閑話 桃花の視点 私も唐揚げもJC

 「桃花ちゃんって料理できる?」


 私は先ほどから隣の家の高橋さんの家で女子会(?)をしていた。と言ってもこの場にいるのは私とお兄さんの母親である智子さんの二人だけである。


 「全然しないですね」


 まだ日は沈んでいない時間帯なのに飲んだくれた智子さんが私に料理ができるか聞いてきた。


 「良かったらうちで晩御飯でも作らない?」

 「え」

 「まぁすでに祖父母さとうさんが作っているなら話は別だけど」

 

 なんと、料理を全然しない私を誘ってくれるとは。寝るまで一日が暇だし、ぜひお付き合いしたいところである。


 「いや、まだ作っている時間じゃないですね! 確認してきます!」

 「うん、いってら」


 私は急いで家に戻っておばあちゃんに聞いてみた。まだ晩御飯の支度をしていなかったので間に合った次第だ。今晩は高橋さんちで夕食を摂るから私の分は要らないと伝えた私は、またすぐ高橋さんちに向かった。


 「じゃ、さっそく作ろうか!」

 「よろしくお願いします!」


 私と智子さんのお料理教室の始まりだ。





 「まずはこの冷凍唐揚げを出します」

 「おおー!」

 「次に、油を入れた鍋にこの唐揚げを入れます」

 「お、おー!」

 「で、適当に揚げます」

 「おー」

 「完成かな」

 「....。」


 はい、おかずが一品出来ましたー。


 「あの、智子さん、これ料理って言わないですよね?」

 「おあがりよ!」

 「いや、おあがりよじゃなくてですね」


 私は幸平ゆきひら 智子に料理をしていないと文句を言う。


 「まぁまぁ、出来立てが一番美味しいよ! ほら、あーん」

 「....あーん...冷たッ?!」

 「あ、やっぱり? なんか揚げ時間が短いと思ったんだよね」

 「....。」


 JCに不出来な唐揚げを食わせましたね。自分でまず毒見してくださいよ....。


 っていうか、冷凍唐揚げをまともに揚げれないってこのお料理教室大丈夫なんですか。心配なんですけど。


 「ふふ、冗談だよ? こんなのただのおかずの一品に過ぎない。こういったを使わないと主婦なんて務まらないからね」

 「な、なるほど。一理あります」

 「じゃあ次は小松菜のお浸しを作ろうか」

 「はい」


 今度は小松菜のお浸しに取り掛かるらしい。私は智子さんが洗った小松菜を受け取り、まな板で適当な間隔で切る。


 「ダメダメぇー。野菜を切る位置から指を離しすぎない! 指を伸ばさない! 強く握らない!」

 「え、えーっと、こうですか?」

 「ノーノー。指の第一関節を包丁の腹にくっつけて真っ直ぐ切るの。怖くないよ? 包丁の腹で指は切れないんだから」

 「は、はい」

 「ゆっくりでいいからね」


 そして小松菜のお浸しに続いて、豚肉の生姜焼き、お味噌汁、買ってきた沢庵を切った。


 「豚肉を切った包丁はもう使わない。あとで熱湯消毒しなきゃダメ」

 「はい」

 「お味噌汁に使うお湯を少し使って」

 「ついでですね」

 「油揚げもお湯当ててね」

 「なんでですか?」

 「油抜きよ。余分な油を取り除けるし、味が染みるしね」

 「へぇー」


 料理って全然したことないけど意外と知らないことばかりで楽しいかも。いずれお兄さんに作ってあげたら、退屈な日々に娯楽ができそう。せっかくの隣人だしね。


 お兄さんを遊び半分でしてみたいし。


 「......桃花ちゃんは可哀想だね」

 「?」


 みそ汁に使う豆腐を隣で器用に切っている智子さんが急に同情してきた。どうしたんだろ。


 「桃花ちゃんは努力をしても報われない子ってこと」

 「は、はぁ。......さっきの進路の話ですか? なら同じことを言いますが、勉強しなくても良い成績残せるんですから―――」

 「尚更、可哀想な話じゃない」


 なんで? 努力しなくても才能で補えるなら別にいいじゃないですか。得ですよ、得。


 「どういうことですか?」

 「だって努力しなくても結果を出せるんでしょ?」

 「まぁ、それはそうですけど.....」

 「それって結果は出せても他の子が味わう“達成感”が得られないってことじゃん」

 「......。」


 たしかに、今まで大して物事に熱中して取り組んだ覚えがない。部活も勉強も“達成感”なんて体験したことがないかも。


 「“才能”があるからその努力の“過程”も奪われちゃう。努力しても伸びしろを感じないんだから、“過程”なんてあっても時間の無駄だもんね」

 「.....そう、ですね」


 そう言われると、贅沢な話だが私は現状に満足していないことになる。


 朝起きて、部活行って、帰ってきて寝るまでずっと受験勉強。それを毎日、本番を迎えるまで続ける。部活はともかく、そんな生活したことないからなんて無縁である。


 「あ、味噌は鍋で溶かずにこっちで.....って遅いか」

 「あっすみません!」

 「いいの、いいの。豆腐が犠牲になるくらいだから」


 不慣れな料理をしているのに考え事なんかしているから、料理の適切な手順を間違ってしまった。これで混ぜないと味噌がだまのままになるし、溶くと豆腐がぐちゃぐちゃになっちゃう。


 「桃花ちゃんは“冷凍唐揚げ”ってことだね」

 「え、さっきのですか? っていうか冷食?」

 「そ。手間いらずで美味しい物ができちゃう。便利で期待される一品だよ」


 ああ、受験生なのに受験勉強しなくても...努力なんかしなくても“才能”があるから、『唐揚げ』みたいってことですか?


