閑話 陽菜の視点 第10回中村家家族会議

 「はぁ....早く明日にならないかしらぁ」

 「奇遇ですね。私もそう思っていました」


 私の憂鬱に返事をしたのは千沙姉、私より一つ上の姉である。


 和馬が休暇をとって今日で三日目だ。明日は待ちに待ったアルバイト再開の日となる。まぁ今日はもう夜だし、寝て起きたらすぐあいつが来るんだから少しの辛抱なんだけど。


 「ふふ、二人ともそんなに高橋君に会いたいの?」

 「な、なななわけないでしょッ!」

 「ええ。新作のゲーム買ったんで、兄さんと早く協力プレイをしたくてしょうがないんですよ」

 「「......。」」


 千沙姉は相変わらずだね。和馬に恋愛感情を抱いているのかと思ったら、意外とこういうことを素で言うのでわかんなくなる。


 私たち姉妹三人は少し前からソファーに並んでテレビドラマを視ている。葵姉の今期お気に入りドラマだ。今はちょうどキスシーンである。


 「わわわ、二人とも見て?! 付き合ってもいないのにキスしているよ!」

 「葵姉は相変わらずね......」

 「よくできますよね?」


 ......毎回思うんだけど、なんで同じ環境で育っているのに、こうもキスシーンで葵姉はいつもお堅いのだろう。


 「あっ千沙もやっぱそう思う?」

 「意外ね」

 「二人ともさっきまで居酒屋で飲食していたんですよ? よくもまぁその口で異性とキスなんかできますよね」


 うん、こういう感じで言うから、千沙姉は異性に興味がないって思っちゃうのよね。判断できないわ。


 「いいところなんだからそういうこと言わないでッ!」

 「ムードがあれば口が臭っていてもイケるのよ」

 「いやいや、さっき男の人餃子、頼んでましたよね? さすがに無理ですよ。むしろ正気の沙汰とは思えません」


 私は和馬が餃子食べていても秒でキスできる自信ある。むしろ私の“自家製ラー油”をデロッデロにお見舞いしてあげるし。......なに言ってんだろ、私。


 「もう千沙は黙ってて!」

 「あ、はい」

 「あ、男の人、フラれたみたいよ? ビンタされちゃったわ」


 千沙姉が黙る。というか普段はこんな恋愛ドラマなんか見ないのに最近どうしたんだろ。やっぱりなんやかんや言って千沙姉も女の子ね。


 「えぇー」

 「やっぱ口が臭かったんですよ」

 「そもそも男の方はすでに他の女性と付き合っていたのよね? 浮気じゃない」


 フラれて当然よ。一途こそ恋なの。世の心理ね。口のニオイとかどうでもいいのよ。


 ...昨日は色々あった。和馬とのデートは楽しかったし、最後のアレも最高だった。あぁアレが俗に言うキスなのね。人生初よ。和馬も彼女いなかったってことは初よね、初。ふふ。


