p.49 大魔導士

 エリス宅に一泊したナーダルとルーシャは、エリスとともに夜遅くまで様々な話に花を咲かせた。今までの旅のことももちろん、エリスからナーダルのかつての王子だった頃の話も聞くことができ、ルーシャは驚きと納得の連続だった。




 いつも面倒くさがりで余計なことからは何でも逃れたがるナーダルだが、それは王子だった頃から変わりがなかったようだった。執務や公務といったことは何でも兄のレティルトに任せ、自分は好きなことばかりをしてきた。どうしても逃れられない執務や公務は渋々引き受けるが、基本的には自由に好きなように生きてきたのだった。




 夜遅くまで話し込んでいたせいか、エリスとルーシャが目を覚ましてもナーダルはまだ深い眠りの中にいた。基本的に早起きが苦手なナーダルを放って、二人だけで食事をとって散歩のために家を出た。ナーダルへの書き置きと朝食を置いて。




 イツカの生誕祭は数日にかけて行われており、魔力街道の中心部では今もお祭り騒ぎがなされている。ルーシャはエリスに連れられ、路地裏の散策をしていた。何もないのかと思っていたが意外と隠れ家的な店などがあり、どこか探検をしているようで面白かった。




 人気のない路地裏は昼間だというのにどこか薄暗い。自分たちだけの足音が響き渡り、どこかの異世界に二人だけで迷い込んでしまったかのようだった。祭りの喧騒とは正反対の場所に身を置きながら、ルーシャは久々に童心に帰って楽しんでいた。




(・・・ん?)




 路地裏探検をしていたルーシャは不可解なことに気付く。ルーシャとエリスから少し離れたところに魔力を複数人分感じ取れた。魔力探知が得意なルーシャは旅をしているうちに危険回避のために、頻繁に魔力探知を行っていた。最初は流動性のある魔力しか探知できなかったが、回数を重ねる毎に流動性のない魔力を感じ取ることも出来るようになっていた。そして、今は流動性のある魔力ならば平時には意識せずとも感じ取れるようになっていた。ほかのことに集中していたり、なにか切羽詰まっていたりとルーシャ自身が冷静でない時は無意識での探知はまだ出来ない。




 感知した最初はたまたま近くに人がいるだけかと思ったが、その複数人の魔力は明らかにルーシャたちから一定の距離を保ったまま着いてくる。これが大通りなら目的地が一緒なのかと考えるところだが、こんな何も無いような薄暗い路地裏で現状考えられることはひとつしかない。




(物取り?)




 魔力協会がいかに規則を重んじる場所であり、協会員がその規則に縛られていると言っても、その規則に絶対の拘束力はない。規則を破れば確かに罰則はあるが、すべての協会員が事細かに見張られているわけではない。協会員のなかには容易に規則を破り犯罪をおかすものもいるし、違法な秘薬や魔道具を売買するもの、金銭や目的のためには魔法術を悪用するものなどいくらでもいる。




 そして、なかには強盗や窃盗、挙句の果てには殺人などを犯すものもいる。魔法術を用いた犯罪は魔力や神語構造の名残などが残っていることがあり、それをもとに捜査がなされる。しかし手練の犯罪者であると痕跡を隠すのも上手いという。




「エリス・・・!」




 ルーシャは小声で隣を歩くエリスに声をかける。事態に気付いていない様子のエリスは不思議そうに首をかしげ、何事かとルーシャを見つめる。ルーシャは出来るだけ小声で現状を告げ、エリスは驚いた表情をした後にすぐに魔力探知を行う。




 ルーシャはすぐにエリスの手を取って走り出す。魔力探知は相手の魔力の存在だけではなく、慣れれば相手の力量も推し量れる。さらに魔力探知は微力ながら己の魔力を使うため、相手が同じく魔力探知をしていたり、魔力に敏感であればすぐにこちらの行動に気がつく。ルーシャはナーダルから魔力探知の際に逆探知がされないよう、こちらの魔力が感じ取られないよう特殊な魔法を習得していた。もとはナーダルがリーシェルから逃げるために、魔力探知による逆探知がされないようにしていたのを、ルーシャが真似をしたのがはじまりだった。




 エリスが魔力探知を行うと、複数ある魔力のうちいくつかが瞬時に反応を示していた。




(魔力探知が得意な人が何人かいる・・・。しかも多勢に無勢だから明らかに不利)




