p.65 〈第二者〉
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ロナク=リアは竜人ノ民と呼ばれる、竜の血と力を宿す一族の一人でマークレイ創設に関わった一人でもあった。竜人ノ民のほとんどはその強い力を使い、奇術師としての役割をこなしていた。
そんな竜人ノ民のなかでもとりわけ特別な役割を担うものとして、巫女がいておりロナク=リアは巫女のひとりでもあった。
巫女の選定は竜の長により行われると言われており、その授かった役目により巫女の名称は決まっていた。ロナク=リアは決断ノ巫女と呼ばれており、それは時代を象徴する存在でもあった。何をどのように決断するのかは天の啓示があるわけではなく、巫女自身がその目で見た世界から判断して行わなければならない。
そして、ロナク=リアが決断したのは・・・。
「すべてを一旦、放棄しましょう」
それは降伏ともとれる発言だったという。その淡い青い瞳が躊躇いなく竜と竜人ノ民の主導者たちを捉える。あまりに唐突な彼女の発言に竜や竜人ノ民の主導者たちは異議を唱えた。
「貴様は今目の前で殺されている仲間を見殺しにしろと?」
地が轟くほどの声が響く。赤竜がその禍々しいまでの赤々とした燃え盛る瞳を巫女に向ける。その赤竜は炎を統べる赤竜のなかでも、とりわけ力が強く赤竜たちの主導者と呼ばれ、いくつもの戦果をあげている。別名、戦神とも呼ばれる赤ノ主のルーグという竜だった。赤竜はすべての竜のなかでも多くの数を占め、人の迫害による被害が抜きん出て多かった。誰よりも仲間思いの戦神・ルーグは仲間のため、融和よりも生き残るための戦を強く考えていた。
「そうではないわ。今のこの状況では何をしても空回りしているだけ。だから、この歩みを止めるの」
どれだけマークレイが奔走しようと、奇術師が動こうとも誰もその耳を傾けてはくれない。もはや勢いづいたこの時代の流れに誰もが飲み込まれてしまっている。
「ロナク=リア、貴女の考えも分かりますが・・・具体的には?」
流れるような淡い緑の竜が穏やかに口を開く。この緑竜は風を統べる緑竜のなかでも抜きん出て博識で叡智にあふれ、緑竜たちの主導者だった。別名、叡神とも呼ばれる緑ノ主のオランだった。穏やかな瞳の奥には、ロナク=リアを探るような鋭さを秘めている。
「竜はすべて眠りについてもらう。永遠の夢と現のあいだのその狭間に身を置き世界から距離をとってもらい、時間を置きます。そして私たちは人から隠れてその存在を隠す」
「それで貴女は何を臨む?」
「マークレイの発展と、我々と人との距離感です」
今のマークレイはあまりにも脆弱で、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。なんとか踏みとどまっているが、それは容易に崩壊しそうな現状をなんとか保っているに過ぎない。時代の荒波に耐え続けられない。
そして、竜・竜人ノ民と人はあまりにも近しくなりすぎた。かつて保っていた距離感という均衡が崩れ、もはや声すらも届かないほど近くなりすぎてしまった。
「リスクが高すぎます」
一頭の竜がポツリと言葉をこぼす。美しい金色の鱗が太陽の光に反射し、神々しく見える黄竜は大地を統べる黄竜の主導者だった。礼神とも呼ばれる黄ノ主のファントムは、その美しい金色の瞳を曇らせる。この竜は四頭いる各竜の主導者のなかでも一目置かれ、竜の当代の頂点にたっているともいえる存在だった。
そのファントムの言葉にルーグもオランも首を縦に振る。ロナク=リアの考えていることは分からないでもないが、軽く考えただけでもそのリスクは高すぎる。
まず、竜はその身に大きな力──今で言う魔力を有しておりそれは自然界と直結している。竜の息吹は魔力を含み、世界に溢れる魔力の循環そのものでもあった。豊かな魔力はたゆまなく潤い、世界を廻ることで様々な種族がその恩恵を受ける。いわば、大いなる陽光のように暖かく命の成長を育み、世界を照らすそれが欠けては世界の均衡が崩れる。
バランスを失い、魔力が枯渇した世界がどうなるかなど誰にも分からない。ただ世界そのものが崩壊してもおかしくはない。
そして、竜人ノ民は隠れると言っていたがそんなに簡単に隠れることが出来ていたならば、現状はこれほど酷くなっていないはずだった。
「竜人ノ民が眠りにつかない理由は?」
ファントムは仲間を思案し、そう言葉を紡ぐ。
「
ロナク=リアの言葉に主導者たちは、彼女の構想がいかに無謀かつ壮大なものなのか思い知る。
「それに世界とあなたたちを繋ぐ必要がある」
