第344話 バイト野郎の理解者は雇い主だけ
「おはようございまーす! 高橋でーす!」
天気は晴れ。絶好の仕事日和だ。
約一週間ぶりの中村家での仕事だからか、土曜日の今日、仕事するにあたってバイト野郎はやる気満々だ。
この一週間は色々とあったからなぁ。
そう物思いにふけていたバイト野郎は、今は中村家の中庭にて元気よく挨拶をし、視界に入った雇い主が居る場所まで向かっていった。
「おはよ、高橋君」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ。今日も頑張ろうね」
中年オヤジとの他愛のない挨拶が、最近の心労で傷んだ俺の心を微妙に癒やしてくれる。
雇い主は俺を待っていたのか、中庭で背負式噴霧器を分解してメンテナンスをしている。
普段そういったことは千沙の専売特許なのにな。
「......。」
「?」
千沙か......。
昨日はすごかったな。もうほんっと色々とすごかった。俺に実の兄妹こそいないが、アレは正しい妹との関係ではないことだけはわかる。血は繋がってないけど。
昨晩、千沙を自宅に送る途中で彼女と別れたけど、その後どうなったんだろう。雇い主のこの反応からして、千沙はまだ皆に黙っているのかな?
元々千沙の事情を知っているのは、真由美さんと葵さんだけだし、帰宅した千沙が怪我をしていたのを見て、察せるのはあの母娘2人だけか。
「それで、今日のお仕事はなんでしょう?」
「ああ。今日は葵と野菜の収穫をメインにね......って、ちょうどいいところに葵が。おーい!」
雇い主の説明途中で葵さんが家から出てきたので、雇い主は透かさず葵さんを呼んだ。
彼女は俺らを――特に俺を見てぎょっとした顔つきになった。とりあえず俺は彼女に挨拶した。
「おはようございます。葵さん」
そして次第に彼女は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
「うへぇ......。お、おはよ、和馬君」
「う、“うへぇ”って......。また高橋君が何かしたの?」
「失敬な。もうセクハラはしないと決めたんです」
「『禁煙しました』みたいに言ってるけど、しないのが普通だからね」
「うん。あとできない約束はしない方がいいよ」
「......。」
言い返したいとこけど、前科のある俺が2人に対して言い返せることはほぼない。
それにしても葵さんのこの反応......。おそらく、いやきっと昨日の件のことだろう。もちろん千沙のことである。どんな話を聞いたかわからないが、この反応からして俺への好感度はだだ下がりの模様。
まぁいい。だって俺には心に決めた人がいるから。
いるから(大切なことなので2回言いました)。
「葵、いつもみたいに高橋君のことは任せるよ」
「今日はパスで」
「い、いや、仕事だからね。彼の労働力は馬鹿にできないでしょ?」
「その辺で草むしりさせとけばいいんじゃない?」
「こら。働いてくれる人をそんなぞんざいにしちゃ駄目だぞ」
「と、父さんも普段はそうじゃん」
禿同。あんたが言えることじゃないな。うん。少し感動したけど。
っていうか、葵さんもかなり表に出してきたな。これは隠す気もないらしい。いや、隠すようなことでもないけど、ここまであからさまな表情されるとな......。
............俺、なんか間違ったことしたかな?
いやいやいやいやいや! コレが最適な選択だったんだ。俺が一途に、悠莉ちゃんを愛していけば良いんだ。ちょっとキモい言い方になったけど。
「とにかく! 今日はヤ! 父さんが彼の面倒見ればいいじゃん!」
「ど、どうしたちゃったのさ、急に......。それに、俺だって彼には任せられないような仕事をしなくちゃいけないし、忙しいから面倒なんて見てられないよ」
「じゃあ今日は彼には帰ってもらうってことで!」
「い、いやだから! 彼には働いてもらわないと、こっちの仕事が回らなくなるよ!」
「そこまで言うんだったら、父さんが彼一人でもできる仕事を与えれば?!」
「それが思いつかないから葵に任せたいの!」
なんでだろう。なんか泣きたくなってきた。
俺なんかした? 2人からこんな厄介者扱いされる日が来るとは想像もしてなかったな。
そこまで俺が犯した罪は重いのか......。
「中庭でなに騒がしくしてるのよ!」
「近所迷惑よぉ」
おっと。陽菜と真由美さんがやってきたぞ。
できれば俺に味方してほしい。そしてこの巨乳と雇い主を怒ってほしい。
「今日、和馬君の面倒をどっちが見るかで話し合ってたの」
「“話し合い”ではなかったけどね。あ、真由美か陽菜のどっちかに和馬君を任せればいいのか」
「嫌よ」
「嫌ねぇ」
よし、今日は帰ろう。早退理由は“皆が俺を嫌うから”だ。ぐすん。
陽菜はともかく、比較的常識人の真由美さんまで即答とかなんなん。
NTっぞ?!!
「ふ、2人まで......」
「パパ。私だってたまには和馬の顔を見たくないときがあるわ」
俺ここに居るけど、その話大丈夫?
俺泣かない?
