第350話 悠莉の視点 ああん?! アンッ!
『ブビッ』
私は女が好きだ。
それも尋常じゃなく。
性的に。
だからか、
『ツー』
「......え?」
美少女のエッチな写真が、私の鼻から出血を促したのは。
******
「え、百合川さん?」
「っ?!」
「鼻血出てるけど大丈――」
「こ、これはそのそういう体質でして! 昔っからよく鼻血が出るんですよ! いやぁ、困ったなぁ! あ、タイミング的に先輩のスマホの写真を見たから出てしまいましたが、決して、決して! 興奮してブビッたわけではないのでッ!! ブビブビするような女子ではありませんので心配しないでください!」
「すっげぇ喋るね」
「すっげぇ喋っちゃいましたよ!!」
思わず必死に言い訳をしてしまった私である。というか、“ブビる”ってなに? 自分で言っといてなんだけど。
私は持ってきたポケットティッシュから紙を取り出し、鼻を抑えた。よくあることなのでポケットティッシュの常備は私の外出時には欠かせない。
“よくあること”って言っちゃったよ。“よく興奮している”とも言えちゃうよ。
止血するのに苦労している私を前に、先輩は慌てた様子で近くをうろうろし始めた。
「保健室? いや、119して......」
「しないでください。そのうち止まりますから」
「い、いや、失血死するかもしれないし......」
「ありません。いつものことです」
「とりあえず、失った血の分は
「ここでどうやって輸血するんですか。というか、なんで私の血液型知っているんですか。怖いんですけど」
「ああ。以前、保健室の田所先生に」
「先輩はなんちゅーこと聞いて、なんちゅーこと教えているんですか、あの先生は」
「俺に何かできることない?」
「何もしないでください」
なんだこいつ。めちゃんこ動揺してるじゃんか。めっさ面倒くさい奴じゃないか。ただの鼻血だぞ。
私はティッシュを持った手で鼻を押さえるのが面倒になったので、適当な長さに新しいティッシュをちぎって丸めて鼻に突っ込んだ。
「......。」
「......何か?」
「いえ」
こいつ、今軽く引いただろ。
そりゃあそうか。男子ならまだしも、女子がいくら鼻血の対処に困っているからって両の鼻の穴にティッシュねじ込まないもんな。
でもその顔やめろ。殴ってお前の鼻からも血を出させんぞ。
あ、良いこと思いついた。そう思った私はこの機会に先輩にあざとくあることを聞いてみることにした。
「先輩は、鼻にティッシュを詰め込んだ醜い私でも好きでいてくれま――」
「もちろんだよ! 生涯愛すことを誓う!」
こっわ。即答こっわ。あと重った。重ったいなこいつ。
一般的な
こっちはあと少しで別れる気満々なんだからさ。
「ゆ、悠莉ちゃんはどうなのかな?」
「っ?!」
しまった!
「え、えっと」
ここでの“間”はまずい。即答しなければ。
嘘でも即答しなければ!
私から振った話題に返事をしないと怪しまれる。ただでさえ今までは連絡先の交換や登下校、放課後デートを断ってきたんだ。これ以上距離を置いてしまっては、さすがに怪しまれる。
「なんというか」
でも今まで男に告白したことなんかねぇよ!!
くっそ恥ずかしいわ! いや、女の子は好きだよ? でもいくら好きでもない男子だからって何も感じないわけじゃない。
ああ、くそ。相手がクズヤリ○ン野郎といえど言ったことすらない、言いたくもないこと言わないといけないなんて......。
「「......。」」
いやというか、よく今まで疑わずに私を信じてきたな。
私結構攻めたことしてたよな。私の今までの塩対応からこっちがフられてもおかしくないレベルだったと思うんだけど......。
とりあえず、嘘でもなんでも“好き”ですくらいそろそろ伝えないと。
「わ、私も――」
「ごめん!」
「え?」
私が口を開いた途端、ヤリ○ン野郎が突然謝ってきた。
え? なに? どういうこと?
もしかして私フられる? もう私とは付き合えないって?
「言わなくても悠莉ちゃんの気持ちはすごく伝わった!」
ですよね。ここまで塩対応な彼女なんかさすがに引くよね。ついに私がヤリ○ン野郎のこと本心から嫌いだって伝わったのか。
それじゃあ今後の予定的に困るんですけど......。
「悠莉ちゃんの反応からして俺が好きだってことはよぉーくわかった!」
「ふぁ?!」
もっと困る勘違いされちゃってるんですけど!!
なんでそうなるの!!
「あ、あの、なぜ私の気持ちを聞かないのですか?」
「だって悠莉ちゃん、行き詰まったら顔赤くしたり、モジモジしたりするから照れてるのかなって」
私も初めてのことだから恥ずかしいんだよ! 照れてモジモジしているんじゃなくてソワソワしてんの!
