第308話 親思いに巻き込まれた件
「日帰り温泉券?」
「そう。ペアチケットなんだけど、“御珍宝温泉”に日帰りで行ってもらおうかと」
「卑猥な名称ですね」
「言うと思った!」
いや、誰しも思うと思うよ、普通。
それに人間、みんな下半身が原動力だから(持論)。
現在、朝食を終えたバイト野郎はリビングにて葵さんと、明後日に控えている雇い主と真由美さんの誕生日について話し合っている最中だ。
つーか、両親が同一誕生日ってすごいな。なんちゅー確率なんだ。
ちなみにこの場に居るのは俺と葵さんで、陽菜はキッチンで食器を洗っている。
その食器というのも俺が朝食で使った物なので、本来なら俺が洗うべきなのだが、なぜかそれが許されることはなかった。「悪いな」とだけ言ってリビング居る次第だ。
が、そんな感謝の気持ちを陽菜に感じる必要なんて無かった。
「ふふふ」
キッチンから不気味に笑う声がしたので目をやれば、陽菜が先程俺が使った箸をペロペロしていた。......今日もポニ娘は絶好調である。
アレは彼女なりの食器洗いなのだろう。
深く考えたら負けである。
「......全部、和馬君のせいだから」
「......。」
ペロリストな妹を目撃してしまった巨乳長女は責任の所在がバイト野郎にあると根も葉もないことを言ってくる。
断じてそんなことはない。
そんな彼女を無視して話を戻すことにした。
「で、もちろんお手伝いはしますが、当日はどのような流れなんですか?」
「うん。まずはね、その日は二人に仕事をせずに朝からお、おち、おちん――」
「一回目は普通に言えてませんでした?」
「和馬君が“卑猥”とか言うからだよッ!!」
ざーめん。じゃなくて、さーせん(笑)。
葵さんはコホンと咳払いして続ける。
「二人には日中、“御珍宝温泉”に行ってもらって、夜に祝おうかと思うんだ」
「ほうほう。というか、明後日って直売店を開く日じゃないですか」
「そ! それなんだよ!」
カレンダーを見て気づいたが、そういえば明後日は直売店を開く日になる。いつもは葵さんと真由美さん、雇い主の3人で営業をしているのだ。
と言っても、ピーク時、つまり開店してから1時間程度はお客さんが大勢来て混むようだから、その1時間だけ葵さんが手伝うだけで、それ以降は真由美さんと雇い主の2人だけがお店に残っている。
「その日、和馬君には、店番を手伝ってもらいたいんだ」
「なるほど。もちろんお手伝いしますが、店番は自分と葵さんだけですか?」
「いや、陽菜もいるよ」
じゃあ、その日の仕事は3人でお店番するだけか。
バイト野郎も過去に数度、数える程度しか手伝ったことはないが、それでも少しくらいは立ち回りがわかるので無力とまではいかないだろう。
しかし一体どこが問題なんだ?
どこも問題があるようには思えないんだが......。だって直売店での業務を熟知している葵さんや陽菜が居れば問題視することなんて無いでしょ。
「問題は母さんたちがこの企画を許してくれるかだよ!」
「あ、ああ。なるほど」
子供たちだけで直売店を開くこと自体に問題があるのか。そりゃあそうか。普通に考えて、いくら誕生日とは言えど、両親が日帰り温泉に出かけて、代わりに娘たちが働くなんてあの二人が許すわけ無いし。
むしろあの二人から許可を得るなんて無理だろ。
「そこで和馬君には二人を説得する良い案を考えてほしいの!」
「え、ええー」
「お願い!」
巨乳を揺らしてお願いされてもその願いは叶えられそうにないわ。
それくらい、俺なんかより葵さんの方がよくわかってるでしょ。なんたってあの二人の娘であって長女なんだし。
「夜に祝うだけの方が無難ですよ」
「夜に祝うだけじゃ寂しいじゃん?」
「そうかもしれませんが......“説得”と言っても一体何をすればいいのですか?」
「え、そこは和馬君なりに考えてよ」
丸投げじゃねーか。
「葵姉、言い方」
「あ、ごめん」
使用済み食器をペロペロ......もとい洗い終えた陽菜は、エプロンを外して俺らが居るリビングにやってきた。
何も言わずに俺が座っているソファーの隣に来たポニ娘。向かいのソファーには葵さんが座っているのに、バイト野郎に接近してくる彼女の意図は見え見えだ。もう隠す気無いのだろうか。
いや、隣に座られるくらい別にいいけどさ。少し距離あけてよ。
「和馬君ってほら、そういう悪知恵?とか働く方じゃん?」
「全然言い直せてないわね」
「ああ。人にものを頼む態度がなっていないな」
「え、じゃ、じゃあお礼に、マッサージしてあげる」
「それは葵姉が和馬の身体に触れたいだけでしょ」
「ああ。お礼って言うなら俺が葵さんを揉みたい」
ここで隣に居る陽菜から脇腹に肘鉄を食らうバイト野郎。
“揉みたい”ってアレだよ? マッサージだよ? なに勘違いしちゃってるのさ。俺をなんだと思ってんのかね。ったく。
だから葵さんも自分の胸を両腕で抑えて抗議の眼差しを俺に向けてこないでほしい。
(心の声:おっぱい揉ませろぉぉぉおおおおぉぉおぉおおお!)
