閑話 陽菜の視点 ざまぁないわね!
「では作戦通りに作業しましょう」
「ラジャ!」
「......。」
私たちは今、あの
ちなみに今はとあるカラオケ店の一室。千沙姉が派手にボウリング場でパチンコを使った狙撃をしてくれたから合コンの雰囲気をだいぶ壊すことができた。
ナイスね。色んな意味で敵に回したくない存在だわ。
「確認ですが、私がこの合鍵とテキトーなスタッフを使って兄さんをおびき寄せますから、コップの方はお願いしますね」
「任せてちょうだい!」
「......。」
「兄さんは大のココア好きですから、きっとカラオケでも馬鹿みたいにココアを飲むはず。そのコップが兄さんのでしょう」
「もし他の人もココアを飲んでいたらどうするのかしら?」
「............。」
作戦はこう。調子に乗った和馬はきっと他の人の分の飲み物も「ついでだよ」とか言って注いでくるだろうから、そこを狙って和馬のコップと他の人のコップを入れ替える。
更に入れ替えた和馬が使うコップを私たちが入店してきたときに渡されたコップと交換する。
これで和馬は新品のコップに注がれたココアを、他人には羨ましくも和馬が口付けたコップとなる。
「その時は別の作戦を考えます。重要なのは“コップを間違えさせる”ことと“他人にそれを気づかせる”のが目的ですからココアが空でしたら少し淹れてくださいね?」
「ええ、わかったわ!」
「.......。」
「それと、今回はかなり賭けに頼った行為ですから失敗してもかまいません。上手くいけば兄さんの好感度を更に下げられるだけです」
「そうね。って葵姉、大丈夫かしら?」
「え?! あ、うん」
作戦開始まであとわずか。というか和馬が部屋から出てこないと始まらないのだけれど、葵姉がこんな調子じゃ不安だわ。
「い、今更だけど、こんなこと良くないよ。やっぱり」
「「.....。」」
ほ、本当に今更ね。
「和馬君が可哀想」
「私たちを置いて一人だけクリスマスを楽しむんですよ? 許せませんよね?」
「い、いや、でも彼はバイトでうちに来ているだけだし.....」
葵姉が言いたいことはわかる。正直、和馬の幸せな一時をぶち壊す行為は未来の奥さんとして気が引けるのよね。
でもね、そこに私が居ないのならその幸せは赦せないわ。
「はぁ。でしたら姉さんは協力しなくて結構です」
「え」
「今回は私と陽菜だけで充分ですから」
「いやいやいやいや! 話聞いてた?! 誰が邪魔するとかじゃなくて、そもそも邪魔しちゃ駄目だって!」
「め、面倒ですね。なに良い子ぶってるんですか」
「少なくとも妹が間違った行為をしたら正さなきゃ!」
ご尤もね。
そこで突然、部屋のドアに一瞬見知った顔の人物が映った。見間違いなんてあり得ないわ。今この部屋の前を通り過ぎたのは和馬ね。
「和馬よ」
「お。案の定、他の人の分もコップも持ってますね」
「なんか女子のコップ舐めそう」
「「禿同」」
でも今日の和馬はなーんかやけに‟紳士臭い”のよねぇ。腹立つわぁ。いつもは女性の胸とか足とか舐め回すように眺めるくせに。
「じゃあ千沙姉お願い」
「ええ。ちょうど隣の部屋を掃除しているスタッフが居ますからね。コキ使ってきます」
「え、ちょ」
葵姉が止めようとするが中途半端な気持ちのせいで私たちを強く止められない。
葵姉、和馬が悪いのよ?
和馬がソフトドリンクサーバーから離れた途端、私は動きだす。店員さんが彼を連れて行ったので意外とすんなりと事が運びそうだ。
「あら?」
「コップが4つあるね。しかも既に3つ中身が入ってる」
まさか全員分とは。この中から和馬のコップを探さないといけないのよね。
っていうか、葵姉結局来るんだ。止めない限りもう葵姉も同罪よ。
「さてと、和馬のコップは.....コレね」
「.....な、なんですぐわかったかは聞きません」
「ち、千沙姉が言ってた通りココアだからよ!」
け、敬語やめなさいよ。
まぁ、実際はココアだからってだけで、和馬かどうかわからないのよね。でも私の嗅覚があればすぐわかるわ。あと味覚。
伊達に食後、彼が使った食器をペロペロしてないのよ。えへへ。
「で、どれとすり替えようかしら」
「たぶんこの二つがあの女の子たちのかな?」
「え、なんで?」
「だってほら、口付けたとこに薄らと口紅が」
「ああーたしかに。なら女子と変えた方が良さそうね」
「うん」
って、さっき葵姉は私たちを止めようとしてなかったかしら? 普通に協力してるし。
私は女子のと思しきコップと和馬のココアが少し入ったコップを入れ替える。
すでにジュースが入っていたから助かった。これなら和馬のコップにあの女子のコップの中身を注げばいいだけなんだし。
「あ、和馬君が来た」
「っ?! 隠れるわよ!」
私は持ってきたコップをサーバーにセットして女子のコップを回収し、この場を去った。
「気づかれた?!」
「いや、なんか鍵を不思議そうに眺めてたからたぶん平気だと思う」
物陰からソフトドリンクサーバーに居る彼を見る長女と末っ子。どうやら気づいていないみたいね。あとはあの女子共が気がつけば万々歳。
*****
「あ、次はファミレスみたいね」
「ええ。気づかれないように入店しましょう」
「......。」
カラオケで遊び終わった和馬たちは、次は腹拵えするために近くのファミレスへ向かった。
あの雰囲気からして私たちのカラオケでのミッションは成功したみたい。あと一押しかしら?
