第299話 こちらス〇ーク、状況が悪化した
「まずは陽菜が上の階で洗濯物を畳んでいますから手伝ってみましょう」
「わかった。差し入れにコーヒーを持ってけばいいかな?」
洗濯物畳めって言ってんのに、零したらアウトの飲みもん持って行こうとするな。
現在、バイト野郎と雇い主は“できるパパ作戦”を遂行するため、まずは家事から攻めるといった次第だ。
狙いは二階の一室で洗濯物をしている陽菜。家族5人に加えてバイト野郎の洗濯物もあるんだったらかなり時間がかかるはず。
「じゃあさっそく―――」
「待ってください。これを」
「?」
俺は雇い主に片耳用の小型の
ちなみになぜ持ってたかって?
以前、興味本位で千沙の部屋からパクってきたのさ。それにこのイヤホン、ちょっと高級感漂うんだよね。
......あれ? よく見たらコレ、巷で噂のソラマメ型ワイヤレスイヤホンじゃないか。“ソラマメ”って言ってごめんちゃい。しかし高そうなもんパクってきちゃったな。
一言断ろうと思ったけど、後で返せばいいやってね。日頃の仕返しとも言える。
「これをやっさんのスマホに接続して耳に着けてください。こちらが適宜遠隔で指示や支援を行います」
「おおー! って高橋君も来ればいいじゃん」
「自分が近場に居ると変に勘づかれるかもしれないので。それに自分には決して手伝わせてくれませんし」
「なるほど」
「言っておきますが、イヤホンを着けている耳は陽菜に見られないようにしてください」
「わかった!」
さっそく無線イヤホンを起動させて、雇い主のスマホに接続し、準備が完了でき次第、陽菜の居る部屋に行ってもらった。
そのスマホとやらは以前、雇い主がガラケーはもう卒業したって聞いてもないのに、ドヤ顔で自慢してきた記憶は新しい。
さて、ここからは無線イヤホンがキャッチした音が頼りになる。
『ひ、陽菜。ちょっといいか? 入るよ?』
『っ?! だ、駄目ッ!! 絶対入ってこないで!!』
『え』
『入ってきたら親子の縁切るから!!』
『なんでッ?! 俺は洗濯物を畳むのを手伝―――』
『余計なことしなくていいわ! 私の邪魔しないでッ!!』
『......。』
十秒後、暗い顔をした雇い主が俺の元へ戻ってきた。
秒で作戦失敗してんじゃねーか。
手伝うどころか、部屋にすら入ってねーぞ。
「......ただいま」
「......。」
あ、いや、そういえば陽菜はお楽しみ中だったな。だから『私の邪魔しないで』って言ったのか。あのマセガキが。
そして今日もバイト野郎の服は皺くちゃになって返ってくることが確定した。
......雇い主には悪いことをした気分だ。無駄足だったってこともあるけど、それ以上に娘が絶頂している原因は、目の前のバイトの子の下着にあることがなによりも罪悪感を抱かせる。
「なんかすみません」
「なんで高橋君が謝るのさ」
「え、えーっと、切り替えていきましょう!」
鬼畜にも半ば強引に“できるパパ作戦”を続行するバイト野郎である。なに、好感度を上げる方法なんてまだあるさ。たぶん。
「何すればいいの?」
「掃除......なんてのはどうでしょうか?」
「普段から葵たちがやってるから綺麗だよ」
うーん、じゃあ何をすればいいのか.....。午後から降っているこの雨のせいで皆入浴を済ませているし、風呂掃除なんてできない。ほら、中村家は節水を徹底しているようだから明日の洗濯のために風呂水は残しておくとかね。
今は時間にして16時半過ぎ。少し早いけど晩御飯の支度でもして、“できるパパアピール”してもらおうかな。
そろそろ葵さんと真由美さんが帰ってきてもおかしくないし。
「では次は少し早いかもしれませんが、晩御飯を作りましょう」
「料理かぁ。言っちゃなんだけど、もうどれくらいキッチンに立っていないかわからないや」
「まぁ、自分が遠隔サポートしますし、大丈夫ですよ」
「え、手伝ってくれないの?!」
そりゃあ俺が直接手伝ったら、二人で作った晩御飯になっちゃうじゃん。目的は雇い主への好感度の爆上げ。爆上げは無理かもしれないけど、俺が居たら効果半減だ。
だから雇い主に頑張ってもらうのが前提条件。
俺はそう伝えて雇い主をその場に残し、東の家にある自室へ戻ることにした。もちろん雇い主を遠隔サポートするため、スマホの通話は続行だ。俺も千沙からパクってきたもう一つの小型イヤホンを片耳だけ取り付ける。
「さてさて。やっさんには何を作ってもらいましょうか」
『なるべく簡単なのでお願いね?』
自室に戻った俺は窓を開けて雨空を眺めている。通話的には雨音は雑音になってしまうが、このソラマメ型イヤホンのノイキャン機能があれば大した障害にはならないはず。
実はバイト野郎にとって雨の音は不快な音にならない。聞いてると落ち着くんだよね。
「雨を眺めるのって暇人の特権ですよね」
「わかるわー」
あと美少女の声も聴くとね―――って! うぉい!!
