p.111 正体

 

 トアラの街の宿屋にて、リルトは魔力協会の会長・フィルナルへ連絡を取る。リヴェール=ナイトを見つけたこと、意識がない状態であり魔力が全く感じられないことを伝え今後の指示を仰ぐ。


 フィルナルの知り合いの医師を早めに派遣すること、なんとかフィルナルも時間をつけてこちらに合流することとなった。リヴェール=ナイトの状態がどういうものか分からないため、あまり動かさない方が良いという話になった。魔力が全く感じられない体に、魔力使った空間移動などがどういう作用を引き起こすか分からない。


 魔力の喪失は死を意味しており、リヴェール=ナイトの状態はまさにそれに近い。何らかの理由で魔力が消費され続けているのならばその原因を取り除けばいいし、何らかの理由で魔力の生成がなされていないのならばその原因を解決すればいい。


 しかし、どんな微量の魔力も感じ取ることができない。それは、魔力の消費も生成もされていないということを示唆しているに他ならない。


 フィルナルが派遣してくれる医師も都合がつくまで来ることは出来ず、すぐに何かができる状況ではなかった。


 重い空気のまま、リルトとルーシャは口を閉ざして意識のないリヴェール=ナイトを見つめる。まさかの事態にどうすべきかも分からず、お互いに何を言うべきかも分からない。


 フィルナルからリヴェール=ナイトの捜索を言い渡された時、ルーシャもリルトも探さなくてもそのうち現れるだろうし、フィルナルの心配のし過ぎだろうと踏んでいた。

 だが、今こうして目の前の意識のないリヴェール=ナイトを見ているとフィルナルの第六感が正しかったのだと痛感せざるを得ない。


 大丈夫だろう──根拠の無い楽観的な思いで動いてきた2人にとって、今の現状はツラい。


 どうすることも出来ず、ただリヴェール=ナイトが生きていることを確認しながら医師が到達するのを待つことしか出来ない。

 時間がどれだけだったのかも分からない。冬の日の入りは早く、外の景色が暗くなったことには気づいていたが、ふたりとも特にそれを気に留めることはなかった。


 腹が空くことも、喉が渇くことも無い。ただただ気分が重い。



 そんななか、部屋の扉がノックされ開けられる。セトが帰ってきたのかと扉に目をやったルーシャとリルト。

 そこにはセトともう1人、誰かがいた。美しい長い金髪がひとつに結われ、穏やかな淡い茶色の瞳がルーシャたちを見つめる。中性的な容姿に思わず見入ってしまう。フィルナルの派遣した医師がもう来たのかと思いながらも、ルーシャはその魔力を感じて不思議に思う。とても強くて穏やかな魔力であり、今まで感じてきたことの無い何かを感じる。



「ファントムっ!!」



 誰だろうと不思議そうに相手を見つめていたルーシャとは裏腹に、リルトは驚きながら立ち上がり声を上げる。


「あんたが何でここに・・・」


 動揺を隠せないリルトとは相反し、ファントムと呼ばれた男はにこやかに笑う。


「彼が私を起こしてくれました」


 そう言い、その淡い茶色の瞳が赤髪のセトに向けられる。


「あー、なるほどな。それはまあ、可能っちゃ可能か」


 まだ驚きながらもリルトはセトを見る。納得の言葉を口にするが、まだその表情は落ち着いていない。何度か深呼吸をした後に、リルトはルーシャに説明を始める。


「ルーシャ、あのひとはファントム。今はまだ眠りについている、竜の長だ」


「・・・え?」


 突然の言葉にルーシャは思考と言葉が停止する。


「まだ半分眠っている状態なので、分身のようなものですけどね」


 にこやかに笑うファントムは補足説明を行い、ルーシャのもとへと近づき手を差し出す。


「ファントムです。よろしくお願いします」


 とっさにその手を握り、ルーシャも口を開く。


「ルーシャです、こちらこそよろしくお願いします」


 自己紹介をしながらも、ルーシャは状況を呑み込めないでいた。目の前の人物が竜の長だということが信じられないが、リルトの反応が彼が本物のだと証明するようなものでもあった。困惑を隠しきれないルーシャに黙っていたセトが口を開く。


