閑話 真由美の視点 母親のバレンタインデーは愛情一本

 「これでよし」


 今日は一年の中で女性が注目されるという珍しい日、バレンタインデーね。


 陽菜と葵は受験生だからそんなこと考えている余裕は無いと思うのだけれど、母親である私は毎年欠かさずにちゃんとチョコレートを手作りしているのよぉ。


 だってあの人がすっごい喜ぶんだものぉ。


 「ふふ」


 私はチョコを作る際に使った道具や材料を片付けながら自然と笑みが出てしまう。作ったチョコの中で一番大きいハート型のヤツは誰の分かは決まっている。


 娘たちには悪いけど、このくらい許してほしいわぁ。


 時計を見ると14時13分。中村家には私以外居ないのだからこうして念入りにチョコ作りをできたのよぇ。


 ちなみに泣き虫さんも学校がお休みだから午後からうちで働いているわぁ。午前中は西園寺さんの所で宅配アルバイトがあったのだとか。本当に働き者のねぇ。


 「今日が受験日の陽菜はまだ帰ってこないし、葵もまだじゃない......。あの人は仕事で畑に行っているから―――」

 『ガラガラガラガラ』

 「ただいま戻りました」

 「っ?!」


 玄関から次女の声が。


 あ、そう言えば、今日から千沙が高校受験の関係で休みだから実家ここに帰ってくるじゃない。


 キッチンはほとんど片付けが終わっているのであとはラッピングされたチョコだけね。


 「......。」


 とりあえず隠さなきゃ。特にあの人の分は娘たちに見せられない。


 私は早々にキッチンの下の戸棚の中にチョコを丁重に仕舞い込んだ。


 「ただいまです」

 「おかえりなさい。ちゃんと手は洗ったのかしらぁ?」

 「今洗いますよ。先にお母さんに挨拶がしたかっただけです」


 ほんっと可愛い娘だわぁ。私が言うのもなんだけど、可愛い外見だけじゃなくてこういうママ大好きって感じが最高なのよねぇ。


 手を洗ってきた千沙はリビングに戻ってきて私を不思議そうな目で見つめる。


 「?」

 「あ、いえ。なんでエプロンしているのかなって。もう昼食は済ませましたよね?」

 「っ?! え、ええ、済ませたわぁ。夕飯の支度を少しね?」

 「早いですね。まだ昼過ぎですよ。まぁ、料理をしない私にはわかりませが」

 「......。」


 “微塵も”......。この際だから母親として千沙に教えた方が良いかしら?


 女の子なんだから料理の一つくらいできてほしいのよねぇ。けど怪我でもされたら可哀想だし、そもそも調理の手伝いをさせていいのかしら?


 「すんすん」

 「ど、どうしたのかしらぁ?」


 「なーんか甘い匂いしません?」

 「そ、そう?」


 「あ、夕飯は何か甘酢かなんかの料理ですかね?」

 「ええ。そんなところよ」


 というか、まずは千沙にチョコを渡しましょうか。隠す必要があるのは夫の分だけ―――


 「ところでお母さん!」

 「はいッ?!」

 「?」

 「ほほほ。なぁに?」

 「今日はバレンタインデーですよ!」


 お、おおー。去年まで一切そんなことを自ら口にしたことが無い千沙が、あの千沙が女の子の顔になっているわ。


 それもそのはず、なんたって好きな人ができたものねぇ。


 相手がしょうもないセクハラ変態高校生だとしてもお母さんは応援しているわぁ。


 もちろん陽菜もよぉ。


 「そうね。やっぱり泣き虫さんに?」

 「ええ。ですが今年は姉さんたちが受験生じゃないですか」

 「千沙に関係あるの?」

 「ありますよ! 大ありです!!」


 おおー(二回目)!!


 千沙にしては珍しいわねぇ。まさか陽菜の気持ちにも気づいていてそれを考慮して何か策でもあると言うの?


 正直、鈍感な子だと思っていたからびっくりよぉ。


 「最初は手作りをしようかと思っていたのですが、他の姉妹を差し置いて一人だけバレンタインに勤しむのもちょっと気が引けます」


 グサッと来たわ。


 千沙に悪気が無くてもその言葉は辛いわぁ。吐血しそう。


 「ほら、大変な思いをしている中、私だけ浮かれているのはストレスを与えてしまうかなと」

 「気にしすぎよぉ」


 そして案の定、鈍感な子ね。陽菜は関係無かったみたい。


 「千沙も女の子なんだからせっかくのバレンタインを楽しめばいいんじゃない?」

 「いやいや。そんな無神経なことできませんよ」


 “無神経なこと”......。


 「きっと姉さんたちも『こいつマジか』って目で私を見ますよ」


 “こいつマジか”......。


 「ですので、プレゼントできるのは買いチョコくらいですね」


 あなたの目の前に居る母親はばりばり手作りチョコを用意しております。


 さすがに葵たちはそういう目で私を見ないと思うけど、他ならぬ次女である千沙が言うんだもの。もしかしたら母親に不満を抱かせてしまうかもしれないわ。


 それは避けたい。いつも皆から愛される母親で居たいわぁ。


 「まぁ、陽菜は今日が峠ですから、帰ってきた頃にはそこまで神経を尖らせていないと思いますが、念には念をです」

 「そう......」


 千沙の話を聞いたらチョコを出しにくくなったわぁ。最悪、あの人の分だけ渡せばいいかしら?


