第303話 ベッドよりも敷布団の方が運動会に向いている
「兄さん、妹の時間です」
「.......時間帯考えろ」
「なッ?! さっき兄さんが『日を改めて来い』って我儘言うので、日付変わってから来たんですよ?!」
「だから時間帯考えろって言ってんの! 今1時だぞ?! 1時ッ!!」
どういう解釈してんだこら。
現在、バイト野郎は例のごとく自分勝手な我儘次女に起こされてご機嫌斜めだ。夜に美少女からのお誘いとは聞こえが良いかもしれないが、こうも毎晩毎晩叩き起こされては堪ったもんじゃない。
内容もゲームするだけだし。
「別にいいじゃないですか。どうせ暇でしょう?」
「お兄ちゃんは明日バイトあんの!」
「私は暇なんですよ!」
「お前正気かッ?!」
こ、ここまで自己中だとは.......。
どうやらうちの妹は自分を中心に世界が回っていると思っちゃうタイプらしい。美少女の皮を被った独裁者だ。
「兄さん、諦めてください。今日でまだ3日しか続いてませんよ? 妹をもっと労わってください」
「どこを労わればいい? むしろ3日間も睡眠時間削らされて、肉体労働する兄を労われよ」
中々首を縦に振らない兄に対して不満なのか、妹は膨れっ面で抗議の眼差しを向けてくる。可愛ければなんでも許されると思うなよ。
千沙は相も変わらず色気の欠片もないパジャマ姿だ。俺に何かお願いをするときはまずは露出からって暗黙の了解を知らないのかな。
それじゃあ駄目だよ。身に着けて良いのはニプレスだけ。出直してこい。
「起きてくださいよぉー」
「ゆ、揺さぶるな。明日も早いんだって」
千沙が未だ布団から出てこようとしない俺を揺さぶってくる。駄々っ子か。
俺は今日こそは布団から出ないと決意していたので、千沙が遊びの誘いに来たって布団から出ることはない。掛け布団を更に深く自身に被せて徹底抗戦する。
「膝枕してあげますよ?」
「魅力的な提案だが、睡眠時間が圧倒的に足りない今の俺にとって必要なのはムラムラする性欲じゃなくて、ミンミンする睡眠欲だ」
「“ミンミンする”ってなんですか。蝉ですか」
仕方ない。関係が悪化するかもしれないからできるだけ使わないようにしていたが.......。
「ね? ゲームしましょ? 妹がお気に入りのアイスを分けてあげますから」
「.......。」
「うっわ。無視ですか、このクソ兄」
口悪ッ。
そう、一番効果的だと思われるのが、何事にも便利な“無視”である。
あまり多用しすぎると嫌われてしまうかもしれないので、程々にしないといけないが今はこの手段が手っ取り早いと判断した。
「新作のゲームですよ?」
「.......。」
「3時間! 3時間だけでいいですからッ!!」
「...........。」
「今ならエナドレ付けますよ? モン〇ターとかレッ〇ブルとか」
「..............。」
エナドレ飲ませたら余計寝れねーだろ。さり気なく徹夜させようとすんな。
「仕方ありません、奥の手です。......兄さんを襲うしかありませんね」
「かかってこい」
「即答。あの、さっき性欲より睡眠欲って言いませんでした?」
「よろしくお願いします」
「いや、『よろしくお願いします』じゃなくてですね」
「ゴムはバッグに入ってる」って言ったら、今度は千沙が無視してきた。わかってたけど襲ってこないよね。うん、わかってた。
はぁ......。
「今日は梃子でも動かないつもりですね」
「うん。諦めて」
「はは。まさか」
どうしてそこまでして我儘に付きあわせたいのだろう。
言っちゃなんだけど、その行為はお前が日頃から演じようとしている“完璧美少女”からかけ離れているからね。それで好かれると思っていたら間違いだからね。
「こうします」
「っ?!」
そんなことを考えていたら、千沙が寝ている俺の布団にお邪魔してきた。
え?! マジ?! 同衾?! 本当にこれからズッコンバッコンする気?!
