閑話 陽菜の視点 もうここにはいない

 「はぁ......」

 「そのため息何回目なの....」


 ため息をついていたら葵姉に呆れられた。私は先程から憂鬱な日々にうんざりしいて、しなければならない受験勉強に全然集中できていない。


 「夏休み....楽しかったなぁ」

 「そうだね。高橋君と千沙が居たからすっごく賑やかで楽しかったね」

 「今度は冬休みかしらねぇ」


 私と葵姉とママはリビングで夕食後の息抜きをしている。パパはお風呂に入っているため、ここには居ない。


 大して面白くなさそうなテレビ番組を見て私はぼーっとしていた。


 「....陽菜、勉強しなさいな」

 「わかってるわよ。でも、今はちょっとね....」

 「私も。空いた時間は勉強しよ」


 え、なんで? テスト近くないのに今から勉強するの?


 「葵も合格できるように頑張るのよぉ」

 「え、葵姉、大学行くの?!」

 「うん。このまま継ぐのも良いけど、やっぱりもっと学んでおかなきゃって。それに世の中何が起こるかわからないから、それなりに学歴は残したいしね」


 「とか言って、本当は“出会い目的”でしょう?」

 「え?!」

 「ちょっ! そんなんじゃないって!!」


 た、たしかに葵姉に彼氏がいたなんて話聞いたことないし、まずこのアナログ人間は恋バナなんかしないだろう。あ、アナログ人間は関係無かったわね。ごめんなさい。


 「わ、私はまともな理由だよ?!」

 「ま、まぁ私が言うのもなんだけど、そろそろ彼氏を作っても良いんじゃない?」

 「信じてよッ!」


 “出会い目的”という言葉を聞いてから若干疑っている私に葵姉は声を上げた。でもそんな彼氏作りが志望理由で良いのかしら。


 「あーあ、どこかにかっこよくて、頭良くて、優しい王子様はいないかなぁー」


 発想がまるで幼稚園児並みなんですけど。否定した直後にそれを言うともう確信犯じゃない。


 「泣き虫さんで良いじゃないのぉ」

 「っ?! なんで和馬?!」

 「あ、アレは駄目だよ!」


 ママが葵姉の彼氏候補に和馬を提案した。や、やめてよ。ちょっと前に私と和馬はど、同衾したんだから。


 っていうか葵姉、アレって.....。


 「あらあら、そうよねぇ。陽菜は泣き虫さんが好きなのよねぇ」

 「そ、そそそういう訳じゃなくて!」

 「べ、べべ別にを狙ってるわけじゃないから!!」


 「「“和馬君”?」」

 「あ、いや、これは。うぅ、こんなとこで練習の成果が.....」


 なぜか葵姉が涙目である。


 え、なによ。和馬のこと今まで“高橋君”呼びだったじゃない。急に下の名前で呼んでどうしたのかしら? それになんの練習よ。


 「な、泣き虫さんを下で呼ぶことにしたのかしら?」

 「い、意外ね」

 「なんというか、親しみを込めて?みたいな。かず―――高橋君には日頃良くしてもらってるし」


 「「......。」」

 「え、えーっと、仕事仲間的な意味でね?!」


 そ、それなら別に良いんだけど。いや、何が良いのよ、私。


 .....まぁ、でも。葵姉があいつのことを「好き」って言うなら、私は和馬との距離を少し考えようかな。この気持ちはよくわからないけど。たぶんそうなったら、私はそうしちゃいそう。たぶん.....。


 「そ、そもそも! あんな変態なかじゅ―――高橋君はそういう目で見れないよ!」


 さっきから「和馬君」を「高橋君」と無理やり言い直そうとするから噛んでるし.....。


 いったいどんな練習したのよ。


 「変態なのはいつものことでしょ?」

 「そうなんだけど! 今日の仕事で私の胸元を覗いてたんだよ?! しかも何回も!」

 「なによ、胸元くらいで。大袈裟ねぇ」


 うっわ。あいつ本当に最低ね。ママはなんだか最近、和馬の変態な部分を受け入れてきてるし。夏休みで和馬と居る時間が長かったから感覚が麻痺したのかしら?


 和馬アレれっきとした犯罪予備軍よ。


 「いやいやいやいや! どう考えてもエッチな目で見たかじゅ―――高橋君がいけないでしょ! 私の胸の大きさをカボチャって例えたんだよ?!」

 「あなた何回噛むのよ.....」

 「か、カボチャ...」


 私は思わず葵姉の胸を見た。ここに居ない彼に怒る際にはその胸が上下に揺れる。いや、カボチャが揺れてる.....。


 「『他の女性のはジャガイモみたいなもんです』だって! 私だって気にしてることなのにさ!」

 「まぁまぁ。大は小を兼ねるって言うじゃない」

 「じゃ、ジャガイモ...」

 「それ全然フォローになってないよ?!」


 私は思わず自分の胸に両手を当てた。たぶん私のはジャガイモ程じゃないだろう。せいぜいあって芽キャベツくらいか。......ぐすん。


 一人、悲しむ私なんかを他所に葵姉が興奮している。ママはそんな葵姉を軽く相手していた。なんというか、千沙姉と和馬が居なくてもうちは充分騒がしいわね。


 「良い風呂だったぁ」

 「あ、父さん」

 「ちゃんと換気扇回したかしらぁ?」

 「相変わらず長風呂だったわね」


 いつの間にかパパが風呂から上がっていた。火照った顔で冷蔵庫まで進み、中から麦茶を取り出して何杯か飲んでいる。


 「なに、何の話?」

 「あの二人が居なくなって寂しいなーって」


 葵姉がパパに会話の内容を一言で伝えた。パパはあまり寂しくなさそう。いつも通りって感じ。


 「あー、ね。まぁ、二人共元気にやってるでしょ。高橋君は毎週会うんだから我慢しなきゃ」

 「だって陽菜ぁ」

 「もうそれやめてよ、ママ!」

 「高橋君はまだしも、逆に千沙は今頃どうしてるんだろ」


 たしかに。千沙姉は学校が遠いからママの実家から通っているけど、時間をかければ中村家から通えなくもない。千沙姉の性格上、そんなことはしないわね。


 「あの子のことよ。あっちで平気な顔してゲームしてるはずだわぁ」

 「そうだねー」

 「でも土日は学校無いんだよ? 帰ってくればいいのに」

 「あんなに高橋君にべったりだったんだ。案外、今学期からは週一で帰ってくるかもよ?」


 「本当に兄妹みたいよねぇ」

 「まさかあそこまで和馬がダダ甘だとは思わなかったわね」

 「もしかしたら中村家じゃなくて、高橋君の家に行ってるかも」

 「ははは。さすがの千沙でもそれは無いでしょ」


 「そ、そうよぉ。千沙だって女の子なんだからそれくらいの分別はついているわぁ」

 「...なんかこれ、フラグじゃないかしら?」

 「いやいや。変態の住処に行くなんて選択肢は無いでしょ?!」

 「.....千沙に後で電話して様子でも聞こう」


 「「「「......。」」」」


 .....不安になってきたわ。

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