閑話 千沙の視点 親が親なら子も子ですか

 「すぴーすぴー」

 「......。」


 現在、17時23分。退勤する社会人たちや帰宅する学生さんたちが徐々に帰宅する時間帯になったからでしょうか。電車の車内に居る私は人が密集していて少し息苦しいです。


 平日の今日ですが、兄さんより一足先に明日から春休みを迎える私は実家に帰るため、30分程前からこの電車の座席に座っていました。ですが、困ったことになりました。


 「すぴーすぴー」

 「......。」


 隣に居る中年おっさんが私の肩に頭を載せています。体重も心なしかこちらに寄っている気がします。


 「ひっく......うぷ」

 「......。」


 しかも吐きそう......。



******



 「うっうっうっ」

 「......。」

 「すぴーすぴー」


 先程から吐きそうな感じなんですよね、この人。お酒臭いですし、この男性はきっと酔うまで飲んだのでしょう。


 ああ、こんなことなら早々に席を誰かに譲れば良かった。


 と言うのは、最近の私はと色々なことに神経を使っているのです。


 「うぷ」

 「......。」


 例えば誰かが目の前で落とし物をしたら拾って届けますし、電車の席だってご老人に譲ります。ゲームの課金だって例年の半分以上減らしていますし、ネットショッピングで買った商品や今期アニメのレビューも辛口に評価していません。


