閑話 千沙の視点 花火なんて気にしません

 「行っちゃったわね、和馬の奴....」

 「ええ。兄さんらしいです」


 現在、19時21分。私と陽菜はさっきこの場を去って行った兄さんのことを話していました。ここ、穴場スポットでは私たちだけが居て、今は二人でベンチに座って兄さんを待っています。


 「あいつ....馬鹿なのかしら? 今から迎えに行くとか」

 「私たちが見せた顔がいけなかったのでしょうね」


 風邪をひいている姉さんですけど、この場に居たらもっとこの花火大会は楽しめたはず。そう思ってしまったから....顔に出てしまったから兄さんは私たちの気持ちを汲み取って行動したんでしょう。


 「え、そんなに顔に出てた?」

 「おそらく....」

 「あーあ。じゃあしょうがないわね」


 妹の切り替えの早さが羨ましいです。


 「でもちょっと残念」

 「....せっかく浴衣姿になったんですけどね」

 「まぁあんだけ反応してくれれば収穫ありだわ。まだがあるわね」


 “チャンス”とはなんのことでしょう。さすがにあんな変態な兄さんに思いを寄せることはないと思いますが....。


 「姉さん、誘いに乗ると思います?」

 「乗り気じゃなさそうだけど、きっと和馬が半ば無理やり連れてくるわよ」


 はは。たしかに兄さんならそれくらいしそうですね。


 さて、そうと決まれば私に出来ることは、姉さんの背中を押すような環境を作ることです。私はスマホを取り出してある連絡先に電話することにします。


 「千沙姉?」

 「ちょっと家に電話します」

 「?」


 陽菜が不思議そうな顔でこちらを見てきます。私は電話がつながるまで陽菜に訳を話します。


 「母さんたちが家に居ては、姉さんも家から出づらいでしょう?」

 「....ああ、なるほど」

 「兄さんも相手して余計に時間を使わなくて済みます」


 一刻を争う状況ですからね。“根回し”を『できる妹』がしてあげましょう。簡単な説明をしているうちに電話がつながったようです。


 『はい、もしもし。こちらムラムラ中村です』

 「お父さん、今後絶対それを言わないでください」


 なんと母さんではなく、馬鹿な方おとうさんが釣れてしまいました。


 『あ、千沙? どうしたの?』

 「そっちに兄さんが向かっているので、お母さんと買い物に出かけるかなんかして留守にしてください」


 『え、なんで?』

 「姉さんを花火大会に連れて来たいからです」


 『葵、風邪ひいてるよ?』

 「それでも花火を見せたいんです」

 『ふーん....』


 まぁ、親として同意しづらいですよね。娘の風邪が悪化するかもしれないですし、今から花火に間に合うかわかりませんから。


 『実は去年とは違って今年の今日は暇だから、真由美と一緒に花火を見に行こうかと思ってたからその話は好都合なんだけど』


 最低ですか。普通、娘の心配より、自分の気持ちを優先させたいことを言います? 娘を置いて両親が花火を見に行く発言は見損ないましたよ。


 『どっちにしろ、真由美が許してくれなさそう』

 「....なんとか説得できないんですか?」

 『逆になんて言えば良いと思う?』


 そうですね。一番の問題はお母さんが許可をくれるかどうかですね。日頃、私たちの身を案じてくれるお母さんのことです。きっと姉さんの身体が心配でしょうから許可は簡単には下りないでしょう。