「人多いね」
「これじゃあファミレスで目立ったことはできないわ」
「そこまで大胆なことはしませんから」
ファミレスに入ったのはいいけど、ここから先の行動が思いつかない。千沙姉には何か作戦があるようだけど、周囲に人が居て私たちの奇行がバレそうで怖い。
とりあえず、私たちも夕食を注文した。
「何をするのかしら?」
「先程の.....よいしょっと。コレを使います」
そう言って千沙姉は鞄からボウリング場で大活躍したパチンコを取り出した。
「また和馬君に攻撃するの?」
「いえ、兄さんは狙いません。兄さんのコップを狙います」
「なるほど。コップにぶつけて中身をぶちまけるのね」
「た、弾が弾いて料理にでも入ったらどうするの.....」
「天才ですよ? の〇太に負けない自信あります。計算も完璧です」
「そ、それは頼もしいわね」
劇場版のジャ〇アンくらい頼もしいわ。
今回の作戦は完全に他人に迷惑をかける行為である。女子にかけたら最悪ね。でもそれが狙いだから和馬には悪いけど好感度を下げさせてもらうわ。
そして同時に本当にこの姉は敵に回したくない存在だと実感する。
「チャンスは一回ね」
「ええ。どうせなら一番盛り上がってそうなタイミングでいきましょう」
こうして待つこと15分。和馬の居る場は盛り上がっていて、それを見ている私たちは若干の罪悪感を抱きながら作戦を実行した。
「狙い撃つぜ!」
「「......。」」
『ガッ!』
「きゃっ?!」
「わ?!」
「ちょ、高橋君何してるの?!」
「え?!あ、いや、ご、ごめん!!」
見事、千沙姉の宣言通りに和馬のコップを狙い撃つことに成功。きっと和馬は今から非難を浴びるだろう。ごめんなさいね。反省はしないけど。
*****
「いやぁ。上手く成功しましたね!」
「ええ。もうドン引きしていいのか喜んでいいのかわからないわ」
「長女は胃が痛いです.....」
大丈夫よ。バレなきゃ平気だから。
私たちはファミレスから和馬にバレないようにお会計を済ませて先に出てきた。さて、後は少し離れた所から彼を監視しなくちゃ。
「あ、店から出てきたわ」
「会話を聞けないのがネックだね」
「ここからの様子で判断しましょう」
まぁ、さすがに今日一日であそこまでやらかせばいくら紳士を装っている和馬でも好感度ダダ下がりでしょ。
和馬たちは店から出てきて何かを話し合っているが、数十メートル離れている私たちには聞こえない。クリスマスだからか、カップルがイルミネーション目的で大勢居るので辺りは騒がしいのも原因の一つと思いたい。
「少なくともラブホにはいかないはず」
「「らぶッ?!」」
「ヤリ目で合コンに来たようなものですからね、あのクソ兄は」
た、たしかに。
「念のため、とどめを刺しましょう」
「「......。」」
本当に怖い姉である。ここから追い打ちって.....。
「姉さん、兄さんに電話してください」
「え? 私?」
「はい。私か陽菜だったら出ないかもしれません。でも若干の常識人である姉さんなら電話に出るでしょう」
「若干?! 後輩からの信頼は厚いよ!!」
自分で後輩からの信頼は厚いって普通言わないわよ.....。でも一理あるわね。私か千沙姉ならイタ電と思われて出ない気がする。
「それで兄さんの彼女を演じてください」
「で、でもぉ」
「ここまで来たら同じですよ! 好感度0をマイナスにするだけです!」
“好み”から“普通”、そして最後に“嫌い”と.....。たしかにそこまで完膚なきまで叩きのめせば“次”の希望を潰せるわ。
「さぁ!」
「葵姉!」
「う、うぅ。ごめんね! 和馬君!」
『プルプルプル♪』
そしてガラケーを取り出した長女、葵。
スマホあるのにガラケーを大都会で出すとかキチガイ行為を抵抗なくする現代女子高生である。
「あ、もしかしたら声が聞こえるかもしれないのでもっと遠くに行ってください!」
「わわわわわ!」
「私は葵姉について行くから、千沙姉は和馬を見張っててね!」
和馬が電話に出たのはこれより少し後の話である。
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