第244話 鈍感だからって浅はかとは限らない
「私、‟カップル”というある種、‟足枷”となる二人組の意味がわかりません」
うちの妹が哲学を語り始める雰囲気を出し始めた、そんな一声である。
これに対してお兄ちゃんである俺はだだひたすら追いかけるしか術が残されていない。
「片方が告って、一方がそれを受理すればカップルですか?」
「そうじゃないの?」
「私はその行為でカップル成立と言うのなら、カップルになりたくありません」
「え、あ、うん。そう」
「だって変じゃありません? この人が好きだからもっと一緒に居たい。そう願って、もっと傍に居たいからその許可を相手に貰うための“告る”になるんですよ」
「そうだね」
「受理されなかった場合は、まぁ、この際いいとしましょう。問題は受理されたその先ですよ」
「‟先”?」
「相手から許可が下りたら当然一緒に居る時間が増えますよね? 一緒に居る時間が増えることによって相手のことがもっと好きになるかもしれませんし、逆に嫌いな面を知って嫌気が差すかもしれません。それは自分だけの問題じゃなく、相手も同じ可能性があります」
「それが‟付き合う”ってことだろ」
「そこですよ。‟付き合う”って良い意味ばかりじゃないんです。嫌いな面も含めて付き合っていかないといけないんですよ」
「嫌なら無理して付き合わなければいいんじゃない?」
「そうなんです。私でしたら、相手の嫌いな面を知ってしまったらきっと次第に好きという気持ちが失せてしまうでしょう」
「んじゃフれば?」
「フラれる人とフる方の身にもなってください」
「え」
なんで両者のことを考えなければならないの?
千沙はゲームのコントローラーを床に置き、座卓の上にある冷めきった茶が入ったマグカップを手に取って飲んだ。
「フラれる人には好きという気持ちがあります。‟まだある”でもいいでしょう。その気持ちを踏みにじる行為をフると呼ぶんです」
「まぁ、一方的な拒絶になるよね」
「好きだった人をフる方は、相手を嫌いにでもならない限り、少なからずそれを罪と意識してしまいますよね」
「未練とか罪悪感ってヤツか」
「フッたら別れられますかね? 相手は駄々をこねるのでしょうか? 逆にすんなり受け入れてくれるんでしょうか?」
「いや、経験無いから俺にはわからないな」
「私もです。で、前者の場合は相手に好意が多かれ少なかれある筈でしょう。でも、後者は?」
「.....。」
「そこが怖いです。もしフッた際に相手の気持ちをそこで知ってしまったら、偶々フる側になった自分が好きか嫌いかもわからない曖昧な気持ちでフッてそれを知ってしまったのなら.....」
「しまったら?」
「.....もう‟カップル”なんて御免だってなるかもしれません」
「.....そうか」
詰まる所、千沙は恋愛未経験だからカップルの終着点が怖いのだろう。自分がその際立ち直れるのかどうなのか知りたいのかもしれない。
だから一緒に居る時間を増やすための許可、“告る”と、一緒に居た時間で生まれた嫌気からの拒絶、“フる”の二つを考えているのか。フるフられるがカップルにあるならば、告る告られることに意味なんてあるのかと。
そんな先のこと俺らが考えてもしょうがないけど。
「もっと言うなら、自分が愛想を尽かされるかもしれません」
まだ千沙のターンらしい。
「こんな性格ですしね、尽かされてもおかしくないです」
「じ、自覚あったのね」
「殴りますよ?.....尽かされたことに気づいても、気づかなくても私にまだ好きという気持ちがあってフラれる立場なら......きっと死ぬくらい辛いのでしょうね」
なんというか、千沙らしからぬ発言だな。日頃のお前からじゃ聞けないことばっかりだったよ。
「んで、一緒に居る時間を増やすための‟告る”は意味無いと」
「まぁ、極端に言えばですが」
「じゃあ結局付き合えないよね」
「そうですね。ですから、告ったも同然のように日々をその人と過ごすというのはどうでしょう?」
「はは。お前、それはズルくない? フるもフラれるも嫌だってか」
「ふふ。お互いのためですよ」
変なこと言いだしたと思ったら、まぁ、保身というか利己的な考えが頭ん中に常駐しているコイツにはしっくりくる内容だった。
「しっかし急にどうしたんだ?」
「なーんか最近、寝る前にそういうことを考えてしまうんです」
「処女って難儀だね」
「童貞が何を言っているんですか」
お互い未経験だからカップルとはどういった存在なのかわからない。
「今思ったんだけど、童貞って本番時まで内緒にしていれば童貞とはバレなくない? 処女と違って血とか出ないし」
「早漏とか腰使いでバレますよ。あと入れる穴間違えるとか」
「いくら経験不足だからって、さすがにア〇ルには入れないだろ」
「わかりませんよ? 2つの穴の距離はたったの数センチなんですから」
「そうなの? 確かめたいから測らせて」なんて言いたくても言えない。セクハラにも加減があるんだよ。これは言っちゃ駄目な方のセクハラだ。この道のプロの和馬君ならそれくらいわかって当然さ。
とてもじゃないが、さっきまでの真面目な話の直後にしていい内容じゃないな。
「ま、モテ男はそんな難しく考えてないから他の女性を狙うがな」
「うっわ。ほんっと最低ですね。それに自分でモテ男って.....」
「妹がナンパされるくらい魅力があるらしいからな。きっと兄も兄なんだろう」
「血は繋がってませんよ、高橋さん」
「都合の良い時に‟兄”を解除するのな」
「妹の特権です」
「あっそ。.....告ろうが何しようが現状維持を決め込むんだろ」
「まぁ、ええ、はい。そうですね」
「ならいつ股を開くかわかんない女子より他の女子で可能性を探した方が合理的だ」
「兄さんは一度十回死んだ方がいいですよ」
一度なのか十回なのかよくわからないんですけど。
変に心身共に閉じこもっているひきこもりに言われたくないし。
俺はゲームのコントローラーを手に取って千沙と同じくゲームに途中参加した。
が、それと同時に千沙はコントローラーを再び床に置いた。視線は相変わらずテレビへ。コントローラーの代わりに手にしたのは、またも自身のマグカップである。
隣で座っている俺にはそのマグカップに中身が入っていないことがわかった。
それなのに、どこかモジモジした感じを隠すためか、千沙はそのマグカップに口を付けた。どこか赤面した様子である。
「でしたらアレです」
「?」
「.....アレですよ。その、私は一先ず、よ、予約ということで」
「.....。」
何様だコイツ。
「はぁ」
「ちょ! なんでため息吐くんですか?! 美少女が予約したんですよ?!」
「マジ卍るぅー」
「下品な相槌を打たないでください!」
「じゅるじゅるじゅる~」
「こら! 大体兄さんはですね―――」
必死になるなら照れた仕草で予約とか馬鹿なこと口にするなよ。
.....と言いつつ、内心ちょっぴり嬉しいと思ったのは妹に言えない兄の秘密である。
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