p.119 君との約束
セトを魔法術師試験の2日目へと送り届けたルーシャはシバの家に戻る。実技試験は試験内容によっては数日要することもあり、試験が終了すれば連絡が来る算段となっている。師匠であっても試験の内容や日数は教えて貰えず、ルーシャは連絡を待つしかない。
シバに頼まれたお使いの品を手に帰宅すると、遅起きのリルトとオールドが遅めの朝食を食べていた。昨日はセト以外のメンバーは夜遅くまで話が盛り上がり夜更かししてしまっていた。リヴェール=ナイトは朝からフィルナルに呼び出されたため既に出かけており、休日のリルトとオールドだけが優雅な朝を過ごしていた。
「おはよ、ルーシャ」
大魔導士の家だというのにオールドは普段と変わらずにいる。ナーダルやセトとはまた違った意味でオールドはシバにフランクなところがある。尊敬もしているし畏敬もある、しかしそれでもルーシャでは出来ない接し方をしている。
「おはようございます。グロース・シバは?」
「裏庭よ。チビちゃんは緊張してた?」
「セトはあんまり緊張とか表出さないタイプなんで・・・」
多少の緊張感はあったが、それでもかなり堂々とした立ち振る舞いであったセト。初めて会った時から、多少の緊張はすることはあっても、ガチガチに固まることは見たことがない。
ルーシャはシバに頼まれていたものをテーブルの上に置き、自分も腰かける。
「シスター」
「ん?」
お茶を嗜みながら朝から甘いお菓子を手にしているオールドに、ルーシャは難しい顔で話しかける。
「五つの誓約ってどうやって決めるんですか?」
セトが試験を受けると分かってから、ルーシャはセトのひとり立ちに際し五つの誓約を考えなくてはならない。
五つの誓約は師匠から弟子へ送られる、人生で守って欲しい五つの約束事のことである。その約束事には何の拘束力もなく、破ったところで何の罰則もない。
「ルールとか無いって言うわね。私はあんたしか弟子いないし、ナーダルが五つの誓約を渡したから・・・まあ、気負わなくていいんじゃない?」
少し困ったようにオールドはそう言う。オールドに聞いたところであまりアドバイスは期待できないとは思いつつ、ルーシャはそれさえも期待したいほど行き詰まっていた。セトのことを思えば何を言ってやるのがいいのか、何を望むのか・・・考えれば考えるほど分からない。しかも、しっかりもののセトだからこそ余計なことなど言わなくても良い気もする。
「リルトの時は無かったの?師匠から何か託される的なものを」
時代が違うとはいえ、当時はリルトも奇術師として名を馳せていた。誰かしらから教えを受け、その道に進んだはず。
眠そうにぼんやりとしていたリルトは大きく伸びをする。
「俺んときは明確な師匠って存在がそもそもなかったからなー。奇術師の多くは独学だし、誰かに何かを教わることがあっても、お互いの知識を教授するって感じで師弟関係ではなかったな」
ダメ元で聞いたルーシャはさらに愕然とする。2週間前から頭の中でずっと五つの誓約について考えており、何度も同じようなことを考えてループしている。もう実技試験が開始しており、セトのひとり立ちまでの時間は限られている。
頭を抱えながら机に突っ伏していると、家主が姿を現す。
「お使いご苦労だったね」
机の上に置いてあるものを手にしたシバにリルトが声をかける。
「お、いいとこに。五つの誓約についてルーシャ悩んでるみたいなんだよ、大魔導士様から助言をひとつ頼むよ」
「五つの誓約かい」
突っ伏したままのルーシャを見つめシバは少し考える。もはやルーシャは思考停止状態で、気力が尽きてきた。少し前まではなにか閃くかもしれないと淡い期待があったが、ここまで何も思いつかず焦りだけが募る。
「あたしも弟子を送り出したことがないからねぇ」
珍しくシバが小声でつぶやき、そのまま同じテーブルの席に着く。