「ああー、ぬくぬくしますねー」
「な、何しているんですかね?」
「いや、兄さんが寝るって言うんで添い寝しようかと」
「正気の沙汰とは思えないんですが」
「添い寝すれば妹と遊びたくなるかなって」
「正気の沙汰とは思えないんですが」
ならねーよ。
お前は添い寝感覚で近づいて来たのかもしれないけど、俺にとってはいつもの夜遊び以上に寝れないからね。心臓バクバクで不眠確定だからね。
しかしこの好機にも似た状況を蔑ろにできないのが童貞の性である。
むしろ強制的に妹から肉便器にジョブチェンさせたいと企む自分が居る。
「おい。こんな状況じゃ襲われても文句言えないぞ」
「私的には合意無しのはいただけないので抵抗します」
「“抵抗”?」
「例の防犯ブザーです」
なんで異性の寝床にそんな物騒なもん持って来てんの。
それアレだろ。
「それに兄さんは眠いのでしょう? なら妹とのこのシチュに興奮してないで早く寝てください」
「この状況で寝れると思う?」
「頭ではわかっていても3日も睡眠不足だったんです。身体もそろそろ限界でしょう」
お前何様? 誰のせいでこんな身体になったんだと思ってんだ。
そんでもって千沙はさり気なく俺の片腕を自分の枕代わりにしているし。これ傍から見たら完全に事後だからね。ピロートークに勤しんでいる雰囲気だからね。
童貞に事後とか酷すぎだろ。まだ過程を味わっていないんだぞ。
「これが男性の腕枕ですか.......。なんか居心地悪いですね」
「よく平気で異性の腕に頭乗せられんな」
「前々からやってもらいたいと思っていたので。それに兄さんがどれだけ願ってもこの先、美少女に腕枕する機会なんてありませんよ」
「決めつけ早いな。なんでわかんだよ」
「ふふ、妹ですから」
そこまで自信を持って言われると千沙にとっての“兄妹”は一体何なんだろうね。
それにそう決めつけてくる背景には「兄さんを好きになる女性なんて私以外あり得ませんから。HAHA」とか絶対的な確信があるからだ。
千沙が抱く俺のイメージがなんなのか詳しく問い質したい。
ああー、腕痛ぇ。慣れていないから痺れてきた。腕枕って絶対、血行に良くないよね。
「居心地悪いですが、これも悪くありませんね。安心感的なアレです」
「もう気が済んだ? 痺れてきたんだけど、腕退かしていい?」
「嫌です。もうちょっと我慢してください。今最高に幸せを感じているんです」
「今最高に痛みを感じているんです」
「ゲームも駄目、添い寝も駄目、腕枕も駄目。ちょっと我儘すぎません?」
「疲労蓄積、睡眠不足、感覚麻痺してきました。かなり我儘すぎません?」
「この時間がずっと続けばいいのに」
「この思いがちゃんと伝わっていてほしいのに」
駄目だ。仮に“千沙と付き合う”とかそんなビジョンが全く湧かない。
この子、いずれ俺のこと滅ぼす気だよ。本人にその気が無くても肌で(物理的に)わかるくらい妹はお兄ちゃんのことどうとも思ってないよ。
せいぜい頑丈な筋肉達磨としか思っていないのだろう。
「というか、気づいてないんですか?」
「千沙の求愛行動?」
「キッモいです。この布団ですよ、布団」
「?」
気づいてないってか、今更だよね。
実は俺が使わせてもらっているこの敷布団は、春休み以前に泊まりにきたときの敷布団とは違って厚みと幅が段違いに増していた。全くの別物である。
別に以前のが小さいってわけじゃなかったんだけど、真由美さんが気を利かせてくれて大きめの敷布団を用意してくれたのかなって思った。にしても余裕で二人は寝れるサイズだぞ、これ。
もちろん、真由美さんにはお礼を言ったが、相手は「なんのことかしらぁ」と理解していなかった。俺も何の目的で買ってくれたのかよくわからなかったので、特に気にせず使わせてもらっている。
「もしかして千沙がこの布団を?」
「ええ。兄さんのために用意してあげたんです」
なんと。つうかなんでこんな一人じゃ有り余るスペースのデカ布団を用意してくれたんだ?