左を向いたらノックも無し入って来た千沙が居た。恰好は色気もクソも無い露出度皆無に等しい部屋着だ。
それでもめちゃんこ可愛いのがうちの妹である。ぐへへ。
ボケーっとしているあたり今の時間まで寝てたな。ほんっとこいつの生活リズムおかしいわ。
「おいおい。ノックくらいしたらどうなんだ」
「部屋開けっぱでしたよ」
『ん? 千沙が居るの?』
おっと雇い主との会話中だから千沙の声もあっちに聞こえてしまうのか。無論、千沙には通話中であることが知られていないし、知られてもいけない。
それには二つの意味がある。
一つ目、当初の目的である“できるパパ作戦”は女性陣に知られてはいけないのだ。知られたら下心があると見なされるからね。
二つ目、これが肝心、千沙の所有物をパクったことだ。今は俺らの立ち位置的に、左に居座る千沙にとって右耳に着けているイヤホンの存在は知られていない。だからセーフ。
バレたら怒られちゃう。
「ぎゅーっと!......です」
「っ?!」
「ふふ。さっきまで寝てたから暖かいでしょう?」
そんなことを考えていたバイト野郎に、まさかの妹からのハグ。血は繋がってないけど。
くっそ! なんだこのぬくもりは!
んくんくんくぬくぬくぬく......ヌく? ヌいていいですか?
駄目です。目的を見失っちゃ駄目だ。
「は、離れろ! 俺は今それどころじゃないんだよッ!!」
「んなッ?! せっかく妹が寄り添ってあげたのに、なんですかその物言いはッ!!」
『え?! 何?! 何してんの二人共?!』
ヤバい。雇い主と通話しているなんて知らない千沙が、雇い主に知られてはいけないことを口走ってしまう。
「むしろ兄さんの方から―――ふがッ?!」
「よーしよし! 少し黙っていようか!」
『?』
あ、危ねー。俺は案の定、良からぬことを言い出してきた千沙の口を塞いで、これ以上言わせないようにした。
こ、こいつ、こんな積極的な奴だったか?
