第248話 大晦日はゆっくりしたい

 「先輩からの誘いを断る? 普通」

 「つい先程まで後輩の名前を忘れていた人が先輩面します? 普通」

 「.....。」


 どうしてこうなった。


 夜7時頃の現在、バイト野郎は手打ち蕎麦が余っているとのことで、お裾分け目的に西園寺家にお邪魔しているところだ。お外は真っ暗で静かな筈だが、俺の居るこの場は騒がしい。


 お蕎麦を貰ってすぐ帰ろうと思ったが、なぜか巨乳JCと巨乳会長による口喧嘩が始まった。


 「年越しそばを今食べるとかおかしくありません?」

 「家庭によってタイミングは違うんじゃない? のローカルルールを押し付けないでよ」

 「.....。」


 「だから“米倉”ですって!!」

 「ああ、ごめん」

 「はぁ.....」


 事の始まりは5分程前に遡る。



*****



 『ピンポーン♪』

 「髙橋でーす。お蕎麦をいただきに参りましたー」

 「先輩の家、おっきいね?」


 俺と桃花ちゃんは予定の時刻通り夜7時頃、西園寺家へ到着した。ちなみに蟹の入った箱はまだ桃花ちゃんが持っている。


 『ドッタンバッタン!! ガラガラガラガラ!』

 「お待たせ」

 「あ、こんばんは」

 「.....こんばんは」


 玄関開ける直前の音がすっげぇの。お片付けでもしてたのかな。会長めっちゃ息荒くてエロいし。


 「その恰好.....寒くないんですか?」


 会長の格好が気になったので俺はそう聞いた。


 冬なのにサービス精神を欠かさない、ノースリーブ縦セタ姿という会長は驚異の破壊力を兼ね備えていた。色は深緑色。縦セタのラインが巨乳を描き、見事なレインボーブリッジを作り上げていた(意味深)。


 巨乳に縦セタは駄目だよ。


 肩とかもう明けましておめでとうございますだよ。


 ああ、露出したその脇から俺の息子を明けましておめでとうしたい。お年玉も出したい。


 .....何言ってんだ、俺。


 「ふふ、こういうの好きでしょ?」

 「ありがとうございます」


 俺は素直に頭を下げた。


 知っているだろうか、お辞儀は15度、30度、45度でそれぞれ会釈や敬礼を示す。角度が大きくなればなるほど敬意を示しているのだ。


 今、バイト野郎がお礼と共に頭を下げた角度は90度である。示しているのは敬意ではなく下心。


 ‟直角”.....男がおっきすると前屈みになる角度とW〇kiに書いてあるぞ。小学生の算数の教科書にも書いてある。


 「あの、コレ」

 「コレは? というか、君は....」


 桃花ちゃんは会長に目を合わせることなく抱えていた箱を渡そうとする。


 お前、ちょっとあからさま過ぎ。苦手じゃなくて嫌いって顔してんじゃん。


 「斎藤君、コレは何だい?」

 「‟米倉”です」

 「ああ、ごめん」


 .....まぁ、気持ちはわからないでもない。


 二人は少し前に会ってるし、初対面ではないからわからないでもないんだけど、会長はいつもこんなんだから許してあげて。


 尤も、飼い猫を奪った宿敵の名前を忘れるとかこいつマジかってなるのは禿同だけど。


 「で?」

 「2杯しかありませんが、蟹です」

 「“しか”? 桃花ちゃん、蟹だよ? えーっと、あれです。こちらもたくさんあるのでお裾分けということで」


 「え、うちもう買ってるからいいよ。たしかタラバガニ」

 「「.....。」」


 贅沢な食材でも被ったら貰うのに少し抵抗があるのはわかります。でも断り方ってものがあるでしょう?


