第十二章 付き合ってくれるんですか?
第321話 素直な気持ちは良くも悪くも必要である
「良い天気だ......」
俺はどこか遠い目をしてそんなことを呟く。
天気は晴れ。今日も今日とてよく晴れている。朝起きて窓開けて空を見たら毎日晴れなんだもん。同じ日々を繰り返してるんじゃないかって思わせるくらい晴れだ。
そう、晴れ。晴れなんだけど......。
「ねぇ、ちゃんと反省しているのかしら?」
「......。」
気分はこの青空のようにブルーだ。
もちろん悪い意味でね。
「へ・ん・じ!」
「あぐッ?! あ、あい。してます。反省」
早朝の今、俺は自宅にて目の前で仁王立ちしているポニ娘に対して正座している最中だ。
今はこいつが俺の股間付近をぐりぐりと踏んできたので、痛みにより体勢が崩れてしまったが、すぐに正座に戻される。
こいつ......股間付近を踏んづけてくるなんてわかってるな。
どうせ陽菜も踏みたいんだから踏めばいいのにね。
お互いWin-Winなのに。
「反省してないでしょッ!」
「いッ?!」
「陽菜ちゃん、間違えて息子の息子踏んじゃってる。そいつ喜んじゃう」
「あ、ごめんなさい」
前言撤回する。息子踏まれて喜ぶほど俺は上級者じゃなかった。
股間付近から息子本体へ、踏み絵のように踏まれた俺は前のめりに俯いてしまった。
ちなみにこの場に居るのは俺とポニ娘、そしてクソババアこと智子である。クソババアはソファーでテレビを見ながら寛いでいて、息子を助ける素振りなど感じさせない。
そして未だ俺を許す気が無い陽菜は、我が校の学生服を着ている。紺色のブレザーに、丈を短くしたチェック柄のスカート、膝下まである白のハイソックスである。中に着ている白シャツの上には茶色のカーディガンがあり、ブレザーの裾や袖の部分から数センチほど出ていた。
控えめに言って超可愛いね。抱き着きたいくらい可愛い。
口にはしないけど。
「今日なんの日かわかってる?!」
「入学式と始業式です」
「あんた何してた?!」
「ね、寝てました」
「何を抱えて?!」
「......ブラジャー――をッ?!」
「ふんッ!」と言って、再び陽菜は俺の股間付近をぐりぐりと踏みつけてくる。
そう、陽菜がお怒りぷんぷんなのはちゃんと理由があって、原因は俺にある。
彼女は入学式というこの日に、なぜか早朝からうちに来て、俺の寝室にノックも無しに入り、寝ている俺を目にした瞬間怒鳴りだしたのだ。
曰く、なんでブラに抱きついてるのよ!、と。
曰く、そもそも誰のブラよ!、と。
このような経緯からパジャマ姿の俺は今に至る。
「で、これは誰のブラなの? サイズ的に智子さんのじゃないわよね」
「陽菜ちゃん。サイズ云々より、さすがの変態息子でもそこまで見境無いわけじゃないから」
「......。」
「黙ってたら終わらないわよ」
「そうそう。ちなみにソレが誰のかなんて私も陽菜ちゃんも知ってるから。和馬の口から言わせることが重要だと思っているから」
「..........。」
このクソババアめ。元は言えば一昨日、お前があの巨乳JCと全裸でパーリナイしたからこうなったんだろーが!