 旅の中でルーシャが経験してきたのは、単なる生きる術や魔法術だけではない。道中には山賊や盗賊もいるし、治安の悪い土地へ行けば金品を狙われるついでに命だって狙われる。そんななか、相手をするべき時と逃げる時の判断を常に行ってきた。基本的に師匠のナーダルがいるから何とかなっていたが、あまり厄介事に関わるものではない。一人前の魔法術師のエリスがいると言っても、エリス自身はそれほど攻撃魔法などを日常的に扱っているわけではない。




 薄暗く狭い路地裏を走り抜け、いくつも曲がり角を曲がり、ふたりは大通りを目指す。複数ある魔力は徐々に距離を詰めながらふたりのあとを着いてきており、明らかに偶然ではない。




 嫌な汗が滴り落ちるのを感じながらルーシャとエリスは路地裏を駆け抜けていく。人一人が通れる通路を駆けながらルーシャは魔力探知を何度も繰り返す。




「そっちは駄目!」




 前を走るエリスの手を掴んでルーシャはすぐ側にあった角を曲がるように伝える。相手は慣れているのか、ルーシャたちが逃げ出した途端に連携をとって先回りしている者が何人かいるようだった。この狭い路地裏で挟撃されれば勝ち目は全くない。ルーシャは魔力探知を行い相手の動きから行動を予測し、なんとか大通りに抜けようとする。




 いくつもの角を曲がり、ルーシャは行える範囲で地形探知も行う。魔力を超音波に変換させ発信することで、反響によって地形や建物がどのように広がっているのか分かる。走りながら、かつ魔力探知もこまめに行っているため片手間で行うには地形探知の範囲が限られてくる。いくつかの行き止まりを回避していたルーシャとエリスだったが、地の利は相手にあった。




(追い込まれた・・・!)




 二人の目の前には高い壁に囲まれた行き止まりがあった。立ち止まって息を整えながら、二人は背中合わせに立つ。




「エリス、頼りにしてるよ?」




 冷汗をかきながらルーシャは背中越しに息遣いを感じるエリスに軽口を叩く。




「それこっちの台詞だから。旅の魔法術師には色々かなわないしねー」




 同じく軽口を返しながらもエリスは神語を構造し始める。ルーシャも同じく神語を構成し、相手の動きを注視する。覆面をつけた男達が通路から四人、行き止まりの建物の屋上から三人が降りてきてルーシャとエリスを挟んで姿を現す。




「お嬢ちゃんたち、大人しく金目のものを置いていけ」




 一人の男がルーシャたちに近づきそう口を開く。二人は息を飲んで相手の出方をただ待つ。先制攻撃という選択肢もなくはないが、実戦慣れしていない女二人の力でそれは無謀であった。ただ黙ってこちらを見ている女二人を見て、降伏の意思がないと男達は捉えたのか、「忠告はしたからな」と言葉を発した途端に男達が一斉に二人におそいかかる。




 ルーシャは人二人分がすっぽり収まる半円形の防護壁を創り、エリスは魔法で矢を作ってそれを相手に飛ばす。男達の魔法術が一斉にルーシャの防護壁に衝突するが、相手が魔法術師であることを見越して防護壁に還元魔法を追加していた。そのため、男達の魔法術の攻撃は単なる魔力に還元され攻撃としての意味はなくなる。




(耐久性が心配だけど・・・)




 次々と放たれる魔法術が次々と還元され魔力に戻っていく姿を見ながら、ルーシャは自分の神語構造を確認する。還元魔法が発動していく度に神語はどんどん薄くなっていき、それだけ相当量の魔法術を捌いているということを示していた。防護壁自体にある程度の魔法術や物理攻撃に耐えられる強度があるが、多勢に無勢な今は受け身でいることは不利でしかない。




 エリスはいくつかの攻撃魔法で相手が距離を詰めてこないように応戦しているが、男達は慣れたようにエリスの攻撃を捌き避けていく。


 エリスはもちろん、ルーシャにも体術や剣術の心得などない。魔法術の展開ができないような状況に追い込まれることは絶体に避けなければならないが、玄人の物取り集団を相手に二人は追い込まれる。




 一瞬、ナーダルに連絡し助けを呼ぼうと思ったが、それが今は行えないほど現状をなんとかすることに手一杯であった。防護壁を完成させたルーシャもなんとか手持ちの魔法術で男達に対抗するが、軽い時間稼ぎ程度にしかなっていない。




