第241話 童貞だって怒る

 「今日も寒かったですねー」

 「本当よねぇ」


 天気は晴れ。と言っても、今日はもう住み込みバイト初日のバイトは終わり、今は中村家で夕食をいただいている。


 晩御飯のメニューの主菜は豚カツである。バイト野郎の大好物じゃないですか。


 「貼るホッ〇イロたくさん買ったんだから、高橋君も使いなよ」

 「いやぁ、なんかあの使い捨て感が勿体なくて」

 「風邪ひかれるよりはマシよぉ」

 「「「.....。」」」


 「そうそう。今年は特に寒いんだからさ」

 「はは。馬鹿は風邪ひかないんですよ?」

 「またそういうこと言ってぇ」

 「「「..........。」」」


 なんかこうして中村家でゆっくりするのが久しぶりな気がする。先日は色々とあったからなぁ。


 パチンコで狙撃されたり、カラオケ店では間接キス騒動だったり、イタ電サイコパスだったり.....今となっては良い思い出だ。


 「ところで、直売店の方ですが、年末年始はどうされるのですか?」

 「そうねぇ。とりあえず、一般家庭でお正月に使われる野菜は特に重要が高いから、できれば年末はギリギリまで開きたいわぁ」

 「大晦日はさすがに休むつもりだよ」

 「「「.....。」」」


 「なるほど。お正月に使う野菜と言ったら小松菜とかですかね?」

 「ええ。他にもほうれん草やカブ、あと里芋なんかも人気ねぇ」

 「うちは年末に高くなるスーパーと競って値段を高騰させないから、毎年年末は大忙しだよ」

 「「「..........。」」」


 へー。まぁ、たしかに年末のスーパーの野菜コーナーは徐々に値段上げるよな。売れるってわかっている野菜で儲けなきゃ損だし、当たり前っちゃ当たり前か。


 「っということで、明日から忙しくなるから気合いを入れてこうね、高橋君」

 「うす」

 「.....で、あなたたちはどうしてさっきから黙っているのかしらぁ?」

 「「「.....。」」」


 ああ、そう言えば。


 先程から黙っているが、中村家三姉妹はちゃんと食卓の場に居る。食欲が無いのか、3人共あまり箸が進んでいない。


 「な、なんでもないです」

 「は、はい。少し食欲がないというか」

 「ちょ、ちょっと胃が痛いだけよ」

 「「?」」


 三人共どうしたんだろうね? 僕には見当つかないや。


 うん、つかないや(笑)。


 「おいおい。せっかくの豚カツじゃないか。一体どうしたって言うんだ?」

 「あ、あはは。本当よね。和馬、良かったら私の分食べる?」


 「え、いいの?」

 「え、ええ。もちろんよ。だけど」


 「は?」

 「あ、いえ、なんでもないです....」


 一体なんのことだろうね。陽菜が俺に許しを請うようなことをしたのかな? バイト野郎はニコニコと糸目で陽菜を不思議そうに見た。


 見当つかないや(笑)。


 「に、兄さん、そ、その、色々とごめんなさい」

 「んん? なんのこと? 説明が足らなくて全然わかんないや。具体的に言って?」


 「え、えっと、クリスマスに―――」

 「声が小さいなぁー」


 「....。」

 「ほら、何かあるなら早く言わないと。ご飯が冷めちゃう」


 千沙がぼそぼそと小声で何か言ってるが、僕にはよくわからない。というか、よく見たら顔が真っ青じゃないか。いつも無神経なくせにこういうときは縮こまるよね。


 でも、僕にはなんのことか見当つかないや(笑)。


 「な、泣き虫さん、どこか怒ってないかしら?」

 「珍しく冷たいよね」

 「え? そうですか?」


 おっと真由美さんならともかく、雇い主まで感づいてしまったか。バイト野郎の不自然な笑みと糸目が気になったのだろう。


 そのこともあって雇い主たちは今度は葵さんたちに聞くことにした。


 「....葵たち、高橋君になんかしたの?」

 「悪いことは言わないからちゃんと謝りまなさいな」

 「「「....。」」」


 はは、謝って済んだらおま〇こは要りませんよ。じゃなくて警察。


 「か、和馬君―――」


 と、葵さんが言いかけるが、バイト野郎は無視して少しだけ事情を話すことにした。なお、話に出す人物は意味が無くとも匿名である。


 「真由美さん、やっさん。すごく楽しみにしていた日を台無しにされるってどんな気分になると思います?」

 「「え?」」


 「人が楽しく過ごしていた所にパチンコ撃ち込んできたり、カラオケで盛り上がった雰囲気や卒業計画をぶち壊されたりと、まぁ、親の顔が見たいですね」

 「「そ、卒業計画....」」


 「自分だけならともかく、他の子も巻き込んだんです。迷惑をかけてしまったんです」

 「....もしかしてクリスマスの日のことかしら?」

 「....三人共、謝りなさい」


 珍しく雇い主も娘の非を認め、謝罪を促した。どうやら娘の奇行に気づいたらしい。つーか、なんで二人は受験生二人を止めなかったのかね?