何を隠そう、俺が抱きついていたブラは桃花ちゃんのだ。
昨日、俺は『今日一日は家でゆっくりしよう』と思って、中村家から帰宅してきたのだが、家の中に入って絶句した。部屋の散らかり具合といい、酒臭さといい、もう一回家を出たくなるくらい悲惨だった。
そして部屋を片付けていたらなんと明らかに母親のサイズでも、歳にあった柄でもないブラジャーを発見したのだ。
ババアから聞けば、一昨日の晩、桃花ちゃんと全裸で踊ったらしい。その事実だけでも信じ難いのだが、目の前の見知らぬ女性のブラジャーがあれば言及の必要はあるまい。
あるまい(大事なことなのでニ回言いました)。
「も、桃花ちゃんのブラだと、思います。ええ、はい」
「......。」
「ご、誤解しないでくれ! ちゃんと本人に言ったんだ! 取りに来いって!」
そう、本当は家宝にしたかったのだが、俺の中の天使と悪魔のうち天使がギリギリ勝っちゃって桃花ちゃんに連絡したんだ。証拠として[自分のブラ取りに来い]とちゃんとスマホのSNSツールにメッセージとして残っている。
ちなみに天使の主張は「ブラにありつくなんて童貞丸出しですよ。すぐに返して見栄を張りなさい」とのこと。
一方、悪魔の主張では、「へっへっへー。吸え」である。
ギリ天使の勝ちだ。というか、勝たせたかった。
吸ったら何か大切なもの失いそうで怖かった。
「じゃあ、桃花はなんで取りに来なかったのよ?」
「[わざわざブラを取りに、お兄さんの家まで行きたくなーい。めんどーい。預かっといてー]って」
「......。」
「ほ、本当だ! 嘘吐いてない! スマホ見る?! 写真と動画以外見ていいよ?!」
「いいわ、そんなの。で?」
「え、“で?”って?」
「それであんたは桃花のブラをどうしたのよ?」
「いや、なんというか」
「“なんというか”?」
「......吸ってました。ええ、はい」
吸っちゃったんだよな、結局......。
おかげで何か大切なものを失った気がするよ。同時に何か得た気もするけど。
全く以て耐え性のない童貞野郎である。そのまま寝付いちゃって朝になったらそれを陽菜に目撃されたというのが事の一部始終である。
それに桃花ちゃんも桃花ちゃんだよな。
返してって言わない辺り、童貞の俺が放っておくわけないことくらいわかるじゃんね。ありがとうございます。
使い道と秘められた価値を理解していないよ。ありがとうございます。
やっべ、感謝が止まらね。これが仏の教えか。
「あんた、よく堂々とそんなこと私に言えたわね。はぁ......もう、怒り通り越して呆れてきたわ」
えへへ。褒めないでよ。
というか、お前が勝手に入ってきたんだろッ!! プライベートにまで口出ししてきやがって!! こっちが下手に出てれば容赦なく怒るとかマジなんなん。
「ゆ、許してくれますかね?」
「なんであんたの彼女でもない私なんかに許しを請うのかしら?」
「うっ。そ、それはお前が怒ってくるから」
「人として怒るわ。とりあえず、ブラは私が処分するから」
「そんなぁ」
「......。」
「じょ、冗談ですよぉ」
「こんなの桃花に返せるわけないでしょ。生理的に親友に使わせたくないわ」
ですよね。うん。
でも一つだけ言わせてもらうけど、お前も俺が出した洗濯物を嗅いでいるだろ。使用済み未使用問わずにさ。これが男女の差かよ。
陽菜め、唯一の理解者を失ったな。今度からお前が俺の服吸ったら怒っから覚悟しとけ。
「なにその目。何か言いたいことでもあるのかしら?」
「ご、ございません」
「和馬、あんたゆっくりしてるけど、そろそろ学校に行く時間じゃん?」
あ!!
時計を見れば学校に向かわなければならない時間帯だった。というか、ゆっくりしてたわけじゃねーし。ずっと正座させられてたし。
「まだギリ間に合うかな? 支度して行こ」
「制服に少し埃被っていたからついでにクリーニング出しといたよ」
「あざす」
「母を敬え」
クリーニング出したくらいで調子乗るなよ? 日頃、俺がどれだけ苦労していると思ってんだ。
というか、今更だけど陽菜は一体うちに何しに来たのだろう。
見るからに今から学校へ行く気満々だけど、新入生であるお前の入学式は午後からだったはずだぞ。在校生である俺は先に学校へ行って始業式を受けなければならないから、どうしても陽菜とは別行動になる。
「午後にうちの高校に来るんだよね? 真由美さんとやっさんは?」
「直売店の仕事があるのよ。さすがに二人は来れないけど、代表してママと一緒に行くわ」
「意外だな。やっさんなら死んでも来るかと思ってた」
「ええ、でも温泉旅行の件もあってさすがに続けて直売店を休むのはマズいと自分でも思っているみたい」
「まぁ、そればかしは仕方ないか」
「それにちゃんと写真撮って来るからって何度も説得したから平気よ」
午前中に始業式がある俺らは午後に予定が無い。部活等ある生徒は午後も活動するらしいが、俺には関係無いので退屈な一日になりそうである。
それにしても入学式と同日にあるとは珍しいもんだ。新年度初登校となる俺ら在校生が気にすることと言えばクラス替えによるメンツくらいだろう。
裕二と一緒だといいな。
「って、くそッ! 朝飯食ってる時間ねぇな! 着替えて行くか」
「いってら」
「気をつけなさいよ」
俺はものの数分で支度を済まし、家を出発しようとした。久しぶりに制服に裾を通したが、特に違和感も無く、また学生生活が再開するんだなという実感が湧いた。
「んじゃ、今日は陽菜と予定的にすれ違うと思うからまた今度な? 行ってくる」
「え」
陽菜は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見てくる。いや、なに驚いてんの。急いで学校行くに決まってるじゃん。
「?」
「あ、いや、その......そうね」
陽菜は目線を落とし、俺と目を合わせずに何か言いたくても言えないような雰囲気を醸し出している。また同時に、彼女の両手に握られた丈の短いスカートはクシャっとプリーツの型を変えられていた。
え、なに。なにその顔。また俺なんかやらかした?
