第105話 枝豆をもぐ機械を使う機会
「これ、枝豆に使う機械だったんですね」
「そ。さすがの高橋君でもこれが何に使う機械かわからないよね」
「じ、自分をなんだと思っているんですか」
天気は晴れ。今日は曇りだが、普通に蒸し暑い。夏に文句を言ってもしょうがない。
そんな今日の仕事はこれからバイト野郎一人で枝豆を機械にかけてもぎ取る作業となる。今は葵さんに、このもぎ取り機の説明を受けている最中だ。
「“アオイクイズ”の二回目にすれば良かったかな」
「まだやる気ですか、アレ」
「ま、負けたままだと悔しいし」
「でもその前に葵さんには罰ゲームを受けてもらわないと」
「っ?!」
そう。罰ゲームの内容は葵さんがバイト野郎の背中を流すことである。しかも二日間。なお、二日目はソーププレイをダメ元で所望する。
「今晩どうです?」
「え、いや、そのぉ」
「楽しみだなぁ。あ、手でもタオルでもいいですが、個人的にはスイカを使って―――」
「仕事中だよッ!!
「......。」
自分から「アオイクイズにすれば良かった」とか言ってきたくせに。
「え、えーっと、西の物置にこの機械置いといたのになんで知ってるの?」
「千沙の仕事を手伝っているときに見かけて気になってたんですよ」
「あぁ、それで」
「ええ。で、これどう使うんですか?」
俺は葵さんからこの機械の使い方について聞いてみた。ちなみに午前中の仕事の一つに枝豆を雇い主と収穫して、今度はそれをもぎ取る作業だ。
「まず、電源を入れて、この動いているベルトコンベアに『さや』が付いたままの枝豆を茎ごと一本ずつ置きます」
「お、おお、流れていく」
「そうすると自動で機械が枝豆の『さや』だけもいでくれるから」
「ほんとだ。すごいですね。枝豆だけもいで茎や葉は別に吐き出すとか」
機械はベルトコンベアにより一定のペースで、置いた枝豆を取り込み、見事『さや』だけ取り除いた。どんどんもいだ枝豆が
「便利だよね。あ、そうだ。定期的にもいで不要になった枝豆の茎は、軽トラをこっちに持ってくるから荷台に乗せといて。後で畑に捨ててきます」
「了解です」
「......。」
「?」
突然、葵さんがジト目でバイト野郎を見つめてきた。え、なに? どうしたんですか?
あ、もしかして
「け、軽トラをこっちまで運転してくれるんですか?! 流石です。自分は免許持ってないんで助かります!」
「えへへ。そ、それほどでも......あるかなぁ」
あるんかい。
め、めんどくせぇー。なにこれ、いちいち褒めなきゃいけないの? 感謝しくちゃいけないの? ご機嫌取りしなくちゃいけないの? 面倒くせーよ。
本当に先輩としてそれはどうなんですか。日に日に尊敬の念が薄れてきちゃいましたよ。
「でもこれじっとした作業ですよね?」
「そうだけど。それが?」
「決してこの仕事に不満があるわけじゃないですが、じっとした作業なら足を痛めた陽菜や、ひきこもりの千沙にもやらせられますよね」
「た、高橋君って時々“思いやり”を欠くよね」
「......。」
まぁ陽菜はまだしも、千沙なんかうってつけの仕事じゃないだろうか。外で仕事するから暑いことに変わりないけど、どうしても千沙に仕事させたい兄である。
「でも、またなんでそう思うの?」
「陽菜はまぁ別にいいですが、特に千沙にはもっと疲れてほしいんです」
「つ、疲れさせる?」
「ええ。最近、あいつ、自分が一日中マイペースに過ごせるからって深夜にゲームを強要してくるんですよ? 毎晩、毎晩、嫌がらせみたいに。これじゃあ睡眠時間が足りなくて疲れが増す一方です」
「え、でも千沙は『兄さんがどうしてもゲームしたいからって、毎晩、私を誘うんですよ』って言ってたけど」
「ちょっとあいつしばいてきます」
「ごめんね! 妹が迷惑かけて本当にごめんね!」