 多量の魔法術を捌いたルーシャの還元魔法はあっさりと破られ、防護壁はなんとか辛うじてその形を留めているような状態だった。あと一撃与えられれば、すぐに崩壊してもおかしくはなかった。




「よくもったほうだな」




 男のひとりがそう言い、彼らから薄ら笑いが広がる。ひどく冷たいその嘲笑を肌で感じながら、ルーシャは急いで追加の防護壁の神語を構成する。エリスは来るであろう男達からの次の攻撃に備え様子を伺う。


 男のひとりが躊躇いなく風属性の攻撃魔法を発動させ、風の刃がルーシャの防護壁を粉々に砕く。神語を構成中だったルーシャは咄嗟の対応ができず、エリスもルーシャの手を引くが、人の速度が風を上回ることなどできない。鋭い鎌鼬が二人を襲う。




 二人は目を瞑り襲いかかる風の刃を覚悟する。だが、二人を襲うはずだった風の刃が届くことはなく、そよ風さえも二人の頬を掠めることはなかった。不思議に思い瞳を開けると、目の前に人がたっていた。




 ルーシャやエリスよりも小柄で白髪な老女がいつの間にか現れていた。二人よりも明らかに背も低く痩せこけているが、その背中にどっしりと守られているような安心感を覚える。その存在から感じられる魔力はあまりにも圧倒的でキレがあり、この老女が只者ではないと直感でルーシャは気付く。






「あなたは!グロース・シバ」






 驚いたようにエリスは目の前の老女を凝視する。


 本来、グロースという言葉は師匠の師匠を呼ぶ時に使うものだった。だが、シバは偉大な魔導士であり、魔力協会の協会員はみな彼女を敬っている。さらに魔力協会以外の魔力を扱う組織でもシバは尊敬されており、その存在はもはや魔力を扱うものの中では避けては通れない。




 そんな偉大な魔導士に対して尊敬の念を込めて、魔力協会員は彼女をグロース・シバと呼ぶ。シバはそのことに対しいつも怪訝そうに反応するものの、何かを言うことは無い。自分の存在が軽いものでは無いと自負しているからか、案外そのように呼ばれることに満更でもないのかは分からない。




「物騒な世の中だね、まったく」




 そう口を開くと、瞬時にルーシャたちを襲ってきた覆面の男たちが地面に膝をつき倒れ込む。あまりに自然かつ迅速な魔法術の発動がなされ、誰もシバの魔力が動いていることに気づけなかった。




「今回は見逃してやるから、さっさと去りな。若輩者ども」




 目の前に倒れる男達を一瞥しそう口を開く。その声を聞いただけなのに背筋が思わず伸びる。男達はよろよろと立ち上がり、なんの反論も反撃もせずに三人の前から躊躇い無く姿を消していった。




「お前さん、セルトの弟子だね?」




 身を翻し、シバはルーシャを見据える。その黒い瞳に何もかもを見透かされたような気分になり、ルーシャは恐る恐る「はい」と口にする。なんの躊躇いもなくナーダルをかつての愛称で呼ぶ姿に、ナーダルとシバの関係性の一端を垣間見る。




「ちょっとこの子を借りてくよ。セルトにも伝えておくれ」




 シバはそう言うとルーシャの腕を躊躇いもなく掴み、薄暗い路地を歩き始める。




「は、はい」




 突然のことに驚きながらも、言葉をかけられたエリスは慌てた様子で頷く。腕を掴まれたルーシャは戸惑いながらも大魔導士の後ろをついて行く。












 エリスから事の始終を聞いたナーダルは驚きながらも、思想本部の魔力街道にあるシバの自宅を尋ねる。そこは魔力街道でも端の方で、森に囲まれた場所でシバはひっそりと生活していた。ひっそりと言っても、大魔導士の力を借りようとここを訪れるものは少なくない。シバに師事していたころ、ナーダルはここに滞在していた。懐かしさを噛み締めながらも扉をノックして、家主に声をかける。




「シスター、お久しぶりです」




 ひょっこりと現れたナーダルはいつもと変わらない態度だった。シバは飄々と現れたナーダルを睨みつけて口を開く。




「連絡のひとつもまともに寄越さず、なにが久しぶりなんだね」




 ナーダルはリーシェルの反乱があった二年半前に逃走生活の末にシバのもとに辿り着き、彼女の元で八ヶ月ほど魔法術の腕を磨いていた。その後は世界を旅して過ごし、ルーシャを弟子にした。シバのもとを発ってからナーダルは基本的に連絡などせず、気ままに過ごしていた。思想本部にはフィルナルに呼ばれて何度も来ているが、それでもシバの元に寄る様子は一切なかった。魔力探知にも優れ逃げ足も早い、そんなナーダルを呼び出す手段としてシバはルーシャを捕まえたのだった。




