p.114 ガラスの魔術

 外の冷え切った空気とは相反し、ルーシャたちの集まる部屋の中は暖炉の暖かい空気が充満している。揺らめく赤色と、薪の爆ぜる音が部屋に響き渡る。


 ルーシャがリヴェール=ナイトを説得した翌日、全員がリヴェール=ナイトの部屋に集まる。1日に1度、ファントムはリヴェール=ナイトに魔力を補填し、その命をつなぎとめている。誰かからの魔力の補填が切れた時、リヴェール=ナイトの命はつきる。



「で、ファントム。リヴェール=ナイトを救う手立てってのは?医療系のは俺ら使えないし、それ以外の高度なものってなると・・・禁術の類じゃないだろうな」



 リルトは少し訝しげながらファントムに問う。リルトはかつては腕のある奇術師として名を馳せ、少し前までは呪文ノ書で多くの魔法術を施行し、現在は魔導士として数々の難題を解決している。全てとまではいかないが、リルトの把握している魔法術はルーシャの知っている魔法術の数とは比較できないほどだった。


 そのリルトがリヴェール=ナイトを救うための魔法術が思いつかないでいた。治癒や医療行為に値する魔法術は医療免許に値する資格を持つ者しか使うことは許されていない。リルトやルーシャにその手の資格はないし、特別に勉強をしている訳でもないので知識もない。


「それほど難しいものではありません。己の願いを叶えるためだけの期限付きの術です。確か現在の術の名称は・・・」


 ファントムはそこまで話し少し考え込む。リヴェール=ナイト曰く、ファントムたち竜は魔力協会創設前に眠りについており魔法や魔術、神語が開発される前の時代のことしか知らない。竜の主導者たちはそれぞれ〈第二者〉と関わる時などに一時的に目覚めるが、それは意識が少し覚醒した状況に過ぎない。


 考え込むファントムに代わりリルトが口を開く。



「ガラスの魔術・・・だな」



 難しそうな表情をうかべるリルトは黒い瞳でルーシャを垣間見る。

 ガラスの魔術──正式記載では硝子ノ魔術と呼ばれるその魔術は、術者の望む結果をもたらすことが出来るものであり、それだけを聞けば万能の魔術とも捉えられる。


 かつてセルドルフ王国で王位継承の派閥争いの際に使用されてから、協会のなかでは何処かタブー視されている魔術で使う者は殆どいない。そのためガラスの魔術の知識や使い方などを知る人間も少ない。


 またセルドルフ王国の一件から忌むようになり、正式名称は硝子ノ魔術の魔術なのだが、同じ鉄を二度と踏まないという念を込めて表現を「ガラスの魔術」とするようにもなった。


「じゃあ早速、調べに──」


 方法がわかったルーシャは立ち上がる。存在は知っているが、その神語や術の発動方法について知らないルーシャは調べに行く必要がある。


「俺が方法を知ってるから教えるよ。それにガラスの魔術は避けられてるから、多分書物はそんなにないし」


 リルトが手を上げルーシャに提案する。


「じゃあ、お願いします」


 ルーシャはリルトの言葉に素直に甘える。リヴェール=ナイトは魔力の補填を受けているとはいえ体の限界を超えており、あまり悠長にしている時間はない。知っている人がそばに居るなら、そこから学ぶのが一番手っ取り早い。


 さっそくルーシャはリルトと共に部屋の片隅でガラスの魔術のレクチャーを受ける。







 * * *


 ガラスの魔術は術者の願いを叶えることが出来る魔術であり、それは術者が生きている間は効果が持続する。基本的に魔法術はすべて、その効果が決まっている。炎を作り出す、水を操る、風を巻き起こすといったものもあれば、相手の心を読むことができるものもある。その効果を引き出すための神語がある。そして、その効果を発揮するために必要な魔力量があり、魔力の属性などもあらかた決まっている。


 しかし、ガラスの魔術はいくつか必要な神語や最低限の魔力量は決まっているが、それ以外は術者が全てを組み立てる必要がある。ある程度の枠組みがあり、そこに術者の願いを形にする──そういう魔術だった。


 便利で自由に見えるが、願いを具体的な神語で構成して望む結果を生み出すことは非常に難しい。たった一文字の神語を間違うだけで術は発動しないし、下手をすれば失敗のリスクが術者に帰る。


 過去に硝子ノ魔術に挑んだ魔法術師は多いが、涙を見た者もまた多い。




 そんなレクチャーを受け、ルーシャはリルトと共に望む結果をもたらすための神語を組み立てる。シバから細かい部分まで神語について学んでいたルーシャと、数多くの魔法術に精通しているリルトにとってもガラスの魔術を組み立てることは難しい。今まで様々な魔法術を扱ってきたし、それらの効果を多少なりとも変化させるためのアレンジもしてきた。


