第284話 タケノコ掘りは一人前の男にしてくれる?

 「冗談だよ! ちゃんと教えるって!」

 「だから拗ねるなって!」

 「......。」


 現在、バイト野郎は“タケノコオーラ”を感じ取れとか初心者に無茶言ってくる上司に対して拗ねていたところである。


 が、そんなのも束の間。今度はちゃんとタケノコの正しい堀り方を教えてくれる模様。


 バイト野郎は唐鍬を両手に持ち、準備万端の態勢を取った。


 「まずはタケノコを探すことからだ」

 「タケノコの頭が地面から10センチ以上出ているタケノコを探せ」

 「ほうほう」


 「そしたらタケノコの周りの土を解せ。唐鍬を使ってな」

 「タケノコを一発で綺麗に掘り出すためだ」

 「なるほど」


 聞けばタケノコは地下茎から生えてくるもので、その“地下茎”とはその名の通り、土の中に通っている茎だ。その茎からタケノコがひょこっと地表まで成長する。


 ちなみに地下茎で代表的な野菜はジャガイモやショウガ、レンコンなどがあるらしい。


 「このくらいの大きさからだな......ふッ!」


 この道のプロ、健さんの目によって品定めされたタケノコは地中から10センチちょい。それを健さんが再び手にしていた唐鍬を足元のタケノコ目掛けて振り下ろす。そして先程と同じようにタケノコは掘り起こされた。


 このタケノコ掘りは地下茎からの生え方によって唐鍬の刃を入れる位置が変わってくる。それに加えてタケノコの頭が地表からどれくらい出ているかなど、成長具合でも突き刺す唐鍬の刃の深さを調整しなければならない。


 つまり、下手なやり方だとタケノコを適切な位置でカットできずに、商品を台無しにしてしまうことがあるのだ。


 正直、難易度は今までの仕事の比じゃない。かなり難しい。だって目には見えない場所に刃を入れるんだもん。


 「まぁ、最初は失敗がつきもんだ。何回かやるうちにコツが次第にわかってるくもんだよ」

 「そ、そうですか」

 「試しに掘ってみろ」


 二人にそう言われ、見守られる中、バイト野郎はタケノコ掘りの初の挑戦を試みることになった。


 健さんが指定したタケノコを掘ることから始める。俺は先程見せてくれた手順の通り、まずはタケノコの周りの土を解す。土が軟らかくなったことを確認してから俺はタケノコと地下茎を断ち切るため唐鍬の刃を入れる位置を探った。


 「この辺でしょうか?」

 「いいや。地面から真っ直ぐ出てきたタケノコは見分けが難しいが、傾いて出てきたタケノコはその傾きの逆側から刃を入れるようにしろ。だからもう少し右に鍬を構えろ。さっきも言っただろ?」

 「初耳です」


 俺が掘り起こそうとしているタケノコは若干傾いている。ということはこの傾きに合わせて刃を入れればいいのか。


 これで“向き”はOK。次は“位置”と“深さ”だな。


 位置は単純に唐鍬の刃を斜めに突き刺すんだから、タケノコから近すぎると本体を切ってしまうかもしれない。だから安全なのは気持ち遠めから、タケノコの根に刃を徐々に近づけるようにして掘り進めること。


 深さもこれに比例して考えないと。もちろん力を入れれば入れるほど刃は深く地面に突き刺さる。が、先程も言ったように他の根を傷つけないためにも程々の力を加える必要がある。当然、弱い力だと切断にまで至らないのでそこを考慮しなければならない。


 「では行きます............ふッ!!」

 「「おッ?!」」


 確かに硬い物が当たった感触がした! ズドって!!


 コレが根を切断する感触か!


 俺は案の定一発で掘り起こすことができたタケノコを手にとって拾い上げた。


 「......。」


 が、見ればタケノコはいかにも切断されたと言わんばかりに歪な形をしていた。


 「......よし!」

 「どこが“よし”だッ!」

 「盛大に失敗してんじゃねーか!!」


 「さっき『最初は失敗がつきもん』って言ってましたよね?!」

 「そうは言ったが実際に失敗しているところを見るとだな!」

 「ああ、少なくともタケノコは500円以上の価値があんだぞ!」


 くッ。地味に金額を言ってこっちが口出しできないようにしてきたな。なんて汚い大人だ。


 つうかマジかよ。たしかにスーパーでタケノコ買ったら500円近くするか。単価とか定価とか無視してそのくらいの価値はあるもんな。中村家の直売店で売るならマージンなんて高が知れているし。


