第351話 久しぶりの葵さん

 「今日は良い天気ですね」

 「......。」

 「今日も一日頑張りましょうね」

 「......。」

 「おおー!」


 俺はなに自問自答してんだ。悲しくなってきた。


 天気は晴れ。今の時期の日中は暖かいを通り越して暑いという表現が正しいのかもしれない。夏の蒸し暑さというより、春特有のぽかぽかとした湿度的にも心地のいい気温とも言える。


 まぁ、暑がりな俺は若干汗ばんでいるが。


 「葵さん、今日も畑まで運転最高でしたよ!」

 「......。」


 そんな今日は毎週繰り返されるように、中村家へバイトしに来た俺だが、今悩ましい状況にある。


 「あの、いい加減無視するのやめてくれません?」

 「......。」


 先輩上司である巨乳長女こと葵さんが俺を無視するのだ。


 この畑に来る途中だっていつものように軽トラに乗って来たんだけど、俺、助手席じゃなくて軽トラの荷台に乗って来たもん。


 助手席に乗ろうとしたら、すでにそこには鍬とか鎌とか農機具がこれでもかってくらい載せてあったんだもん。


 俺が座れる余地無かったんだもん。


 無言で「和馬君は荷台ね」って指示されているようなもんじゃん。だから大人しく荷台に乗って畑に乗ってきたわけだ。


 「葵さーん。だんまりだとなに仕事していいのかわかりませんよ」

 「うっ」


 お、やっと反応があった。


 「ね? 自分が嫌いなのはよくわかりましたから、私情より仕事優先しましょ」

 「......尤もなこと言ってくるね」


 「だってあまりにも理不尽すぎるんですもん」

 「改心は?」


 「なんのです?」

 「陽菜や千沙を――」


 「しません。もう心に決めましたから」

 「時給を下げ――」


 「かまいません。自分は本気なんです。愚息に彼女の名前を掘ったくらい本気なんです」

 「なんちゅーもん大事なところに掘ったの?!」


 「いや、さすがに冗談です。彼女が止めてくれました」

 「いや、和馬君の理性が止めてほしかったよ!!」


 この前、学校の屋上で悠莉ちゃんと昼食を摂っていた際のことだ。俺の愛の本気度を彼女に知ってもらうため、俺は肉体のどっかに“悠莉”と掘ろうとしたのだ。


 結局、本人が『やめてください』の一点張りだったので断念したのがな。さすがに愛が重すぎたのだろうか。


 まぁでも、もし悠莉ちゃんと初エッチするときに、名前掘ったなんて痛々しいもん彼女に見せられないよな。引かれたら困るから辞めといた。


 「というか和馬君、セクハラはもうしないって言わなかった?」

 「え? ああ、禁断症状が出ちゃいそうなんで、諦めてセクハラすることにしました」

 「セクハラに“禁断症状”ってあるの?! 彼女にもする気?!」

 「葵さんならいいかなぁって」

 「なんで私ッ!」


 はは。葵さんが自慢のおっぱいをぶるんぶるん揺らしながら怒ってくる。相変わらずエロ可愛い人だ。以前の俺なら揉んでいたのかもしれない。


 でも俺には心に決めた彼女が居るから。


 「それにそろそろセクハラしないと感覚鈍りそうで」

 「なんの感覚?! 養う必要の無い感覚にも程がある!」


 「葵さん以外にこんな頼みできませんよ」

 「自覚あるならやめてよ! どうするの?! 今のうちから抑えていかないと無意識に彼女にセクハラしちゃうかもよ?!」


 「ええ、はい。ですので、葵さんには自分のセクハラの捌け口になってもらおうかと」

 「最悪な捌け口だよ!」


 「先輩でしょう? 後輩の頼みくらい聞いてください」

 「頼みじゃなくてセクハラなんですけどッ!」


 「今日の葵さんは元気ですね」

 「誰のせいだと思ってるの!!」


 すごいな。久しぶりに葵さんのツッコミラッシュ食らったわ。


 葵さんも久しぶりにセクハラを食らったからか、息切れして疲れていらっしゃる。誰のせいだろうね(笑)。


 「さて、挨拶セクハラはこの辺にしておいて」

 「“挨拶セクハラ”ってなに......」

 「今日の仕事は何をするんですか?」


 俺は既に疲れきった葵さんに今日の仕事内容を聞くことにした。いつまでも喋っていては雇われている身として心痛いからな。


 ちなみに先程まで無視されていた俺は訳もわからずこの畑に来たのだ。今日の俺の面倒を見てくれる葵さんがあんな調子だったからな。


 「はぁ......。ちゃんと仕事しないと」

 「はい。よろしくお願いします」

 「......今日はこの畑をナス畑にします」


 ナス畑......。バイト野郎は去年からこの農業バイトを始め、様々な野菜の収穫を携わってきた。無論、ナスもその内に入る。


 俺らが居るこの畑は、マルチャーと呼ばれる農機具を使い、畑の土をほぐしながら盛って、真っ黒なマルチシートを張る機械で高畝が作られていた。毎年、夏野菜を植える前の恒例の下準備こうけいとも言える。