 なんだ、“もう買ってるからいいよ”って。こんなことなら事前に電話すれば良かったな。


 「それはちょっと.....」


 さすがの桃花ちゃんも高橋家の厚意に失礼だと思ったのか、会長に抗議の眼差しを向けた。


 「これで断られたら私、ここまで苦労した意味ないんですけど」


 違った。自分の気持ちを踏みにじられたから遺憾だったんだ。まぁ、桃花ちゃんだもんね。


 「蟹要りませんか? うちもまだあるんで消費が間に合いません」

 「冷凍すれば?」


 そのセリフをそっくりそのまま返したい。


 まだ遠慮の気持ちから断るならわかる。「そんな! いただけません!」とかならね。


 でも会長のは違う。完全に拒絶な気がする。この人、他人を思いやるって配慮が欠けているよね。


 あんたんとこが冷凍すればいいだろ。5人も家に居るんだから高橋家と違って消費しやすいじゃん。


 「もう知りません。お兄さん持って」

 「あ、うん」


 呆れた桃花ちゃんはそう言って俺に箱を渡してきた。なんかごめんね。


 「今、蕎麦持ってくる―――」

 「あ、こんばんは! 和馬君!」


 と、会長の後ろから通りすがりの妊婦さんが現れた。


 凛さんである。


 「こんばんは。夜遅くにすみません」

 「わざわざ取りに来てもらってごめんね?」


 「いえいえ。いただいてばかりで申し訳無いです。あ、これ、どうぞ」

 「?」


 「少しですが、ズワイガニです。父がたくさんいただいてきて、お返しという訳ではありませんが、よろしければ召し上がってください」

 「え?! いいの?!」


 「お願いします」

 「なんかごめんなさいね? 蕎麦のお裾分けなのに蟹をいただいちゃって。こんな重い物持って、大変だったでしょ」

 「はは。大して重くないですって」


 隣で桃花ちゃんが「持ったの私なんですけど」って目で睨んでくる。


 会長、コレですよコレ。あんたに足りないのは凛さんがしてたこの一連だよ。非常識って言いたい訳じゃないけど、俺らはこれを求めてたんだよ。


 「......なるほど」

 「どうしたの? 美咲ちゃん」


 そんな会長は顎に手をやり納得顔だ。‟なるほど”って...。


 「あの、時間が押してるんで......」

 「え?! あ、ごめんね! え、えーっと」

 「米倉です。何回か会ったことのある覚えていないみたいだったので、別に覚えなくていいです」


 こっちにも非常識野郎が居た。


 “そちらの人”って会長だろ。目には目を。歯には歯を。非常識には非常識を、ってか。


 俺は桃花ちゃんの頭を小突いた。


 「いたッ?!」

 「すみません。この子、ちょっと機嫌悪いみたいで」

 「和馬君の妹?」


 「うえッ。そんな恐ろしい存在じゃないです」

 「......。近所の子です。なんというか、色々とあって今日は付き合ってもらっているんです」

 「へぇ」


 それから凛さんは受け取った蟹を下げに、俺たちが居る玄関を後にした。


 このクソ寒い中、俺らまだ玄関に居るよ。会長、すみませんがさっさと手打ち蕎麦持ってきてください。ああー、凛さんに催促すれば良かったかな。


 「お兄さん、早く帰ろ」

 「そうだ。おでんを煮込んでいたんだ。良かったら家に上がって一緒に食べていってよ」


 「結構です。西園寺先輩の家族と初対面である私の身にもなってください」

 「え、そんな小さなこと気にする?」


 「......。」

 「おでん美味しいよ?」


 会長は善意からだろうか。桃花ちゃんにここまで苛立たせるなんて天才ですよ。ちょっと仕返しができた気分で僕最高です。


 コイツに何を言ってもストレスが溜まる一方と悟った桃花ちゃんは俺を盾にするように隠れた。


 「はは。せっかくですが時間も時間ですし、桃花ちゃんのことを考えればお邪魔はできません」

 「ならバイト君だけが残ればいい」


 どこが“なら”になるんだ。あんた話聞いてたんか。