 しかし、それでも求める効果のために神語をほぼ全て組み立てるということはしたことがない。小さなミスひとつで魔術は発動しなくなるため、何度も何度も細かいところまで見直しながら進めていく。小さなミスを見つけては修正し、修正したことでの変化があるため何度も神語を組み直す。


 何度も何度も修正を重ね、話し合い、積み重ねていく作業はあまりにも過酷だった。数々の高度で緻密な魔法術を施してきたリルトでさえ、何度も頭を抱える。


 二人の話し合いは三日三晩続いた。その間にリヴェール=ナイトは体を休め、ファントムは魔力の補填を行い、セトは根を詰める二人の食事などの世話を行う。


(すげぇや)


 ルーシャとリルトの真剣な眼差しと練り上げていく魔力、そしてあまりに高度で緻密で密度の高い神語の羅列に心の中で本音が盛れる。あまりに複雑なその構造は見ているだけで、どこか芸術のようでもある。


 数日前まで観光地で楽しくデートをしていた二人の表情を知っているだけに、セトは二人の真剣さを肌で感じる。互いに厳しい目をもって間違いを指摘し、適切な回答を根拠建てて説明しながら答えを導き出す。




 そうしてルーシャはリルトの協力のもと、リヴェール=ナイトの命を救うための魔術を完成させた。





『悠久ノ音 玻桜ノ華 星ノ匙 命ノ梦

 日向の地に生える色 真恋を待ち続ける百合

 風そよぐ菜種を追いかけて 迷い子となりし蝶

 氷ノ華を探しながら 友と歌った旧逸ノ歌

 瑠別の言葉を紡ぎながら一筋の光が土色の絨毯に落ちる

 再び相見える日がこようとも

 友と奏でた 愉悦(ゆえつ)ノ歌曲(うた)は 永き眠りの箱に横たわっていよう


 花散る道 溢れる愛(めぐみ) 光ノ子息

 溢れんばかりの木漏れ日と風

 あなたを想って口ずさむ旋律は

 失われたあの星ノ唄と似通っていた


 荒れる天(そら) 狂う大地 失われた色

 咲き乱れた想いに耐えきれず

 時間は爆発し 大地は涙を流し 空が割れた

 幾億もの言葉が生まれては消えてゆき

 幾兆もの色彩がこの世から消滅していってしまった


 神は死に絶え 人々は縁をすてた

 二度と見えんことを糧に 永久の螺旋を描く

 覇者となるべき道を進み 己のために彼のものを殺す


 蒼い世界 黒い空 白い心

 幸福を求めて戦を選び 希望を願って持った武器は

 人々に絶望を与えた

 涙は枯れ 天罰が降り注ぐ


 戦禍ノ恩恵 和平ノ代償 言の葉ノ無常

 炎によって焼き尽くされた地に芽がのぞく

 大空のもとに空ばかりを見上げた幼子は無能に武器を持つ

 堅い約束と思いにより結ばれた言の葉は

 子孫たちにより砂の城と化し 容易く壊されてゆく


 閉じてしまった輪のこの世の摂理

 繰り返す歴史と繰り返す宿命と運命の葛藤

 誰もが抜けることの出来ない定めを背負いながら

 抗うべく苦しむ今日(こんにち)


 どうか情けをかける神がいるのなら

 せめてこの世を この無情な摂理を

 二度と戻らぬように壊して欲しい


 硝子のように美しく儚いこの世界を』













──────────


リヴェール=ナイトさんを助けるための方法、それがガラスの魔術だった。

名前は聞いたことがあるし、願いを叶えるための魔術というのも知っていた。

そしてなにより・・・ウィルト陛下が大きなものを失うこととなった術だとも知っている。


私にとっても無関係ではないし、あの事件が決して自分にとって遠すぎるものというわけでもない。


でも、それがリヴェール=ナイトさんを救うための方法だというのなら挑戦するしかないって思った。


国の、王位の派閥争いに使われたことは良い事ではないし、出してはいけない犠牲や悲しみを生み出してしまった。


ガラスの魔術自体はとても魅力的ですごい魔術なのに、ひとつの出来事のせいで術そのものが駄目なものだって認識され続けるのは、悲しいことのような気がする。


だから使うって訳じゃないんだけど。



どうか、ガラスの魔術がちゃんと完成してリヴェール=ナイトさんが助かりますように。



・・・じゃないと、あんなに頭も胃も痛くなるほど考えに考えた魔術が失敗だなんて、つらすぎて心が折れる。


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