永い眠り──それは言い替えれば、竜が世界そのものから忘れられるほどの時の経過を意味する。忘れられた竜が再度目を覚ますとき、その存在を知るものがいなければ竜は突如として現れた侵略者に過ぎない。神の降臨などと都合よく思ってもらえれば良いが、そんなに甘い世の中ではないことくらい現状を見れば明らかだった。
「しかし──」
「くどい、ファントム」
異を唱える黄竜に対し、深い蒼の蒼竜が静かにその口を開く。それだけであたりのざわつきがおさまる。
深い蒼の体は尾に向け徐々に淡くなるグラデーションをもつ、その美しい竜は蒼竜の主導者だった。多くを語らず静かにその美しい眼で世界を見聞するこの竜は別名、静神とも呼ばれる蒼ノ主のソートだった。
「決断ノ巫女が為した決断・・・それが進むべき道というものではないのか」
凛とした声が響き、その静かなる眼はその場にいるもの全員に注がれる。
「ソート、しかし──」
なおも異議を唱えようとするファントムにソートの美しくも冷たい淡い青の瞳が向けられる。
「先の見えないのは巫女も然り。で、その先は?」
再びファントムを黙らせソートはロナク=リアに話を振る。
ロナク=リアは首を縦に振り、描く未来を語る。
一度、竜はすべて眠りにつき、竜人ノ民はその身を隠す。そうして世界から距離を置くことで現状の激しい人々の恐怖心を一度落ち着かせる。それと同時にマークレイの組織としての磐石化を図り、中立組織としての役割遂行がなされるよう奇術師たちに働いてもらう。
人々の記憶から竜や竜人ノ民が消え失せるものなのか、今のこの現状が過去のものとなるのか、それほど上手くマークレイが組織として成り立つことが出来るのか・・・考えれば不安はつきない。
そして、竜の眠っている間におこる魔力の枯渇については、現状から見れば極微量で細く今にも切れてしまいそうな糸のような細々とした魔力を人から補充する。
「禁忌を犯しかけた奇術師三人に協力してもらいます。彼らほどの力があれば魔力の補充の役割は十分でしょう」
禁忌の奇術に手を出した三人の奇術師は今現在、マークレイの地下牢で幽閉されている。その三人を世界から切り離した存在とし、竜の目覚めるまでの永い時間の間、必要最低限の魔力を世界へ供給するシステムに組み込む。
「そして、竜の目覚めの時期はあなた方主導者に託します」
ロナク=リアはそう言い、四頭の竜を見つめる。
竜の眠りには膨大な力を使い、それを断ち切るための魔力は特殊なものが必要となった。ロナク=リアは眠りを絶つためには共存する人間の存在が必要と考え、あえて眠りを絶つその枠組みに人間の役割を入れた。この眠りと時間は共に生きていくためのものであると。
それぞれの竜の主導者より、その力を宿し化身とも呼べる代物を造る。それは竜の牙、爪、鱗、皮、体毛、魔力、涙、血を素材として造られた竜ノ剣だった。その剣を持つことが出来るのは剣の主が許した、眠りを絶つに相応しい人間だけ。その選ばれた人間には魔力をもって主導者と誓約を結び、主導者はその誓約の受領として選んだ人間に己の魔力を渡す。
「私たち当事者を〈第一者〉とすると、眠りを絶つのはあなた方主導者が選んだ〈第二者〉です」
ロナク=リアは真剣な眼差しを四頭の竜に向ける。これがいかに無謀なことなのかは承知しているし、こうして話を聞いてもらっているだけでもありがたいとさえ思っていた。
「その〈第二者〉に条件は?」
オランがまだどこか納得しきれていない表情で口を開く。
「ありません。あなた方の考えと思いを以て選んでください」
その言葉にソートが口を開く。
「では、私から頼みがある」
「珍しいわね、静神が」
ロナク=リアは驚いたように口を開き、その青い瞳を見返す。何が起ころうとも決して口を挟まず、静かに事の成り行きを見守るソートは積極的に動くこともなければ意見を言うことも無い。
「最後の者は私が決めたい。そして、それはアラン王の子孫を願う」
その言葉にルーグがいち早く反応する。
「その条件は厳しすぎるぞ。どれほどの時が経つのかわからん中、ひとつの血族がそこまで生き残れるか?アランの子孫がその役割を全うするか?」
「この現状以上に厳しいことがあるとでも?」
ソートは激しく燃え盛るようなルーグを見据え口を開く。このどうしようもなく燃え広がっていく対立を消す術はない。何をしても成果は出ず、仲間は殺されていき、明日の我が身さえも分からない。昨日は手を取り合っていた奇術師が今日はその刃をこちらに向けてくる。
もはや、竜と竜人ノ民が滅ぶか、人が何かの天災で滅ぶかのどちらかしか未来はないように思えてならない。ルーグが仲間のためにその力を使い、戦を始めようとするほど現実はあまりにも酷い。
「分かったわ。その件については私とソートで国王に陳情しましょう」
それからの話し合いがどのようになされたのか、詳細には伝わっていない。だが、壮大な計画であり竜と竜人ノ民のなかにもロナク=リアの考えに猛烈に反対するものも多くいた。それでも、ロナク=リアの考えた計画は実行された。
