第348話 KYUNNです

 「あ、百合川さん」

 「あ、滝――先輩」


 “滝沢”? “滝川”? どっちにしろ俺の名前をまた間違えたよね。高橋の“た”しか合っていない。


 天気は雨。先週の土曜日日曜日は雨が降ることなく、仕事を日が暮れるまで続けることができたが、平日の今日は雨が降っている。土砂降りってほどの雨天でもない。今は昼休みの時間帯だが、願わくば放課後までに止んでもらいたいところだ。


 そんな悪天候の今日でも、学生の平日は学校に行かなければならないので、校内のとある階の廊下に居るのだが、なんと百合川悠莉ちゃんと遭遇してしまった。


 「こんなところで会うなんて奇遇だね」

 「は、はい。奇遇ですね」


 ああ、神様、悠莉ちゃんと会わせてくれてありがとうございます。あとついでに、この変態野郎がセクハラ発言しないようお力をお貸しください。


 神通力で俺のセクハラ衝動を抑えてください。罰当たりですね。ええ、はい。


 俺は惣菜パンを買うために購買部の売店に向かっているのだが、彼女はどうしたんだろう。


 「売店に行く予定でして」

 「え、売店?」

 「じ、実は今朝寝坊してしまって、慌てて家を出たんですが、その際にお弁当を忘れてしまい」

 「そ、それは災難だね」


 とは口で言う変態野郎だが、彼女と売店に行けることが嬉しくて嬉しくてしょうがない気持ちでいっぱいだ。


 「先輩は?」

 「俺も売店だよ。お弁当作る時間無くてさ。売店の惣菜パンで済ませようかと」


 「え、いつも自分で作っているんですか?」

 「うん。最近はできていないけど、以前はよく前日の夜に作った晩ご飯のおかずの残り物や、軽く下準備をしたものを調理してお弁当を作ってるよ」


 「そ、それはすごいですね」

 「はは。全然大したものじゃないよ。それに面倒なときは大体冷凍食品で済ませているし」


 「もしかして先輩も朝弱いんですか?」

 「うん、特に日曜が終わった次の日の朝とか憂鬱でさ。百合川さんも?」


 日曜日といえば......土日は酷かったなぁ。土曜日はバイト野郎が女性陣から酷い仕打ちを受けた。具体的には雑用の押しつけ、その後はお誕生日会と称して俺には皆と比べて不平等な大きさのケーキを貰うという嫌がらせを受けた。


 次の日の午前中は、西園寺家が所有するトラクターの操作を会長と同乗して色々と学んだ。それはいいのだが、途中から会長のやる気がだだ下がりだった。


 会長は忙しい身だから疲れているのかもしれないけど、俺に八つ当たりしないでほしい。勤務時間の後半、ほぼ会長からの難癖やパワハラで最悪だったもん。「ブレーキを徐々に踏んで。下手くそ」とか「運転の才能無いね」とか、初心者相手に酷かったもん。


 んで、午後は中村家でバイトしたけど、前日と同じで雑用ばっか任されていた。


 もうあの二日間のせいで次の土日が怖いよ。行きたくない。


 「日曜はお休みですよね? 夜作り忘れたんですか?」

 「バイトしててさ。疲れちゃって作れなかったよ」

 「な、なるほど。お疲れ様です」


 百合川さん、この会話の流れで「そしたら私が作ってきてあげます」的なこといってくれないかな......。


 無理だな。すっごい憧れてるんだけど、如何せん俺たちの仲はそこまでのものじゃない。


 なんたって連絡先すら交換していないんだからな。


 「そういえばこの前はありがとうね。わざわざ俺の分までお弁当作ってくれて」

 「い、いえ。粗末な出来になってしまいました」

 「そんなことないよ? すっごい嬉しかった」


 「美味しかった」と言えない辺り、俺もいよいよ彼氏として最低な野郎である。


 だって卵焼きに殻混入してたんだもん。彼女に嘘を吐きたくないんだもん。


 「そ、そうですか......」

 「百合川さんも普段は自分で作ってるの?」

 「いえ。恥ずかしながらいつも母が作ってくれてます」

 「百合川さんは料理上手だからお母さんが作ってくれたご飯も美味しいだろうね」


 彼女とコミュニケーション取れるのがこんなにも心地良いものとは......。


 この時間がいつまでも続けばいいのになぁ。


 「先輩がお弁当を作っているって言ってましたけど、ご両親は作らないのですか?」

 「ああ、うちは両親いないから」


 「え゛」

 「?」


 「あ、いや、なんでもありません!」

 「そ、そう? まぁ、自分でなんとか作ってるって感じ。母親が作ってくれたお弁当が懐かしいな」


 中学生の頃は母親がまだ一緒に家に居たけど、今じゃ俺の両親は共働きで単身赴任と出張の繰り返しだ。お弁当なんて夢のまた夢の話である。


 といっても、母の料理スキルは絶望的に低いので、お弁当を作って欲しいと思ったことはここ数年一度も無いが。


 「そ、その......ごめんなさい」

 「え? 何が?」


 なんで謝ってくるんだろう。何か気を遣わせちゃったのかな?