「とにかく今日は無理。えーっと、“ツン”だっけ? もう今日は“ツンの日”でもなんでもいいから和馬と居たくないわ」
「ひっぐ......うぇ」
「ほ、ほら。高橋君が男泣きしちゃったじゃないか」
「無理。その辺で草むしりさせとけばいいじゃない」
普段の陽菜とは思えないほど厳しいお言葉である。
というか、“ツンの日”ってなに。お前、最近ツンしてなかったじゃん。そんな昔あった属性を今更口実のためだけに使うなよ。
陽菜がここまで頑なに俺と仕事したくないというのは、まぁ、わからないでもない。先週フったもんな、俺。
「真由美は?」
「私ぃ? 泣き虫さんなら私が断る理由なんて言わなくてもわかるでしょう?」
「......はは。なんのことやら」
「?」
「まぁ、その辺の草でもむしってなさいな」
俺とラスボス人妻のやりとりに、雇い主の頭の上に“?”が浮かぶ。そうか、やっぱ昨日の千沙の件や陽菜がチクった件でご機嫌斜めなんだよな。
でも仕事は仕事、私情を挟んじゃいけないよ。うん。
それが言えたらどんなに楽か......。
つーか、女性陣が俺にやらせたがる仕事が統一して“草むしり”なんですけど。その辺の草むしってろとか、投げ遣りもいいとこだなおい。
「あのさ。俺はやらなきゃいけない仕事があるから高橋君の面倒を見るのは無理って言ってるのに、3人はどういう理由があるわけ? 高橋君に彼女ができたことがそんなに気に食わないの?」
ああ、あんたも知ってたのね。
「彼女できたんだね。おめでとう」くらい言ってくれてもいいのに。
まぁ、雇い主の場合は娘が野獣に狙われなくて済むから、俺の交際に関しては不満どころか大満足なんだろうな。
そんな雇い主は少し離れた所に居る女性陣に一人で立ち向かって行った。俺は4人に対して数歩下がった位置に突っ立っている。今から繰り広げられるであろう言い合いに首を突っ込みたくないからだ。
「“理由”......かぁ。和馬君に裏切られたからかな?」
「私も大体そんな感じね」
「泣き虫さんには困ったものねぇ。私の将来設計が無駄になったわぁ」
「な、何に対しての裏切りなのさ。彼女できて葵たちより早く“交際”を実現させたから?」
「それもあるけど、陽菜と千沙が可哀想って言うかなんというか......」
「べ、別に私は和馬がNTRれたことなんか気にしてないわよ!」
「陽菜、ちょっと黙ってなさい。泣き虫さんはまだあなたのものじゃないのよぉ」
「ちょ、それはいくらなんでも......」
「というか、そもそも彼女ができたら土曜日か日曜日にデート行く気なんじゃない? うちの仕事はどうするの? デートするからって理由で休む気?」
「それ、和馬にも以前言ったわ。こいつ、『偶になら休ませてくれるでしょw』ってほざいてた」
「ちょっと泣き虫さん、うちはそんな子を雇った覚えないわよぉ。“うちで毎週働く”で、やがて“毎日働く”という契約内容でしょう?」
「そんな契約してないでしょ......」
......。
なんというか、コレは本当に俺がいけないんだろうか。いや、陽菜が怒るならまだわかるよ? 外野である真由美さんと葵さんが怒る理由がよくわからない。
自意識過剰な言い方になるけど、もしかしなくとも娘、妹を俺が彼女に選ばなかったからって理由で2人は怒っているわけじゃないよね?
特に真由美さんの“将来設計”がなんたらって話が怖くてしょうがないんですけど。
と、そんなことを俺が思い悩んでいたら、
「ちょっとうるさいですよ!! 何時だと思っているんですか?! まだ9時ですよ?!」
真っ当な人間は活動している時間帯にも関わらず、お門違いな怒りをぶつけてきた美少女が東の家の二階の一室から怒鳴ってきた。
千沙である。
地上一階に居る俺らからでもわかる彼女の服装は、安定の色気もクソもないパジャマ姿だ。
「げ、兄さん」
「“げ”ってなんだよ......。おはよ」
「おはようございます」
思わず普通に挨拶してしまった。千沙もこうしていればいつも通りなんだよなぁ。昨日のトチ狂った“妹絶対理論”を説いた千沙が嘘のようだ。
「その、足はどうだ?」
「ああ、おかげで骨折という重症な怪我を負いました」
ただの擦り傷だろ。普通に痛みが退いて歩いて帰ってただろ。
「え?! 千沙怪我してたの?!」
「あなたは黙ってなさい」
「千沙姉は昨日、その辺ですっ転んだって言ってなかったかしら?」
「陽菜も少し黙ってて」
外野がうるさいな。
「あ、あのさ」
「はい、なんですか」
「み、皆の話聞いてたのかわからないけど、今日俺の面倒を誰も見てくれそうになくてさ......」
なんでこんなことを千沙に言ったんだろう。
というか、『俺の面倒を誰も見てくれそうにない』って、ここだけ切り取って聞くと相当ヤバい発言だよな。
「はぁ......」
「あ、あはは」
千沙も俺の言葉に困ってるじゃん。
もう諦めてその辺の草むしっといた方がいい気がしてきた。
「千沙は何か仕事無い?」
「はい?」
「い、いや、機械関係とかさ。俺、手伝うし」
「ありません」
『ピシャッ』
窓閉められた。
俺、嫌われちゃったのな。昨日はあんなに兄妹愛を語ってたのに。
今のこのやり取りを見てか、周りの皆は俺を見て哀れんでいる気がする。
「その、やっぱり今日手伝ってほしい仕事が高橋君にもあったから、ね?」
「......。」
雇い主の慰めが少し心に響いたバイト野郎であった。
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