 私はスマホのケースに取り付けた“ブサイクな白い豚”のストラップを見つめてニマニマしていた。思わず口元が緩んじゃう。


 「どうしたんですか? 陽菜。ニヤニヤして」

 「な、なんでもない!」

 「?」


 『ガラガラガラガラッ』

 「ただいまー」

 「あなた、キッチンにこれ持って行って」


 「ほ、ほら! 二人とも帰ってきたんだし、さっそく家族会議を始めましょ!!」


 ママとパパが良いタイミングで買い物から帰ってきた。昨日の家族会議の議題でもあった和馬の作業着を買ってきたみたい。


 っていうか今21時過ぎよ? 意外と店やっているのね。それとも閉店ぎりぎりに間に合ったのかしら。


 「す、すごい買ってきたね」

 「うっわ、これ男物のマグカップじゃないですか。兄さんのですよね? そこまでうちに居させる気ですか」

 「な、なぜマグカップ......」


 買ってきた荷物を見るとすごい量だった。作業着だけじゃない。袋の中には和馬が使いそうな日用品がたくさんあった。


 「マグカップは気まぐれよぉ」

 「ま、彼のことだからマグカップを使う時期ふゆやすみもうちに来るでしょ」


 意外とうちの両親にも影響を与えているのね、和馬のやつ。家族同然みたいな扱いされてるじゃない。


 「作業着もたくさんある......これ何着あるの?」

 「切り良く6着くらい」 

 「なるほど、今の分のと合わせて10着はありますね」

 「泣き虫さん、驚くでしょうねぇ」

 「そうね、泣いちゃうかも」


 和馬が泣いたらぺろぺろしてみたいわ。


 というか本当にすごい量ね。....まぁ作業着が何着増えようと私の管理業務ニオイチェックには関係ないけど。


 あーでも夏休み終わったらソレができなくなるのよねー。憂鬱だわぁ。





 「じゃあ第10回中村家家族会議を始めようか」

 「あなた」

 「あ、はい」


 うちのヒエラルキーはいつだってママが頂点。


 「千沙」


 頂点ママが千沙姉に進行役を任せる。千沙姉はうちのなかでも特段頭が切れるのでこういった会議は千沙姉が担った方が効率よく片付く。


 さすが“中村家の頭脳”といったところかしら。


 「.....えーっと、まずは議題の確認からにしましょうか」

 「いや、さっそく本題でいいんじゃない?」

 「お、お父さんのために気をつかったんですよ....」


 報われない姉。気を利かしたときにかぎって、余計なお世話になるのは切ないわよね。


 「では議題のさわりだけ。仕事を増やすかどうか、それにあたって時期、量の調節ですね」


 うーん、難題ぃー。


 直売店うちの強みは多品種少量生産。つまり、収穫できる野菜の絶対数は少ないけど、たくさんの種類作って品数を増やす。その方がお客の受けがいい。


 これを覆すような仕事をしちゃうとお客さんの信頼にも影響を及ぼしちゃう。難しいわね。


 皆が悩んでいる中、葵姉が自信満々に手を挙げた。


 「それに関して、私から提案があります」


 な、なんですって?! 長女の肩書きは伊達じゃないわ。


 さすが、“中村家の巨乳担当”.....じゃなくて、“中村家の歯車”ね。


 葵姉がいないとうちは碌に機能しない。本人の技術はもちろんのこと、仕事の円滑さ、両親の喧嘩も止めてくれるなど頼りになる自慢の姉だわ。


 「野菜を作れる畑は数は限られているよね。各畑の環境を考えるとなおのこと」

 「そうねぇ」

 「いっそ他所のうちの使っていない畑借りるか?」


 パパはなんで碌に後先考えず、テキトーなことを言えるのかしら。そんなことしてもし仕事が追い付かなかったら、畑の管理がままならないじゃない。土地を借りといてそれは駄目よ。