「……。」
「な、なんですかね?」
陽菜は依然として下を向いたままだ。
何がしたいの、この子。俺、今すっごい急いでるんだけど。たぶん電車一本逃したら遅刻確定なんですけど。
「「……。」」
しばし沈黙が続く空間となる。
もう行っていいかな? 別に掴まれているわけでもないから無視して出発すればいんだけど、如何せんこいつが醸し出す雰囲気のせいで中々動き出せない。
一体何がしたいのかね、君は、本当に。
俺を叩き起して股間踏んづけて、遅刻寸前へと追い込む悪逆無道たる行いの自覚があるのかな?
ちょっとポニ娘が嫌いになりそう。
「あんたねぇ。下心ばかりじゃなくて、ちょっとは乙女心を考えなさいよ」
「え」
「......。」
ちょっとポニ娘が好きになりそう。
母親に言われてわかった。なんで午後から予定のあるこいつが制服姿で朝からうちに来たのかを。
え、ちょ、マジ? もしかしなくても、もしかする?
そういう奴だもんな......。
「え、えーっと」
「......。」
「その」
くっそ! そうとわかったら早く言えよ、俺! こういうのは時間が経てば経つほど気まずくなるんだぞ!
似合ってる、可愛い、結婚してくれのうちどれかを言えば済む話だろう?!
......最後は余計か。二択になったな。
「ああー、なんだ、いいんじゃないか? うん、とてもいい」
「何がよッ?!」
「......。」
うっせぇババア! こっちだって必死なんだよ!
正直に言えばいいってことくらいわかってんのに、言えねぇんだよぉおおぉおお!
んがわいぃぃぃいいいいいぃい!!
でも言えないよぉぉぉおぉぉぉおおお!!
「い、いってきます」
「「......。」」
二人してうわぁって顔しないで......。
俺はそそくさと家を出た。バタンと閉まった玄関ドアの音がやけに響く。もう家から出たんだからそのまま歩き始めればいいのに、中々歩きだせない。
「......。」
変に陽菜の制服姿を褒めて、あいつから寄って来て、これからどんどん距離が縮むと困るから俺は口にしたくなかったのだろうか。
気合い入れて朝からうちに来た陽菜の気持ちを受け入れたくなかったからだろうか。
......いや、そんなの関係無いな。ただ一言言えばいい話なのに、そうしないのは俺が口にした瞬間に―――また陽菜の魅力に気づかされるのが怖いんだ。
陽菜も千沙も距離を置きたい存在なのに、二人を徐々に好きになっていく自分が怖いんだ。
「......アホらし」
――だけど今は、俺のこの醜い感情を無視したい。
だって、陽菜のあんな顔を見て何も言わないままで居たら、それこそ自分を許せなくなると思ったから。
俺は玄関ドアのハンドルは再び握った。
『ガチャッ!!』
「「っ?!」」
今しがた家を出た俺が戻ってきて、頭だけを家の中に入れた俺を見て二人が驚く。
「ま」
「「“ま”?」」
俺は陽菜の顔を見ること無く、目をぎゅっと瞑った。
「まッ、ままま毎朝、その姿で起こしてほしいと思うくらいは似合ってて可愛かったぞこんちくしょうのバカ野郎すっとこどっこい!」
『バタンッ!!』
「うわあぁぁぁあぁあああぁぁぁあん!!」
俺は言いたいことを叫んで再び家を後にした。
なんとも悲しい吠え様だった。絞り出した結果がアレだよ。
余談だが、恥ずかしさのあまり全力疾走で通学した俺が遅刻せずに済んだのは不幸中の騒いである。
*****
〜その後〜
*****
「ご、ごめんなさいね? 馬鹿息子がアレで......」
「......。」
「陽菜ちゃん?」
「......ました」
「え?」
「濡れました」
「あ、そう......」
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