 「次は完璧に掘ってみせます!」

 「くッ。新人がそんなやる気見せたら文句言えねぇじゃねぇか!」

 「なんて汚いガキだ!」


 いや、汚い大人はよく聞くけど、逆に“汚いガキ”ってなに。


 俺は次のタケノコを見つけて先程と同じような手順で掘る準備をする。


 「よし、行きます!」

 「次ミスったらあっという間に1000円分の損失だぞ!」

 「仕事手伝いに来たんだったらそれなりに成果を出せッ!」


 かつて無いほどパワハラを浴びせられるバイト野郎なのではないだろうか。そこまで必死になるなら早朝から呼ばないでほしい。


 俺は今度こそはと意気込んで狙いを定め、鍬を振り下ろした。刃は地面に突き刺さり、ガッと音がした。硬いものを叩き切れた証拠だ。


 「きたッ!」

 「「おおー!」」


 ここからは梃子の原理で根を切ったタケノコを掬い上げる。


 「「「......。」」」


 が、またしてもタケノコは先程と同じく途中で切れていた。とてもじゃないが、商品にはならないな。


 「お、おま、1000円の喪失って......」

 「おめぇの時給に匹敵すん―――」

 「はい次ぃ!!」


 有無を言わさずに次にチャレンジするバイト野郎であった。



 ******



 「え?! 和馬君がタケノコ掘ったの?! すご!」

 「でしょうでしょう」


 「簡単そうに見えて大変だからね」

 「あれ、なんか思ってたのと違いますね」


 「?」

 「『タケノコ掘ったの?! すごい! 結婚して!』ってなるかと」

 「ならないよ?!」


 あれれ。おかしいな。いや、おかしいのはバイト野郎の頭か。今更だけど。


 現在、バイト野郎は達也さんたちとタケノコ掘りから撤収し、予定通りタケノコを商品として売ってもらうため中村家にきたのだ。


 ちなみに時間にして6時45分と、西園寺家のアルバイトは7時で終わるので、あと少しでこの早朝バイトは終わりを迎える。


 「しかし葵さんも朝早いですね」

 「今日は直売店を開く日だからね。和馬君の方こそ早朝からバイトなんて尊敬するよ」

 「はは。笑ってください。バイトの誘いがきたの夜中の1時ですよ? 今日の」

 「わ、笑えないね」


 でしょうね。


 中村家に着いたら葵さんと中庭で居合わせたので、後は指定してもらった箇所にタケノコを一定数置いて西園寺家へ戻るだけである。まさか早朝に葵さんに会えるとは......。目の保養になりました。いつも通り作業着姿だけど。


 葵さんに限らず、陽菜も千沙も春休みに入ったんだ。ズルいよ。バイト野郎はまだ春休みじゃないのにさ。今日も学校だし。


 「おい、和馬! もう仕事終わったからうち戻んぞ!」

 「仕事中にイチャついてんじゃねーよ!」

 「きゃっ、きゃきゃれとはそういう関係じゃありませんッ!!」

 「すみません。すぐに行きます」


 葵さんが照れてる照れてる。きゃわいい。


 呑気に美女と喋っていたらゴリラ共に怒られてしまった。


 アルバイト中に私語を慎まなかったバイト野郎が悪いが、農家のバイトはそこまで厳しいバイトではないので大したお咎めは無い。


 俺は葵さん軽く別れを告げてゴリラ共が軽トラに向かった。......傍から軽トラの車内を見るとサイズ感が合ってないように見えるから、なんとか二人が収まっているようにしか見えない。


“窮屈”の二文字そのまんまだ。達也さんが運転するときとか若干猫背だし。


 が、俺の定位置は荷台なので、そんな二人は無視して荷台に乗る。俺が乗ったことを確認して軽トラは出発した。


 「和馬! お前はやっぱり葵ちゃんが好きなのか?!」

 「きゅ、急になんですか」


 走行中の軽トラに揺られながら助手席に居る健さんが大声で聞いてきた。


 「葵ちゃんは美人だもんなぁ!」

 「は、はぁ」

 「で、好きなんだろ?! そうなんだろッ! そうと言えば美咲に報告すんぞッ!」

 「なんで会ちょ――美咲さんが出てくるんですか......」


 め、面倒くせぇ父親ゴリラだ。


 仕方ない。


 「どうなんだッ?!」

 「もちろん、タケノコが大好きです」


 テキトーに返しとこう。


 「かぁッー!! 照れやがって!」

 「そこは“美咲”って言えよ!!」

 『パッパー!!』

 「ちょ、こんな早朝にクラクション鳴らさないでくださいよ!」


 そんなこんなで荷台にタケノコとバイト野郎を載せた騒がしい軽トラは、西園寺家まで田舎道を走り続けるのであった。


 ちなみにバイト野郎が犠牲にしてしまったタケノコは総額でおよそ3000円に及ぶらしい。まぁ、なんだ............少しずつ頑張ろう。


 もちろん、勿体ないのでそれらは廃棄せずに自家消費となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る