今晩、あいつを懲らしめよう。俺は決意を固くする。とりあえず今は仕事に専念しよう。
バイト野郎はそれから葵さんと別れて、さっそく機械で枝豆をもぎ始める。
「お、おぉー! うるさいけど、便利だなぁ」
現代農業はこういう機械を使った仕事が多い。最初から最後まで手作業でやるのは手間がかかってしょうがない。やはり生産量を増やして売るには効率的に専用の機械を使った方が、機械の費用はかかるが、それ以上に売り上げで利益が返ってきそうな気がする。
「和馬、お疲れ!」
「うおッ?! なんだ陽菜か」
「『なんだ』ってなによ、『なんだ』って」
そんなこんなでしばらく単純作業をしていたバイト野郎のところに陽菜がやってきた。騒音の中、作業をしていると人が近づいてもわかんないもんだな。
「本当は目隠しして『ひーなだ!』ってやろうとしたんだけど、仕事中だからやめたわ! 感謝なさい!」
「『だーれだ?』じゃなくて?」
持ち前の貧相な胸とポニーテールを揺らしながら俺の仕事の邪魔をしてくる中村家末っ子だ。相変わらず行動が読めない妹3号機である。
「ぷぷ。『だーれだ?』なんて声ですぐわかっちゃうじゃない。馬鹿なのかしら?」
「いや、『ひーなだ!』もあんま変わんない気がする。むしろ意味ないよね」
「意味ないわけないでしょ?」
「?」
「和馬とスキンシップを取るためよ?」
「っ?!」
こ、こいつ、最近やたらと距離が近いんだよなぁ。正直、めちゃくちゃ嬉しいけど、コロッと
「ま、冗談一割はおいといて」
“冗談一割”って初めて聞いた。残り九割はマジですか。
「ほら、あんた水筒忘れたでしょ? 飲み物持ってきたわ」
「お。ありがと。助かる」
陽菜はそう言ってジョッキに入った飲み物を俺に渡す。ジョッキって。これ絶対ビールとか酒を飲むやつだろ。
「じっとした作業だからって油断は駄目よ? 夏は定期的に水分補給しなきゃ」
「さんきゅ。冷え冷えじゃないか。仕事中に贅沢だな俺」
「ふふ。気が利くでしょ?」
「ああ、(飲み物が)最高だ」
「っ?!」
赤面する陽菜。なにか余計なことでも言っただろうか。さて、飲み終えたら仕事再開だ........な。
「...。」
「なによ。不味かったのかしら?」
「......なぁこれって―――」
「ええ、“プロテイン”よ?」
いや、仕事中にプロテイン差し入れする奴おる?
「昨日、葵姉が『プロテイン買ってくるから飲んで』って言ってたでしょ? 和馬、好きなのかと思って代わりにさっき買ってきたわ」
それにしてもこのタイミングで渡す? っていうかお前、『買ってきた』って徒歩で? もう元気じゃん。脚の怪我から復帰したのかよ。昨日のマッサージ、完全に楽しんでただろ。
「あ、飲まないなら飲まないでどっちでもいいのよ? 別に一回飲んでくれればそれでいいし」
「?」
「こ、こっちの話ッ!」
とりあえずせっかくだし頂こう。のど湧いてたし。
『グビッ...グビッ...グビッ...』
「ぷはっーー!」
「お、おぉー!」
「うーん、最後まで一気に飲みきれないな」
「そ、そうよね! そこで飲むのを終わりにしてお仕事頑張って!」
「そうか? じゃあ俺は仕事に戻るよ。ありがとう」
「え、えぇ。じゃあジョッキを持ってくわ! 仕事頑張ってね!」
陽菜はそう言って飲みかけのジョッキを持って南の家に向かった。
「のども潤ったし、仕事再開といきますか」
俺は残りの枝豆をもぐため、再び機械の電源を入れて作業に取り掛かる。その際、他の仕事から戻ってきた葵さんが、「ふふ。口にプロテインついてるよ」と言ってきたが、なんでプロテインだってわかったのか恐ろしくて聞けなかったので聞かなかったことにした。
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