第219話 愛情のスパイスは辛口で
「いいですか! お兄ちゃんはあなたのものではなく千沙のものです! 不愉快です!」
「千沙妹はおこちゃまねー」
「んなっ?!」
「おーほっほっほっほっほ!」
なんだこいつ。末っ子だからか、この状況を利用して実の姉より大人の余裕を見せつけてやがる。
この場にいるのはバイト野郎とポニ娘とロリっ子千沙ちゃんだ。カレー作りに取り掛かりたいのだが変な小競り合いが始まってしまった。
「ち、千沙の方が大人ですよ! 年上ですよ!」
「そう? じゃあ子供はどうやって生まれるのか知っているかしら?」
「ちょ、おい」
ここで保健の授業かよ。今から家庭科やるんだぞ。
カレー作ろうよ。
「まぁまぁ。千沙妹のことだからどーせコウノトリが~とか言うのよ」
「そんなことないです! それくらい千沙でも知ってます!」
「へぇー。じゃあ何かしら?」
なんてこった。こう煽られては答えるしか道は残されていない。
見た目はJKでも小学生低学年の口から“お〇んこ”と“お〇んこ”の関係が出てくるのか?! ちなみにご存じの通り、同じ〇でも入る文字は違う。
平たく言うと
「サンタさんですよ! サンタさんが子供を運んでくるんですよ!! 馬鹿にしないでください!」
「「......。」」
サンタさん万能か。
サンタさんが千沙に
真由美さんと雇い主が錬金術師となって君たち二人を錬成したんだ。びゅっびゅってな。
こんな卑猥なこと言えんけど。
「ま、まぁとにかくカレーを作りましょうか」
「ふっ。
「ご、ごめんなさいね」
腰が引けてるぞ。真実は伝えない方が良いが、このままほっとくのも危険な気がする。
「あ、やっぱり陽菜の力は要りません」
「?」
「せっかくですから千沙がカレーを作ってみせます!」
「え、いや、それはちょっと」
先程子供扱いされたからか、千沙は陽菜のお手伝いをするという目的が変わってしまった。
大人であるとカレーを作って証明したいらしい。
「ち、千沙姉の料理技術を知っているからそれは許可できないわ」
「いいえ。できます。未来の千沙にできて今の千沙にできないことなんてありませんから!」
「いや、普通逆だろ」
今できなくてこの先でできるわけないだろ。
「それに勉強で忙しいのでしょう?」
「これくらい別に変わらないわよ」
「まぁでもほら、俺もついているし、せっかくの気遣いなんだからいいんじゃないか?」
「お兄ちゃん!」
「まぁ、あんたが居るなら任せてもいいけど」
「おう。いつも美味しいもん作ってもらってるんだ。お礼になるかわからないけど美味しいカレーつくっから」
陽菜からの許可が下りたので俺たち兄妹はエプロンを身に着けてさっそくカレー作りに取り掛かった。
......千沙のエプロン姿とか初めて見た。すっごい似合ってる。
最初は陽菜も監視を兼ねてここに残ろうとしたが、せっかくの千沙の想いを無駄にしないためにも二階にある自室にて勉強をするとのこと。
「うんと美味しいカレーを作りましょう!」
「うんこ?」
「あの、いくらお兄ちゃんでも、さすがにカレー作りの前にその単語はどうかと思います」
「....ごめん」
そんでもって陽菜は去り際に、「和馬の愛が込められた料理ならなんでも美味しいわ。隠し味は和馬汁お願い」とかなんとか言ってたが軽く無視。
なんだ“和馬汁”って。下ネタじゃねーか。精子だろそれ。
「まずは野菜を切るところからだな」
「ジャガイモの皮を剥きます!」
「じゃあ俺はニンニクを剥こうかな」
「ピーラー、ピーラー....ありました!」
「手を切らないように気を付けろよ」
と、バイト野郎は妹に注意を促したが、これに対して何が不服だったのか、ロリっ子千沙ちゃんは頬をぷくーっと膨らませて兄を睨みつける。
一々可愛んだよ。料理すんぞ。性的な意味でな。
「子供扱いしないでください! 千沙は16ですよ?! 16!!」
「それは実年齢の話だろ。中身はまだ小学生じゃないか」
「ったく! ピーラーくらい千沙でも......」
「?」
なんか言いかけた途中で千沙の手からピーラーとジャガイモが落ちた。そして千沙の手はぶるぶると震えていた。
「ど、どうした?」
「わ、わかりません。なんというか、身体が言うことを聞かないっていうか」
「え」
「ピーラーを使おうとすると拒絶反応してしまいます」
「......。」
手続き記憶ってヤツか。
16歳JK千沙ちゃんはどうやらピーラーを持って料理......つまり、働くことが嫌いらしい。身体はちゃんと覚えているのな。
マジなんなんあいつ。
「お、お兄ちゃん」
「あ、ああ、俺がやるから。千沙はショウガを刻んでくれ」
「は、はい!」