大魔導士と呼ばれるシバだが、その弟子はナーダルひとりだけだった。しかも、ナーダルは魔法術師の資格があり師匠から五つの誓約を貰った一人前の魔法術師だった。シバに個人的に教えを乞い、公認の師弟関係ではあったが、既に一人前のナーダルにシバから新たに五つの誓約を渡されることは無かった。
「グロース・シバが弟子を持ったことがないことが、あたしには意外なんですけど」
どこか怖いもの見たさで発言するオールドは、シバを窺いみる。
「あたしは随分と若い時に魔導士になって、気付けば大魔導士と呼ばれるようになっていたもんでね。弟子入りしたいという者も多かったけど、あたしゃこの歳になるまで随分尖っていたところがあって誰のことも受け付けなかったのさ。それにあたしの名前にあやかりたいっていう連中も後を絶たなかったから、そんなもんに利用されるなら後世に何も残さないほうを選んだんだよ」
遠くを見据えるようにシバは淡々と言葉を紡ぐ。
今目の前にいる大魔導士の人生など、ルーシャたちの想像できるものではない。魔力協会には魔導士も呪術師も存在し、そして腕が経つと言われている人間もまたそれなりに存在している。そんな中でシバは常に大魔導士と言われ続け、その実力がいかに抜きん出たものか、その大魔導士という呼び名が証明している。
優れた魔導士たちはその技術を後世に残すために弟子を育成することが多く、数が多くは無いが流派も存在し一門を脈々と継いでいくこともある。
しかし、シバはそれら一切と関わりを絶ち、己の力のみで生きてきた。そんな生き方だからこそ、大魔導士と呼ばれているのかもしれない。
「実際、弟子として鍛えたセルトにも特別な魔法術は伝えていないよ」
シバがナーダルに教えたのは魔力の基本と操作であり、シバの作り出した魔法術の類は一切伝授しなかった。
「あたしは弟子を送り出した経験はないけれど・・・、あのバカに願ったものはあったよ。この先生きていくのに、無事であることとか、無謀なことはするなとか──そういう願いを伝えてやれば良いとは思うけどねぇ」
どこか穏やかな瞳でシバは昔を懐かしむ。大魔導士・シバと亡国の王子・ナーダルの過ごした日々がいかようなものだったのか、この場の誰も知らない。懐かしむ様子のシバに、ルーシャは知る術のない師匠の過去を思い、そして今現在ここに存在するセトのことを考える。
* * *
魔法術師試験2日目の実技試験をセトは無事合格した。
試験の内容は試験管に提示された数種類の動植物を捕まえてくることだったという。たまにある試験会場が設けられていないタイプの試験で、提示された動植物のいる場所まで魔法術や交通網を駆使して移動して捕獲するというものだった。試験時間は三日間設けられていたが、セトは二日でクリアしてのけた。そして、多少の怪我はあったが、ピンピンして帰ってきたのだった。
魔法術そのものだけではなく、様々なことを貪欲に勉強していたセトは提示された動植物の住む場所や環境をすぐに割り出し、効率的に動いたという。
無事に一人前の魔法術師になり、めでたいことだがルーシャは喜びもそこそこに、どこか当たり前の結果だと冷静に捉えてしまう。
当の本人は珍しくはしゃいで喜んでいた。
セトが不在の間にルーシャはシバたちの助言を元に五つの誓約を考え抜いた。
実技試験終了の翌日、魔力協会の思想本部にある会議室で今回の合格者たちの巣立ちの儀が執り行われる。二十名ほどの合格者と師匠が一堂に会する。
ルーシャの時はシバの提案で禁術でナーダルを呼び起こすということがあり、特別な場所で一人きりの巣立ちの儀であり、ルーシャは初めて本来の会場に足を踏み入れた。
最初にフィルナルからの祝辞が司会より代読され、それから各協会本部長からの祝辞がおくられる。あとは一人前魔法術師としての注意点や、協会理念の念押し、魔法術の乱用や悪用での罰則などが細々と述べられる。
ルーシャの時は細かいルールについての説明をシバがすっ飛ばしてしまっていたため、ルーシャが初めて知るものもある。案外、知らなくても何とかなるものなんだとルーシャは内心で苦笑いをうかべる。
