か。こりゃぁ、喘息だな。寿子なら良い薬が出来るかもしれん。それに、食事をあんま取れてねぇんじゃないか? あっちで食べやすいもんを用意してもらおう」

「……あ、あの……良い薬師がいるのですか?」

「おう。俺の妻だけどよ。多分大丈夫だ。それと、貴族ってのはそういうドレスを着るのが当たり前ってのは分かるが、あんま絞めすぎると、呼吸がし辛いだろ。向こうじゃ着飾る必要もねぇ。落ち着けるはずだ」


肺だけでなく、お腹周りも呼吸のためには絞めるべきではない。けれど、ドレスを着るには、きついコルセットを着けるのが当たり前だ。


いくら病弱だとはいえ、付けずに外へは出られないのが貴族の女性達の辛いところらしい。


王妃は最初は迷っていたようだが、覚悟を決めたようだ。


「っ……す、少しでも良くなるならっ、行きます! お願いできますか?」

「いいぜ。あっちの嬢ちゃんの乗った方に乗ってもらおう。失礼する」

「あっ」


宗徳はひょいっと王妃を横抱きにすると、素早く王女の乗るコンテナへ乗せた。侍女達はこの時には目を覚ましており、突然入ってきた王妃に驚いていた。


「そんじゃ、出発するぞ」


ドアをしっかりと閉め、徨流の首元に宗徳が飛び乗ると、ふわりと浮き上がる。


そして、竜守城に向けて出発したのだ。


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読んでくださりありがとうございます◎



王妃も連れて行ってしまいました。

また明日です。

よろしくお願いします◎

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