p.25 座談会

 ルーシャがアルバイトを始めた頃、師匠のナーダルは魔導士採用試験を受けていた。試験は二日間行われ、一日目は筆記試験で知識を求められ、二日目は実技試験で技術や応用力が求められる。魔法術師採用試験の合格率が常に九十パーセント近くあるのに対し、魔導士採用試験の合格率は三十~四十パーセントとあまり高くはない。さらに魔法や魔術を極めようと思えば呪術師という資格がある。その合格率は低くて一桁台、高くても二十パーセントに届くかという狭き門も存在している。




「いやー、さすがに疲れましたよ」




 無事に二日間の試験を終えたナーダルは魔力協会の本部の一つ、思想本部の会長室に身を寄せていた。魔力協会には本部が五つある。権力や役割の分散、そして他の組織などの攻撃を受けた時に組織そのものがあまりに弱体化しないように五つに分けていると言われている。




 本部の中の本部といわれているのが、ナーダルが今現在いる思想本部だった。議会や各部署の長が集まる協会の心臓部だった。他には知識が集まり大図書館がある聖本部、警察本部や裁判などの治安に関連する部署のある本部、協会や魔力の歴史を語り継ぐ時ノ本部、魔力や魔法・魔術の研究を行うすべノ本部がある。どの本部も支部よりも圧倒的な大きさと権力を持ち、世界の権力がそれぞれに集約されている。




「で、受かりそうか?」




 ソファに座り勝手にお茶を飲んで寛いでいるナーダルとは正反対に、フィルナルは大量にある書類に目を通している。思想本部のなかでも議会も入る建物の最上階に会長室はあり、そこから本部の下に広がる街並みを見下ろすのはなかなかの眺望だった。部屋の一部の壁は大きなガラス張りとなっており、下を見下ろすのは権力者の醍醐味のようだった。




「そんな簡単に受かったら皆苦労しませんよ」




 手をひらひらと振りながらナーダルは特に気にした様子もなく、そう言葉を紡ぐ。魔導士とは魔法術師よりも魔力の本質を理解し、それを自由自在に扱う力を問われる。簡単に知識だけでも、技術だけでもその領域に届くことは叶わない。それでも魔導士になりたいという人間は根っからの魔力バカか、資格としてそれが必要かが大半だった。




「なら、受かるまで何度も受けることだな。受験費は自己負担だぞ」




 へらへら笑うナーダルに対してフィルナルの冷たい言動は貫かれる。「うへー」とナーダルは反応しながらも、フィルナルの言葉を気にしている様子はない。ナーダルは特に魔導士にこだわるつもりもないし、なれなければ仕方がないと割り切っている。だが、恩ある上に権力者から試験を受けろと言われて無視もできない。いちおう受けたが、この調子では受かるまで試験を強要されそうでナーダルは財布事情を心配する。




「あ、フィルナル会長。これ渡しときます」




 溜息をつきながらも、ナーダルは丁寧に包み込んだ何かをカバンから取り出し机の上に置く。書類から目を離しフィルナルは立ち上がり、ナーダルの向かい側に座り込む。何のためらいもなく包みを開け、その姿と魔力に息を呑む。包みを開けるまで一切の魔力が漏れでることがなく、みごとな封印魔法がさらりとほどこされていた。




「神秘の鏡か」




 一見しただけでそれが何なのかを理解する。恐ろしいほどの記憶力でフィルナルはすべての魔道具を覚えている。それらを管理する立場として、その組織の長としてひとつひとつの形も魔力も特性も、すべてをその頭の中に叩き込んでいた。




「ちょっとした経緯で手に入れて。今度は盗られないようにしてくださいね」




 ナーダルの上から目線の発言を気にする様子もなくフィルナルはまじまじと手元の魔道具を見つめる。




「使ったのか?お前の魔力が僅かだが感じられる」




 膨大な数の魔道具の魔力すらも瞬時に嗅ぎ分けるフィルナルの魔力探知能力に圧倒される。




「使ったというかー」




 ナーダルは言葉に詰まりながらも、つい先日の事件について話す。偶然なのか必然なのか、魔力の導きによるものなのか分からないがそれを手にした。少し前なのに随分と昔のように感じられる。




「おそらく、主のいたところにあった水晶はこの魔道具の水晶と同じです。その魔道具も、扉の封印も・・・・・・おそらく〈第一者〉がやったんでしょうね」




「封印はともかく、なぜ魔道具を創る必要があった?」




 フィルナルの言葉にナーダルは「そんなこと言われてもなぁ」と頭を悩ます。ナーダルは〈第二者〉であり、〈第一者〉ではない。彼らが何を思い、何をしたかなど分からない。




「世界の動きを見るため、世界との繋がりをもつため・・・といったところですかね」




 考え込んで答えながらも、それらはすべてはナーダルの推測に過ぎず確信はない。




「黒騎士なら何か知っているかもな」




 同じく何か考え込むながら呟くフィルナル。




「まあ、この件はいい。回収ご苦労だったな」




 ため息をつくフィルナルは立ち上がり仕事机にある一枚の紙をナーダルに渡す。




「仕事リストだ。早めにやってくれ」




「だと思ってました。相変わらずの無理難題ですね」




 箇条書きに羅列された仕事内容を見てナーダルは苦笑いを浮かべる。もともと、試験だけを受けに来たナーダルだったがフィルナルから来るようにと連絡があった。試験の慰労のためなわけがなく、ナーダルは覚悟してこの場に来ていた。




 リストには高度な魔道具の回収、家出人の情報収集力、奇怪な現象の現状調査、音信不通の協会員の調査などが書き連ねられている。一見すれば簡単そうな内容だが、わざわざ会長が依頼するということは難易度はそう低くはない。




