第132話 ホメラレモセズ

 「さて、まずはどうしようかな」


 現在、バイト野郎こと和馬君は直売店にて台風対策をしているところだ。対策って言ってももう予防の域を超えて修繕か悪化するのを抑制するくらいだ。


 最低限、窓ガラスが割れた所はどうにかしたい。そこから強風が吹いてきたら中が散らかるだけじゃない。最悪、屋根も吹き飛ばされるかも。中に居てもわかるくらい風が強くなってきたしな。


 「とりあえず、このクソ暑いカッパ脱ぐか」


 カッパは撥水加工が施されているけどその分通気性が悪い。お値段の高いヤツは通気性が良いらしいが、少なくともバイト野郎のカッパはそれじゃない。


 「よし、まずは割れた窓の所をコレで塞ぐか」


 俺は近くにあった折り畳み式のテーブルを展開し、縦長のこのテーブルを横に倒して盾のように窓に寄せた。結構大きめのテーブルだったから窓全部覆えた。一先ずこれで良しとしよう。


 「なんか微妙にテーブルが斜めってるな。他になんかこれを抑えられるような物は......あ。これ使おう」


 俺は店の奥から2メートルはある大きな棚を見つけた。中身を出して俺はその棚をさっきのテーブルの支えとして配置してみた。うん、結構良い感じじゃないか。


 「次はそうだなぁ......。ガラスの破片でも掃除するか」


 強風で窓ガラスが割れてしまったのがここにいる原因だ。早いとこ掃除して迎えに来るのを待ってよう。


 バイト野郎は店の奥にあった箒と塵取りを取り出してガラスの破片を掃除する。風があったからか、ところどころに破片が散らばっていて掃除が面倒だ。


 『ビューッ!!』

 「うおッ?! 風強ッ!」


 さっきの割れた窓から強風が流れてきた。応急処置としてやったあのテーブルも密着している訳じゃないからな。その隙間から風が入ったのだろう。


 「おいおい、破片もまた散ったじゃねーか。はぁ......めんど――――」

 『ゴツッ!!』

 「っ?!」


 痛ッ?!!


 なんか落ちてきて頭にぶつかったんだけど。痛ぇー。


 俺は落ちてきた物を確認した。これ、ペンダントライトじゃん。さっきの強風に揺さぶられて落ちてきたのかな。てか、落ちる物なのコレ。まぁ古いって言ってたし、しょうがないか。


 俺は頭にぶつかったところを摩った。これはたんこぶ不可避だろ。


 「いっつ?!」


 摩ったところに激痛が走る。そして手に何か液体らしきものが付着したので確認した。


 「え......血?」


 まーじか。ぶつかった拍子に頭でも切ったのか。まぁ触った感じそんなに傷口は深くないし、自然に止まるかな。


 「はぁ......ついてないなぁ」


 俺はため息をしながらガラスの破片を片付ける。さっきみたいな風でまた他の物が破壊されてはたまったものじゃない。隙間をどうにかして埋めないとな。


 「さて、どうしたもの――――」

 『ガララララッ!!』


 急に閉めていたシャッターが上がった。台風で外は曇っていても、店の中はブレーカーを落としたから明かりを点けておらず、外の明かりが室内に差し込む。葵さんと別れた際、開けたままだと色々と危ないので閉めといたのだ。


 「た、高橋君! 無事だった?!」

 「あ、葵さん? それに真由美さんたちも」


 暗がりの店に入ってきたのは葵さんと真由美さんと雇い主の3人だ。バイト野郎を迎えに来てくれたのかな。


 「無茶するわねぇ」

 「高橋君、娘のアホに付き合ってもらって悪いね」


 カッパを着ている二人は呆れ顔で俺にそう言った。雇い主が「娘のアホ」とか言うの珍しいな。


 「って、君怪我してるじゃん!」

 「あらあら、どうしたのかしら」

 「だ、大丈夫?!」


 あ、さっきの落下物による怪我か。地味に血が出てるもんね。


 「はは。さっきコレが落ちてきましてね。まぁ大した怪我じゃないですよ」

 「「「......。」」」


 俺は近くに落ちていたペンダントライトを拾って3人に見せた。まぁ大した怪我じゃないのは本当のことだし、後で適当に治療すればいいでしょ。血もそのうち止まるはずだ。


 「それより割れた窓を防ぐようなものはありますか? このままだと不安なん――――」

 「ちょっと傷口を見せて」

 「え?」

 「いいから」


 雇い主が柄にもなく俺を心配してきた。言われた通り、バイト野郎は傷口を見せた。


 「そんなに酷くはないかな」

 「はぁ」

 「とりあえず真由美と一緒に帰って治療して。一応、軽トラに救急箱は備え付けてあるけど、この様子だと平気そうだから家まで我慢してくれ。それにまだ天候も荒れそうだしね。長居は禁物だ」

