p.29 王宮魔導士

 セルドルフ王国から南西に進んだところにある大陸に、ベタル王国は存在している。四方八方を他国に囲まれた内陸であるが、歴代国王の政治手腕のおかげで戦争となることもなく領土を守り、周辺諸国との良好な関係を築いている。




 ナーダルは第一王女のオールドが最後に存在を確認された場所を訪れていた。




「さすが庶民派と名高い姫君ですね」




 彼女が訪れていたのは街中にある、普通のカフェだった。木造の二階建てで一階部分が店舗で二階部分が店主の生活スペースとなっている。少し年季の入った建物は良くいえばレトロ、悪くいえばボロい。扉には優しい音の鈴が付けられており、扉をくぐる客人はその音に送迎される。中はこじんまりしており五つほどのテーブル席と、五人分のカウンター席があるだけだった。これと言った飾りや植物が飾ってあるわけでもなく、少し色あせたギンガムチェックのテーブルクロスだけが店の中で色合いを醸し出す。




 カウンターの向こうには老夫婦が立ち、主人が湯気をたゆらせると紅茶とコーヒーの香りがこちらまで届いていくる。店内には一昔前に流行った音楽が静かに流れ、客人たちも静かに各々の時を過ごす。




 王家御用達でなければ、貴族が足しげく通う店でもない。庶民が普通に利用するリーズナブルな店であり、王女が来るにはあまりにも無防備な場所でもあった。おそらく護衛は付いていただろうが、いつどこで誰に襲われるかも分からない、毒をこっそり盛られていても分からない。




 高貴な身分の人間が簡単に訪れるような場所に思えず、イートゥル家がいかに王家のなかで異色とされているのかを感じずにはいられない。庶民派といえば聞こえはいいが、貧乏王家と揶揄されることもある。




「あまりそんなこと言うと消されるぞ」




 ナーダルの隣に立つフィルナルは腕を組んだまま忠告をする。変わっているとはいえ相手は王家であり、長年国を統治してきた権力者だ。あまり反感を買うと良いことはない。




「それはヤだなー」




 フィルナルの脅しに笑いながらわざと身震いし、ナーダルは店内を見回す。大材的な調査は済んでおり、今二人は客人として店の中の席に腰掛ける。




「お前が消されると俺も困る」




「便利なパシリがいなくなりますもんねー」




「そうだな」




 ナーダルの言葉を否定する素振りも見せないフィルナルの正直さに苦笑する。談笑しながらも注文したコーヒーを嗜み、確かに美味しいとナーダルは頷く。王女様が足しげく通う理由がなんとなく分かる。




「そうだ、ナーダル。一応祝ってやる。おめでとう」




 そう言いフィルナルはナーダルにとあるものを手渡す。封筒を受け取り、中を覗いたナーダルは特になんの反応も示さずそれを懐にしまう。無反応なことをフィルナルも言及するつもりはないようだった。




 それから何もなかったかのようにナーダルはフィルナル監視の元、ひとつのことを確認する。彼が行うのは魔法や魔術の痕跡でも、その神語の解析でもない。ただの魔力探知を行い、ひとつの魔力を見つける。




(やっぱり)




 何となくの確信があったが、それを実際に目の当たりにすると納得もするが多少の驚きもある。




「フィルナル会長」




 単なる魔力探知をしたことが拍子抜けだったのか、フィルナルは幾分か面白くなさそうな表情をしている。期待していなかったといえば嘘になるほど、フィルナルのなかでナーダルの仕事に対する評価は高い。依頼すれば基本的に望んだ結果をまねき、無理な時は相応の情報を持って帰ってくる。そんな簡単なことでさえ、フィルナルの抱える問題は出来ないことが多いほど、なかなか厄介なものばかりだった。




「この一件、僕に譲ってください」




 覚悟を決めたかのように表情を引き締め、ナーダルは目の前の会長を見つめる。いつもヘラヘラして、やる気がなさそうな言動ばかりのナーダルの変化にフィルナルは眉間にしわを寄せる。