 しかし、このまま居られてはきっと無駄に時間がかかってしまいます。


 「ちょっと千沙姉代わって」


 そこへ陽菜が私のスマホを貸してほしいと言ってきました。私は大人しく従います。


 「パパ? 私だけど」

 『ん? 陽菜か』


 「そ。でね、話の続きなんだけど良い案があるわ」

 『?』


 「この前、一緒に料理しているときにママが言ってたのよ」

 『え、何を?』


 「『花火大会、偶にはあの人と二人で行きたいわぁ』って」

 『っ?!』

 「私が珍しいわねって言ったら、『だっての人ったら、最近娘たちのことばっかで私のこと見てくれないものぉ』と言ってたわ」


 なんと、まだ両親の愛は熱々でした。娘として小っ恥ずかしいことこの上ない案件ですね。


 『ま、真由美がそんなこと言うなんて....』

 「ママも陰でデレるのよ」


 良いですよね。こういういつまで経っても愛が冷めない感じ。わ、私も将来はこういった末永く愛し合う関係の夫婦を目指したいです。


 陽菜が伝えたいことを伝え終えたらしいのでスマホを私に返しました。


 「で、お父さん。できそうですか?」

 『よし! そういうことならこっちで何とかしよう』


 「ではよろしくお願いします」

 『ああ、任せてくれ! バイアグラ飲めば何とかなりそうだ!』


 「....は?」

 『かもしれないが、その時は姉として頼むよ千沙!』


 「ちょっ! 待っ―――」

 『ガチャッ!』

 「....。」


 ....なんでそうなるんですか。そういう生々しい話を娘にしないでくださいよ。


 「ち、千沙姉......」

 「ええ。なんとかなりそうですが、家族が増えるかもしれません....」

 「「......。」」


 陽菜の発言が原因と言えますが、なんなんでしょうね、あの斜め上を行く思考は。私たちは一抹の不安を覚えて暫し沈黙してしまいます。


 「で、でも私は赤ちゃんを抱っこしてみたいかも」

 「え? あ、はい、そ、そうですね」


 妹はポジティブですね。どうやって赤ちゃんができるか知っているはずなのに....。








 『ドッドッドッドッ!! パァーー!!』

 「っ?!」


 しばらく陽菜と世間話でもしながら兄さんたちを待っていましたが、なんと花火が始まってしまいました。スマホの時間を見ると20時01分と打ち上げ花火の予定の時間でした。


 「か、和馬たちがまだ来てないわよッ!」

 「やはり間に合わなかったんでしょうか」


 私たちは花火を見るためにせっかく穴場スポットまで来ましたが、兄さんたちのことが心配で花火なんかそっちのけです。


 「と、とりあえず階段の所を見に行きましょう」

 「そ、そうね! もしかしたら、すぐそこまで来てるかもしれないし!」


 そう言って私たちは兄さんたちが来ているかもしれないという期待をして階段の方へ向かいました。


 「あっ!! 和馬!」

 「姉さんも居ますよッ!! やりましたね!!」


 階段の頂上から下を眺めていたら、兄さんと姉さんが見えました。さすが私の兄ですね。ちゃんと姉さんを連れて来ましたよ。


 「「......。」」


 が、そんな歓喜な声も消沈してしまいます。


 それはなぜか。答えは兄さんたちを見れば仕方のないことです。


 「....陽菜」

 「....ええ。和馬あいつ、葵姉をお姫様抱っこしてるわ。しかもこれ以上ないくらい密着しちゃって」


 姉さんをお姫様抱っこした兄さんがせっせと階段を上がって来る光景が見えました。


 「なんかイラっときました」

 「奇遇ね。私もよ」

 「しかもあんなにぎゅーっとして....」

 「あっ! 和馬の奴、してるわ!!」

 「なっ?!」


 は、離れているのによく見えますね。っていうか、なんで真っ先にソコ見るんですか。


 私は苛立ちと興味本位により、陽菜が言っていた箇所を見ました。


 か、かなりしてますね。普段の作業着とかじゃないですし、短パンだからか、よくわかります。ええ、はい。


 「う、うわぁ....」

 「きっと葵姉の匂いとか、おっぱいの感触でしちゃったのよ」


 さっきから「おっき」「おっき」うるさいですよ。女の子なんですからそんな下品な言い方しちゃ駄目です。“ビルディング”と言いなさい。“ビルディング”と。


 ....どっちもアウトですね。


 「あ、そうそう、千沙姉。さっき、待っているときに出たゴミがあるんだけど....」

 「良いですね。姉さんにはぶつけないよう、兄さんに天罰を下しましょう」


 そういって私たちは、食べ終わったリンゴ飴の割り箸とか、焼きそば入っていたパックを投げつけました。


 兄さんが私たちに「やめろ!」と言ってますが、反省するまで止めません。


 「あはははははは! 今年の夏は最高だったわ!」

 「ふふ。同感です」


 私たちは打ち上げられる花火の音をBGMに、碌にそれを見もせず兄さんたちに悪戯をしています。


 そう、花火なんてただの光景であって、好きな人と一緒に見たいものでしかないんですから――――。



――――――――――――――



ども! おてんと です。


一つ言っておくと、中村家に家族は増えません(笑)。安心してください。


ん? 夏休みの最後って本当に花火大会か?


最後って言ったらやはりアレでしょう。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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