「裁縫は特技の一つなんだ」
うららかな春の日差しが木々の合間を縫って降り注ぐ中、二人横並びにベンチに腰掛け、取りとめもない愚痴を零し合う。
「たまにあなたが私とあの人の子供に思えてくるわ」
苦笑し、目を細めるコゼットにアルミラは小さく首を傾げる。
こうして二人で会うのは、アルミラがレオンの婚約者になってからは久方ぶりのことだった。レオンが組合から戻ってくるまでは度々会っていたのだが、今ではコゼットのほうが出歩くのが難しくなっている。
「私とあの人の子供がまともに育つわけないもの」
暗にアルミラがまともではないと言っているようなものだが、男装している時点で否定しようがない。
アルミラはその言葉にこれといった反論をすることなく、別のことに思いを巡らせた。
「レオン殿下はお二人を慕っていますが、私を嫌っていますよ」
会話は増えているが、そのどれもが命令だったり罵倒だったりだ。アルミラも斜め上の解決法を模索したりして相手の意表を突くことに苦心しているので、どっちもどっちなやり取りを繰り返している。
完全に相性が悪いとしかいえない関係を順調に築いている最中だった。
「……あの子は、親だから慕っているだけよ。私たちがどんな人間なのか知れば、そんな気もなくなるでしょうね」
自嘲するコゼットに、アルミラはなにも言わなかった。
コゼットがレオンにしていることを考えれば、それもそうだろうとしか思えなかった。
だからといって、コゼットを非難する気にもなれない。自分のせいで死に追いやってしまった忘れ形見に心を砕き、この世でもっとも嫌っている相手との間にできた子に愛情を注げないことを責めたところで、どうしようもないとわかっているからだ。
――そんな、昔のことを思い返しながらレイシアを部屋に招き入れる。
長期休暇に入る前、レイシアの元に招待状が山ほど来るだろうから、それに応じる前に訪ねてほしいと言伝してあった。
そしてアルミラの言うとおり、レイシアはやって来た。
「やあ、よく来てくれたね」
歓迎の意味も込めて笑顔で応じる。こうして相手が好みそうな笑顔を作るところが、コゼットにあの人に似ていると言われた所以だろう。
「あの、本当に私なんかが来てよかったのでしょうか」
視線を不安そうに揺らしているレイシアを安心させるために穏やかな笑みを向ける。
「私が来るように言ったんだから、そうかしこまらなくていいよ」
落ち着いた声色で言えば、レイシアはほっと肩の力を抜いた。緊張に強張っていた顔が緩み、部屋に並ぶ調度品に目を輝かせる。
その切り替えの早さに感心しながら、アルミラは私室の横に備えつけられている寝室にレイシアを案内した。
「あの、ここでなにを?」
「君に色々あげたいものがあってね。……悪いとは思ったけど、君の家の財政状況を少し調べさせてもらった」
レイシアはきょとんと目を丸くして、小さく首を傾げた。レイシアの家の財政状況は、よくもないが悪くもない。特産品もなにもない領地を持つ子爵家としては、妥当なところだろう。
「今回君のところに来た招待状には、伯爵家以上のものもたくさんあっただろう?」
「はい、そうです。よくわかりましたね」
「レオンとの一件で君に話を聞きたい者はたくさんいるはずだからね」
クローゼットからドレスを何着か引っ張り出し、レイシアに当てる。レイシアはそれにぱちくりと目を瞬かせながらも大人しく応じた。
「ドレスを新調するのは大変だろうから、私のほうでいくつか用意させてもらったよ」
「え!? そ、そんな、悪いです!」
「これは元々私のだから、遠慮しなくていいよ」
「それって公爵家のってことですよね!? 無理です、そんなもの貰えません!」
ぶんぶんと手を頭を振って固辞するレイシアに、アルミラは聞く耳を持つことなく話を進める。
「私のをそのままあげられればよかったんだけど、合わないだろうからこちらで少し調整させてもらった」
アルミラとレイシアの差は身長だけではない。体つきもまったくと言っていいほど違う。
そのことにレイシアは一瞬アルミラの胸元に視線を向けかけ、慌てて逸らした。
学園でレイシアの受けた悪口の中には体を使ってたぶらかしたのだろう、というものもあった。
女性らしい体つきは、ときにいらない諍いを生むこともある。それを危惧してのことで、そうと気づいたアルミラは口元に苦笑を浮かべる。
