第209話 ダンベルを放置すると怪我のもととなる

 「はぁ。今日は散々な目にあったな」


 先程、学校の備品倉庫で会長にえっろいことされた俺は、今はもう帰宅して玄関前である。


 会長のせいでパンツがカピカピだ。


 「仕方ない。パンツだけでも取り換えよう。童貞には刺激が強すぎたんだ」


 俺はブツブツと文句を言いながら鍵を取り出してドアを開けた。


 そして気づく。見知らぬ女性もののローファーが玄関にあることを。


 「.....もしかして」


 俺は急いでリビングに向かった。


 案の定そこには、


 「千沙.....か?」

 「うっ。兄.....さん?」


 制服姿の妹が片足を抑えて倒れていた。







 今日は週末だからか、学校からうちに直行してきたなこいつ。


 「大丈夫か?」

 「大丈夫な訳無いじゃないですか?! おかげで盛大に転びましたよ!!」


 俺は倒れているお前を心配して「大丈夫か?」言ったんじゃない。


 アポなしで合鍵使って侵入したお前の頭に対して「大丈夫か?」って言ってんだ。


 「何で転んだの?」

 「これですよ! くそダンベル!!」

 「あ、ああ、そう」


 なんと別にトラップとして置いたわけじゃないダンベル君が侵入者を撃退したぞ。


 「こんのおんもい拷問器具のせいで怪我しました!」

 「足元不注意だった千沙が悪い」

 「来客が躓いたんですよ?! 謝ってください!」


 侵入者と来客は違うよ?


 「ここは俺んちだぞ。連絡くらい寄越せば片付けたわ」

 「連絡したら合鍵の意味ないじゃないですか?! それにここは私の別荘です!」


 あれれ、『俺んち』 < 『千沙の別荘』 っておかしくない?


 「で、どこ怪我したの?」

 「右足の小指です」


 「靴下脱いでどんな感じか見せろ」

 「な、舐めないでくださいよ?」


 「........フリか?」

 「真面目にです」


 チッ。こっちはパンツを一刻も早く取り替えたい状況なのに、JKの生足なんか間近で見たらパンツがもっと大惨事になる でしょうが。


 千沙はソファーに座って黒のロングソックスを脱いで俺に見せた。


 「ど、どうぞ」

 「ありがとうございます」

 「なに拝んでるんですか!」

 「やはり舐めては駄目でしょうか?」

 「駄目に決まってるでしょう!! 110しますよ?!」


 くそ。許されることならその脱いだ靴下を貰いたいとこだが、110されたらたまったもんじゃない。


 「最近、遊びに行くことが少なくてな。箪笥たんすに何万かある」

 「金で妹の貞操を買わないでください!」


 「言い値でかまわない」

 「慰謝料を請求したいです!」


 「靴下だけでも.....」

 「いい加減にしないとちょん切りますよ?!」


 痛い痛い。さすが16年ものの処女。お堅いどころではない。鉄どころかダイアモンド処女である。


 「まぁ、特にぶつけただけで腫れているわけでも、爪が割れているわけでもない。痛いだけで済んで良かったな」

 「ほっ。複雑骨折したかと思いました」

 「お前まだJKだぞ」


 たしかに千沙の身体は俺が今まで会った女子の中でとびきりか弱い方だ。それでもダンベルに躓いた痛みだけで複雑骨折と判断するのは馬鹿だと思うが。


 「どうする? 冷やすか?」

 「いえ、なんか気が楽になったら痛みがひきました」

 「プラシーボ効果もいいとこだな」


 ま、これで大事にならなかったことがわかったんだ。俺は早いとこ千沙を帰らせようとこいつの鞄を持って玄関まで妹を誘導しようとした。


 「なにしてるんですか?」

 「今日は帰ってくれ」


 「?」

 「ちょっと色々と忙しくてな」


 「ああ、さっき玄関で『パンツ取り替えたい』って言ってましたっけ」

 「.....。」


 聞こえてたのね。


 そう、別に俺が勝手に風呂入ればいいんだけど、会長や千沙の生足のせいで我慢の限界なんだ。


 察してくれ。風呂だけじゃ息子が許してくれないんだ。


 「今思ったんですけど、帰宅してあの一声は学校で自家発電したからですか?」

 「違う」

 「じゃ、じゃあなんで下着に不満があるんですか.....」

 「お、お前に言う必要ないだろ」

 「知りたいんですよ?! 兄が学校で自慰行為するなんて奇行、妹は受け入れて矯正しなくちゃいけません!」


 “矯正する”んだったら受け入れてないよね?


