5-2「滑志田の人間と謎めいた遺言」

 滑志田家主・滑志田霜太郎。その威風堂々たる様に、思わず仰け反ってしまいそうである。


「瓢暦子様……のご親族でお間違いないですかな」と霜太郎が訊く。

「はい。孫の瓢やよいです」と益子美紗が答えた。

「そちらのお連れ様は」

「弟と妹です。弟の小春と、妹の香織」

「ふむ……? 失礼ながら本当に?」

「血は繋がっていないんです。複雑な家庭事情ゆえ、あまり詳しくは言いたくはないのですが……」

「それはそれは。大変失礼いたしました」


 血が繋がっていないのは間違っていない。よくもまあ、ポンポンと嘘をそれっぽくつけるものだと感心した。実際、そういう体裁でいた方が調査しやすいだろう。


 少し気になって、隣にいる香織を見たら、物凄く驚いた顔をしていた。もしかして、姉弟設定の意味に気付いていないのだろうか?


「一先ず、ここまでご足労をかけて申し訳ない。改めて我々、滑志田家の自己紹介をさせてもらいたい」

「よろしくお願いします」

「隣にいるのは、家内の師世かずよです」

「どうも」


 滑志田師世。ステレオタイプな、まさしくおばあちゃんといったような背格好をしている。頭を団子に結び、かんざしを挿している姿は、おもわずタイムスリップしてしまったのかと錯覚してしまいそうだ。


「それから、息子のはじめと……」

「さっきあったからしってるわよね!」

「え、ええまあ。如実いくみさんですね」

「……如実、今日くらいシャキッとしてくれ」

「あ、あん、ごめんねハジメちゃん」


 滑志田朔と滑志田如実。霜太郎にとっては、息子夫婦にあたる。もうすでに五十近い感じがする。


「そして、孫の卯憲しげのり、みどり、水樹みずき


 滑志田卯憲。先ほどやたら焦っている様子を見せていたのが、この男だ。明らかに益子美紗を見て驚いていたので、コイツが香織を誘拐した犯人だと思われるが……。無精髭を生やし、ややみっともない相貌だが、身に着けている服はしっかりしているし、髪もお洒落で爽やかである。理容師かなにかだろうか。


 滑志田みどりという女性は、どこかツンとして態度を見せていて一向に話そうとはしないが、背筋がしっかりしていてよく目立っている。我々には興味ないが、この遺産相続には興味があるので、軽軽しているような感じがする。


 滑志田水樹。彼はなんとなく、私と同い年なのではないかという感じがした。一番この遺産相続に興味が無さそうで、私が言うのもなんだが垢ぬけない顔立ちをしている。


「シゲ、みどり、水樹、挨拶」


 滑志田朔が注意すると、卯憲は「ど、どうも」と低い声で一言、みどりは目を瞑ってしっかりと会釈、水樹は流し目をしてからコクリと首を縦に振っただけだった。


「立ちながらもなんでしょう。さあさ、空いている座布団にお座りください」


 霜太郎に促され、息子夫婦とそのご子息たちが座っている向かいに用意された座布団に正座した。


 霜太郎が「お願いします」と声を掛けると、奥からもう一人、眼鏡をかけた中年男性が現れた。男は「弁護士のはざま 年延としのぶと申します」と自己紹介した。


「本日は、故・滑志田文代様の遺されましたを開示させていただきます」

「残り?」と、思わず私が訊き返してしまう。

「おや、弟さんは訊いていらっしゃらないので?」と霜太郎。

「姉からは遺産相続の手紙が届いたことしか聞いてませんでしたので」

「というより、私自身も寝耳に水です。届いた手紙にはそのような事は書かれていませんでしたので」


 そう言って、益子美紗は瓢家に送られた手紙を見せる。自分も依然確認したことがあるが、確かに書かれてはいない。するとそれを見た如実は大声を出した。


「あー! ごめんなさい、うっかり書き忘れちゃったわぁ!」

「如実……。しっかりしてくれよ、頼むから。申し訳ない、うちの女房の落ち度のようだ」


 そういうやり取りを訊くと、「そういうことなら」とだけ言って霜太郎は襟もとを正す。


「気を取り直しまして。えー、まず改めて先日開封いたしました遺言について振り返させていただきます。故・滑志田文代様は、自身のお子さんであられる滑志田霜太郎様、そして瓢暦子様に遺産を相続させるとしています」


 そう言って、遺言の原文を読み上げる。今いるこの家を含む土地、つまり不動産に関しては滑志田霜太郎が相続し、同額程度となる滑志田文代の所有物、つまり物産に関しては瓢暦子が相続するとのことだった。今回、瓢暦子は既に亡くなっているため、代襲相続として暦子の子どもである、瓢やよいの母が相続することになる。瓢やよい、つまり益子美紗は母親の使者という形だ。


「さてこちらの封筒に、文代様が残された遺言書の残りがございます。こちらは生前、遺産相続の候補人が、この屋敷で全員集まった時に開示するようお願いされていたもので、十年ほど前にお預かりさせていただいたものでございます。それでは、開示させていただきます」


 そう言って、間年延は封筒に入った遺言書を出し、中央で広げた。こういうのは読み上げるものではないのかと思ったが、この遺言書に関しては『見せる』方が効果的であった。



    きみがため

    衛士のたく火の

    夜は燃え

    置き惑はせる

    あふ坂の関



 達筆な筆文字で、力強く書かれた書。封筒に入っていたのは一枚の半紙であった。


「なんじゃあ、こりゃあ。和歌か?」


 滑志田朔が思わず砕けた言葉づかいで呟く。


「文代様は、こちらの暗号を遺言に遺されました。これは、遺産の相続とは関係なく、文代様の思い出の品々が隠されている場所を示しているとのことで、えー、こちら、同封されておりますもう一通には、場所を突き止め、最初にその品々を見つけたものに、その品々を譲渡すると、そう書かれております」


 おそらく、私をこの場に呼んだのは奇しくも正解だったようである。これは、私の範疇の暗号だ。


「ちょっと待ってよ、なによそれ!」初めて滑志田みどりが声を出す。

ひい婆ちゃんのなぞかけごっこに付き合わないといけないのかよ!」と卯憲。

「黙らんか!」と一喝したのは霜太郎であった。


「いくら孫でもな、俺のかあさんの悪口をいう奴は許さん。分かったな」


 凄みのある文句に、孫の卯憲とみどりは思わず黙る。


「こちらの遺言は、書き起こしたものを皆様にお配りいたします。場所に関しましては、私めも存じ上げておりませんので、ご助言することは不可能でございます」

「つまり、俺の母さんの遺産は、俺達自身で見つけないといかんと、そういうわけなのだな」

「然様でございます」


 私はこの暗号のは分かるが、どうやらこの屋敷そのものを詳しく知らないと辿りつけないと確信した。


 かくして、一同暗号を受け取り一旦の解散となった。私はこの屋敷の間取りを把握すべく、平屋の屋敷を三人で散策することにした。

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