第152話 美咲の視点 嘘はつかない派
この男もつまらないな。
そう思うのはいつもことで、そう感じるのが早いか、遅いかの違いだ。
「ぶはっーー!! スポドリうめぇ!! さて、再開するか!!」
それでもなぜか、炎天下にも関わらず、
「たしか、草刈るときは刃の横斜め奥だよな! 一発で刈れると超気持ち良いな!」
どこまでも上から目線なワタシは、文字通り、土手の上から彼を見下ろしていた。
そして、思わず――――
「気持ち悪」
悪態を吐いてしまった。
「あれ、会長。おはようございます!」
「あ、ああ。おはよう。バイト君」
こちらに気づいた彼に少し驚いてしまった。
草刈り機のエンジンでうるさかったが、足元ばかりに注意を向けず、周囲にしっかりと気を配っていたからワタシに気づけたんだろう。
今日は日曜日。午前中はうちで働く契約(?)なので、彼は今日も仕事をしている。朝からよく頑張るよね。
「制服着てるってことは学校ですか?」
「ああ、時間がある――――暇だからこれから学校に行こうかと」
「な、中々『暇だから』って言い直す人いませんよ」
嘘はつかない主義なんだ。
彼が刈ってきた土手を見渡す。多少の雑さは感じるが、一生懸命やっているというのは彼の表情からわかる。馬鹿みたいに流れている汗が物語っているね。
「今日は収穫じゃないんだね」
「ええ。先週は契約している飲食店用のトマトを収穫したんですが、健さんたちが昨日しちゃったので今日は違う仕事ですね」
「へー」
「それに.....」
「?」
彼が少し暗い表情で続ける。
「前回、早朝バイトしたときに収穫したトマトを転んで、それらを自分が潰しちゃったのが原因かもしれません」
「ああ、それで今日は違う仕事を?」
「おそらく」
今週彼は2回うちに早朝バイトをしに来た。1回目も2回目もトマトの収穫をしたらしいが、どうやら2回目の時に彼は仕事でミスをしたらしい。
そういえば、兄や凛さんたちがバイト君がミスしたことについて、その日の晩御飯時に話してたっけ。
「たしかその日の晩に話は聞いたよ」
「あ、そうなんですか」
「ミスをしたから、収穫の仕事は任せてくれないと思っているのかい?」
「.....正直、もう昨日のうちに収穫したって聞くと、ついそう感じでしまいます」
ミスは誰にでもある。そう慰めるのが、年上として正しいのかもしれないが、如何せん“ミス”というものをあまり経験したことがないワタシにとって、そのフォローが正しいのかどうかわからない。
「怒られたの?」
「怒鳴られたって程じゃないですけど、『次からはもっと気を付けて』くらい」
「はは。メンタル弱いね」
「うっ」
でも、
「いくら家族でも本当の心情はワタシにはわからないが、晩御飯の時の兄たちは気にしていなかったよ」
「え」
「むしろ『言い方キツかったか?』とか『あんなに落ち込むとは思ってなかった』って言ってた」
「......。」
「本当は君がうちでバイトする前........収穫の仕事を頼む前に『中村家で経験のある草刈りをしてもらいたい』って言ってたし」
「じゃ、じゃあ、自分の気にしすぎってことですかね?」
「さぁ?」
事実を正直に語れば、あとは彼が彼なりに解釈するだろう。
「......“ミス”は“ミス”ですね」
「ふふ。違いない」
「でも、それが聞けて良かったです! ありがとうございます!」
「っ?!」
吹っ切れた彼がニカッとワタシに笑顔を見せる。
か、可愛い.....。
なに、この純真無垢な顔。さっきまで、汗まみれで気持ち悪い印象があったのに。
「?」
「なんでもない。仕事頑張ってね」
「はい!」
家業を手伝わないくせに、ワタシは何を言ってるんだか。でも、なぜか頑張っている彼に何かしたくて(?)、さっき近所の自動販売機で買ったまだ口にしてないペットボトルのお茶を彼に渡した。
「はい。暑いから水分補給は欠かさずに」
「あ、あああありがとうございます」
目が点になってるよ。そんなに驚いてどうしたんだろうか。毒なんか盛ってないのに。
「し、失礼かもしれませんが、どこか体調が悪いんですか?」
「うん、失礼だね」
「重ねて失礼かもしれませんが、か、会長が労いの言葉とか、差し入れとか......熱中症ですか?」
「本当に失礼だね」
人の優しさをなんだと思ってるのかな? まぁでも、今日の行為はたしかに自分でも珍しい気がする。
......本当になんでだろう。彼は“つまらない男”と思ってたんだけど。
「じゃあ自分、仕事に戻ります」
「ああ。邪魔したね」
「いえ! 会長に以前教わった草刈り機の使い方がとっても参考になりました!」
「え、あ、そう」
ああ、そういえば、彼が“山田君”だった頃の話か。たしかに教えた気がする。彼があまりにも下手くそだったからついね。
律儀にお礼する彼に、最後に聞きたいことが浮かんでしまった。
「......なんでそこまでして頑張れるんだい?」
「え」
「収穫にしろ、草刈りにしろ、ミスを責められたと感じたり、汗だくになってまで働く価値はあるの?」
「......。」
「怪我をするかもしれない。こんな猛暑日だ。暑さで倒れるかもしれないし、給料もそのリスクに見合うとは思えない」
「...........。」
なんでこんなこと聞いたのだろう。でも彼が働く理由がどうしても気になってしまった。
バイト君も部活を必死に頑張る生徒や、より高い進学先を目指して勉強する生徒と同じなのか。
「正直、嫌気がさして辞めたいと思っているんだろう?」
「....そうですね」
ほら。
「辞めたい」って言えれば楽だけど、遠慮して言えないって感じかな。なら、ワタシが彼の背中を―――
「でも、これは自分にとって貴重な体験になるから、今しかできないことだから、諦めたくないんだと思います」
「っ?!」
貴重な体験? まぁ、たしかに農家のバイトなんて珍しいからそうかもしれないけど。
なら、これ以上聞くことはないかな。彼も他の人と同じだ。
「会長も、何かそう思えるようなことはないんですか?」
「......仕事の邪魔をしたね。ワタシは学校に行くから」
「え、いや......」
「頑張ってね」
半ば強引に、彼の質問に対しての返答をせず、ワタシはこの場を去った。
バイト君の表情がどこか心配そうだった。ワタシに変なことを聞いたと後悔してるのかな。変なことを聞いて後悔しているのはワタシの方だというのに。
彼から少し離れた所で草刈り機のエンジン音が聞こえてくる。仕事を再開したのだろう。
「......やっぱり彼もつまらないな」
そう呟くワタシはなんて嫌な性格なんだろう。
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