 シバの経験と技術があれば、ナーダルが思想本部に来た時点でその存在を感じ取ることは容易だった。さらにルーシャはナーダルの弟子であり、彼の魔力の影響を何よりも受けているためルーシャの魔力も容易に見つけ出すことが出来た。エリスに関しては、フィルナルにルレクト家やその親類関係の情報を聞いていたことがあったので、すぐにその存在が分かっていた。




「相変わらずお元気そうでなによりです」




 再開早々にシバの皮肉めいた言葉を聞き、ナーダルは笑いながらどこか懐かしさを感じる。初めてあった時からシバのその話し方は変わらない。




「間抜けに呪いにかかったお前と一緒にするんじゃないよ」




 ため息混じりに目の前の弟子をまじまじと見つめながらシバはルーシャの言葉を思い出していた。ルーシャを連れてきたのはもちろん、一向に顔を見せに来ないナーダルを呼び出すためだが、それと同時にナーダルが弟子にした少女をこの目で確かめてみたかったこと、そして弟子とその弟子がどのように過ごしてきたのかを知りたかったからだった。もちろん出会いだけではなく、つい最近あった呪いの件も聞いていた。ナーダルの実力も性格も把握しているシバは彼が呪いをその身に受けたことは何か思惑があってのことだろうと思っていたが、ルーシャは本当に呪いが解けたのかと心配していた。




「ほんとですよー」




 他人事のように笑いながらナーダルは家の中に入る。家の中にはまだどこか居心地の悪そうなルーシャが、ナーダルを見て安堵していた。久しぶりの師匠との再会だというのに手土産を忘れたナーダルは、ルーシャに小遣いを渡し街で何かを買ってきてもらうようお使いを頼む。素直にルーシャは頷き家を出ていく。シバはルーシャが家を出て遠ざかったことを魔力探知で確認し、久々に現れた弟子を呆れたように見つめる。




「で、セルト。お前さん、もう少し学ぶべきことがあるようだね」




 久々に再会したナーダルにお茶を入れ、シバとナーダルは小さなテーブルを囲んで向かい合って座る。厳しい黒い瞳を感じながらもナーダルは首を捻る。




「何がです?」




「お前は確かに魔導士にもなったし、魔法術の扱いに関して文句ない。だが、指導者としては果てしなく下手くそだ」




 優秀な魔導士や魔法術師が優秀な指導者となるわけではない──そんな実例をシバは目の当たりにしていた。




「相変わらず手厳しいなぁ」




 刺すようなシバの視線と言葉にナーダルは堪えていないように、他人事のように呟く。




「あそこまで魔法術を一通り使えるようになったのは、ルーシャ個人の才能と努力だよ」




 ルーシャを見つけるのは容易かったが、その腕を見定めるためシバは男達に追われていた二人をあえて放置して様子を見ていた。確かに魔法術一式は使えるようだし、ある程度の応用も出来ていた。実践不足なのは経験が少ないから仕方ないと思うが、師匠の実力に弟子の実力があまりにも伴っていなさすぎた。




「そういう指導は僕よりも兄さんとかの方が適任なんですよねー」




 もともと人の上に立つことを意識していたレティルトは、とにかく人を導くということが上手かった。相手の力量を、目指す先を、思いを汲み取り、彼らがその先へ進めるようにと働きかける姿は弟ながら憧れるところもあった。




「話を逸らすんじゃないよ、馬鹿者。わざわざルーシャを追い払って二人きりの状況にした、その狙いは何だい?」




 溜息をつきながらシバは目の前でにこやかに笑うナーダルを厳しく見すえる。その視線に気づきながらも、ナーダルは表情を変えることなく口を開く。




「少しだけルーシャのこと、みていてもらえますか?」




「理由は?」




「少し調べ物をしに行きます。ちょっとルーシャを連れてはいけないので」




「子守りかい」




 突然の弟子のお願いにシバは小言を呟く。一向に連絡もしなければ、近くに寄っても顔すらも見せていかない。挙句の果てには弟子を人質のように取られやっと顔を見せたものの、悪びれもなく自分の弟子の面倒を見るようにと押し付けるのは、さすがとしか言い様がない。大魔導士の師匠相手に礼節をあまりにも欠いている。