 「和馬君、本当にごめんなさ―――」

 「葵さん、謝らなくていいですよ」

 「え?」


 葵さんが謝罪を言い切る前に俺は待ったをかけた。


 「だって、葵さんは自分の彼女なんですから」

 「「「「え」」」」

 「ちょ!」


 ここで葵さん以外全員目を見開いた。バイト野郎の一言が聞き捨てならないらしい。


 そして食事中にも関わらず雇い主は俺の胸倉を掴み上げてくる。


 「おい! 高橋、ついに耕されたくなったか?!」

 「なんですか急に。暴力反対です。葵さんの彼氏ですよ」

 「意味わからん! 死ね!」


 意味わからないのは俺もだわ。なんで殺すの。


 「葵さんからも言ってくださいよ」

 「どうなんだ葵!」

 「いやいやいやいや! それってアレだよね?! 電話した私が彼女になったアレだよね?! でもアレは―――」


 「ほら。娘さんも“彼女になった”って」

 「キ、キシエエェェェェエエエエエ!!」

 「最後まで聞いてよ!」


 キモイキモイ。奇声あげんな。


 「ちょっと和馬! あんなのタダのイタ電じゃない!」

 「そうですよ! どんな内容だったか知りませんが、姉さんが本気で兄さんを好きになる訳ないでしょう?!」

 「彼女欲しいという気持ちを弄んだアレがイタ電で済む訳ねーだろ! 付き合うんだよ! 好きと嫌いとかどうでもいいんだよッ!!」


 「一番大切なことじゃない!!」

 「兄さんが私たちを置いてクリスマスを楽しもうとしたから邪魔したんですよ?!」

 「お、おま、ここにきてとんでもない自己中発言したな!!」


 くそ、俺もあと一歩でリア充の仲間入りだったのに!


 「はぁはぁ....。よくまぁ、自分のことを好きでもない異性と付き合うとか、他人の家の真ん中で言えますね。頭大丈夫ですか?」

 「お前の兄だからな」


 「どういう意味ですか?! この思い遣りに満ちた私のどこが頭変なんですか?!」

 「クリぼっちが嫌でわざわざ大都会まで来て嫌がらせしてきた奴のどこに“思い遣り”があんだよッ!」


 「くっ! こ、この童貞!!」

 「なっ?! こ、この処―――駄目だ! 人様の家でそんなこと言えない!」


 「いや言ったようなもんでしょ」なんて目で見てくる中村家一同。全くもってその通りである。


 「か、和馬君、たしかに悪いことしたよ。でも、そんな急に―――」

 「ええ。わかってます。受験生だからそんな現を抜かしている場合じゃないことくらいちゃんとわかってますから」


 「いや全然わかってない! 受験生とかの問題じゃないから!」

 「3月には受験終わっているんですよね? 一緒に制服ディ〇ニーしましょう」


 「人の話聞いて―――」

 『ズドッ』

 「「っ?!」」


 葵さんが言いかけるが、食卓に一膳の箸が垂直に刺さって、葵さんの続く言葉が遮られてしまった。....え、箸? 箸がテーブルに刺さったの?


 そして箸が刺さった席は真由美さんの席である。


 「「「「「....。」」」」」

 「少しは落ち着きなさいな。ご飯中よぉ」


 恐るべし人妻。真由美さんだけにはなめた口を利かないようにしよう。バイト野郎がそう誓った瞬間である。


 「泣き虫さん、娘たちがせっかくの休日を台無しにしてごめんなさい」

 「そ、そんな。真由美さんが謝るようなことじゃないですよ」


 「そんなことないわぁ。後できっちり説教しておくから。でもね、葵と....娘との交際を望むなら双方合意の上で話を進めなさいな」

 「娘さんを僕にください」


 「同意の上と決めつけて先に進まないでくれるかしら? ちゃんと葵に言うことを言いなさいってことよ」

 「....さいですか」


 なるほど。一理あります。そうだよな、両者の気持ちって大切だよな。


 俺は葵さんに向き直った。今日の葵さんの席は俺の真正面だ。よし、告ろう。とてもじゃないが、食卓で言うことじゃない気がするけど告ろう。


 「葵さん」

 「え.........マジなの?」

 「「「「....。」」」」


 現場が静かになる。やっぱり豚カツを前にこんなこと言っていいとは思えない。


でも賭けよう。葵さんが電話でアドリブでも言ったあの発言に、少しでも俺を好いている気持ちがあるのならそれに賭けよう。


 俺は右手を伸ばして葵さんに告げる。


 「俺と付き合ってください!」

 「む、無理です」

 「....。」


 即答すんな。


 「ほっ。まぁ、よく考えたら当然か」

 「あの泣き虫さんだからねぇ」

 「兄さんのような変態、フラれて当然です」

 「なんかムキになるのもアホらしくなってきたわ。あんた、和馬じゃない」

 「か、和馬君はもうちょっと自分を見つめ直した方がいいよ」

 「......。」


 絶対、近い将来惚れさせてやるわ。


 バイト野郎の心に火が点いた日である。

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