がしかし、良い返事だけでは料理が上手く進まない。
「ほ、包丁も駄目みたいです」
「わかった! わかったから切っ先をこっちに向けるな! 刻まなくていいからすりおろしてくれ!」
「わ、わかりました!」
そうだよな。ピーラーで駄目なら包丁も駄目だよな。ごめんな。わかりきったことにチャレンジさせて。
千沙は今度はすりおろし器を取り出してショウガをすりおろそうとした。
「うぅ。お兄ちゃん」
「......そういうときもあるよ」
すりおろし器も駄目なのかよ......。
こうして下準備は俺が全部やることとなり、刻んだ食材を千沙に渡して炒めるという結論に至った。
「火?! 火がッ!!」
「お、落ち着け! 弱火だ!」
「食材がくっつきました!」
「油やってないからだ!」
「
「俺が結び直すから! だから火の元で暴れるな!!」
思ってたカレー作りと全然違うんですけど。
「「はぁはぁ、はぁはぁ」」
俺らは一旦作業を中止し、床に四つん這いとなって疲弊していた。
JK千沙ちゃんの手続き記憶がマジで邪魔。
なんでいらん記憶ばっか覚えてるの。マジなんなの。
「今まではちゃんとできていたのにぃ。うぅ、これじゃあカレーが作れませんよぉ」
「千沙......」
「なんなんですか、千沙の身体ぁ」
俺が聞きたい。なんで調理器具持っただけで拒絶反応起こすんだよ。
「時間も時間ですし、千沙は盛り付けだけでもお手伝いしていいでしょうか?」
「いや、せっかくなんだ。最後まで一緒に頑張ろう」
「で、でも!」
「なに、作戦ならちゃんとある」
「さ、作戦?」
ふふ。驚くなよ。
俺は近くにあったタオルを使って目隠しした。
「な、何をしているんですか?」
「ふっ。千沙が俺を後ろから操れば調理道具に触れることなく、間接的に料理ができるんだ」
「っ?!」
「名案だろ?」
バイト野郎は目隠しの状態のままドヤ顔でかっこつけた。
「さすがです!」
「でしょ? 俺を盾にできるから火傷の心配もない」
「完璧じゃないですか!」
「......代わりに兄が火傷するかもしれないとか心配してくれない?」
「鍛えてるんですよね! じゃあ平気ですよ! 採用!」
「.....。」
いや、火傷に筋肉関係ないよ。まぁ、さすがに火傷はしないと思うけどさ。
やる気だけはあるよね、君。
「でもなんで目隠しを?」
「ほら、ネズミがレストランで活躍する映画あるじゃん?」
「ああ、レミーですね」
言うな。せっかく人がぼやかして言ったのに。
「先程、お兄ちゃんが食材を全部刻んだので後は炒めたり煮たりするだけですね」
「ああ。目隠しで見えないから味付けとか任せたぞ」
「了解です!」
こうしてチサーのおいしいレストランが始まった。
これならまぁ間接的と言えど、千沙が料理したことになるんじゃないだろうか。誰よりも千沙が納得いくかたちならそれがいいとバイト野郎はそう思ったのだ。
千沙は俺の後ろに回って、俺の両手を操作し、料理を再開する。
「これくらい炒めれば大丈夫でしょう!」
「そうか? じゃあ次は水を入れて煮込むか」
「アクが出てきました!」
「網みたいのがあるだろ? アレで綺麗に掬おう」
「味にパンチがありませんね。あ! 隠し味にコレを入れましょう!」
「これはルウか? なんかやけに厚さがないな」
「あ、コレも入れましょう!」
『ブビッ! ブリュリュリュリュ!! ブペッー!』
「あ、おい! なに入れた?! 勝手になんか加えなかったか?!」
「隠し味ですよ! あ、チーズも入れましょう!!」
「ああー、チーズカレーもいいな。でも仕上げに入れるんだぞ? それに人によっては好みがあるんだし―――」
「もう入れました!」
「......さいですか」
どうしよう。目隠ししててもわかる。嗅覚でわかっちゃうくらい俺の知っているカレーじゃないよ。
スパイスの効いた香りじゃないもん。
「完成です!」
「あ、じゃあもう目隠し取っていい?」
「はい!」
千沙が元気良く返事をする。
俺は許可が下りたので目隠ししているタオルを外し、今しがた完成したばかりのカレーを視界に入れた。
そして驚愕した。
「お、おま、コレ.....」
「ふふふ。美味しすぎてびっくりしちゃうかもしれませんね!」
一般的なカレーが黒寄りの茶色いカレーとするならば、このカレーは白寄りの......いや、平たく言って薄橙色である。
「......ちなみに隠し味は何を入れた?」
「板チョコとチーズとマヨネーズです!」
「......。」
いや、それ完全に“チチーマヨ”じゃん。
お前、実は記憶戻ってんだろ。
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