でも状況的に好都合な勘違いしてくれて助かった。もはや奇跡とも言える。
まぁ、こいつが鈍感なおかげで命拾いしたようなものだし、これに乗っておこう。
「あ、あはは。すみません」
「ううん。俺も半ば強引にごめんね」
『キーンコーンカーンコーン♪』
お、このタイミングで予鈴が鳴ったか。この地獄のような時間もやっと終わる。
私が「戻りましょうか」と言ったらヤリチン野郎は寂しそうな顔で返事して、手早く昼食の片付けをしだした。
ふぅ............さて。
「先輩、L○NEの連絡先交換しましょう」
「えっ?!」
先輩が酷く驚いた様子で私を見る。
なんだ。文句あんのか? 連絡先交換したかったんだろ。
「い、いや、さっきまで交換する気無かったよね?」
「気が変わりました」
「即答......」
ったりめーだろ。あんたが陽菜ちゃんと関わりあって、付き合ってもいないのにあっちは下着姿の写真を送ってきたんだぞ。
「嫌なんですか?」
「そ、そんなまさか! はい! これ俺のアカウントのQRコード!」
「はい」
私は差し出された先輩のLI○Eのアカウントの情報が含まれているQRコードをスキャンしてさっそく追加した。
「それと、そんな写真を中村さんから送られたということは少し心配ですね」
「っ?! ぬ、ヌかないよ?! 陽菜のこの写真でヌかないよ?!」
ヌくヌかないの問題じゃねぇよ。真っ先にそっちに行くな。
貴様の原動力は股間か(ブーメラン)。
というか、口ではいくらでも嘘吐けるしね。ズリネタにする気でしょ。私という決してあんたに抱かせもヌかせもさせない彼女がいるけど、陽菜ちゃんの下着姿でマス掻く気満々でしょ。
この変態がッ!!
「私が心配しているのは中村さんとそんなやり取りしている先輩の“浮気性”です」
「しないよ?! 指詰めようか?!」
「つ、詰めないでください」
こいつ、さっきから怖いんだよな。
ふむ。どうしたものか......。
“浮気”自体は別にどうでもいい。だってヤリ○ン野郎と別れるの前提だし。
問題は相手が陽菜ちゃんだってことだ。陽菜ちゃんは私が廊下でこいつに告白したのを現に目撃しているんだから、私たちが付き合っていることはわかっているはず。それなのにこんな写真をこの男に送るとは......。
もしかしてまだ諦めていないのかな?
「そ、そんなに信用が難しいなら、陽菜のL○NE垢をブロックするよ! もちろんメッセージも消す! 証拠としてちゃんと見てて!」
「え? あ、ちょ!」
「うおッ?!」
私はすごい勢いで陽菜ちゃんのアカウントをブロックしてやり取りも消去しようとする先輩を全力で止めた。
それはもう本当に全力の必死の全集中である。
勢い余って先輩の太い前腕に抱き着いた形になってしまったが、とりあえず操作する彼の指の動きは間一髪で止められた。
「だ、大丈夫?!」
「ちょ、消さないでください! これはえっと、その、証拠として私が管理します!」
「か、“管理”?」
そう、管理。
せっかくのおかずを消すなんてこいつ正気か?
私はこの写真が是が非でも欲しいからそれらしい理由で、先輩に私たちの個人チャットで陽菜ちゃんの下着姿の写真を送らせた。
「あとブロックはやめてください」
「え、なんで?」
今後もおかずが送られてくるかもしんねーだろッ!!
とは言えない私である。
「相手が他の手段で接触してきたらその都度私が把握できません」
「そ、そう......」
「ですので、先輩は何かあったら私にその経緯を教えて下さい」
「え?」
「......。」
「あ、はい。わかりました」
言うことちゃんと聞く男だな。カップルってこんな感じなのかな? 初めてだからよくわからないけど。
「あとわかっていると思いますが......」
「ヌきません!」
だからヌくヌかないの問題じゃねぇって。
浮気するなよって言いたいの。陽菜ちゃんとくっつこうとするなよって言いたいの。
まぁ、これは完全に口約束なので、ヤリ○ン野郎相手には期待が薄い気休め程度だが、今はこれしか方法が思いつかない。
「では教室に戻りましょうか」
「うん」
「あ、今日は駅まで一緒に帰りますか?」
「え、いいの?!」
「はい」
無論、これも陽菜ちゃんからの接触を防ぐためである。私が先輩の近くに居れば陽菜ちゃんは近づいてこないだろう。
この会話を最後に私たちは午後の授業を受けるため、各々教室に戻るのであった。
その帰り際に先輩が、
「俺、悠莉ちゃんへの愛を示すために、近日中に息子に“悠莉”って掘るね!」
「死ぬと思うんで掘らないでください」
死んだら貴様の息子にダイイング・メッセージとして私の名前が残るだろ。
勝手に死ぬのは一向にかまわないが、私を巻き込まないでほしい。
「画数が多いけどたぶん大丈夫!」
「画数の問題じゃなくて掘らないでください」
「あ、そんな汚いところに掘ったら失礼か」
「そもそも掘らないでって言っている意味わかってます?」
「でも腕とか目立ちやすいところに掘ったら一緒に温泉旅行とか海に行けないよね」
「わかりました。温泉旅行とか海の前に病院行きましょう。頭の方の」
どうやら私は相当ヤバい奴を彼氏(仮)にしてしまったらしい。
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