 俺は話題を変え、購買部の売店までの道のりで彼女としばらく話しながらこの時間を楽しむのであった。



*****



 「へぇー、百合川さんも“謎サンド”好きなんだ」

 「はい。最初は驚きましたけど、買う度に中身が違ってて楽しいです」


 神様ぁ、ありがとうございますぅ。


 現在、俺は悠莉ちゃんと購買部の売店に一緒に並んでいる。先程、売店に来る途中で悠莉ちゃんと話していたからか、売店に着いた今では既に長蛇の列と化して最後尾に並ばなければならなかった。


 普段なら「あと何分待つんだよ〜」って愚痴を漏らしているところだが、今日は違う。


 なんたって悠莉ちゃんが居るからな!!


 「百合川さんはサンドイッチの中身に何が入っていたときが一番美味しかった?」

 「今回でサンドイッチを買うのが4回目ですのでそこまで知りませんが、“鯖の塩焼き”が意外と美味しかったです」


 “鯖の塩焼き”がサンドイッチに挟まっていたのか。


 ちなみに先程から話している内容はうちの売店の名物パンの話である。どのメニューも美味しいものばかりなのだが、その中でも群を抜いて人気なのが“謎サンド”である。


 その名の通り、何が挟まっているのかわからないサンドイッチである。そして挟まっているのが中々癖があって、ある時はフルーツサンドのように果物とクリームが、ある時はハンバーグや唐揚げなど、外見では判断がつきにくく、買ったときのお楽しみの名物メニューである。


 最近じゃ人気なのが販売員にまで知れ渡ったのか、あちらさんは調子に乗って変な食いもんをサンドしてきたのだ。それは悠莉ちゃんの言うように、“鯖の塩焼き"だったり、聞いた話では“肉まん"が挟んであったりとヤバいサンドイッチなのである。


 しかしなんでも面白がってしまう学生はTwi○○erやイン○タ等に載せてしまうため、知名度や人気は上がる一方だ。この長蛇の列も謎サンドのせいと言っても過言じゃない。


 「今日も買うの?」

 「はい。そのつもりです」

 「サンドイッチと合うといいね」

 「はは。そこが心配ですが、最悪、サンドしているパンから離せばいいんです」


 それもはやサンドイッチじゃないよね。


 彼女と話していたからか、列が動いて次第に俺たちが買える番になった。ああー、もう一回並び直してぇー。


 この後、昼食摂るの悠莉ちゃん誘ってもいいかな? キモがられないかな?


 初彼女だから何したらいいのかわかんねー(笑)。


 「あんたらはどれにする?」


 売店のおばちゃんが俺らに聞く。おばちゃんは俺らが話しながら並んでいたことに気づいたのか、どっちか1人に聞いているのではなく、俺ら2人に対して聞いてきた感じだ。店側としてもお会計を2人一緒にした方が楽なのだろう。


 それに他人から“彼氏彼女”って思われるのも悪くない。


 実際付き合っているんだけど!!


 無論、今日は悠莉ちゃんの分も奢る気満々の俺である。彼女にはそのことを伝えていないが、どうか奢らせてほしい。


 「これとこれ、あとこれもお願いします」


 悠莉ちゃん、よう食べるな。まぁ、全部の栄養がその巨乳に行っていると言われても疑わないが。


 はッ?! 俺はなんてことを!!


 「あいよ。えっとお嬢さんは540円だね。あんたは?」


 セクハラは絶対にしないと誓ったじゃないか! 彼女だぞ?! 俺の初彼女だぞ!! 内心セクハラも絶対に駄目だ!!


 「あの、先輩?」

 「......。」

 「先輩!」

 「あ。え?」

 「先輩はどれを買うんですか? 後並んでますので早くしましょう」


 自分を内心で叱っていたら、悠莉ちゃんが至近距離で大きな声を出して俺の名前を呼んできた。


 「あ、ああ、ごめん。焼きそばパンと謎サンドお願いします」

 「450円ね。合わせて990円ちょうだい」

 「へ?」


 俺は450円。そして悠莉ちゃんが支払う予定の540円を足して俺に聞いてきたおばちゃんである。悠莉ちゃんは合計金額を聞いて間の抜けた声を漏らした。


 まったく......なんて空気の読める女神様なんだ!


 「あ、あの、お会計は別で――」

 「いや、一緒でお願い。この前のお礼をさせて。お弁当すっごく嬉しかったんだ」

 「っ?!」


 悠莉ちゃんの顔が見る見るうちに赤くなっていった。照れているんだろうか。とりあえず一言だけ言わせてほしい。


 可愛いかよ。結婚してくれ。


 やべ、二言だったか。


「1000円でお願いします」


 俺は耳まで真っ赤にして俯いている彼女を他所に、おばちゃんに1000円札を渡した。


 おばちゃんはおつりの10円玉を親指でコイントスのように弾いて俺に飛ばしてきた。急なことだったが、俺はそれを片手でキャッチした。


 そして危なっかしいことをしてきたおばちゃんに一言言おうとしたが、コイントスをした指の形のままおばちゃんは俺に親指を立てていた。


 ――グッドラックと言わんばかりに。


 「ふ」


 俺は鼻で笑い、親指と人差し指をくっつけて、おばちゃんに“きゅんです”を送った。


 何を返したらいいのかわからなかったので深い意味は無い。まぁ、強いて言えば悠莉ちゃんのこの様子にきゅんです。


 そんな茶番をしていたら後ろに並んでいた生徒たちからブーイングを食らってしまった。イチャつくなと言わんばかりに、文句を言いたそうな目つきで俺を睨んできたのだ。


 はは。ごめんね? リア充で。


 一人、勝ち誇った俺は1000円札で良いことがあるもんだなと関心したのであった。

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