第7章 闇と英雄騎士

1 第一起動

「先史文明が、こんなにあっさりと──」


 魔王が見せた映像に、俺は呆然となっていた。


 現代をはるかに超える栄耀栄華を誇った先史文明レムセリア。

 だが、その偉大な文明は【光】と【闇】──『涅槃ねはん』と『奈落ならく』の激突によって破壊されていく。


 魔法で作られた巨大な甲冑や竜などが世界を守ろうと立ち向かう。

 だが、『奈落』や『涅槃』の前になすすべもなく吹き飛んでいく。


 浮遊大陸は跡形もなく消し飛び、建造物の一部が地上に墜落して、遺跡となった。


『余とて、すべてを知っているわけではない。ただ600番台の端末は、汝に従うラクシャサのような一般端末よりも、はるかに多くの知識と力を与えられている。それによって知り得たことを汝に示した』


 黒い髑髏──魔王ヴィルガロドムスが告げる。


 同時に、先史文明の栄華から崩壊までを描いた映像は消えた。


 気がつけば、俺の視界には元のホールのような場所が映る。

 部屋の中央には、巨大な黒い祭壇がそびえていた。


『実感できたか、【光】と【闇】の力を』

「……なぜ、俺にこんなものを見せた?」

『力を使いこなすために重要なのはイメージだ』


 と、魔王。


『先史文明を滅ぼすほどの力を持つ【光】と【闇】──それを目の当たりにした汝は、己の【闇】を振るう際に、より鮮明に、より強大なイメージを持って行使できる』

「俺の【闇】の力が強化されるっていうのか」

『然り』


 魔王が言った。


『そうして高め、磨き上げた力で『黒の祭壇』を起動させてほしい』


 さっきの話に戻ってきたわけか。


『レムセリアの栄耀栄華は【光】や【闇】の力をある程度解明し、それを利用していたからこそだ。現代の文明や魔法など比べものにもならない、莫大な力──』


 謳うように告げる魔王。


『汝にもその大いなる力の一部が宿っているのだ。さあレムセリアの最高遺産たる『黒の祭壇』を起動させよ。更なる力を得るために』

「レムセリアの遺産、か」


 俺は前方の祭壇を見据える。

 どくん、どくん、と心臓の音が聞こえそうだ。


 俺の中の何かが高ぶっている。


 あるいは──喜んでいる。


 まるで祭壇に呼応するように。


 ああ、なんだろうこの感覚は。

 単純な喜びや興奮とは違う高ぶり。


 そう、これは──懐かしさだ。

 祭壇を見ていると、不思議なくらいに郷愁を掻き立てられるんだ。


「俺は……」


 ほとんど無意識に祭壇に歩み寄る。


「クロム様!」


 と、背後から誰かが俺を抱きしめた。


「……シア?」

「それ以上、祭壇に近づかないでください」


 シアが背中から抱きついたまま、語る。


 その声が震えていた。

 不安げに──震えていた。


「どうした、シア?」

「嫌な予感がするんです。あの祭壇は──クロム様に不吉なものをもたらすんじゃないか、って」

「不吉なもの……」

「根拠はありません。嫌な感じが消えなくて……」


 俺はあらためて祭壇を見つめた。


 ごご……ご……ご……。


 低く唸るような振動音が、断続的に響いている。

 まるで、祭壇自体が生きているかのように。


「……ん?」


 よく見ると、祭壇の下部に窪みがあった。


 全部で四つ。

 それぞれに紋章が刻んである。


 スペード、ハート、クローバー、ダイヤを意匠化したような紋章だ。


 四つの紋章が淡く輝き──。

 祭壇の振動が、止んだ。


『……ふむ、さすがに最終起動までは難しいか』


 魔王がうなった。


『だが、第一段階の起動は成ったようだ。汝へのフィードバックもいずれ起きよう。その先は──今しばらく待つとしようか』

「なんの話だ?」

『まずは余の願いを一部成し遂げてもらった。その礼をさせてもらう』


 髑髏の眼窩から黒いモヤが広がる。

 それは中空で一つの形を取った。


 紋章が刻まれた指輪だ──。

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