ゴロゴロできるから嬉しいんだけどさ。
「えーっと、なんで?」
「添い寝するためです」
これで襲っちゃいけないとかマジなんなんこいつ。煽ってんのか。
「まぁ、なんつうか、ありがと。わざわざ買ってくれたのか」
「ええ。5万しました」
「ごっ?!」
マジか。これそんなクソ高ぇ布団なのかよ。どうりで居心地良いわけだよ。
住み込みバイト初日で自家発電したことを申し訳なく感じてしまう。
「その、払うよ? すぐには無理だけど。まさかそんな高いものとは.......」
「いえ。そもそも言い出しっぺは陽菜です」
「陽菜が?」
「ええ。『和馬が「窮屈だ」って言ってたから大きいのを買ってあげたいのよね』って」
そんなこと一言も言っておりませんが。
もしかしてアレのためか? “よ”から始まって“い”で終わり、間に“ば”が入る18禁行為のためか?
あの淫魔め。かかってこい。受けて勃ってやる。.......冗談だけど。
「それで私にネット通販で買わせたんですよ。私も一応“姉”ですし、兄さんには日頃お世話になっていますので」
「そ、そうか。......つかぬことをお聞きしますが、請求先は?」
「ああ、お母さんのクレカです」
おいぃぃぃいいい!! 他所の家の人妻になんてもん買わせてんだよぉぉぉおおお!!
さっきの「一応姉ですし」とか「世話になっている」はどこ行った。
お前は何を思ってそんな発言できんだ。
「まぁ、娘が充実した生活を送れると思えば、5万なんて安いものと思えるでしょう」
録音して真由美さんに聞かせたいわ。
「やっぱこっちの方が落ち着きますね」
「ちょ、おい」
忙しない妹は今度はそんな大きな布団の中へと潜って行ってしまった。何したいの? ヌいてくれんの?
あまり中でモゾモゾされるとムクムクしちゃうよ。何がとは言わないけど、ナニがね。
「私、どっちかって言うと頭まで布団を被せた方が寝つき良いんですよね」
「ああ、潜らないと落ち着かないタイプ?」
「はい。しかし兄さんは良い匂いがしますね」
「そう? 同じ洗剤使っているはずなんだけどな」
ああーもう、仕方ない。明日、真由美さんにはとりあえず謝って、陽菜にはお説教だな。千沙には.......うーん。こいつ、今回の件に関しては特にこちらが言うこと無いんだよな。
ただ陽菜の頼み事を聞いて商品を買っただけだし。
いや、むしろ―――
「ふふ。念願の添い寝ですよ? わくわくドキドキしますね! 手でも繋ぎます?」
―――感謝すべきだな。
なんだこの可愛い生き物。布団の中でモゾモゾしやがって。
「しません」
「それは残念ですねー」
本当に残念がってる? 声の調子からしてそんな感じがしないんですけど。
布団の中でも千沙が今どんな顔してるかってくらいはわかってしまう。そんな表情を見たら益々寝れなくなっちゃうな。
「なんかお喋りしたくなってきました」
「......おやすみ。灯り消すよ」
「ええー! この状況で寝るんですかー!」
「すぴーすぴー」
「そ、それリアルでも言うんですか.......」
どゆこと?
そう疑問に思っても、これ以上会話したら寝れなくなると悟った俺は、このまま無言を貫き、深い眠りに落ちるのであった。
.......陽菜、お前と寝たら絶対寝れなくなるわ。それだけはわかる。千沙だから安心して寝れるんだ。
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