そして、メインイベントの五つの誓約が行われる。名前を呼ばれた1組ずつが壇上へと上がり、師匠から弟子へ約束事が渡される。セトよりもルーシャのほうが緊張してガチガチになる。こういう人前に出る場面は少なく、1組ずつ前に出るため必然的に視線が集まる。
ドキドキ脈打つ心臓を抱えながら、ルーシャはセトに向き合う。鮮やかな赤い髪、引き込まれるほどの赤い瞳の少年は真っ直ぐルーシャを見つめ返し、その堂々たる姿にどこか安心する。どこにいても、何があってもセトはセトのようだった。
「
大きく息を吸い、ルーシャは目の前の弟子を見つめる。悩んで悩んで、セトのことを考えて思った結果をひとつずつルーシャは口にする。
「ひとつ、魔力に誇りをもつこと」
反魔力思想で育ち、己の魔力や存在そのものを否定され続けたセトにだからこそ願う。セトの存在も、その内に宿る魔力も決して存在してはいけないものではないし、否定されるべきものでもない。自分の存在や魔力に誇りをもって、自分で自分を否定することなく生きていって欲しい。
「ふたつ、真実を見つめること」
好奇心旺盛で勤勉なセトは多くのことを学ぶだろう。知識としてのものだけではなく、人々が生きていく中での思惑や願いや気持ちや・・・時には残酷で目を瞑りたくなるものに出会うかもしれない。何があったとしても、セト自身の目で真実を見つめ、自分にとっての選択をして欲しい。
「みっつ、自分を信じること」
時に人は悩み、自己嫌悪に陥る。セトの純粋さと真っ直ぐな姿勢はもしかしたら、あまりの真っ直ぐさに何かを見落とすかもしれない。周りの言葉や行動に、その心が折れるかもしれない。何があるか分からない人生だからこそ、他人の言動も時には大切だが、自分のことを信じて進んで欲しい。
「よっつ、キセキを忘れないこと」
生きていく中で願った先の奇跡、偶然のラッキーのような奇跡、奇跡が起きているとも気づかない奇跡があるかもしれない。目の前の結果やそれに至る経緯の中の奇跡や、誰かによってもたらされたその奇跡への感謝と思いを忘れないで欲しい。
そして、セト自身が生きてきた、歩んできた軌跡もまたセトを支えるものであり、その道筋を忘れてはいけない。
「いつつ、自分を好きになれる生き方をすること」
そしてなによりもセトに願うのは、その生き方だった。これから先、たくさんの選択が迫られることもあるだろう。論理的思考だけでは選ぶことの出来ない道もある。時には何かを見棄てなければならないかもしれない。時には誰かに裏切られるかもしれない。
何があるか分からない人生、その中でどんな選択をしても、どんなことがあっても自分を偽ることなく、自分のために生きて欲しい。嘘偽りに固まって自分自身を責め、苦しめ、嫌う人生にはなって欲しくない。
ルーシャはかつて、兄のアストルが師匠のナーダルを殺したことが許せずに復讐しようとしたことがあった。やってはいけないことをしてしまった兄を許せないという気持ちと、それでもやっぱり大好きな兄であるという気持ちがぶつかり合い、どうすべきか分からなかった。
そんな時にルーシャを救ったのはナーダルからの五つの誓約のひとつ、「自分に素直に生きること」だった。素直に生きた結果、ルーシャはどちらの感情にも素直に従った行動を取り、今はその選択を一切後悔していない。
「おめでとう、セト」
─────────
セトの試験はあっという間に終わった。自分が受けるわけじゃないから、待ってるだけは長いようで短かった。
当然だけど合格していた、おめでとう。
ほんと、不思議な気持ち。
たいして何も教えてないし、未だに弟子を持ったことを実感する気持ちもない。
私自身もまだまだ知らないこととか出来ないことだらけなのに。
セトは私の中でひとりで立派になった印象が強すぎる。
私の事なんかあっという間に抜かしていくんだろうなー。
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