 「私は別にそれでいいです。お兄さんじゃあね」

 「待って待って! 俺も帰るから!」

 「バイト君、おでん食べてくれたらお蕎麦渡すよ」


 あんた状況わかってんのか。なんでそこまでして俺におでん食わせたいの? 空気読めって。


 「そこまでしてお蕎麦欲しくありませんから」

 「君には言ってないんだけど」


 「だからッ! っていうか、よく考えたら変じゃないですか?」

 「?」


 「だって私はあのロロの飼い主ですよ? それを何度も間違えるなんてわざとらしい」

 「......だからなに?」


 「西園寺先輩、あの日のこと根に持っているんでしょう? だから嫌みったらしく私の名前を間違えるんですよね?」

 「......。」


 おい、防戦一方で我慢していた子が攻めに転じたぞ。やめてくれよぉ。会長の目、めっちゃ冷めきってんじゃん。絶対オコだよ。


 桃花ちゃんは明後日の方向を見つめながら人差し指を下唇に当てている。わざとらしいその仕草は当て付けか。


 「ロロ、こんな意地悪な人に、来年から一カ月置きに飼われないといけないんなんて可哀想~」

 「君も人のこと言えないんじゃないかな? 年上の誘いを名前間違えられたくらいで断っちゃってさ」


 「先輩が間違えすぎなんですよ。それと早く蕎麦持ってきてください。寒いです」

 「じゃあ中入る? 身体があったまるおでんあるよ」


 どんだけおでん食べさせたいんだよ。


 ヤバい。これ以上悪化したら目も当てられない状況になる。


 「お前ら玄関でなに騒がしくしてんだ?」


 そう思っていたら廊下から達也さんが出てきた。


 「うわ、デカ。あ、こんばんは」

 「あ? ああ、こんばんは。ほれ和馬、これ蕎麦。わざわざ寒い中わりぃな」

 「ありがとうございます。いえいえ。自分こそ大晦日の夜にすみません」


 マジナイス達也さん。良い感じのブレイカーになってますよ。


 そんな巨漢男、達也さんを見て桃花が驚いた。初見はビビるよな。わかります。


 俺は達也さんから蕎麦の入った袋を受け取った。


 「では、自分たちはこれで」

 「お、ちょっと待て。今おでん装ってくっから」

 「......。」


 あんたら兄妹にとっておでんってどういう存在なん?


 「タッパに入れてくるからな。道中食うなり、家着いてから食うなりしろよ」

 「あ、ありがとうございます」


 あ、ここでじゃないのね。なら有難くいただこう。


 そう言って達也さんはタッパにおでん2人前分装って割り箸と共に俺らに渡した。ちょうど煮込んでいたのか、おでんはタッパ越しでもわかるくらい熱々だ。出汁が染みてて美味しそう。


 「美味しそうですね」

 「ったりめーよ! 美咲が朝から煮込んでたからな!」

 「ちょっと余計なこと言わなくていいから」


 「そうなんですか。おでんって煮込み時間で美味しさが違いますもんね」

 「結構張り切ってたぞ! 煮込みながら『今晩はバイト君が来―――るッ?!!」

 「メリケンサックで殴るよ?」


 いや、もう殴ってます、あんた。


 なんでメリケンサック嵌めてたの?


 「それでは良いお年をお迎えください」

 「.......。」


 俺がそう告げると西園寺兄妹は手を振って応じた。来年もお世話になるからな。


 ちなみに桃花ちゃんはというと、軽く会釈して一緒にその場を後にした。さすがに初対面じゃ良いお年をとか言えないか。


 道中、俺らはいただいた熱々のおでんをJCと食べ歩きしていた。....お前、あんなこと言う割には食うのな。


 「あっつ!! でも、おでん美味しいな」

 「....あの人に後でちゃんとお礼とか感想を言った方がいいよ」

 「?」

 「お兄さんって変に鈍感だよね」


 いや、まぁ美味しかったですくらいは言うけど、なんでそんなこと桃花ちゃんに言われなきゃならないんだ。


 そう不思議に思った俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る