「何がどうなってるのかシスターやリルトですら分からないなら、誰よりも黒騎士──リヴェール=ナイトを知ってるやつを頼るのが1番だと思って連れてきた」


「連れてきたって・・・どういうこと?」


 セトの言葉にルーシャはさらに困惑する。確かにリヴェール=ナイトの状況がどうなっているのかは分からないし、頼れるものならなんでも頼りたい。


 だが、なぜセトが竜の長・ファントムを連れてくることが出来たのか・・・。




「それは、セトが〈赤ノ第二者〉だからだ」




 どう説明するべきか迷っているセトに代わりにリルトが口を開いた。


「・・・〈第二者〉?!え、〈第二者〉ってあの?」


 リルトの言葉にルーシャはセトとリルトを交互に見る。そのフレーズは聞いたことがあるし、誰よりも近くにいたナーダルもそう呼ばれる存在だった。


「そ、ルーシャの師匠のセルト王子と同じ存在だよ。セトは戦神・ルーグの魔力をその身に宿してる」


「・・・だから、魔力があんなに凄かったんだ。言われてみればマスターと同じ感じの魔力・・・」


 驚きながらもルーシャはセトの魔力を感じ、そしてどこかで懐かしさに近い何かを感じ取る。初めて出会った時から、強い炎の魔力を感じており、物珍しさと共になにか引っかかるものを感じていた。それが何なのかは分からず、自然属性を宿す魔力が珍しいからかと思っていた。


 しかし、こうして事実を知ることで繋がる。セトの魔力は異なる属性とはいえ、ナーダルの魔力と似ていた。


「セト。ルーシャは〈第三者〉だ」


「え?!」


 静かに立っていたセトはリルトの説明に驚き声を上げる。


「え、ちょっと待って。色々知ってる人ってこと?」


 頭を抱えながらリルトに確認をとり、リルトは首を縦に振る。お互いにお互いの正体に驚きながらも、リルトを介して確認をとる。


「ルーシャの師匠が最後の〈第二者〉で、その人が誓約をしたから竜の眠りは近いうちに解ける予定だ。じゃないと、いくら〈第二者〉のお前であっても強固な封印のファントムを起こせるわけがない」


「そっか、なるほどなー」


 リルトの説明に納得するセトだが、ルーシャは疑問が次々と出てくる。


「ちょっと待って。リルトはセトのこと知ってたの?」


「まあ、俺は当事者たちに今の時代じゃ一番近い存在だし、竜や竜人ノ民、〈第二者〉についての情報はこまめに集めてたしな。神の庭の時にセトと初めて会ったけど、すぐにセトが〈赤ノ第二者〉だって分かったよ」


 リルトは初めてセトと出会った時に〈第二者〉だと確信したが、ルーシャとセトの関わりから見てお互いの正体をそれぞれが知らないと分かった。本人たちが話していないことに踏み込む必要は無いと考えたリルトは、そのことには触れずにいこうとした。


 しかし、神の庭ではあの空間を壊す必要があった。リルトの魔力で空間を壊すことは不可能ではなかったが、ルーシャが気を失っており出来れば早く解決する必要があった。そのためセトの魔力を利用した。そして、ルーシャの意識がない間にリルトは自分のこと、〈第二者〉についても知っていることを話していた。だからこそ、リルトはセトの魔力を抑える方法も知っていたし協力もできたのだった。


「俺、ルーグと誓約する時とかにリヴェール=ナイトに色々助けてもらったんだ。だから、助けたいんだ」


 セトは戦神・ルーグの魔力を宿す〈赤ノ第二者〉だが、少し本来の〈第二者〉とは異なるところがあった。〈第二者〉と呼ばれる人には、まずそれぞれの竜から〈第二者〉に相応しいかどうかの選定を受ける。そして、選ばれたのならばその証拠として竜ノ剣が授けられる。それぞれの竜の爪や牙、鱗や髭といったあらゆるものを使って作られた、竜の化身に近いものだった。