 「お父さん、この問題は兄さんの労働力が前提なんですよ? アルバイトなんていつ辞めるかわからない人材を頼るんですから、多少のリスクも視野に入れないといけません」

 「あ、たしかに」


 「「「「「まぁ高橋君(兄さん)(和馬)(泣き虫さん)に限って、そんなことないと思うけど」」」」」


 ......やっぱ家族ね。誰一人欠かすことなく、和馬に絶大な信頼を置いているわ。


 「そこでね。土地を借りるんじゃなくて野菜を他所から売ってもらえるようお願いするの」

 「なっ?!」

 「そ、それはまた思い切ったわねぇ」

 「...メリットの方が少ない気がします」


 葵姉が続ける。


 「相互利益は後々お互い話し合うとして。まず、さっきも言ったように土地の管理は大変だから借りれない。現状うちの余っている土地で手一杯」

 「そうだな」


 パパが納得する。


 「でも他所の農家が野菜を作って、それをうちの店にも売ってもらえばお互い良い利益になると思うの」

 「...なぜかしら?」


 ママが葵姉に疑問に思ったことを聞く。


 「理由は単純、うちは直売店だから生産者との間に組合や卸売人などいないから。これによってコストがかからないし、得た利益を相互で山分けできると思います」

 「でもうちは多品種少量生産という強みの他に、そういった観点から“安さ”も重視しています。ただでさえ安い野菜の利益を山分けしてはメリットが少ないですよ?」


 千沙姉は不満を言った。


 ......なるほど。葵姉、それらのデメリットを補えるがあるのね。ふふ、そう、そういうことかぁ。


 「......そこでね?」

 「陽菜には敵わないなぁ」

 「葵姉のほうが先に気づいたくせに」

 「あはは。ごめんなさい。嫌味ぽかったね」


 以外にママもパパも千沙姉すらも気づけなかった盲点。


 「うちに限った問題じゃないけど、現代日本の農家には若年層の労働者が少ない。もちろん近所の農家も例外じゃない」

 「そこで泣き虫さんねぇ」

 「そ。正直、直売店を開く日って忙しいし、高橋君の面倒を見きれないじゃない?」


 たしかに農家の仕事はどれくらいかかる時間かなんてわからないわよね。個人の体力、技術、知識、土地の環境や気候など予測不能ばかりの仕事だらけだもん。


 和馬には悪いけど、仕事について質問されても忙しいから面倒この上ないわ。当然よね。彼、農家じゃないんだから農家の知識なんて無いもの。


 「他所の農家で高橋君を働かせるってこと? うちの仕事は?」

 「都合の良い話だけど、うちの仕事が溜まっているときはこっちを手伝ってもらって、仕事が特にない時は他所に行って仕事してもらう。どうかな?」


 「なるほど。それで他所で働いた分、その農家が兄さんの給料を支払う....ということですね?」

 「そうそう。それならこちらの人件費コストも下げられるし、品数も保てて高橋君の給料も安定する。他所の農家も野菜を売れて、その上、若い労働力も手に入るわけだからWINWINだよ!」


 「名案だけど、和馬がオーケーしてくれるかしら?」

 「たぶん、大丈夫じゃないかな? 高橋君、以前『収穫を手伝っているだけだと体力が有り余りますね』って言ってたし」


 「泣き虫さんには夏の時期だけじゃなく、冬みたいな仕事が少なくなるときでもそうしてもらった方がいいわね」

 「でしょ?」


 葵姉も考えたわね。これなら一年間仕事が安定するわ。


 「ちなみに、すでにもう近所の人には話しておきました」

 「また勝手に....」

 「まぁいいんじゃないか?」


 仕事が早い。あとは和馬の了承を得れば解決かぁ。


 でもまぁ、葵姉がここまでして和馬を働かせたいのもたぶんアレよね。


 「これで高橋君を働かせられるよ。安心、安心」

 「そ、その言い方はどうかと思いますが....」


 葵姉の言葉に抵抗を感じる千沙姉。


 最近、買い物に行くと高たんぱく質の食材ばかり選ぶし、珍しくスポーツ用品店に行くと筋トレグッズばかり買うし。


 「ご、ごめんね! そうじゃなくてただ私は高橋君に汗をかいてほしいだけだよ?」

 「あ、汗ですか....もしかして、姉さんまたアレですか?」


 千沙姉も薄々感づいたみたいね。ママとパパはどうかよくわかんないけど。


 「べ、別に私は高橋君を覗きアレがしたいわけじゃないからねッ!」

 「「「......。」」」

 「え、覗き? 高橋君を? どゆこと?」


 若干一名わかってない。


 最近ちょくちょく和馬のいる休憩部屋を外から覗いている葵姉。決まってそれは和馬が着替えるときである。汗をかかせたいのもその行為のためだろう。


 というか葵姉、


 「はぁー。高橋君、条件を呑んでくれるかなぁ。......まぁ、嫌でも呑ますけど」

 「「「「......。」」」」


 バレている自覚ないのかしら......。



――――――――――――――――



 無自覚筋肉フェチ、これが長女、葵です。


 ども! おてんと です。


 少し長くなりましたが今回の閑話で7章は無事、完結しました。金麦で乾杯ですね!


 次回から8章になります。


 いやぁーこうしてみると7章のタイトル、「汗まみれじゃ汚いですか?」がどの話のことだったかわかんなくなってきました。


 葵の「筋肉ウォッチ」か、陽菜の「淫魔」か...ご想像にお任せします。


 それでは ハブ ア ナイス デー!

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