「ルーシャは放っておいても自分で何でもしちゃいますよ」




 小言に対しナーダルは笑ってあしらう。しっかり者のルーシャなら、多少の緊張はあってもシバのもとでも問題なく何でもしてしまうだろう。




「あと、もうひとつ」




「師匠を便利屋のように扱うのはお前くらいだね」




 悪びれる様子もなくナーダルはさらにお願いをもう一つ口にし、はんっと呆れたように笑う。だが、ナーダルの表情がひきしまったのを見たシバは静かにナーダルの言葉を待つ。




「こっちが本命です。ルーシャを最低限鍛えて欲しいんです」




 その言葉にシバの瞳が一層鋭く光る。黒い矢に射止められたかのような緊張感が漂いながらも、ナーダルはそんな師匠から目をそらすことは無い。飄々として無礼極まりない態度だが、こうしてたまに何かを企む姿にあながち修羅場をそれなりにくぐり抜け、王族であっただけがあると思うことがある。




「目的は?」




「ケルオン城に戻るためです」




 ナーダルの言葉に覚悟がこもり、シバは腕を組み何かを考え込む。




「逃げ続けるのかと思ってたよ。お前はこの一年ちかく、一向にあそこへ向かう気配がなかった」




「シスターに弟子入りまでして逃げるわけないじゃないですか。恩返しを先にしとかないととね」




 にっこりと笑うナーダルをシバはため息をついて見据える。


 ケルオン城にはリーシェルがいる──それはつまり、見つかれば命の保証はない。そのことを予期しているナーダルは役割よりもまず、命のあるうちにリスクを犯してまで自分を保護してくれたフィルナルへの恩返しを優先した。無理難題とも思える彼の依頼をこなし、最低限の役に立とうと。




「ルーシャには覚悟して貰わないとねぇ」




 不気味なシバの言葉にナーダルは苦笑いをうかべるのだった。
















 * * *






 ルーシャとナーダルか生誕祭のために魔力協会の思想本部へ足を踏み入れた頃、ひとつの問題が大国で起きていた。




「いたか?!」




 真夏のセルドルフ王国の王城では国王のウィルトが異常なほど焦りを募らせていた。その表情は険しく、そしてひどく心配げだった。彼の見据える先にいるのはセルドルフ王国軍幹部だが、彼は黙って首を横に振る。




「そうか、とにかく捜索を続けろ。マセル、魔力協会に連絡は?」




 そばに居た濃い茶髪の男にウィルトは声をかける。軍艦部は恭うやうやしく一礼し、急いでウィルトの前から立ち去っていく。




「先ほどいたしました。折り返し協会もしくは会長から連絡を頂ける手筈です」




 水色の瞳の男はマセルという魔力教会に所属する魔導士であり、魔力嫌いなウィルトが今現在雇っている王宮魔導士だった。




 王宮やそれに準ずる貴族や要人に雇われている魔法術師および魔導士は、その仕事柄から魔力協会にとって重要な位置づけになる。王族や貴族、要人にもしものことがあった場合や重要な情報を得た時に、即座にそのことを魔力協会のトップに伝えられるように特別な連絡網を持っている。魔力協会会長の秘書部への直通の連絡ができる権限を有し、その秘書からフィルナルに取り次いでもらうことで時間の短縮と効率を図られていた。そのような重要人物でさえも直接的にはフィナルヘ連絡することはできず、ウィルトはそのシステムを知った時に、いかにナーダルの立ち位置が特殊であったのかを痛感した。




「私も王子の捜索に加わって参ります」




 そう言いマセルも一礼し部屋を出ていく。誰もいなくなった部屋でウィルトは頭を抱え、椅子に深く腰掛ける。






(アストル、どこへ・・・)






 半日ほど前からアストルが姿を消していた。最初はどこかへふらっと行ったのかと思っていたが、基本的にアストルは近くの人間にどこかへ行く時は目的地なり時間なりを伝えていることが多い。さらに彼が行くような場所を探したが、その姿は一向に見当たらなかった。


 王宮魔導士のマセルが魔力探知や人探しの魔法術を使ったが、アストルがそれに引っかかることがなく、自体は深刻化した。




 焦った様子のウィルトはアストルの行方に冷や汗を握るのだった。























─────────



マスターの師匠、グロース・シバに会った!


偉大な大魔導士って聞いてたけど、ほんとすごい。


会った瞬間に普通の人じゃないっていう、雰囲気というか風格というか・・・。


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