「任せろではなく?」




「はい、僕に譲ってください。あと、お願いがあります」




 真剣な眼差しでフィルナルを見てはいるが、その瞳が捉えているのはもっと先の、別の誰かのような気がする。




「譲る以上、俺に隠し事はするな。すべてを話せ」




 世界中の王女たちが失踪しており、そんな国際的な重要任務を任せるとなるとフィルナルにも覚悟がいる。ナーダルのことを信頼しているし、大魔導士の弟子であり実績もある。だが、それとこれとは話が別だった。何の説明もなく頷くわけにもいかない案件であり、フィルナルは厳しい眼差しをナーダルに向ける。




「おそらく──」




 ナーダルは躊躇うことなく口を開く。














 オールドが失踪してから数日がたち、アストルはここ数日の間にやつれた。食事もあまりとらず、ひたすらオールドを助けるためにどうすべきか、小さな情報でもないか翻弄している。周囲の人間も協力しているが、魔力協会でさえ手を焼く問題なだけにアストルの努力は空回りのように思えた。




「陛下」




 そんななか、ナーダルは王座に腰掛けるウィルト国王を見据える。息子の婚約者が消えたとなり、ウィルト国王の表情も冴えない。いつもの気迫を感じられず、ナーダルは改めてことの重大さを痛感する。




「とりあえず、ご報告をと。この度、魔導士に昇格いたしました」




 ナーダルはジャケットにつけている協会章のブローチを指さす。つい先日、ベタル王国でフィルナルとあった時に、会長直々に手渡された例の封筒の中身が、この協会章と合格通知だった。この前まで背景の色が魔法術師を意味する青と緑だったが、今日はその色が黒に変わっている。それは数多の知識と経験を重ねた実力の持ち主であることを示している。もちろん、魔力嫌いなウィルト国王がこのことを知っているわけはない。




 特に表情も変えることなく「そうか」とウィルト国王は答え、興味は心底なさそうだった。そんな国王の反応など気にもしていないのか、ナーダルは続けて要件を口にする。




「陛下。こんな状況下で申し訳ありませんが、城を発たせて頂きます」




 沈黙のウィルト国王の表情が一瞬動く。




「なっ──」




 魔力嫌いを豪語し、魔力協会の人間を毛嫌いしているウィルト国王であるが、この緊急事態にナーダルのお暇に焦りの表情を浮かべる。出ていくのは構わないが、今はそういうことにかまっていられる余裕がない。




「しかし、非常勤の王宮魔法術師として最後の仕事──オールド姫の一件は何とかしてみます。事件解決後、僕はフリーの魔法術師に戻らさせて頂きルーシャと共に城には戻りません」




 突然の発言にウィルト国王は困惑したような表情を浮かべ、何を言うべきか迷う。ナーダルがそのうち出ていくことは最初から分かっていたことであり、もともと滞在を快く思っていなかった。ナーダルのことを信頼はしていないわけではないが、魔力嫌いのウィルト国王にとって魔力協会の人間は自分のテリトリーに入れたくない。出ていってくれるというのなら止める理由はないが、今は少し困る。




 それに、いまナーダルはオールド姫の一件を何とかすると言っていた。今現在最も早急に何とかしなければならなあたことであるが、誰もそれを解決する術を持っていない。




「できるのか、姫の救出」




 言いたいことは色々あったが、一番の気がかりといえばベタル王国の第一王女の救出だった。




「力の限り善処致します」




 出来るとも、出来ないとも言えない。だが、それでもやるべき事をやるしかなかった。腹を括ったナーダルはいつにも増して真剣な表情でウィルト国王を見上げるのだった。












 翌日。


 ナーダルはルーシャに事の次第を話す。オールドたち王女の誘拐されたであろう場所、そこへ行くこと、そして首尾よく王女たちを解放したらそのまま城に戻らず旅に出ることを。




「分かりました」




 ルーシャは説明に対し何の質問もなければ表情を曇らすことなく、あっさりと首を立てに振る。師匠が決めたことに異論するつもりもなければ、否定する必要もないと、ルーシャもルーシャなりに腹をくくっている様子だった。




 ルーシャのなかに何の疑問がないわけでもない。なぜナーダルは王女たちが誘拐されたであろう場所を推測できたのか、なぜそこであると断言出来るのか、なぜ魔力協会に任せず自ら動くのか、そして何故すべてが終わったら報告もなく逃げるように城をあとにするのか・・・。分からないことだらけだが、気にもなるが、すべてを飲み込み彼について行くと決めていた──ナーダルに師事すると決めたあの時から。