 「してないって。ただちょっとラッキーハプニングがあってだな」

 「まさか女子更衣室に隠しカメラを仕掛けてたりして.....」

 「お、お前は兄をなんだと思ってるんだ」

 「あなただからですよ?!」


 俺ってなんなんだろう。最近そればかり考えてしまう。


 困ったな。一部カピった下着を身に着けておくのが気になってしょうがないんだが。


 「で、何があったんですか?」

 「言う義理ないよね」

 「家族みんなにバラします」

 「.....。」


 こいつッ!


 困ったな。俺が変態なところは今に始まったことじゃない。幸か不幸か、中村家の皆も承知済みだ。


 が、それ故にバイトで来る子が学校で下着をカピらせたなんて事実にどう思うのだろうか。


 きっとあの家庭のことだからクビにはしないだろうが、冷たい目線や意図して距離を置くことは免れないだろう。そんなの生き地獄である。


 「なんというか、色々と思い出しエロいしちゃって」

 「“思い出し笑い”みたいに言わないでください」


 いい加減俺を解放してくれないかな。俺も息子を解放したくてしょうがないんだ。


 すると千沙が立っている俺の周囲をぐるぐると回り始めた。


 「なにしてんの?」

 「なーんか、兄さんの匂いが普段と違う気がして」


 そしてすんすんと俺の体臭を嗅いでいる。さながらそれは空港で麻薬探知犬に嗅がれている気分である。


 「お前は豚か」

 「せめて犬と言ってください」

 「雌犬」

 「に、兄さんは近い将来ブタ箱に行く気がします」


 やめろ。縁起でもない。


 ニオイを嗅がれて俺も焦り始める。さすがに人物特定まではいかないと思うが、異性の匂いが染みついているのは否めない。


 「うーん。できれば陽菜を呼びたいところですね。あの子、嗅覚だけは人間やめてますから」

 「あいつは犬か」

 「なっ?! なんで私は“豚”で妹が“犬”なんですか?!」

 「そこ怒る? お前次女やめた方が良いよ」


 何に張り合ってんだか。


 そうか、陽菜は鼻が良いのか。ただの匂いフェチかと思ってた。


 「あ!」

 「っ?! な、なんだよ」

 「こ、ここここれはなんですか?!」


 千沙は透かさず俺の後ろら辺をスマホで撮り始めた。俺はその時点で悟った。


 あ、会長に後ろから抱き着かれてキスされたっけ、と。


 「う、うなじに下手くそなキスマークがッ!!」

 「下手かどうかなんてわかるの?」

 「それ系の雑誌を見ればわかります」


 “それ系”って何。


 「それよりコレはなんですか?!」

 「.....。」


 千沙がスマホで撮った写真をこれでもかと言わんばかりに俺に見せてくる。


 マズいな。耳に甘噛みされたり、舐められたのは覚えているけど、うなじにキスされたのはすっかり忘れていた。


 「な、なんですかこれぇ」

 「お、落ち着け。これはアレだ。アレがアレしてこうなったんだ」

 「説明になってませんよ!」


 じゃあどうやって説得すればいいの?! 俺だって不可抗力しあわせだったんだ!


 あ、“幸せ”じゃない。間違えた。


 「あ、もしかして.....」

 「?」


 「.....兄さんに確認します」

 「あ、はい」


 「学校でイジメられてませんか?」

 「え」


 なんでそうなる。


 いや、なんの情報をもってその答えに辿り着いた。お前が見たのキスマークだよ。だが当たらずといえども遠からず。“童貞INヤリチン”で困っているところだ。


 「.....なるほど。それで独りにしてほしいと」

 「あ、うん?」


 なんか勝手に納得してるけど、コレで良いのかな。


 そして千沙が真剣な面持ちで言う。


 「妹なら寄り添うべきなのでしょうが、今は他人があれこれするより独りの時間が必要かもしれませんね.....」

 「ま、まぁそんな大したことじゃないから」

 「他校の生徒である私じゃ解決まで難しいですけど、できるだけ力になります」

 「あ、ありがとう」


 盛大に誤解してないよね? そんな気がしてしょうがないんですけど。


 「では、今日のところは潔く帰ります」

 「気をつけてね」

 「はい」


 帰ってくれるなら願ったり叶ったりだ。俺は玄関まで千沙を送って別れを告げた。そしてこのまま玄関のドアを閉めようとしたら千沙がボソと何か言ってきた。


 「なんか言った?」

 「あ、兄さんにはやっぱり友達じゃなくてが必要なんですよって。ふふ」

 「あ、あはは」


 妹の目が笑ってなくて怖いんですけど。



――――――――――――――――――――



ども! おてんと です。


次回は久しぶりの中村家家族会議です!


議題は・・・察していただければと(笑)。


閑話となります。視点は葵ですね。許してください。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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