 その通りですね。


 「次は買ってきた沢庵を切ってちょうだい」

 「....はい」

 「そうそう、均等にね」


 そんな才能があるあたまがいい私を両親は“期待”している。「職に困らないだろう」、「きっと将来、立派な社会人になるだろう」って思っているに違いない。......迷惑な話だ。


 「っ?!」

 「ど、どうしたの?」

 「ゆ、指が....」

 「あー切っちゃたのね。待ってて。今、絆創膏持ってくるから」


 料理はいいなぁ。知らないことだらけで、頭で理解できても経験が無いとうまく事が進まない。適度に苦労できて、味が最悪という失敗のかたちで終わっても“過程”を頑張ったからおいしく食べられそう。


 「はい、これでオーケー」

 「....ありがとうございます」

 「怪我なんて当たり前よ」


 この先、私はどうするんだろう。このまま不完全燃焼のまま高校に進学して、高校も今と同じように過ごして、その先も目標なんか見つからないままで、周りに流されて、終いには両親の期待通りの“社会人”になるのだろうか。


 「....桃花ちゃん、“勉強”が全てじゃないよ」

 「そ、そんなことわかってます! でも―――」

 「でも、学生のうちはそれが“図り”になるんだよね」

 「っ?!」


 そうだ。学生は自分の将来の目標にたどり着くために何事にも“勉強”をしなければならない。より良い成績を、より良い学校を。そうやって地道に目標に近づくんだ。


 興味を持ったことに近づきたいのであれば、知識や技術を身に着けることが必要だ。そのための“勉強”という“努力”が必要だ。


 「先を見据えて早い段階で準備をすることは大切よ」

 「やっぱりそうですかね」


 「でもそれはがすること。言い方が悪いけどね」

 「“足りない人”?」


 「そ。だって桃花ちゃんには“勉強どりょく”なんて必要ないじゃない」

 「....目標なんて見つかってもいないのに、私が―――」


 「そのための“才能”でしょ」

 「へ?」


 「“才能”なんてただの手段ってことよ」

 「手段?」


 「他の人より達成感を味わえない? 楽をして良い結果が出せる? それの何が悪いの」

 「べ、別に悪いってわけでは....」


 「でも不満なんでしょ」

 「......。」


 黙ってしまった。友達みたいに苦労をしたいわけじゃない。夢中になれる何かを見つけたいだけ。それだけのことで、それすら見つけられない私だ。


 「楽をできる“手段”なんだから、生かすも殺すも桃花ちゃん次第」

 「...。」


 「でも、その“才能”を生かしたいなら、“勉強どりょく”が不必要な時間を使って『将来のこと』を考えなさい」

 「........。」


 「まずはの。中学を終えたら高校ね。高校なんて適当なところへ行って“考える”時間を作りなさい。それでも見つからなければ、選択の幅は狭まるけど大学へ行って考えなさい」

 「............。」


 「大学が4年間とするとトータルであと7年はあるわ」

 「......もし、それで見つからなかったら、どうすればいいんでしょう?」


 「親が勧める社会人とかになればいいんじゃない?」

 「そ、それでいいんですか」


 「駄目に決まってるでしょ」

 「駄目なんですか......」


 「だって、7年間の猶予があって逃げに逃げを重ねたんだから、最後は

 「......。」

 「焦らないの。じっくり考えて決めればいいってだけ。俗に言う、これが『高校は通過点』ってやつね」


 あと7年かぁ。実際にそんな猶予はないと思うけど、本当に“先のこと”を考えるならできるだけ早く決めなければならないよね。


 でも私には余裕がある。“将来の夢”というものを見つけるのにどれだけ時間がかかっても焦んなくていいんだ。


 他の人に追い付いて、そのうち追い越すための......そのための、


 「“才能”......かぁ」

 「ふふ。天才であることは“手段”に過ぎないでしょ。で、どう? やっぱり桃花ちゃんは達成感の味わえない? それとも―――」

 「ジェーシーですよ」


 勉強しなくても頭が良い私だけの特権だね。


 「さっきの唐揚げはジューシーだね?」

 「冷凍唐揚げと私は紙一重?!」


 「結果、美味ければ何でもいいのよ」

 「同感です」


 「さ、お皿に盛りつけて食べよう!」

 「はーい!」


 私と智子さんは先ほど作った料理をお皿に盛ってテーブルに持っていく。料理ってこんなに楽しいんだ。ちょっと興味が湧いたかも。


 「「いっただきまーす!」」


 豆腐がぐちゃぐちゃになった味噌汁。ちょっと水の配分を間違えた硬めのご飯。切ったはずなのに繋がった沢庵。不慣れと言っても、失敗ばかりのお料理教室だったなぁ。


 「「......。」」


 極めつけはこの唐揚げだ。私はそれを箸でつまんで眺める。智子さんも同じことをしていた。


 「「あーーーむっ!」」


 私と同じ、手間どりょく要らずで美味しくけっかを頂ける即席品てんさい


 「「冷たッ?!」」


 ....揚げ直し忘れたけど。



――――――――――――――


ども! おてんと です。


前話に続き、閑話なのに長くなりました。許してください。


次回は本編です。


それでは、ハブ ア ナイス デー!

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