閑話 千沙の視点 言って良いことと悪いこと

 「兄さんだけが未経験じゃありません! お、落ち込まないでください!!」

 「あ、ありがと?」


 私は急いで東の家をあとにしました。だって兄さんに処女宣言したんですから、恥ずかしくて顔なんて見れません。


 というか、私、なんであんなことを言ったんでしょうか。


 ...おそらく兄さんが女性経験がないって言った時に正直、私はほっとしてしまったからでしょう。最低ですね。


 「罪滅ぼしのつもりじゃないですけど、なんというか、言っておかなきゃって気持ちが強かったんですよね」


 兄さんに同情して口走ったわけじゃないんですが、たぶん勘違いしないでほしかったんですね、私は。


 「わ、私って美少女ですし、兄さんに彼氏くらいいるだろとか思われても


 何が困るのでしょうね。そこまで困ってもないのに、そのうち悩みの種になりそうで怖かったのでしょう。


 そもそも私に限らず姉妹3人ともみんな可愛いんですし、兄さんのことですからきっとみんなに交際相手がいるって思ってるはずです。


 「まぁ姉さんはどう見てもいなさそうですね。今まで異性に興味なんてしめさなかったんですから」


 姉さんからそんな話は聞いたことありませんね。夜、恋愛ものドラマを視ていると「いいなぁ」とか「す、すご! 結婚してないのにキスしてる!」とか興奮してテレビ視てますし。


 「陽菜も.......いないでしょうね。部活とか進学のことで今は忙しそうですし」


 私は独り言を言っている間に中庭をとうに過ぎ、南の家に着きました。


 「おはようございます」

 「あ、千沙姉。おはよう」

 「千沙さん、おはようございます」

 「おはよう千沙」

 「朝早いなんて珍しいわねぇ」


 陽菜、桃花さん、姉さん、お母さんが順に挨拶を返してくれます。お父さんは既に居ません。中庭を通っている時に気づきませんでしたが、仕事の準備に取り掛かったのでしょう。