 暖かさが感じられる真昼の空のもと、セルドルフ王城の中庭にルーシャとナーダルが立つ。少し離れたところに見送りにきたウィルト国王と、一緒に行きたいと最後の最後まで主張したアストルが見守る。アストルの周囲にはとっさに彼が走り出してナーダルたちに合流しないよう衛兵が数名控えている。




 昨日、ナーダルはウィルト国王とアストルにルーシャとともに王女を救出に行くこと、その後は戻らないことを伝えた。アストルは自分も行くといって聞かずウィルト国王もナーダルも手を焼いた。一国の王子、それも唯一の王位継承者を危険な目にあわすことは出来ない。もしものことが起きれば、ナーダル一人で負える責任ではなくなる。説得に説得を重ね、なんとか思い留まってくれている。




(警戒するに越したことはないけど)




 いつ飛び出してくるかわからないアストルを一瞬見てナーダルは自分に言い聞かせる。




 ルーシャたちは中庭の中にある巨大な岩の前に立っていた。王冠失踪事件の原因であった魔力を秘めた巨石は悠然とその場に立ちはだかる。




 ナーダル曰く、王女たちが幽閉されているであろう場所はセルドルフ王国から遥かに離れた場所であり、交通機関や馬などで行けなくもないが時間が掛かりすぎるらしい。あまり悠長にしているわけにもいかないため、空間移動という魔法で王女たちのいるであろう場所の近くまで移動することとなった。




 未知の場所かつ何が起きるかわからないため魔力は温存するに越したことはなく、空間移動で大量の魔力を消費することは避けたい──となったとき、城の中庭にある巨石の魔力を利用しようという算段となった。




 慎重に巨石の魔力を引き出し、そこから空間移動のための神語を紡ぎ出していたナーダルは魔法を構成しながら魔力探知を行う。




(大丈夫だとは思うけど・・・)




 以前、アストルは魔力の流動性がないにもかかわらず魔力に敏感に反応したことがあった。無意識のことだろうが、アストルが魔力を扱えなくても魔力に反応してしまう体質である可能性があった。そんな人間など今まで見たことないが、そうなってもおかしくない出来事にアストルはかつて巻き込まれていた。




 魔法を構成しながら、アストルの魔力がこちらに介入してこないか警戒するナーダル。魔力は心の力であり、強く願えば変化を起こし何かが起きることもある。安定しているようで不安定なアストルの魔力が、無意識に自分の感情に反応してしまえば厄介なことになりかねない。




「では、行ってきます」




 魔法を構成し終えたナーダルは軽い口調でそう言い、ウィルト国王とアストルに軽く手を振る。まるで、ちょっとそこまでお使いにでも行くのかのような調子にウィルト国王は不安を覚えるものの、ここは彼に一任するしかないと無反応で見送る。




 膨大な魔力が形を作り、目には見えない道を創り出す。魔力を扱うものだけが見えて感じられる、空間の裂け目にナーダルは躊躇うことなく足を踏み入れる。ルーシャはウィルト国王に一礼し同じく空間の裂け目に入る。そこは真っ暗で何もなく、上下左右の感覚さえなくなりそうな不思議な空間だった。先を歩くナーダルがいなければ、迷子になるだろうし、上下左右の感覚がなくなれば気分も悪いし動けなくなるだろう。




「えっ?!」




 ほんのりと魔力を背後から感じ取り、二人同時に後ろを振り返る。ルーシャとナーダルは同時に驚きの声をあげ、そこにポツンと立ちつくす人物を見つめる。






「兄さんっ!」











──────────



マスターと一緒にここを出ることになりました。しかも、王女様の救出なんていう、とんでもないおまけつき!


だ、大丈夫なのかな。


マスターの前では「分かりました」って、かっこつけて言っちゃったけど不安しかない!いや、マスターが決めたことならついて行くし頑張るけど、知識も技術も経験もない私がいても正直、足でまといな気しかしない。


とりあえず、落ち着いて頑張ろう!そうするしかないよね。




・・・でも、不安だー。

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