 この一定間隔に作られた真っ黒な高畝をが今日の仕事らしい。


 「去年はナスに関しては“収穫”と“畑の片付け”だけだっけ?」

 「はい。準備ゼロからするのは初めてですね」

 「じゃあ、“ナス童貞”だね」


 なんつったこの巨乳。なんか嫌味ったらしく言ってきたぞ。


 「あの、なんですか、急に」

 「え、何が?」

 「いや、葵さんが珍しくセクハラしたというか......なんですか、“ナス童貞”って」

 「ああ、もう和馬君に少しでも初々しいところがあったら突こうと思って」

 「意味わかりません」


 待って。本当に待って。“彼女と色々済ませた”ってなに。それって千沙が勘違いしてたことと同じ?


 「すみません、よくわからなかったので聞きたいんですけど、彼女と済ませたって、自分がですか? 何を?」

 「ちょ、言わせないでよ。セクハラじゃん」

 「いや、もうすでに手遅れですって」

 「その、ほら、キスとかその先とか」


 葵さんが自分が言いだしたにも関わらず、恥ずかしながら言ってきた。


 うん。同じだった。俺がもう悠莉ちゃんとキスとかセッ○スをしたと思ってやがる。俺をなんだと思ってやがる。


 まだ付き合って間もないんだぞ。盛りきった猿かなんかだと思ってない?


 してねぇーよ。つい先日、やっと連絡先を交換したくらいだよ。


 「してませんよ」

 「え、あの和馬さんが?」

 「......。」


 どの和馬さんですかね。


 そんな期待か思い込みかわからない不快なレッテル貼り付けるとかなんなん。犯そっかな、こいつ。


 あ、駄目だ。犯したくても俺には心に決めた人が(笑)。


 葵さんをジト目で睨む俺を他所に、彼女は軽トラの荷台に積んである道具を指さした。


 荷台に載せてあるのは太いのと細いパイプが数十本ずつ、踏み台となる高さ膝下程の台など、ナス畑を作るのに必要な資材がある。


 俺と一緒に畑まで運ばれてきたやつだな。


 「まずは荷台に乗っている太いパイプを使って――」

 「ああ、去年と同じように、この高畝に一定間隔で刺していくんですね」


 「そうそう。刺すときは――」

 「高畝2列を使って逆Vの字型になるように刺すんですよね」


 「うん。で、最後に――」

 「逆Vの字型の天辺、つまり三角形の頂点に細めのパイプを載せ、並んだ逆V字型のパイプをそれぞれピンなどで固定していくんですね」


 「......。」

 「去年と同じですね。ええ、はい」


 今度は葵さんがジト目になって俺を睨んできた。さっき後輩に向かって失礼なこと言うからですよ。今日は先輩風なんて吹かせません。


 ざまぁ(笑)。


 「無視するのを再開してもいいですか?」

 「ごめんなさい」

 「もう説明要らないじゃん。なんなの」

 「手のかからない後輩と言ってください」

 「接待のなってない後輩とも言える」


 じゃあ、まずは接待してもらえるような待遇を用意しないと。


 巨乳長女とバイト野郎は荷台から今回使う道具を下ろしていった。各パイプも中が空洞で厚さもあまり無いパイプだからか、持ってみると意外と軽かった。そしてそれを数本ずつ持って高畝の端からどんどん斜めに刺していく。


 「和馬君はほんっと自分勝手だよ、ねッ!......ふぅ」


 葵さんは語尾と同時にパイプを高畝に刺した。


 また大声で文句を言う彼女の胸は暴れん坊だった。


 「はい?」

 「陽菜がずっと好きって言って、もッ! 千沙が兄と慕って、もッ! 結局は二人のことを蔑ろにしちゃって、さッ!」

 「......。」


 そう、ですね......。俺の優柔不断が招いた結果です。よくわかってます。


 「それに私のことだって、さッ!」

 「え、葵さんのことですか?」

 「あ、いや、うん、えっと、これはなんというか......やっぱなし!」

 「は、はぁ。えっと、色々とごめんなさい」

 「......ほんとだよ。いい迷惑」


 ぶつぶつ言う彼女はそれでもパイプを刺していく力に手加減などせず、思いっきり刺していった。男である俺は大して力を入れずに高畝にパイプを刺していけるのだが、女性の場合はそうも簡単にいかないのだろう。


 「こうなったら私は本当に大学、で! 彼氏を作らないといけないじゃ、ん!」

 「? ああ、色々とサポートしますよ。いつでも頼ってください」

 「もう経験者面じゃん! このクソ後輩!」


 べ、別にそういう訳じゃないんですけど......。


 いつだか、あんたの彼氏作りに協力するって俺が言ったのをあんた泣いて喜んでただろ(かなり語弊)。


 「ほんっと和馬君は、さぁ!」

 「......はぁ」


 溜息が絶えないバイト野郎であった。

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