第197話 ア〇ルトタイムだぜ!

 「こんばんは、兄さん。妹の時間です」

 「お引き取りください」


 なんだ、“妹の時間”って。


 天気は晴れ。と言っても今は夕方で18時頃である。11月の今じゃあこの時間帯は本当に肌寒い。暑がりな俺でも長袖一枚じゃ厳しい気がする。


 「お邪魔します」

 「あのね、別にいつもみたいにオンラインゲームでもいいじゃん?中村家に帰れよ」

 「最近飽きてきました。昔のゲームがしたいです」

 「ああ、そう。じゃあ、あんまり遅くならないうちに帰れよ」

 「嫌ですよ。面倒くさい」


 いや、誤解されるかもしれないから帰って?


 千沙とは先週の日曜にキスをして以来、直接会うのは初めてだ。今週はオンラインゲームでちょくちょく遊んでいたから会話もしたけど、彼女は大してキスの一件を気にしていなかった。


 「というか、まずは晩御飯を食べたいんだけど」

 「あ、そうですね。お腹空きました」

 「千沙も食べてないのか」


 なんだ千沙はここにくる道中何も食べてなかったのか。なら千沙の分も用意しよう。


 「普段、私の家でお世話になってるんですから、ちゃんとした物を作ってくださいね?」


 こいつにはカップ麺でいいかな。


 お前にはお世話になったこと無いし、もっと言うならば俺がいつもお世話している気がする。


 「とりあえず簡単に親子丼でもするか」

 「し、姉妹丼はやめてくださいよ」


 下ネタじゃねーか。


 「身内は流石にシャレになりませんって」

 「しないから。陽菜も葵さんも千沙と同時なんでできないから」

 「私が入る前提ですか?!」

 「話の流れ的にそうだろッ!」


 もう何がしたいのこの子。襲うぞ、この処女が。


 「どうせ兄さんのことだから私とシたこの前のき、キスのことでも妄想してシコってんでしょう?!」

 「し、シコってねーし!」

 「トラクターの座席に座ってても兄さんのこ、股間のレバーが目立ってましたよ! 操縦したくて堪らなかったんでしょう?!」


 だから下ネタじゃねーか!


 「んなわけあるかッ! お、お前の方こそ自慰行為してたんだろ!」

 「お、おな、オナ、シてませんよ!!」


 まさかキスの件をあっちから面と向かって掘り返してくるとは思わなかった。恥ずかしがるなら言わなきゃいいのに。


 「ま、まぁ、ファーストキスでしたし、水に流しましょう」

 「......俺は“初めて”じゃないけどな」

 「はは。また変な意地を張って」

 「いや、マジです」


 なんでこんなこと言ったんだろう。たぶん、お兄ちゃんだから妹より先に行きたかったのではないだろうか。


 血は繋がってないけど。


 「「......。」」


 しばし黙る二人。片や他所に目をやり、片や俺のことをニコニコと血の気の引いた表情で目の前の人に視線をぶつけている。


 「ええぇぇぇぇぇえええええええええ?!!」

 「そ、そんなに驚くことないだろ!」

 「いやいやいやいや! え、誰とですか?!」

 「.......。」

 「ちょ! ズルいですよ! 嘘って言ってください!」


 お前の妹です。なんて言えるだろうか。いえ、絶対言えません。


 「自分の母親とかそういう恥ずかしいオチじゃないですよね?」

 「違います。年が近い子です」


 いくら俺がモテない男子でもそんな悲しい見栄は張りたくない。


 「そ、そんなぁ。私は中古とキスしたって言うんですかぁ」


 言い方。人の2回目のキスを中古って言わないで。


 「兄さん、童貞だから絶対初めてだと思ったのに......」


 ねぇ、さっきから失礼すぎない?


 「ま、まぁ、俺のファーストキスは意図してないって言うかなんというか」

 「キスの通り魔に会ったって言いたいんですか」


 「そ、そんなとこ」

 「それを信じろと?」


 「お、俺だって望んだ結果じゃなかったんだ。嬉しいけど複雑な気持ちだよ」

 「贅沢ですね。......はぁ」


 す、すごい落ち込むじゃん。たしかにお互いファーストキスは憧れるよね。


 っていうか、こいつ、ファーストキスとか言っといて、あの時途中から舌を入れてきたよね? ディープしてきたよね?


 初めてで普通シてくる? そこがすっごい疑わしいんですけど。


 「兄さんの初めてが私じゃないなんて......」

 「な、なんだ、そんなに俺のファーストキスが良かったのか」

 「っ?! な、なわけないじゃないですか! ただ経験者に大切なものを持っていかれて怒っているだけです!」

 「えーっと、なんかごめん」


 そうか。何度も言うけど、お前の妹だよ。俺の初体験ファーストキス


 「とりあえず、飯作るから待ってて」

 「はーい」


 こうして一悶着あった後、俺たちは親子丼を食ってから予定通りゲームを始めた。


 「ふぁあ〜」

 「.......兄さん、まだ21時ですよ。欠伸早すぎません?」

 「ああ、ごめん。てか、そろそろ帰れよ」

 「今日は日付変わるまで帰りません」


 なんだその年越し感覚は。


 「あ、そういえば.....台所借りますね」

 「ココアなら下の棚にあるぞ」

 「ありがとうございます」


 そうお礼を言った千沙がしばらくして二つのマグカップを両手にこちらへ向かってきた。


 「俺の分?」

 「ええ」


 千沙が気を利かすなんて.....。明日のバイトは雨で中止になるかもしれない。


 「ブラックコーヒーか迷いましたが、善意でココアです」

 「善意ならそろそろ帰って?」


 どうしよう。この子、本当に日付変わるまで帰らないのかな。まぁ、後で中村家から連絡くるか。


 「兄さん、明日は土曜です」

 「?」

 「で、ですから、明日は土曜日です!!」

 「お、おう」


 え、なに。怖いんですけど。


 英語に翻訳すればいいの? ハブ ア ナイス デー じゃ駄目?


