17 勇者と女剣士2

 熱い──。


 ユーノの持つ剣が激しく脈動していた。

 聖剣の先端から白く輝くエネルギーの奔流があふれ出す。


 ぐにゃり……。


 前方の空間が大きく歪んだ。

 その向こうに──黒い染みのようなものが見える。


「なんだ──あれは」

『【黒の位相クリフォト】の扉が開きかけているようだ。それが私にまで干渉を及ぼしている』


 聖剣から声がした。


 いや、正確には聖剣に宿る意志のようなもの──。

 それはシンプルに【光】と呼ばれている。


「クリ……フォト?」

『どこかで【闇】の力が極大化している証しだな』

「【闇】の……力」

『魔王軍残党などとは比較にならない脅威かもしれん。気を引き締めてかかれ、【光】の勇者ユーノ』


 告げる【光】。


『【光】と【闇】は互いを高め合い、引かれ合う──いずれ、どこかであいまみえることになるかもしれん』

「……よく分からないけど、今は目の前の敵に集中するよ」


 そう言いながらも、ユーノの心の中で何かが引っかかっていた。


【光】と【闇】は互いを高め合い、引かれ合う──。

 先ほどの言葉を頭の中で繰り返す。


(いや、とにかく戦いに意識を向けるんだ……!)


 ユーノはもう一度気合いを入れ直した。


「いくぞ、【光】。僕に大いなる力を!」

『了解だ、マスター』


 いつもながら聖剣の声は頼もしい。


 この剣さえあれば、世界中のどんな敵にも負けはしない。

 最強の魔王ヴィルガロドムスにさえも打ち勝ったのだ。


 それに比べれば、いかにラギオスが強大な魔族であろうと──、


「勝つのは、僕だ」


 聖剣からあふれる輝きがユーノの全身を包みこんだ。

 額に、スペードを意匠化したような紋様が浮かび上がる。


【光】の勇者の証たる紋章だ。


 同時に、体中から力がみなぎってきた。


 勝てる──。

 地上のどんな敵が相手であろうと、一撃で粉砕できる。

 そんな圧倒的な自信が湧き上がる。


「はあっ!」


 黄金のオーラをまとったまま、ユーノが地を蹴る。

 一瞬にして、ラギオスの頭上まで跳び上がった。


「は、速い──!?」


 驚くラギオスの声すら置き去りに、


「おおおおおおおおっ!」


 気合い一閃、金色に輝く斬撃が繰り出される。


「が……は……っ」


 額を深々と切り裂かれ、蒼き竜の巨体が倒れ伏した。




「ふう」


 ユーノは大きく息をつき、聖剣を背中の鞘に納めた。

 黄金のオーラが解け、体中から力が抜ける。


「──まだよ!」


 ファラが警告の叫びを発した。


「えっ……?」


 振り返ったユーノの視界に、立ち上がったラギオスの巨体が映る。


 先ほどの一撃を受けてなお、竜の魔族は生きていたらしい。

 すさまじい生命力だった。

 いや──、


「まさか、あれは──『封魔の紋章バリアクレスト』!?」


 ラギオスの額に光る何かがあった。


『封魔の紋章』。

 毒や麻痺などあらゆる『状態異常』を無効化したうえに、物理や魔法に対して累積で30000ダメージを受けるまで装備者を守り続ける宝具である。


 かつて魔王と戦った際、ユーノたちはこれを装備して猛攻を耐え凌いだ。

 その宝具を、魔竜は額に埋めこんでいたらしい。


 いかに聖剣アークヴァイスといえど、一撃のダメージは6000程度。

『封魔の紋章』を一度の斬撃で打ち破るのは不可能だ。


「くくく、この宝具がなければ、俺とて倒されていただろう。大したものだ、勇者よ」


 ラギオスが笑う。


「くっ……!」


 すでに敵は次のドラゴンブレスの発射体勢に入っていた。

 対するこちらは、攻撃直後の硬直状態。


 油断──。

 魔王との戦いから半年ほどが経ち、強敵相手の実戦カンが鈍っていたのだ。


 以前の彼ならば、先ほどの一撃の後も警戒を解いたりはしなかっただろう。


「まずい……!」


 ユーノの表情が恐怖にひきつる。




 僕は、ここで死ぬのか……?




 恐怖が心の中をドス黒く塗りつぶす。


 嫌だ。

 死にたくない。

 せっかく世界を救って、限りない栄誉を得たのに。

 最愛の女性と幸せに暮らしていけるはずだったのに。


 いや──仮に彼女が駄目でも、勇者としての立場や実績があれば、女などより取り見取りだ。

 富も名誉も思うがままだ。


 生きたい。

 生きたい……。


 生きたい──!


「さあ、消えろ勇者──」


 ラギオスの口から輝くブレスが放たれる。


 ──その、直前。


「死んで……たまるかぁぁぁぁぁぁっ!」


 ユーノの意志が、弾けた。


 同時に、黄金のオーラが爆発的な勢いでふくれあがる。




『術者の欲求値及び意志値が規定に到達しました』

『儀式の進捗率が85%に到達しました』

『術者の【光】の出力が666%上昇しました』

『【位相】への転移能力を限定的に獲得しました』

『解析中』

『【白の位相セフィロト】への転移は現条件では困難』

『【黒の位相クリフォト】については、すでに扉が開きかけているため、転移可能』

『術者の危機に際し、緊急避難処理として【黒の位相】内部への転移を行います』

『実行中』




「な、なんだ、これは……!?」


 ユーノは戸惑いをあらわにした。


 二年もの間、聖剣とともに戦ってきたが、こんな意味不明なメッセージが聞こえてくるのは初めてだ。


「──いや、違う」


 そうだ、一度だけ似たようなメッセージを聞いたことがある。


 あれは忘れもしない。

 クロムを生け贄に捧げ、その代償に【光】の力を得たときだ。




『実行完了』

『術者を【黒の位相】内部に転移します』

『なお、この転移は限定的であり、666分経過にて元の場所に強制帰還します』

『帰還後は速やかに現脅威の排除もしくは逃走を図ってください』




「何が起こるっていうんだ、一体──」


 ユーノがうめいたのと同時に、視界が暗転する。


 次の瞬間、彼は見知らぬ場所に立っていた。


「ここは……!?」


 小高い丘に無数の墓標。


 そして、その20メートルほど向こうには──。

 黒いフードとマント姿の、銀髪の青年がたたずんでいた。


 寒々しい風がその裾をたなびかせる。

 全身から黒い鱗粉のようなものが噴き出していた。


「君……は……?」


 よく知っている顔だった。


 かつて、仲間としてともに旅した男だ。

 かつて、親友と呼んでいた男だ。

 かつて、ユーノが裏切った男だ。


「君は……まさか……!?」


【光】の勇者は呆然とうめいた。


【闇】をまとった男を、前にして──。




※ ※ ※

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ろるあ先生の美麗イラストや書下ろしを収録していますので、ぜひよろしくお願いします~!

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