 あと大河ドラマも毎週視るようにしました。


 これら全部多大な勇気あっての行動です。


 そう、全ては兄さんにめられるために人間性こころを磨いているんです。


 「すぴーすぴー......うぅ」

 「......。」


 でも今日はその行為をサボってしまいました。


 普段なら席が空いていれば座りますが、混んでいたら席を譲って吊革か手摺に掴まって目的の駅まで立ちます。


 今日はそれをしませんでした。一日くらい良いでしょうと驕ったのがいけなかったのでしょうか。


 そんな浮かれていた私の隣の席は空いていて、そこに途中の駅で乗車してきた酔っ払いが座りました。


 「う、す、う、す、う、すぴー」

 「......。」


 座るや否や眠りにつきましたよ。それは構わないのですが、電車の揺れのせいか、JKである私の肩に頭をポンと載せてきました。


 これ、人によっては通報ものですよ。


 ですが、そう安易にJKだからって中年に何かされただけで通報するのは早計です。悪気があってする人ばかりじゃないんですから。


 一瞬悲鳴を上げてしまった私ですが、これも人間性を鍛える千載一遇のチャンスだと思えばまだ耐えられます。


 肩を貸すくらい余裕です。


 「す、う、す、う、すぴー」

 「......。」


 というか、さっきからなんなんでしょうか。実は起きているんじゃないですか、この人。


 “す”は“すぴー”ですかね。“う”は“うぷ”とか“うぅ”とか吐きそうな単語イニシャルです。


 いや、どうでもいいですが。


 「すぴーすぴー」

 「......。」


 こうしていつ吐くかわからない爆弾を私は肩に乗せて目的の実家の最寄り駅まで耐えるように決意したんです。


 『次は終点 子子子子町 子子子子町です。お出口は右側です―――』

 「あ」


 なんとか最寄り駅まで耐えられましたね。そしてこの電車では私の実家の最寄り駅 “子子子子町”が終点のようです。


 周りを見れば十数分前と比べて人集りも解消されていたので、ほとんどの方が既に他の駅で降りたのでしょう。


 「......。」


 ということは、爆睡をかましているこの中年のおっさんは降り過ごしたかわかりませんが、次の終点で降りなければなりません。


 ..............................起こした方が良いんですかね。


 そして待つこと数分で、目的の駅に着きました。


 右側のドアが開き、乗客が次々に降りていきます。私は隣の中年男性に声をかけることにしました。


 「あの、起きてください」

 「んー」

 「終点ですよ。子子子子町駅ですよ」

 「んあ? しこしこ?」


“ まち”を付けてください、“ まち”を。あなた、JKにその単語言ったら問答無用で警察を呼ばれますよ。


 私は酔っ払いの肩を少し強めに揺らして起きるように声を掛けます。


 「あの、いい加減に―――っ?!」

 「うぷ」


 危機を察した私は一瞬のうちに距離を少しばかり取りました。その際、中年男性の手から何かが床に落ちました。


 「PA〇MO?」


 男性が落としたそれを拾い上げて見れば電子マネーの機能を搭載した銀色のICカードでした。


 そして名前が記載しているのでそこを見れば―――


 「タカハシ......コジロウ?」


 “タカハシ”って高橋ですか? 兄さんの苗字も高橋ですよ。


 私は高橋と名が付いたカードを見ただけでその男性に興味が湧きました。


 男性の片手の薬指を見れば指輪が。既婚者なのでしょう。ということは、一家の大黒柱という可能性もあります。


 「高橋さん、起きてください」

 「ん? え? だれだぁい?」


 名前を呼んだからか、さっきよりはマシな反応を見せました。


 「終点です。降りましょう」

 「あ? うん」


 こうして酔った男性を支えながら私たちは車内で一番最後に降車し、駅のホームのベンチに向かったのでした。


 そして私は高橋さんをそのベンチに座らせました。


 「きみは?」

 「中村です」

 「どうしておれのなまえを? どこかであった?」

 「いえ。あなたの手からPA〇MOが落ちましたからそこで名前を見ました」


 私はそう言って拾ったPA〇MOを男性に渡しました。


 この男性が“高橋”とわかれば少し見る目も変わります。どことなく兄さんに顔立ちが似て―――なくもないですね......。それに兄さんも寝るときは「すぴーすぴー」って言いますし。ワンチャン遺伝です。


 もしや本当に兄さんの?


 「あの、つかぬ事をお聞きしますが」

 「?」

 「高校生の息子さんがいらっしゃいますか? 特殊なアルバイトをしている」

 「っ?!」


 あ、この反応でわかりました。もちろん、“特殊なアルバイト”と言ったのは中村家の農業アルバイトのことを指します。


 「和馬のか?!」

 「っ?! だ、大正解ですッ!」


 なに言ってるんですか私はぁぁぁぁぁああぁあああぁあ!!!


 どこも大正解じゃないです!


 相手の口から“和馬”というワードが出た時点ではある意味私は正解に辿り着きましたけど、意味合い的に考えれば普通に彼女かどうかの話でしょう?!


 つい言っちゃいましたよ。彼女ですって。でも......ふふ。


 「いやぁ、驚いたなぁ。すっかり酔いが醒めたよ」

 「わ、私、近くの自動販売機で水買ってきますね!」

 「あ、ありがとう。美人さんの上に気遣いもできるとは、和馬にはなんて勿体ない女の子なんだ」


 ふふ、でしょうでしょう!


 容姿も性格も完璧なら兄さんだって惚れない訳がありませんから!


 私は急いで近くの自動販売機で水の入ったペットボトルを購入して兄さんのお父さんに渡しました。その際、要らないと言いましたがお水代をいただいてしまいました。


 「というか、本当にあのバカ息子の彼女が?」

 「正確には兄妹以上恋人未満です」

 「ん? “兄妹以上”?」

 「あ、お気になさらず」


 そういえば私が兄さんのことを“兄さん呼び”するのを知らないんでしたっけ? 知っていてもきっと智子さんという兄さんの母親だけでしょう。


 兄さんの性格上、自ら進んで父親に「妹ができました」なんて言わないはず。意外と面倒くさがりな一面もありますし。


 「あ、ごめんね。高橋 虎次郎と言います」

 「あ、こちらこそ名乗っていませんでしたね。中村―――」

 「ちゃんでしょ! 知ってるよ!」

 「..............................は?」

 「いや、中村 陽菜ちゃんでしょ? いつも和馬が世話になってるね。母さんから色々と聞いているよ」


 いや、ちょ、なんでそこで陽菜なんですか?!


 陽菜は関係ないでしょうッ?!


 「あ、とっておきの自己紹介があったんだ、虎の次にセッ〇スが激しい男、高橋 虎次郎だよ」

 「......ちょっとタイムで」


 私はスマホを取り出してある人に電話を掛けることにしました。

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