 みんなが活動しようという中で、私は今から朝食を摂ります。少し優越感のような、背徳感を感じてしまいます。


 「ち、千沙姉、和馬と会った?」

 「? ええ。ちょうど玄関で会ったとこです」


 陽菜が心配そうに私に聞いてきました。次に姉さんが私に聞きます。


 「な、なんというか...落ち込んでた?」

 「まぁたしかに少し元気無かったですね」


 昨日あんなことがあったんです。当然ですよ。自業自得ですが。


 私の返事に姉さんと陽菜は暗い表情になってしまいました。


 「やっぱり.....」

 「わ、私達も顔に出ちゃたのがいけないよね」

 「はは、葵さんも陽菜も気にしすぎだよ」


 「あ、あんたが気にしなさすぎなのよ」

 「桃花ちゃん、メンタル強いね...」


 兄さんの未経験発言に少し戸惑っているようですね。


 冷静に考えれば、そもそもあんな中身がアレな兄さんが彼女なんているはずないじゃないですか。つまり経験なんて無い事くらいわかるはずです。


 「和馬と会った時に、どう反応したらいいか困っちゃうのよね」

 「普通にすれば?」


 「それにあの元気のなさ、私たちが原因にしても引きずりそう」

 「普通にすればいいんじゃないですか?」


 桃花さんの言う通りですよ。きっとアレは自然治癒が一番なんです。


 っていうかそもそも、


 「...姉さんも陽菜も、兄さんと同じ未経験者じゃないですか」


 ガクッと時が止まったかのような姉と妹が視界の隅に入ります。私は朝食のを優先しているので、この会話もついでと捉えてます。そう、例えばテレビでも視るかのように。


 「なっなななに言ってるの?!千沙!」

 「あれ、違いましたか?」

 「違うよ!」

 「ほう.......」


 慌てて抗議しようとする姉さん。


 「べ、べべ別にそれはどうでもいいでしょ!!」

 「あっれぇ〜、陽菜、いいのぉ? あんたの彼―――」

 「うっさい!!」

 「痛っ!」


 何か言いかけて、陽菜にチョップされる桃花さん。


 「はぁ...あななたち、私はもう仕事に行くから。いつまでもバカをしているじゃないのよぉ」


 お母さんがそう言って、呆れ顔しながら家をあとにします。娘たちの馬鹿に付き合っていられるほど暇じゃないのでしょう。


 「姉さんの初体験は気になりますが」

 「は、はは初体験なんてないよ!!」

 「い、言ってること無茶苦茶ですよ、姉さん」


 相手いなくて、膜を破ったはミステリーです。あ、ディ〇ドですか? なんですか、清楚感を醸し出しといてそんな遊びしてるんですか。今度、お気に入りのアダルトビデオをお貸ししましょう。


 「膜ないんですか?」

 「膜って言わないで!!」

 「.......。」

 「じょ、乗馬して破れたかなぁ....」


 西欧貴族かなんかですか。貴方は農業高校の園芸科しょう? 無理がありますよ、無理が。


 「それなら葵さん、お兄さんに頼んだらどうですか?」

 「桃花ちゃんも何言ってるの?!」

 「ちょ、桃花!」


 却下します。そんなこと妹として許しませんから。


 「はぁ...。陽菜、桃花さん、時間平気ですか?」

 「「あ」」


 私は壁にかかっている時計を見ると、もう8時を過ぎていることを二人に知らせます。たしか陽菜はいつもこの時間に部活をしに家を出るはずなので、あまり悠長にしてられないと思うのですが。


 「きょ、今日は他校と練習試合の日じゃない!」

 「じゃ、陽菜、私は先行くね!」

 「ちょ! 待ちなさいよ!」


 兄さんのことで朝から陽菜が悩んでいたせいか、彼女はまだ朝食を終えていません。桃花さんに置いてかれますよ。


 「お邪魔しましたー」

 「いっへひはーふいってきまーす


 ハムスターのように残りのご飯を頬張った妹と桃花さんが部活に行きました。


 「あ、千沙。父さんがトラックの後輪タイヤがパンクしたから交換しといてだって」

 「あの人はタイヤ交換もできないのですか。...まったく」

 「あ、あはは」


 中村家には3台のトラックがあります。うち一つは1トンまで運べる大きめのトラックですが、他2台は全国の農家の方から愛用される、一般的な軽トラです。


 憂鬱ですね。そこまで面倒な作業ではありませんが、仕事をするというだけで嫌気がします。


 「それじゃあ私、仕事に行くね」

 「頑張ってください。洗い物くらいはやっておきます」

 「も、もう千沙の分の食器しかないよ...」

 「......。」


 姉さんが身にまとっていたエプロンを外して椅子の背もたれに掛けます。今日も仕事ですか。この暑い中、大変ですね。


 「そういえば、兄さんに言っておきましたよ」

 「ん? なにを?」


 「を」

 「な、なななに勝手にバラしてるの?!」


 「安心してください、姉さんのことじゃなくて私のことです」

 「あ、千沙のね......じゃないよっ!!」


 ほっとした途端に驚くなんて、本当に表情豊かですね。


 「なんで言ったの?! 恥ずかしくないの?!」

 「い、いえ、まぁ恥ずかしいですが、なんか

 「な、なんの勘違いなの.....」

 

 兄さんならまだしも、なぜ姉さんにまで報告したのでしょうか。面倒くさがりな私のはずなのに自分のことがよくわかりませんね。


 「ま、まぁとにかく驚いたけど自分を大切にね?」

 「引きこもりの私にそれを言いますか.....」


 姉さんはそのあとすぐに家を出て仕事にしに行きました。


 「さて、私も早くタイヤ交換を終わらせて部屋にこもりますか」


 あ、いい機会ですし、この仕事を終えた私へのご褒美として兄さんにはアレを頼みましょう。ふふ、兄さん喜ぶでしょうね、きっと。

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