 「い、いいんですか? 先に戻っちゃって」

 「早く帰りなさい。俺と葵はここで窓の修繕をしてからすぐに戻るから」


 バイト野郎は雇い主に言われた通り、真由美さんと先に帰ることにする。軽トラ2台で来たみたいだ。そりゃそうか、俺も含めて4人だもんな。2台は必要だ。


 俺は近くに停めてある軽トラに乗るため、外に出ようとしたが真由美さんそんな俺を止めた。


 「葵。泣き虫さんの傷をちゃんと見なさい」

 「っ?!」

 「自覚はちゃんとあるのかしら?」

 「......。」

 「あなたが怪我をさせたようなものよ」


 雇い主に同じく、普段は娘に甘い真由美さんがキツい言い方をする。まぁそう言わると俺がここに残らなければ怪我をすることはなかっただろう。


 「......高橋君、ごめんなさい。謝って許されるようなことじゃないことだけど......ごめんなさい」

 「気にしないでください。自分が残りたかったんです。決して葵さんのせいじゃないですよ」

 「で、でも―――」

 「まぁ傷も小さいですし、大袈裟ですよ」


 だが、俺は俺の意志でここに残ったんだ。葵さんが責められるようなことじゃない。


 「泣き虫さん」

 「はい。じゃあお言葉に甘えて先に戻ります。気を付けてくださいね」

 「ああ」

 「......。」


 俺は葵さんと雇い主を残してこの場を後にした。帰りは真由美さんが運転してくれるので俺は黙って助手席に乗っているくらいだ。


 すごいね。雨風がここまで悪化するとは思ってなかった。軽トラに打ち付けるような音に思わずぞくっとしちゃう。


 「......ごめんなさいね」

 「?」

 「傷よ、傷」

 「ああ。さっきも言ったように大した怪我じゃないですよ」


 まだ気にしてんのか。病院行くほど酷い怪我じゃあるまいし、もとはと言えばガラスの破片の掃除の前にもっとちゃんとテーブルなんかで塞ぐべきだった。つまり俺が怠ったから怪我を招いたのだ。


 「そうじゃないわぁ。こう言ってはなんだけど、怪我の程度なんかよりことに問題があるのよぉ」

 「......すみません」


 「謝るのはこっちよぉ。バイト先で怪我をしてしまうような環境があった。こんな仕事だからどれも怪我のリスクは少なからずあるわぁ」

 「......。」

 

 「でも、それらは『必要な仕事』であって、あんな『リスクしかない仕事』と別。雇用側はそれを分別する義務があるのよぉ」

 「....出過ぎた真似でしたよね。すぐに戻るべきでした」


 「一生懸命、仕事に取り組んでくれるのは助かるけど、もっと自分を大切にしなさい」

 「はい....」


 いくらこのバイトが好きでやっていても、他の人に心配かけるようなことは避けないとな。次からはもっと考えて行動しよう。


 「それに」

 「?」


 真由美さんが続ける。


 「葵から聞いたわぁ。泣き虫さんは『安全が第一優先』って主張してたのに、あの子があなたに無理強いさせたのよねぇ」

 「そ、そんなことは」

 「今回はあの子のせいだけど、反省してるはずだわぁ。許してあげて」

 「自分はもとより気にしてませんよ」


 にしてもまぁ、葵さんのあの直売店に対する思い入れはすごかったなぁ。嫌な言い方するけど、直売店は壊れたら建て直せるが、人の場合はそう簡単な話じゃない。葵さんだって台風の怖さを知っているんだからもっと自分を大切にしてほしいものだ。


 「....本当に優しいのねぇ」

 「ふふ。なに、事が落ち着いたら葵さんにマッサージでもしてあげますよ。自分のご褒美として、ですが。ぐへへ」

 「あ、あなたねぇ。前も言ったけど、親の前くらい猫かぶりなさいな」

 「難しいですね。ええ、はい」

 「即答....」


 運転する真由美さんの横顔は呆れ顔だ。でもどこかほっとしているような表情でもある。


 「他所の子をああだこうだ言う前に、娘さんをどうにかしてください」

 「?」


 「自分に向かって『胸筋触らして!』ってお願いしてきたんですよ? いったいどんな教育したらあんな曇りなきまなこで言えるんです?」

 「はぁ......」


 「それ男性が女性に『おっぱい触らしてください』って言ってるようなもんですよ! マッサージですらないし!」

 「ほんっと呆れるわぁ」


 「ですよね?! 呆れますよね?! 帰ったら怒ってやってください」

 「あなたたち二人に呆れてるのよぉ」


 「......。」

 「泣き虫さんの親の顔が見てみたいわぁ」


 似たような顔してますよ。どっちに、とは言えませんが。


 そんなこんなで豪雨の中、バイト野郎と人妻の2人は軽トラに揺られながら中村家に戻っていた。

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