ある日突然、世界から竜は姿を消した。と、同時に世界から魔力がどんどん消えていき枯渇し、誰も足を踏み入れたことの無い未知の世界がやってきたのだった。
******
それから程なくして、マークレイ創設者のイツカが魔力を発見した。そして魔力協会が発足され、魔力の研究が行われた。数々の研究ののち、イツカは神語を創り出し魔法術の基礎を築いた。
「イツカは初代会長にして、礼神・ファントムに選ばれた最初の〈第二者〉でもあったんだ。そして、魔力協会は様々な研究を行い、社会貢献に従事し、魔法術師を育成し今や世界にとってなくてはならない組織となった」
ナーダルは横たわったまま言葉を紡ぎ、物語を丁寧に読み聞かせるようにそのページをなぞらえて話す。夢物語かのようなその内容を、ルーシャは感想も何も無くただ聞き入る。受け入れるのでも、納得するのでも、質問するのでもなくただ聞く。
「そして、当事者たち〈第一者〉、僕ら〈第二者〉と共にロナク=リアは〈第三者〉という立場を設けた。それが君だよ、ルーシャ」
優しく微笑むその表情にルーシャは息を飲む。その言葉を耳にはした事があったし、かつてはナーダルに尋ねたこともある。答えて貰えず、ルーシャはそれが何を示しているのか全く知らなかった。
「〈第三者〉は過去を知り、現在と〈第一者〉を繋ぐ仲介役みたいなもの。これから先の途方もない世界のズレを少しずつ帳尻合わせしていく存在で、それはきっと数年では終わらない。君もいずれその役割を誰かに託さなければならないし、もし〈第三者〉が不要となれば、それは世界のズレがなくなった時か共存という未来を捨てた時になる」
ナーダルが見据えるのは途方もなく先の未来であり、それはナーダルやルーシャには想像も及ばないようなずっとずっと先のことだった。その未来では魔力について解明しているのか、魔力協会はどうなっているのか、何もかも分からない。今現在の国が同じように成り立っているのか、そもそも人がまだ生きているのかさえも分からない。
「ルーシャ」
その名を呼ばれる度にルーシャはナーダルのほうを振り向いて返事をしてきた。その声は暖かく、優しく、そして誰よりも信頼出来る。
かつて、セルドルフ王国で魔力に目覚めたことをひた隠しにしてきた自分を見つけてくれた恩もあれば、先輩魔法術師──魔導士として誰よりも尊敬する存在がナーダルだった。
「はい」
「これから先の未来はどうなるか全く分からない。今のこの僕らの生きている世界は、覇者たる竜のいない魔力の枯渇した時代が築いてきた
今ここにナーダルもルーシャも生きていることも、確かに人の世が歴史を築いて、人々が生きてきた。目の前の世界は確かに存在し、その軌跡も確かなものである。
しかし、その築いてきた歴史の裏には語られずにひっそりと存在し続けた覇者がいた。
目の前の世界が、当たり前が一気に覆される。存在しえない架空と思っていた竜という種族がいて、それはかつて迫害にあっていた──そんな物語のような話がすんなり受け入れられるわけが無い。
それに、ひとつの不安がよぎる。今のこの世界は覇者のいない永い時に順応し発展してきた。生態系も人々の生活もこの現在の世界で成り立っており、覇者が眠りから覚めるとなるとどうなるのか。ナーダル曰く現在は魔力の枯渇した時代だと言っていた、ならばその枯渇した魔力が復活したらどうなるのか。
何がどうなるか分からない。
それだけが、ルーシャには言えることだった。
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正直、信じられない。なにもかも。
竜が実在したとか、竜人ノ民という種族がいるということも。
けど、納得する部分ある。
マスターの魔力が他の人と明らかに違うとは思ってたけど、それは〈第二者〉という存在だったからだったんだ。
そして、マスターが最後の〈第二者〉で、静神が選んだアラン王という人の子孫ってことかー。
ロータル王国も、ルレクト王家もその歴史は長いとは知っていた。
でも、その長さの意味がこんなところにあったんだ。
ただ、善政をしいて国を守って粛々としただけでここまで来たんじゃない。
何としても静神が〈第二者〉を選ぶその時までに国と一族を守ってきたんだ。
そう考えると、本家の存在は本当に必要でよく出来たシステムだったんだ。
マスターの話を聞いて、色んなことが繋がる。
でも、この先どうなるのか、私に一体何ができるのか、何をしないといけないのか・・・不安はめちゃくちゃ多い!
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