第362話 葵の視点 長女は小屋の中でもカウセリング?
「千沙、晩ご飯が出来たからそろそろ上がってー」
「はーい」
今日一日の仕事を終えた私は、物置小屋で農機具のメンテナンスをしている千沙に晩ご飯ができたことを知らせに来た。小屋の外からでも甲高い音が聞こえてきたので、千沙がちゃんと作業をしていることに関心してしまう。
今日の千沙は珍しく仕事をしてくれた。私が小屋の中をドアの隙間から覗いたら、彼女は高速切断機で激しく火花を散らしながら鉄パイプを切断して――
「“切断機”?!」
「? はい、高速切断機です」
「なんで?! 農機具のメンテナンスに使う?!」
「え? “農機具のメンテナンス”? 私は不出来な兄を罰するために使うパイルバンカーの鉄芯を作っているところです」
「女の子が作っていいものじゃないと思うけど!!」
「どちらかというと兄のメンテナンスですね」
「上手くないよ!!」
わ、私の妹がなんかヤバいものを作ってる......。
千沙は床に四つん這いになって高速切断機を扱い、鉄パイプを切断していた。うちでこんなことできるのは当然千沙くらいで、人を罰するとか言って兵器作りに勤しむのも多分現代日本の中で千沙だけだと思う。
私は今朝の陽菜との会話もあって、千沙もこのままでは駄目だと悟り、心を鬼にして言うことにした。
「千沙、それじゃ駄目だよ。和馬君はそんなことしてくる千沙を本当に好きになると思う?」
「はい」
「即答はやめようか」
姉が言っていいのかわからないけど、千沙は頭のネジが数本どこかに行ってるもんね。だからって奇行が許されるわけではないけど。
「はぁ。......でもこういうところは見直さないといけませんよね」
お。なんかうちの次女が急に反省しだした。
もう慣れたから気にしなくなったけど、千沙との会話って趣旨という名のベクトルがあっちこっち飛ぶから疲れちゃうんだよね。そんな彼女は今度は暗い顔をして私に言う。
「兄さんは私のことを嫌いになったのでしょうか?」
「............そんなことないよ」
「L○NEしても返事がありませんし」
「..................気のせいだよ」
「なんですか、さっきからその間は」
即答できなかった私に千沙がジト目になって睨んできた。その、なんというか、パイルバンカー作ろうとする乱暴的な女の子は素直に好きになれないと思います。いくら可愛くてもね。
「よし、決めました」
「え、何を?」
「姉さん、今日の晩ご飯の際に大切なことを皆さんに伝えます」
「あの、その
「はい?」
今朝も陽菜に同じ感じのこと言われたし......。
あれでしょ、実は私は和馬君が好きでした〜って。その顔つきは陽菜のと全く一緒だよ。さすが姉妹だよ。
でも千沙は陽菜と違って母さんには恋路を知らせているんだっけ。まだ私がそのことを知らないとでも思っているのかな? 残念だけどバレバレだったよ、千沙の恋慕。
「あの、次女の一大決心なんですけど」
「じ、自分でそれ言う?」
「私の話を聞いたら姉さんも驚くと思いますよ?」
「たぶん驚かないと思う」
「なんで驚かないと言い切れるんですか!!」
「逆になんで絶対に驚かせられると思えるの」
というか、よく食事中に暴露しようとするよね。それを聞いた陽菜の顎が外れちゃうよ。食事中にその仕打ちはあんまりだ。次女だからって許されるわけないからね。
「くっ。なんか悔しいですね。こうなったら姉さんの顎が外れるような話題を考えます」
「趣旨変わってるよ」
でも困ったことになったなぁ。
陽菜は私にまだ皆には内緒ねって言ってきたから私が黙っていれば済む話だけど、千沙の場合は完全に家族全員に暴露しにいっている。私と母さんはもう知っていることだけど、陽菜と父さんがそれを聞いたら食事どころの騒ぎじゃない。
とりあえずそんなことは止めさせよう。
「わかった。後で私が聞くから食事中に言うのは止めよ?」
「じゃあ食前か食後で」
「食前食中食後じゃなくて、皆の前で言うのは止めようか」
「なんですか、そんなに皆の顎が一斉に外れる様が見たくないんですか」
誰もそんな光景見たくないよ。というか、なんでそんな自信あるの。