 「え?! わからないんですか!」

 「ば、馬鹿野郎! 俺がわからない訳ないじゃないか!」

 「ほっ。それが聞けて安心しました」


 よくわからないけど、とりあえず頷いておこう。


 明日は何かあっただろうか。俺は部屋の壁に掛けてあるカレンダーをチラッと見てみた。


 が、明日の土曜日は空白で、特に何も予定は無い。いつものバイトだ。


 「楽しみです」

 「うん。楽しみだね」


 何が? そんなこと、この満足気なJKに向かって言えるだろうか。


 いや、言えません。


 「ち、ちなみに、千沙は明日どうしたいの?」

 「『どうしたい?』ですか? 特に受ける側ですし、これと言って何も無いですね」


 受ける側? 明日なんかしてもらうの?


 「に、兄さんの気持ちで充分ですから! どんなことでも私は嬉しく思います!」

 「あ、うん。楽しみにしててね?」


 気持ち.......で充分かぁ。


 そういえば俺、この前会長と言い争ってから会ってないなぁ。


 なんで俺は短気であんなこと口走ったんだろう。


 「兄さん?」

 「あ、ごめん。続きするか」

 「何か悩み事ですか? たまには相談に乗りますよ」


 そんなに顔に出てたかな。


 会長.......美咲さんも千沙も“地頭が良い”から同じ思考って訳じゃないと思うけど、ああやって生徒会のメンバーを頼らずに頑張るのはプライドのようなものなのだろうか。


 先日、会長が(おそらく)俺を頼ってきたことに対して、俺は保身を理由に断ってしまったので少し後悔している。


 「なぁ、千沙。何か自分から始めたことを、意地でも最後までやりたいと思う?」

 「そうですねぇ。すみませんが、私の場合はそれが“好きなこと”か、“強いられたこと”かで変わってきます」


 「どっちもで」

 「前者は無論、最後までやり遂げますよ。好きなことですから他人を頼りたくないですし、意見されたくもないです」


 「千沙らしいね」

 「後者は......まぁきっと、最後まで他人を頼らないでしょうね。したくても、きっと自分は天才だから、頼られる立場だから......弱い所を見せたくないから頑張るのでしょう」


 会長はどっちなんだろう。生徒会長をずっとやってきたのは日々の退屈が理由って言ってたから前者なのだろうか。


 それともこの二つとは別に俺に仕事をさせてきたのだろうか。


 「本人が口にしてくれないとわからないってとこか」

 「そうですね。ですがそれで判断できなくても、相手が自分にとって大切な存在ならば表情で読み取るべきです。都合の良い話ですけど」


 そう言われるとお節介かもしれないけど、あの時の会長の表情はとてもじゃないが生き生きとしたそれではなかった気がする。


 やっぱり手伝った方が良かったのかな。


 「周りに頼れる人が居ても、“意地”が邪魔して簡単には甘えませんよ。特に私みたいな性格は」

 「そうか......」

 「もし頼るなら、弱い所を見せてもいいって信頼できる人だけでしょうね」

 「......。」


 俺は―――。


 「千沙もそういうとこあるんだな」

 「ええ。天才美少女ですから」


 「はは。まぁ、千沙にとってはその“信頼できる存在”は真由美さんでしょ」

 「っ?! も、もしかしてをお母さんから聞きました?」


 「?」

 「な、なんでもないです」


 どうした急に。顔赤いぞ。 


 よーし、とりあえず月曜日に会長に謝ろう。


 また仕事を任されるかもしれないけど、それでもあんな断り方をした俺は後悔しているんだ。甘んじて受けよう。


 「千沙、色々とありがとうな」

 「ふふ。お礼は明日に期待します」

 「え、あ、うん」


 明日に期待するって言われても。


 「ああ、ちなみに毎年私のはチョコですよ? 兄さんはイチゴのショートケーキ派ですか?」

 「っ?!」

 「兄さん?」


 明日、千沙の誕生日じゃねぇかぁぁぁぁああああああ!!


 そうじゃん、以前、『誕生日が楽しみです』ってプレゼント期待してたじゃん。すっかり忘れてたわ。


 どうしよう。明日はバイトだからプレゼントを買いに行っている暇なんて無いぞ。


 「い、いやなんでもない。千沙が淹れてくれたココア美味しいね。世界狙えるよ」

 「ふふ。インスタントですよ?」


 とりあえず、褒めちぎって好感度を少しでも上げとこう。


 .....間に合うのかね?


 「ってそっちのココアを飲んだんですか?!」

 「え」

 「そ、そっちはだって.....」

 「?」

 「い、いえ、なんでもありません」


 急に大声出さないでよ。近所迷惑だよ?


 少し落ち着きたいから千沙が淹れてきてくれたココアを飲んだだけなのにね。もしかして間接キスでも気にしてたのかな?


 兄妹なんだから気にするなよ(笑)


 「血は繋がって...ない........け......ど」

 「に、兄さん?! ちょっと兄さん!!」


 なんか急な睡魔が.....。



―――――――――――――――――――――



ども! おてんと です。


中村家三姉妹それぞれの年齢をどっかに書いてましたが、修正させていただきました。


今回のような“誕生日”回をしたいので明記しません。許してください。


と言っても、葵は普通免許の関係から誕生日を“春の季節”と予定し、もう18歳です。千沙は今回で16歳となります。


陽菜は...おそらく“冬の季節”で誕生日.....かな? すみません。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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