第十章 寒いのは苦手ですか?

第200話 弱り目に祟り目に痛い目にあう

 「あ、会長」

 「......バイト君。おはよ」

 「お、おはようございます」


 天気は晴れ。11月も下旬に入り、外で作業するのに上着無しでは少し心許ない季節だ。ちなみに日曜日の今日は午前中に西園寺家でバイト、午後には中村家でバイトである。


 なので、バイトしに西園寺家に来たのだが、さっそく腹痛案件である会長と中庭で会ってしまった。


 「そ、その、先週は―――」

 「ああ、別に気にしてないから」

 「......そうですか」


 絶対嘘じゃん。


 俺は先週、生徒会の仕事を押し付けた会長につい怒って突き放した言い方をしてしまった。そのことに関して謝ろうとしたけど、この有様である。


 「ほ、他の方々は?」

 「もうすでに仕事してるよ。皆、ワタシに任せて先に行っちゃった」


 “任せて”って俺のことだよね。すみません、お手数をおかけして。


 「じゃ、じゃあ早速向かいますね」

 「そうだね。.....ったく、なんでワタシに任せるかな」

 「......。」


 ほら。この前のこと絶対気にしてるじゃん。


 気にしてなかったら、“こんなときに”って言わないもん。都合が悪いときにしか使わないもん。


 「な、なんかすみません」

 「今日はキャベツ畑じゃなくて大根畑で仕事してもらうよ」


 「え、大根も育ててるんですか?」

 「うん。キャベツほど大規模じゃないけど」


 「大根美味しいですよね」

 「無駄に会話続ける必要ある?」


 超気にしてんじゃん。


 めっちゃピリピリしてんじゃん。バイト野郎、会長が怒っている理由が他に思いつきませんよ。


 「「......。」」


 このまま黙って畑に向かうバイト野郎と巨乳会長。


 よし、ポジティブにいこう。会長が不機嫌な理由はきっと他にあるんだ。俺は関与してない。そう考えよう。


 そう、例えば会長はすっごい大根嫌いだとか、今日は偶々女の子の日ですかね。どっちも確認する術なんか持ち合わせていないけど。


 「た、達也さんたちは大根畑に居ないんですか?」

 「お父さんだけ大根畑に居るはず。他は違う仕事していると思う」


 よっしゃ。さすがに会長とこのまま二人っきりは発狂してしまいそうだから、健さんが居て本当に良かった。


 「ああー、バイト君はワタシと二人っきりじゃマズいんだっけ? 良かったね? お父さんが居て」

 「......。」


 いや、ほんっとごめんなさいぃぃぃぃ!!


 アレだよね? 俺が会長に以前、「他の人に勘違いされたくないから一緒に居るのを避けたい」的なこと言っちゃったアレだよね?


 マジでごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!


 「あ、アレは言葉の綾でして」

 「はは。バイト君はワタシを都合の良い女にしたいんだ」


 駄目だ。何を言っても裏目にしか出ない。


 そして俺らは目的の地、大根畑に辿り着いた。今日は健さんに頼ろう。うん、そうしよう。


 「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」

 「お! 元気良いな! 二人とも!」


 一言余計だよ。気まずくしたいんか。


 というか、なんで知ってんの。


 「あ、あははは」

 「おめーら喧嘩してるって思ってたが、その様子じゃあ平気そうだな!」

 「別に」


 どこをどう見て平気そうに見える?


 あんたの娘だろ。どう見ても不機嫌MAXじゃん。


 「美咲、ちゃんと『ごめんなさい』言えたか?(笑)」

 「......ウザいよ?」


 やめろぉぉぉおおお!!


 俺が悪いんだ! これ以上、会長をイジらないでくれ! あんた絶対わかっててやってんだろ!