 でもせっかく作ったのだし、できれば皆に食べてもらいたいわねぇ。


 「そこまで言うなら、その買いチョコを泣き虫さんに渡すのかしら?」

 「ええ。コレを渡します」


 そう言って千沙はバッグからいかにもスーパーで買ってきましたと言わんばかりの袋を取り出した。ビニール袋の中には大量の商品が詰め込まれている。


 「じゃじゃん! 幼少期からお世話になっているアンパ〇マンチョコです!」

 「......。」


 早くこの子をなんとかしないとッ!!


 可愛らしくペロペロチョコを片手に微笑んでいる愛娘なのだけれど、それをバレンタインのチョコとしてプレゼントするのは悲劇しか生まないわ。


 「兄さんも甘いものが好きって言っていましたし、変にG〇divaとかM〇r〇z〇ffとか洒落たものを渡すより喜ばれますよ!」

 「ち、千沙、それはさすがに論外よ。冗談でも笑えないわぁ」


 「ろんッ?! 美味しいじゃないですか!」

 「味の問題じゃないのよぉ」


 「満足してもらうためにたくさん買ってきたんですよ?!」

 「量の問題じゃないわぁ」


 「箱買いしましたから結構お金かかったんですけど」

 「お金の問題でもないわねぇ」


 「じゃ、じゃあ一体何が足らないって言うんですか......」

 「強いて言えば“常識”かしら....」


 愛娘がここまで非常識だとは......。これはもしかしなくとも母親である私の教育不足のせい?


 思い返せば千沙が異性にチョコを渡すなんて経験は今までに一度も無かったわねぇ。辛うじて小学生の頃のような無邪気さを兼ね備えていた千沙は「パパ、パパ!」とか言って私と一緒に作っていたくらい。


 去年の陽菜は友チョコと言って桃花ちゃんのために作っていたし、葵も学校の友達のために作っていたからまだ許容できるわぁ。


 「こ、これで駄目だったら私はどうすればいいんですか......」

 「と、とりあえず、これは渡さない方がマシなレベルよぉ」

 「そんなッ?!」


 千沙の顔が絶望色に染まる。手に持っていたビニール袋を落として、その衝撃で中に入っている箱の角が少し歪んでしまった。い、言い過ぎたかしら?


 「ま、まぁ、気持ちが大事と言うし、やっぱり渡してみたらぁ?」

 「......玉砕しません?」

 「そ、そこはあなたの可愛らしさで補いなさいな」

 「あ、じゃあ大丈夫ですね。私、超絶美少女ですし」


 本当に早くこの子を何とかしないと......。



*****



 「あの」

 「あら千沙、どうしたの?」


 「夕飯の前にこっそり兄さんにチョコを渡したんですが......」

 「ですが?」


 「今までに見たことがないくらい兄さんの目は笑っていませんでした......」

 「......。」


 でしょうね。どう頑張ったってアン〇ンマンチョコをバレンタインチョコとしては見れないわぁ。


 今は夕食を終えて、あとはそれぞれが就寝まで余暇を過ごすだけ。私はキッチンで夕食の際に使った食器を洗っている。近くには私と千沙以外誰も居ない。他は自室か入浴で居ないからこそ、こうして千沙は私に話しかけてきたみたい。


 ちなみに泣き虫さんは夕食を終えてからすぐに帰ってしまったわ。


 「ご飯食べた後にすぐ帰ったのは絶対アン〇ンマンチョコのせいですよね?」

 「そうねぇ......」


 明日の早朝バイトに備えて早く寝たいとか言い訳を並べていたけど、千沙にはそれが自分のせいだと思っているみたい。


 でも私的には泣き虫さんはな~んか陽菜のことを意識していたように感じたわぁ。


 アレは絶対二人に何かあった証拠よぉ。


 チョコじゃなくて赤飯作れば良かったわぁ。


 「はぁ。とりあえず残ったアン〇ンマンチョコを姉さんたちに配ってきます」

 「そ、そう.....」


 もうそこで配ったらそのレベルの想いだって認めているようなものじゃない......。


 しかし気になるわねぇ。陽菜は受験勉強で忙しかったのだから手作りチョコなんか無理だし、泣き虫さんが買いチョコであそこまで赤面するくらい意識するのかしら?


 「あ、待ちなさいな」

 「はい? あ、お母さんも要ります? 非常識チョコ」

 「そ、それはいいわぁ」


 “非常識チョコ”......。


 私はエプロンのポケットからラッピングされた手作りチョコを出して千沙に渡す。


 数時間前の千沙との会話で渡そうか迷ったのだけれど、母は難しく考えるのをやめて渡すことにしました。


 ちなみに泣き虫さんには帰る前にこっそり渡したわぁ。


 「こ、これはッ!!」

 「ふふ。母親からのチョコ、えーっと“母チョコ”ね?」


 気のせいかしら、落ち込んでいた千沙の顔が少し明るくなったきがするわぁ。


 「ありがとうございます!」

 「味は保証する―――」

 「いやぁ、娘二人が受験で忙しくても気にせず、呑気にチョコを作れる母親なんて非常識もいいとこですよ!」

 「......。」

 「おかげで元気が出ました! やっぱり私の非常識さは母親譲りなんですかね!」


 ......チョコの中にワサビとか鷹の爪を入れれば良かったわぁ。



――――――――――――



ども! おてんと です。


今回で【第十章】は完結です。葵や陽菜が受験終わった段階からのスタートです。許してください。


次回から【第十一章】になります。今後ともよろしくお願いいたします。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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