第167話 策士・和馬 

 「え、千沙ですけど」

 『『『っ?!』』』

 「.......。」


 先程、会長から「この中で付き合うならどの女性が良い?」って聞かれたので、俺は迷わず「千沙」と即答してみた。


 『わ、私に魅力が無いって言うの.......。滅べ和馬!!』


 嫌です。


 『わ、私かと思った』

 「....はい。ワタシもそう思ってました」


 自意識過剰か。


 葵さん、自分が選ばれると思ってたんですか。まぁ俺も正直、“葵さん”って言おうと思ったけど、なんか不意打ちがしてみたくて“千沙”と答えた。


 もちろん、ちゃんとした理由もある。


 『ち、千沙姉?』

 『千沙、大丈夫?』


 どうした? またさっきみたいに吐き気を催したか? まぁ、それならそれで想定内だから別に良いけど。.....ぐすん。


 『に、兄さんが....わ、私を....』

 「はは。“酔い止め”飲んどけば良かったな? ほらトイレ行ってこい」


 自分で言ってて辛くなってきた。


 『ちょっと失礼します!!』

 『あ、千沙』

 『どっか行っちゃったわ』

 「本当にトイレ行っちゃったんじゃない? バイト君」

 「ひぐっ。うぅ....そごまべヤだっだのかよぉ....。冗談だよぉ....」


 バイト野郎、ガチ泣きである。まさか千沙にここまで嫌がられるとは。


 「泣いてないで千沙君を選んだ理由を言ってよ」

 『そうよ! 他3人をフッたも同然なのよ!』

 『でも、肝心の千沙にフラれるという悲劇。誰も幸せじゃないからある意味平和かも』


 誰一人としてバイト野郎を慰めてくれない。そうか、陽菜の言った通り、他3人をフッたも同然だよな。


 励ましなんか期待しちゃいけないんだろうけど、葵さんの一言が止めでしたよ。


 「ぐすっ。.....理由は、まぁゲームや機械いじりと言った趣味が合うのもそうですが、日頃、千沙は自分を頼りにしてちょこちょこ甘えてくるので、そこが可愛いかな、と」

 『『意外とマジな回答?!』』

 「......。」


 そんなに驚く?


 我儘な性格だからか、なんやかんや言っても俺の日常生活の中で、特に平日でも千沙の存在感は大きい。オンラインゲームをし始めたからかな?


 そんでさっきは3人にだけの理由を話したけど、実はこれだけじゃない。他にも―――


 『あ、そういえば「千沙は俺に膝枕してくれる」って言ってたわね?! それも理由でしょ!!』

 『それだけじゃないよ! 千沙が以前、和馬君に向かって“処女宣言”したのも大きいよ!』

 「千沙君が最初に言ってたように、彼女自身も下ネタに学があるから、それも考慮してか。......ワンチャン狙ってるんだ」

 「......。」


 バレたか。


 かと問われれば黙秘権を行使します。っていうか、『下ネタに学がある』ってなに。初耳だよ。


 そんでもってバイト野郎が何も言ってないのにあっちでなんか納得したみたい。悲しきかな。今まで積み重ねてきた信頼がこんな結論に至ったんだね。


 ちなみに、消去法みたいな言い方になるが、陽菜と美咲さんも同じ理由だ。どっちも交際経験が豊富だからアウトです。


 陽菜に至っては最近、攻め方が過激なので距離を少しあけたい所存である。


 「はぁ......。まぁ自分なんてそんなもんです。気が済みましたか?」

 『うん。和馬君のことが少しだけでも知れて良かったかな』

 『腑に落ちないけど、わ!』

 「......。」


 陽菜はこれから何を“頑張る”のか。きっと女子力とかお洒落の話だろう。うん、きっとそう。少しゾッとしたけど気のせいだよね。


 「じゃ、切りますね」

 『ばいばい、和馬』

 『和馬君、また来週お願いします』


 陽菜たちとの通話を終了する。葵さんとは道端で偶然会ったりしない限り、来週のバイトの日まで会うことはないだろう。スピーカーモードだった通話を終了したら部屋の中はシーンと静かになった。


 ......美咲さんがさっきから黙っててなんか怖いんですけど。


 「か、会長?」

 「......ねぇ、バイト君」

 「あ、はい」

 「ワタシはなんで選ばれなかったの?」

 「え」


 「それは会長が男を取っ替え引っ替えする女だからですw」なんて気軽に言える雰囲気じゃない。


 だって会長、すごく冷たい目でバイト野郎を睨むんだもん。


 「いや、その前にさ。“葵さん”って答えなかったのはなんで? 君、巨乳好きだよね?」

 「そ、それはあっちも予想してたみたいですし、不意打ちを食らわせたい的な意図もありました」


 それに千沙を選べば、絶対あいつ嫌な反応しそうだから、軽い感じで事が済むかなと思っていました。


 「へー。じゃあ、葵さんと千沙君の二人は候補に挙がってたけど、ワタシは無かったと」


 そんなに選ばれなかったことに不満ですか? 案外、負けず嫌いですね。


 「えーっと、それはですね......」

 「......。」


 なんて言えばいいのかまったくわからない。なんでさっき思った理由以外に会長のが見つからないのだろう。


 「知り合って間もないというか、なんというか」

 「............。」


 美人だし、お料理上手だし、お姉さん系でつい甘えたくなっちゃうし、おっぱい大きいし。


 「付き合いたいに至るまでの会長を知らないから....的な?」

 「........そ。じゃあ


 あ、処したがる“処し癖”はいただけないな。


 自分勝手なところもあるし、気分がころころ変わるから一緒に居てて疲れちゃう....みたいな? それを言えばいいのか。


 よし。

 

 「って会長、何してるんですか?」

 「試してみる」


 なにを?


 会長はいつの間にか胡坐をかいていた俺の目の前に膝立ちで跨いでいた。


 「か、からかってるんですか? 自分が悪かったから勘弁してくだ―――んぐっ?!」


 一瞬の隙を突かれて、俺の顔は目の前の巨乳に埋め尽くされることを認識した。


 「ふがっ?! ふがふが?!!」

 「んっ。ちょっとくすぐったい。あ、ブラしてなかった」

 「んふぁぁぁぁぁぁあああああ?!!!」


 生乳がッ?! いや、一枚の布が間にあるけど、そんなの大した壁の役割にすらならないぞ!!


 なんだこのやわっこい感触はぁぁあああ!!!


 それになんだか甘い匂いがして頭がクラクラしてきた。


 「ふふ。どう?」

 「も、もうゆるひてくだひゃいぃ」

 「っ?! 本当に君は良い反応するね」


 どんな顔してるかなんて近くに鏡が無いからわからない。


 でも、きっと情けない顔でもしてるんだろう。


 「ああ、ますます君が.....」

 「か、かいひょう、よだれたれてましゅよぉ」

 「あ、垂らすから飲んでよ」


 それだけはマジで勘弁してください。


 抵抗したくても行動に移せない。しばらく息がしづらくてもどこか幸せと感じてしまうバイト野郎だった。

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