 「そ、それで、今日はここで何をすればいいのでしょうか?」

 「おう! 今日は大根の種を撒いてもらう」

 「この寒い時期にですか?」

 「ああ。ちゃんとこの時期から育てられる品種の大根だ。もちろん寒さ対策はちゃんと必要だがな」


 そう言って健さんはマルチシートと言われる穴があいた黒いシートが敷かれた所へ向かった。


 「マルチの両端二列に穴が一定間隔であいてんだろ。ここに種を撒いてくれ。結構時間かかるから大変だと思うが、まぁ、頑張れ」

 「了解です」

 「ほい。これが種な」

 「ちっさ?!!」


 俺は健さんから受け取った大根の種と思わしき小さい種を見て驚いた。


 「え、ちょ、コレが大根になるんですか?」

 「そうだ。ほらお前、ブロッコリーとか小松菜とかキャベツなんかの種見たことねーか?」

 「あ、キャベツの種は見たことあります」

 「皆似たような大きさしてんだろ」


 そう言われると葵さんと撒いたキャベツの種は大根の種と似ているな。大根の方が少し大きい気がするけど。


 たしかキャベツはアブラナ科なんだっけ? 大根も同じ“科”って聞いたから皆似たような大きさなのかな。


 「んじゃ時間まで頼むな。俺はもうちっと大根を収穫したら家に戻っから」

 「はい」


 そう言って健さんはこことは別の大根がなっている畑に戻ってしまった。


 俺たち二人を残して。


 「よし、たくさん蒔きますよ―――」


 って会長、とっくに始めてるし。


 俺も会長が蒔いている列の反対側の列からこの小さい種を蒔き始めた。つまり俺と会長は向かい合った状態なので平行して蒔くのだ。


 「ち、小さいですね」

 「君の器みたいだね」


 「こ、コレがあの図太くて長い大根になるなんて理解できませんよ」

 「ワタシはやたらと話しかけてくる図太い神経の君が理解できないよ」


 「大根の種、小さすぎて大根だいこん乱しそうです」

 「つまらないギャグ言ってないで仕事して」


 あ、もう駄目だ。会長、バイト野郎のこと許してくれる気配なさそう。渾身のネタだったのに......。


 そんでもって今日は今朝から目を合わせてくれない。


 「よく......」

 「?」


 「よく話しかけてくるよね。ワタシが嫌いなんでしょ?」

 「っ?! そ、そんな訳―――」


 「あの時、一緒に居たくないって言ったじゃないか」

 「だからそういう意味で言ったんじゃなくてですね!」


 「じゃあ、どんな意味?」

 「ほ、他の人に勘違いされたくなくて―――」


 「つまり君に関わると迷惑って言いたいんだ」

 「っ?!」


 たしかにそう言われるとそうだ。美人が近くに居ると目の保養になるとか言ってた反面、俺が目指す青春には交際経験豊富な人は邪魔だからべたべたしてこないでほしいなんて都合が良すぎる。


 贅沢もいいとこだ。でも、お互い初心うぶで甘酸っぱい恋愛をしたいという目標に会長は不必要だ。


 そうなんだけど......。


 「自分ってなんなんでしょうね......」

 「さぁ? あ、今思ったんだけど、ちゃんとずつ蒔いてる?」

 「え゛」


 思わず変な声が出てしまう。大根の話だよね? え、コレって一つの穴に二粒ずつ蒔かないといけないの?


 いや、何も言われなかったら一粒ずつ蒔くと思うじゃん、普通さ。


 つうか、なんで二粒ずつなんだ。


 「あ、じゃあもう一回最初っからもう一粒蒔きますね」

 「その際、最初に蒔いた種を却って奥深くに埋めちゃわない?」

 「......。」

 「今の所から二粒で蒔いてよ」

 「......あい」


 うわぁ。やらかしたなぁ。後で健さんに謝っておこう。


 「なんで二粒ずつなんですかね」

 「発芽しなかったり、どっちが優れている大根か抜擢するためだよ。大根の形状はしっかりしてないと売り物にならないからね」

 「すみません。知りませんでした」

 「......。」


 なるほど。大根のような土の中でできるヤツは収穫できるまでどんな育ち方をしているかわからないもんな。


 なら、発芽時点など成長過程で二つのうちどちらか優秀な方の大根を残した方が上手く栽培できる。考えれば当然のことだな。


 「はぁ......」

 「......君、おかしいよ」


 会長がなんかボソッと言ってきた。


 ああ、当然のことを俺が気づけなかったから責めているのね。


 「本当にすみません。もっと考えて行動するべきでしね」

 「............もういい」


 謝っても許してくれない模様。まぁ、俺の過失ですしね。


 会長の不機嫌さが増していく一方、申し訳ない気持ちでいっぱいのバイト野郎であった。

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