「うーん。良いアイデアが思いつきませんねー」
「仕方ない。起こすのが忍びないけど千沙を呼ぼっか」
「そうね。私が行ってくるわ。フライパンとお玉を持っていかなきゃ」
原始的な起こし方すんのな。
そう言って陽菜はマジでキッチンからフライパンとお玉を持っていって起こしに行った。
フライパンとお玉による激しい衝突音が二階から聞こえてきた数分後、眠たそうな顔で目元を擦りながらパジャマ姿の千沙が降りてきた。
「なんですか、こんな朝早くから」
「もう7時過ぎよ。一般的な朝だわ」
「ほら、以前話したじゃん? 明後日、母さんたちに日帰り温泉に行ってもらいたいって話」
「千沙も一緒に考えてくれよ」
千沙は返答せずに、冷蔵庫まで行き、中から紙パックの牛乳を取り出し、コップに注いでこちらに戻ってきた。
ちなみに向かいのソファーには葵さんと陽菜が、千沙は俺の隣に人一人分の間隔をあけて座った。
「私は反対ですね」
「「?!」」
お、意外。雇い主ならともかく、真由美さんを労うことを反対するとは。
「だって直売店を開くっていうのに親がどっちも居ないのでしょう? そんなの、何かあったら私達だけじゃ対応できませんよ」
「そ、そうだけどさ」
「千沙姉だって偶には二人に仕事を忘れて休んでもらいたいって言ってたじゃない」
「すみません、それは直売店を開く日だとは思っていなかったからです。いいですか、“開店する”ということは、集客して“金銭を扱う”んですよ? それに何か不祥事が起こった際に大人としての対応ができると言えますか? いや、言い切れますか?」
「「うっ」」
たしかに。
金銭的なトラブルはもちろん、他にも無いとは思うが、お客さんに怪我なんかさせて迷惑でもかけたら、その場に居る俺たちで適切な対応ができるか不安である。
無論、何もかも絶対は無いので、良くも悪くも言い切ることはできない。
故にここが子供と大人の対応力の差だ。
「もっと事前に直売店を“臨時休業する”とか手段は無かったのですか?」
「そ、その時点でママたちに相談しないといけないじゃない」
「うん。サプライズも兼ねて的な?」
「あ、あのですね......。とにかく、ただでさえピーク時はクソ忙しいのに、私達だけで直売店を開くのはアウトです。ここで話し合ってもお母さんが許すわけないでしょう」
「か、和馬ぁ」
「和馬君......」
俺をそんな目で見ないでくれ......。
「兄さんも何か言いたいことが?」
姉妹を論破した千沙は、今度は二人の助け舟かなんかだと思っている俺に矛先を向けてきた。
いや、きっと千沙も真由美さんたちに誕生日くらい休んでもらいたいという気持ちがあるはず。それでも“もしものとき”のために、こうした嫌な役回りをしているんだ。
「はぁ。......確認ですが、3人の主張をまとめると、“直売店は開きたい”、“両親には休んでもらいたい”、でも“子供たちだけではリスクがある”......でいいんですね?」
「うん......」
「......ええ、その通りです」
「何か良い方法は無いかしら......」
反対していた千沙も含めて暗い雰囲気になってしまったリビングで、俺は空気を読まずに自身のスマホをポケットから取り出した。
「な、何してるの?」
「電話ですか?」
「誰に?」
3人が俺の行為を不思議そうに見ているが、俺は碌な返答をせずにスマホの操作を続ける。
開いたアプリは通話アプリである。通話先は最近ご無沙汰な、中村家とは違った騒がしさを兼ね備える一家だ。
『プルプルプル♪―――よぉ。最近、音沙汰ねぇから死んだかと思ったぞ』
「はは、まさか。久しぶりって程じゃありませんが、ご無沙汰してます、達也さん」
「「「っ?!」」」
“達也さん”というワードと本人の声が聞こえたからか、三姉妹の顔がぎょっとする。
3人には説明しなかったけど、もう意味わかるよね。
『どうだ、いい加減卒業できたか?』
「......。」
おっと、通話切りたくなってきたぞ。
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