9 フランジュラス
「フランジュラス……!」
俺はその場に立ち尽くしていた。
もちろん、彼女は敵である。
俺が勇者パーティにいたときも、今も。
だが、こうして瀕死の状態のフランジュラスと向き合っていると、わずかに動揺している自分がいることに気づく。
魔王軍残党のアジトで、ある程度の交流があったからだろうか。
復讐の旅路に出てからは、あまり他人とまともに会話をすることがなくなったからな。
近しいといえるのは、シアとユリンくらいだ。
そしてフランジュラスもそれに近い距離感で俺に接してきたように思う。
俺を懐柔しようとしていたのか。
別の打算があったのか。
ただの気まぐれか。
あるいは──。
「ふふ、こんな形で……さ、再会することになるとは……思いませんでした……」
息も絶え絶えのフランジュラス。
「誰にやられた?」
「……あなたの、かつてのお友だち……ですわ……」
「ユーノか……」
確かに、フランジュラスほどの魔族をここまで打ちのめせる猛者は、そう多くはない。
「魔王様を討った当時よりも……さらに……は、はるかに強くなっている……ようです……クロム様も、どうかお気をつけを……」
「死ぬ間際だというのにご忠告とは」
俺は鼻を鳴らした。
「なかなか優しいな」
「あなたは辛辣ですのね……死ぬ間際の女に、優しい言葉はありませんの……?」
「軽口を叩けるくらいなら、まだ大丈夫なんじゃないか?」
それこそ軽口を叩きつつも、俺は気づいていた。
フランジュラスの体の傷はまったく再生していない。
もはや再生する力もないほどに、ダメージを受けてしまっているのだ。
「ふふふ、最後にあなたと……お話をしたくて……」
フランジュラスの声がどんどん弱々しくなる。
「叶いました……よかった……」
「俺と話をしたかった、だと?」
「惹かれて……いたのです……あなたに」
フランジュラスが俺を見つめる。
妖しい光をたたえた、吸血鬼の瞳だ。
「死ぬ前に、わたくしも一度くらいは『恋の告白』というのをしてみたかったので……」
「何を言っている」
どうやら最期まで軽口を叩いたまま、生を終えるつもりらしい。
……最期くらいはその軽口に付き合ってやるか。
「クロム様……お手を……」
か細い息の下で、フランジュラスが手を差し出す。
「……握ればいいのか」
自分でもなぜそんなことをしたのかは、よく分からない。
俺は彼女の手をそっと握った。
「あり……がと……う……」
ささやくように礼を言うと、フランジュラスは無数の赤い粒子となって消滅した。
「クロム様……」
シアが俺の腕にそっと触れた。
「その……」
「フランジュラスは、敵だ」
俺は振り返らずに告げた。
「魔族軍の幹部で、かつての魔王の配下で、多くの人間を苦しめた。憎むべき存在だ」
シアからの返答はない。
「死んで当然の末路を迎えたんだ。ただ、それだけだ」
「でも……」
シアが声を詰まらせる。
俺は彼女を振り返った。
切れ長の瞳に浮かぶ、涙。
「もちろん、クロム様の仰る通りです。だけど、あたしは──彼女が消えるときに悲しかった。理屈ではなく、何かが心を揺さぶった……」
「シア……?」
「きっと、彼女もクロム様に惹かれていたんだと思います。その思いを考えると、あたし……なんだか悲しくて、切なくて」
「私も……です」
と、ユリン。
「その想いだけは──理解できるし、大切でかけがえのないものだと思うから……だから、弔いたいと思いました」
俺はあらためて彼女たちを見つめる。
俺は──。
フランジュラスの死を、どう感じているんだろう。
どう受け止めているんだろう。
自問してみる。
「そうだな……墓ぐらいは作ってやるか」
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