内容を聞かずに勝手に決めつけている私だけど、実際にどんな内容なのか気になってきた。
「じゃあ今言おう? まず私が聞くから」
「そ、そんな、今すぐだなんて......」
「なんで今恥じらうの。なんで皆の顎外す気満々だったのに、今のタイミングで自信を失ってるの」
どうしよう。元々ご飯の用意ができたから千沙を呼びに来たのに、これじゃあ中々家に戻れない。果たしてこのまま食卓の席に千沙を連れて行っていいのだろうか。
悩む私だが、千沙は使っていた工具や軍手を放り出して迷いなく家に向かっていった。
「ちょ」
「とりあえず食事の際に言いますよ。今姉さんに説明しても二度手間ですし、なにより美味しいご飯が冷めちゃいます」
ここぞというばかりに正論言われちゃった。
私は一抹の不安を抱えながら千沙と一緒に晩ご飯を摂りに家へ戻るのであった。
****
「皆さん、聞いてください。真面目な話です」
「「「?」」」
「......。」
あんま自分で“真面目な話”って言わないよ。うん。
家に戻ってきた私たちは家族5人で食事をしていた。私はいつ千沙が話し始めるのかと内心ドキドキしてたけど、ついにその時が来たらしい。
もうここまで来たらうちの次女は止まらない。陽菜と父さんの顎が外れないことを祈るしかなくなった。
「なんだい改まって」
「もしかしてまたママのクレカを勝手に使い込んだとか?」
「陽菜、それは真面目な話でもなんでもないわぁ」
「そうですよ。それにクレカを使い込んだって食事中に言ってどうするんですか」
和馬君に恋慕を抱いていたって食事中に暴露する子が言えたことじゃないよ。
千沙はこほんと軽く咳払いして食卓の場を静かにさせた。
ああー、本当にカミングアウトしちゃうのぉー。
もうどうなったって知らない。
「私、実は――」
真面目な雰囲気を醸し出した千沙に対して、母さん以外の私を含め、3人がごくりと唾を飲み込んだ。食事なんかそっちのけである。
ちなみに私がドキドキしている理由は陽菜と父さんの顎が心配だからだ。
「――実は、兄さんのこ、こ、こ......」
“と好きなんです”、でしょ。焦らさないで早く言ってよ。
「――子を身籠っているんです」
はいはい、兄さんのこと好きなんで......
「「「「うぇぇえぇえぇええええええ?!!!」」」」
あっぶ?! 思わぬ爆弾発言に私の顎が外れるところだった!!
みご、身籠、身籠る?!
身籠るぅぅううう?!!
妊娠ってことだよね?! どういうこと?!
「あ!」
私は千沙に言及する前に陽菜と父さんの様態を診ることにした。
父さんは、
「ブクブクブクブク」
あぶくを吹いていた。せ、セーフとしておこう。
陽菜は、
「か、かず、かじゅ......子? べ、べいびぃ?」
ざ、ざっつらい。
いや、ザッツライトどころの騒ぎじゃないよ!
「ち、千沙、それはどういうことなのかしら?」
母さんが一番手として千沙に聞いた。さすがの母さんも驚きを隠せないらしい。
「そ、その、なんと言いますか......そういうことです」
いや、どういうことぉ。
と、ここで今さっきまで口から泡を吹いていた父さんが、リビングのテーブルの上に置いてあるスマホを慌てて取りに駆け出した。
そして、
『プルプルプル♪――はい、高橋です。やはり電話で済ませるのではなく、直接会ってお話しした方が――』
「貴様ぁぁぁぁああぁあぁあ!! とりあえず今からこっちに来いッ!!」
スマホに怒鳴りつける父。和馬君はおそらく以前、電話で済ませたアルバイトの退職について言い出したのだろう。
『え゛』
「“バイト”辞めても“父親”は辞めさせねぇぞ!!」
もうヤだぁ。
*****
〜その後〜
*****
『ブツンッ』
「な、なんだったんだ。“父親”?」
「ちょっとやめてよー。バカ息子が学生なのに父親になるってどういうこと」
「俺に言われても......っていうか、その言い方だと俺が誰かを孕ませたみたいだろ」
「まぁ、あんた童貞だからそれはないか」
「否定しづらいな」
「もうその時点で否定になってないから」
「............とりあえず中村家行ってくるわ」
「いってら」
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