そして千沙は自分の口を塞ぐ俺の手を強引に振り払って回れ右した。
「ど、どこ行くんだ?」
「兄さんなんかもう知りません! べーっだ!!」
なにそれ、超可愛いんですけど。逆効果だったんですけど。
ぷんぷんの千沙が俺の部屋を後にした。向かった先的に自室に戻ったんじゃない。南の家だ。そっちの家には陽菜と雇い主が居る。陽菜はまだ洗濯物を畳んでいると思うが、キッチンには雇い主が料理の準備をしているはずだ。
「......。」
『どうしたの?』
「千沙がそっちに向かいました。作戦を悟られないようにしてください。あとイヤホンのことも」
『? ああ、うん』
そして待つこと数分、予想通り千沙が南の家に着き、なんの目的か一階のキッチンへと向かったのがイヤホンから伝わってくる音でわかった。
『あれ、何をしているんですか? エプロンなんかつけて』
『ちょ、ちょっと料理をね』
『ズボンも穿かずに?』
『うん』
『タンクトップで?』
『うん』
“うん”じゃねぇーよ。
なに脱いでんだ。そんなエプロン姿を真正面から見たら裸エプロンじゃないか。誰得だよぉ。
なんで自ら嫌われるようなことすんだよ。救いようがねぇぞ。
「そんな汚らしい恰好見せたら千沙に臭がられますよ?」
『しっかし酒臭いですねー』
『もう言われた.....』
まぁ、今回ばかりはあんたが悪い。さっきまで飲んでたしな。
『? それにしても料理とは珍しいですね』
『うん、ちょっとね。偶には皆にご馳走を振る舞おうかと』
『良き考えです』
“良き考え”。こいつ何様だ。料理下手くそなくせに。
「では千沙は無視して料理を始めま―――」
『ん? 私の子供ビール知りません?』
おっと、おそらく現在進行形でキッチンにある冷蔵庫の中を覗いている千沙が、自分しか飲まない子供ビールの本数の減少について雇い主に聞いてきたぞ。
『あ、ああ。さっき飲んじゃってね。まだあるでしょ―――ぐへッ?!』
『んなッ?! 勝手に飲んだんですか?! 私のお気に入りのシャンパンを!!』
『しゃ、シャンパンじゃないよ?! 子供ビ―――』
『最低です! 大人はリアルビールを飲んでいればいいでしょう?!』
なんか通話の先で揉め事が始まったぞ。会話的に雇い主は胸倉でも掴まれているのかな。そう言えば、俺が子供ビール飲んだっけ。めんご。
子供ビールをシャンパン扱いするの千沙くらいだよ。どうせ千沙のことだから20歳になっても子供ビール飲むんだろうな。
舌がお子ちゃまだし。
『お、俺じゃないよ! 高橋君が飲んだんだよ!』
「ちょ」
『兄さんが? ま、まぁ、なら仕方ありませんね』
お。この反応は俺が飲んでいたら許されるのかな。千沙と同い年だからか。
『なッ?! なんでお父さんは駄目でアレは良い訳?!』
『べ、別に。兄さんには私の好物を知ってもらった方が都合が良いためです』
『なんの“都合”?!』
『う、うるさいですね。......って、ああ! それ私のイヤホンじゃないですか?!』
『へ?』
おい。なにバレてんだよ。
『昨日から探してたんですよ!』
『そ、そうなの? 実は高は―――痛ッ?!』
『勝手に人の部屋に入ったんですか?! このクソオヤジ!』
『くッ?! ご、誤解だ! あだッ?! 叩かないで!』
......。
『ほんっと最悪です! 弁償してください!』
『え、えーっと.......返すよ?』
『要りませんよ! そんなおっさん臭いソラマメ!』
『これイヤホンだよ?! そ、それにソラマメが臭いのは成分が原因であって、決して―――』
『臭いの原因なんてどうでもいいんですよッ!!』
.........。
『それ1万以上はするんで念のため2万は揃えといてくださいよ!!』
『にッ?! そんな高いの?!』
『そうですよ! この
『く、くさくさ......くそおや......じ』
...............。
千沙の怒号にただただ聞き過ごすしかできなかったバイト野郎は、千沙がキッチンを去ったことを確信してから雇い主に安否確認を行った。
「あ、あの」
『ひっぐ.....うぇ......俺じゃないのに』
「......。」
いや、本当に申し訳ないな。すること成すこと裏目出ちゃったよ。
俺のせいで。
イヤホンから良い歳したおっさんの泣き声を聞いて、居たたまれなくなった俺はなんて声を掛ければいいのか考えてしまう。
そして悩んだ結果、絞り出した言葉が......。
「......2万は自分の給料から引いてください」
『......。』
雇い主、今どんな顔してんだろ。ごめんち。
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