「これでも弟子を持ったことで考慮してやってるんだ、文句を言うな」




 黙り込んでリストとにらめっこするナーダルにフィルナルは冷たく言い放つ。協会が抱える問題は数多く、それらすべてを解決することは難しい。毎日のように支部を通して依頼が舞い降りてくるが、それらを満遍なく捌き、人員を割り当てるだけでは事態は解決しない。出来ることや得意分野は人それぞれで、それにそれぞれの生活や個人の諸事情もある。そんななか、勝手気ままに世界を旅しているナーダルはある程度融通がきくため何でもやってもらいやすい。




「雪原で問題でも?」




 リストのなかの仕事を見てナーダルは首を捻る。そこには、雪原の実態調査と魔法術の解析と書かれている。




「少し前からハッシャール雪原のある一帯に不可侵の術がかけられている。その神語が厄介でな」




「スペルとか一部でいいんで分かります?」




 世界の最北には永久凍土を誇る雪原が広がっているが、あまりに厳しい環境のため今までどの国もその領土を狙わなかった。そのため、そこ──ハッシャール雪原は永久中立の土地としてどの国もその領土にわざわざ手を出さない。環境や何かの調査で行く時は世界的権力を誇る魔力協会が中立の立場としてその許可を出している。




 フィルナルはハッシャール雪原で報告された魔法の一部の神語を描く。魔法や魔術を構成する神語の羅列には基本的にルールがある。魔法ならば規則や法則に則った魔力の変化を行えるよう、魔術はそれ以外の魔力変化を起こせるように。ある程度のルールのもとに神語は構成され、基礎の部分さえ押さえていればあとのアレンジは術者の才能やセンスによって異なり、それらは同じ魔法や魔術でももたらす効果は変わってくる。




 神語構造を見たナーダルはハッと顔色を変えたが、それ以上何かをいうことはなく深く考え込み始める。フィルナルは言及しようとしたが、リストに書いた以上はナーダルに託した事件であり彼に一任することにした。




 深い沈黙に支配されたまま、フィルナルは再びため息をつく。今度のため息は先程以上に盛大で、会長の疲れが如何程のものなのかと想像することが出来る。




「いつにも増してお疲れのようですね」




「前に話しただろ、王女たちが失踪していると。それが解決していない」




 頭を抑えフィルナルはさらにため息を重ねる。どんどん幸せを逃している様子にナーダルは苦笑いを浮かべる。組織にしろ国にしろ上の立場になり、その責任を真っ向から背負うということは大きな負担でしかない。




「珍しいですね、会長がその手の事件を解決しかねているなんて」




 フィルナルは若くして魔力協会の会長に就任しただけあり、相当の腕の魔導士である。彼が協会に就任できたのはその腕だけではない。協会のことを決める議会において、議員は基本的に知識と経験の深い歳の者──おおよそ五十から六十代のものがなることが多く、会長でも同じだった。だが、フィルナルは三十七歳という異例の速さで議会入りし会長まで上り詰めた人間だった。




 フィルナルが会長になれた一因として大きいのは、先々代前の会長・シバの推薦があったからだった。会長を辞任した今現在でさえ、その権力は衰えることがない。一協会員に成り下がった今でさえ大魔導士の一言は絶大な影響力を持っていた。それゆえ、フィルナルは大恩あるシバの弟子たるナーダルが魔法術師に甘んじている姿は許し難いのだった。




 また、フィルナルは様々な国や人との関係性を築くことで魔力協会の立場を確固たるものにし、自分の発言権も得ている。つまりフィルナルにとって国の要人に何かがあっては困るし、そうならないよう動いていた。




「被害が拡大しているのに犯人像も、目的も分からんからな」




「前は確かローズ姫とリリア姫でしたね」




 少し前にフィルナルがセルドルフ王国に赴き、ナーダルにその手の話をしたことがあった。王家の人間が狙われることに驚きはあったが、魔力協会が手を尽くせばすぐに解決するだろうとあまり気にはしてなかった。




「ああ、二人とも見つかっていないが被害者が増えている。アリア姫とユーナ姫だ」




「ほんとに女の人ばっかりですね。犯人が男ならハーレムですね」




 笑って話すナーダルにフィルナルの眼光は厳しい。冷たく切り裂くその瞳にナーダルは冷や汗をかいて気を引き締める。今のフィルナルに冗談は一切通じなさそうだ。




「冗談ですって。まあ、その四人の共通点といえば・・・」




 ナーダルが何かを考え込む。情報屋ではないので何でも知っているわけではないが、噂などは色々聞いたことがある




「各王家の秘術ですかね」




 四人の王女はいずれも魔法術師で、その家系も代々魔法術師でありそれぞれ得意分野を持っている。魔法術師を排出する王家や貴族は基本的に強い魔力を持っていたり、優れた技術を持つものが当主となることが多い。




「やはり、そうなるか」




「ただ、そういうのって王位継承権のある王子に受け継ぐことが多いので、王女を拐ってもあんまり意味なさそうですけど」




 考え込みながら答え、ナーダルも悶々もする。本当に秘術を手に入れるのなら、その秘術をすでに継承している人間か次期継承者を狙うことの方が確実だ。だが、基本的に王位を継ぐことのない王女ではその可能性が低い。




「・・・これ以上、被害が出るようならお前の仕事リストに追加だな」




 大きな溜息をつきながらフィルナルは静かにナーダルを見据える。真剣な瞳に捕えられ、ナーダルもその目を離せなくなる、言葉以上にその視線がことの真剣さを物語る。




「ほんと、それだけは勘弁してください」




 だが厄介事に首を突っ込みたくないナーダルは苦笑いを浮かべ、やんわりと断りの言葉を述べる。フィルナルはそれにキツく睨みつけてはきたが、それ以上何かを言うことはなかった。


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