「私としては今のままで十分満足しているから、そう気を遣わなくていいよ」
「え……?」
「それに、君くらい大きいと動きにくそうだ」
純粋に邪魔だという思いもあるが、変装するにあたってあるものをなくすことはできないが、ないものをあるように見せかけることはできる。
そういう意味でも、アルミラとしては自分の体形には満足していた。ただ一つ欲を言うなら、もう少し背が低ければ変装の幅も広がったのにというものだろう。
「そ、そうですか」
「まあ、そういうわけで君の体型に合わせて調整してみたけど、ちゃんと合っているか着てみてくれるかな?」
「あ、はい」
有無を言わせぬ勢いでドレスを押しつけ、寝室を出ようとしたアルミラだったが、ふと思い立ち振り返る。
「手伝ったほうがいい?」
「いえ! それは本当に! 大丈夫ですので、ご心配いりません!」
ドレスというのは一人で着たりするのが大変なものも多い。そのため侍女に手伝ってもらったりするのだが、この場にはアルミラとレイシアしかいない。
そのため手を貸そうかと思ったのだが、必死に首を横に振るレイシアにアルミラは大人しく寝室を出た。
「あ、あのぉ」
それからいくらかして、寝室の扉が少しだけ開いた。ソファに座りくつろいでいたアルミラは、その小さな声に首を傾げる。
「合わなかった?」
「いえ、ぴったりです。……不思議なことに」
「そうか。それはよかった」
「……どこで私のサイズがわかったのでしょうか」
「ああ。エルマーは服の上からでも女性の体型がわかるという、稀有な才能の持ち主でね」
なんてことのない風に言われ、レイシアは思わず「え、こわ」と漏らしてから慌てて両手で口をふさいだ。エルマーはアルミラの従兄で、侯爵家の人間だ。
怖いとか気持ち悪いとか言うのは不敬すぎると自粛したのだが、ほとんど言ってしまっているのでもはや手遅れだろう。
「そう言ってやるな。こうして役に立ったんだからな」
気を悪くした様子もなくアルミラが笑うと、レイシアはほっと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ他のドレスも大丈夫そうだね。君のサイズに作り直したものは全部持って帰っていいよ」
「……本当に、よろしいのでしょうか。それに、どうして私にそこまでしてくださるのですか?」
先ほどまで驚きやらなんやらで砕けかけていた口調が、かしこまったものになる。その変化にアルミラは「ふむ」と小さく呟くと立ち上がり、寝室に向かった。
「必要なことだからだよ。君には高位貴族の夜会に参加して、色々な人と話してもらいたい。だけど、着ていくドレスがないでは困るだろう?」
「一応、元々持っていたものがありますが」
「君の魅力は素朴さだ。私としては、その魅力を最大限に引き出せるものを用意したつもりだよ」
子爵家の財政状況でも誂えそうな、装飾を最低限にしたドレス。傍目には、頑張って背伸びしていいものを着ましたという風にしか見えないだろう。
実際にはアルミラの――着もしないのに父親がせっせと買い込んでいる――ドレスを誂え直したものなので、生地は上等だ。それなりに審美眼に優れたものであればそれに気づき、レイシアにドレスを贈るような間柄の者がいると察するだろう。
素朴で守ってあげたくなるような少女、だけどそれなりの後ろ盾がいるかもしれないとなれば、おいそれと手を出しにくくなる。
「後妻や愛人にしようとする相手は少ないに越したことはないだろう? 可憐な花を手折りたくなる不埒な輩というものは、どこにでもいるものだよ」
「……なるほど」
レイシアが納得し頷くと、アルミラは適当な鞄にドレスを詰めはじめた。レイシアが持っている小さな鞄には入らないだろうと考えたからだ。
「あの、調整したとおっしゃっていましたが、どなたが?」
「私だよ。裁縫は特技の一つなんだ」
「……刺繍ではなく?」
「ああいうチマチマしたものは、どうにも苦手でね」
裁縫はチマチマしていないのだろうか。出来上がったあとのサイズの問題なのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、レイシアは押しつけられたドレスと共に子爵家に帰った。
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