 竜ノ剣を授けられた人間は、すぐにそれぞれの竜のもとへ行き誓約を結ぶ。誓約にて人間は自分にとって1番大切なものを捧げ、竜は己の魔力を与える。それで誓約はなされる。


 しかし、セトの場合は少しその手順とは異なった。セトの両親は何らかの理由で生まれてまもないセトを捨てた。その場所はルグル大火山の麓にある古びた教会で、そこはもう忘れられ放棄されてしまったが炎を統べる赤竜の主導者を代々祀ってきた場所だった。そして、ルグル大火山には戦神が眠っている。


 封印の眠りの中においても、〈第二者〉を選ぶ竜はうっすらと意識を保つことができ、そのおかげで〈第二者〉の選定ができる。


 ルーグは自らの膝元に捨てられた赤子を見捨てることが出来ず、その小さな命を守るためにセトを〈赤ノ第二者〉に選んだ。〈第二者〉に選ぶことで順番は異なるが、魔力を授ける事ができ、竜の魔力は強いゆえに儚い赤子の生命の灯火に活力を与えることが出来る。


 ルーグの魔力のおかげで生き延びたセトは、偶然教会にやってきた施設の人間に拾われる。そして、反魔力思想であるヴィーダー・シュタントを信仰する村で生きていっていた。


 ルーグの炎の魔力を宿したセトは成長とともに魔力に目覚める。少しコントロールが出来たので、定期的に村で行われる悪魔狩りと称した魔力探知には引っかかっからずに生き延びていた。しかし、ある時に魔力探知に引っかかり見せしめに火炙りにされてしまう。


 だが、セトの中にあったルーグの炎の魔力が外部の炎からセトを護る。そのおかげで一命を取り留めたセトは村を後にし、逃げるようにさまよい歩いていた。何かから逃れるように、何処か何かを求めるかのようにボロボロになって歩いている時にリヴェール=ナイトと出会った。


 リヴェール=ナイトは全ての〈第二者〉とが関わったことのある唯一の人物だった。竜の眠りの後に選ばれる〈第二者〉は、基本的に昔のことも竜のことも知らない。最初の〈第二者〉だけは、その時代を生きた人物であったが、それ以外は竜が眠りについて数百年たった世界で生まれてきたものであり、役割の意味や真実を伝える役目をリヴェール=ナイトが行っていた。


 定期的に〈第二者〉を選ぶ役割のある竜のもとを訪れ、〈第二者〉が選ばれたかどうかを確認し、選ばれていたのならばその人間を探し出し、誓約へと導いていた。


 リヴェール=ナイトはセトが赤子ながら〈第二者〉に選ばれたことも知っており、その成長を影ながら見守っていた。誓約には己の魔力を使うため、ある程度成長しコントロールする必要がある。セトが成長するのを見守りながら、その時が来るのを待っていた。


 セトが村を飛び出しさまよっていた時、リヴェール=ナイトはセトを助け、その魔力と役目について教えた。そして、そのままセトは戦神・ルーグと誓約を行い〈赤ノ第二者〉となった。


 誓約後、リヴェール=ナイトは魔力協会にセトを繋げようとしたがセトは役割が終わったからと姿を消した。リヴェール=ナイトはすぐにセトを探したが、赤ノ魔力をものにしたセトを探しきることが出来なかったようだった。








───────


めちゃくちゃ衝撃だったんだけど・・・。

セトが〈第二者〉だったなんて。


全く気づかなかったし、言われてみれば魔力がマスターに似ている気がするけど。


でも、びっくり。


驚きばかりだけど、これも魔力の導きなのかなー。

出会うべきして出会ったのかなー、なんて考えてしまう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る