14 探求の終焉

 SIDE ヴァレリー


 ヴァレリーは五歳のときに『魔法』に出会った。


 天才的な魔法の素質を持っていた彼は、その才能をすさまじい勢いで開花させていった。


 リジュ公国の宮廷魔術師に上り詰めたのは、わずか八歳のとき。

 それ以降も、取りつかれたように魔法の修業や探究を続けてきた。


 魅せられていた。

 神秘の力である魔法に。


 誰よりも深く探求したいと思った。


 そう、歴史上のどんな優れた魔法使いよりも。

 それこそがヴァレリーの望みであり、夢だった。


 そしてヴァレリーは【闇】について、特に深く研究をした。


 魔法の根源は、【闇】にこそある──。

 ならば【闇】を解き明かし、我がものとすれば、おのずと魔法の真理にたどり着けるだろう。


 実験の第一弾は、二年前におこなった。


 禁呪法『闇の鎖』。


 当時の弟子を生け贄に捧げ、【闇】をこの世界に顕現させた。

 同時に現れた【光】は勇者ユーノに付与した。


 パーティには『禁呪法の目的は勇者を強化するため』と説明していたが、ヴァレリーの本当の目的は【闇】を出現させることだった。

 そのデータを基に、彼はさらに深く研究に没頭する。


 魔王を倒した後も、リジュ公国とラルヴァ王国の国境付近にある自身の研究施設にこもり、ひたすらに。

 近隣の住民を次々とさらっては人体実験を繰り返し、また素質に優れた弟子を何人も取って研究を手伝わせた。


 もっとも、弟子を取ったのは彼の性癖を満たすためでもあったのだが……。


 二年の間に、研究は飛躍的に進んだ。

 もうまもなく自分は【闇】を解き明かす──夢が叶う瞬間が近づいていた。




 そして、彼の夢は一瞬にして打ち砕かれた。




「馬鹿な……これは……!?」


 ヴァレリーは愕然とうめく。


 つい一瞬前まで己の内から満ちあふれていた燃え盛るような魔力が──まったく感じられない。


 信じられない。


 あり得ない。


 あってはならない。


 必死で、悪夢のようなの現実を否定しようとする。

 懸命に、自身に起きた絶望的な事実を否定しようとする。


 だが、やはり自身の中に魔力は感じられなかった。


 消えてしまっていた。

 ヴァレリーが生涯を賭して追ってきた魔法──その源が。


 魔法の研究をおこなうために不可欠な、魔力が。


「ふ、ふざけるな……! あと少しで私の夢が叶うというところまで来て……なんだ、これは!? クロム、貴様……貴様は、なんということをしてくれたのだ! 私の魔力を……夢を……返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


    ※


「ふ、ふざけるな……! あと少しで私の夢が叶うというところまで来て……なんだ、これは!? クロム、貴様……貴様は、なんということをしてくれたのだ! 私の魔力を……夢を……返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ああ、そうだ。

 俺はお前の、その声が聞きたかったんだ。


 二年前に、俺が味わった怒りや悲しみ、喪失感、そして絶望。

 形は違うが、お前も今──同じものを味わっているはずだ。


「気分はどうだ、ヴァレリー?」


 俺はかつての師を見下ろし、笑う。


「大切なものを理不尽に踏みにじられ、奪われる気持ちは?」

「貴様ぁぁぁぁぁぁ……!」


 ヴァレリーの双眸から赤い涙が流れ落ちる。

 血の、涙が。


「貴様ごとき小物が、歴史に名を残すはずの私の夢を……おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉああああぁぁぁぁぁぁっ!」


 慟哭は、声にならない絶叫になり、苦鳴になり、やがて荒い息遣いに変わった。


 ヴァレリーとて分かっているはずだ。

 失われてしまったものは、もう戻らないことを。


 奴の魔力は二度と復活しない。


「生涯を懸けたという魔法の探求は、これで終わりだ」


 愉快だった。

 心の底から、ドス黒い愉悦がこみ上げる。


「もっとも大切にしていたものを失い、人生の目標も目的も潰えた……今のままでお前は生きていけ。絶望を抱えたまま、な」


 後は──そうだな、奴をあそこに封じるとしよう。


 死ぬこともできず、心にも体にも苦痛を抱えたまま生涯を全うできるように。


「シア、もう一つ頼めるか?」


 俺は【従属者】の少女に向き直った。


 いよいよ、仕上げだ。




※ ※ ※

本作の書籍版2巻(Mノベルス)、発売中です!

ろるあ先生の美麗イラストや書下ろしを収録していますので、ぜひよろしくお願いします~!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る