第71話 バイト野郎、食レポ頑張る
「「「え゛」」」
真由美さん、雇い主、葵さんが変な声を出して、俺とお姫様抱っこされている千沙を見て驚く。
「兄さん、お疲れさまでした」
「......おう」
俺もこれでゆっくり飯を食える。さて大好物の唐揚げを食べるぞー。
「おい、高橋どういうことだ」
ですよねー。
ドスの効いた声で言ったのは雇い主。いつも“高橋君”なのに、急な呼び捨ては怖いよ。
おい、千沙、誰も気にしないんじゃないのかよ。むしろ気にしない人がいないよ。
「あ、お父さん、もめるならあとにしてください。夕食が先です」
こいつっ!
「千沙も大胆ねぇ......」
「お、お姫様抱っこかぁ」
「葵もうらやましいのかしらぁ?」
「ななななわけないじゃんっ!! さすがに
「別に泣き虫さんとは言ってないのだけれど....」
「っ?! わ、わー、この漬物おいしいね!」
「....。」
おい、千沙、お姫様抱っこは女の子の永遠の憧れじゃないのかよ。葵さん、赤面して、恥ずかしがってるよ。お前の言ったこと、今んとこ全部外してる。
葵さんがお姫様抱っこをご所望なら、バイト野郎は駅弁にして頑張るのに。
「いただきます」
「「「「「....。」」」」」
「うーん! やっぱ美味しいですね! いやぁ、今日一度もご飯を食べてないので更に美味しく感じます」
「「「「「........。」」」」」
千沙が美味しそうに夕飯を食べている。誰のせいでこんな異様な空気になっていると思ってんだ。反省どころか、自覚すらないらしい。まぁ、俺も悪いけどさ。
これでようやく唐揚げにありつける。
「いただきます」
俺は唐揚げを口の中に頬張る。うん、わかっていたけどやっぱり、
「冷めちゃってるよね....」
「残念ねぇ。今からじゃ二度揚げはできないし」
真由美さんと、葵さんが残念そうな顔をして、悔やんでいる。そりゃあそうかな。千沙のことでごたごたして時間が経ったから、どうしても唐揚げは冷めちゃうよね。
電子レンジでチンします? なんて言えない。
「そうか? 普通に冷めても美味しいよ」
「ええ、このままでも美味しいです。それに私、猫舌ですから熱すぎても困ります」
こちらの二人はまったく気にしない模様。千沙は責任を感じないのかな。安定の自己中さですね。猫舌というポジティブに捉えた感想を言っても全然カバーにならないから。
「......。」
陽菜は先ほどから下を向いたままだんまりである。食事も進んでない。なに、お腹痛いの?
「......こんなんじゃ美味しくないわよね」
「「「......。」」」
陽菜の目線の先は唐揚げである。なにこれ。なんかこちらが、いたたまれない気持ちになるんだけど。
「「そう(ですか)?」」
これはもしかしなくても陽菜が唐揚げを作ったんじゃないだろうか。食べ専だと思っていたが、今日の唐揚げは陽菜が作ってたのかもしれない。
さっき、千沙を迎えに行く前に、葵さんが「下味を仕込んだ陽菜」とか言いかけたしな。そう考えると陽菜が作ったのか。葵さんや真由美さんしかキッチンに立たないかと思ってた。
そうだよな、みんなのために作ってくれたんだよな。
「美味しいじゃないですか」
「っ?!」
陽菜の視線を感じる。唐揚げが好きなのはなにも俺だけじゃない。みんなの大好物なのだ。葵さんだって、好きって以前言ってたしな。家族のために頑張ったんだろ。
「冷めてるから美味しくないわけじゃないですよ。それにほんのり温かいじゃないですか」
「ほ、ほんのりでしょ。やっぱり熱々が一番よ」
陽菜が俺の言葉に疑問をぶつける。
「料理は“できたて”が全部じゃないだろ」
「でも」
「たしかに熱々の方が美味しいかもな」
「ほら...」
残念そうな顔をするなよ。まだバイト野郎の食レポは終わってないぞ。
「この唐揚げはしっかり味付けしているじゃないか」
「え」
「下味をちゃんと肉にしみ込ませているからだ」
「...。」
「時間をかけたんだろう。噛めば噛むほどジューシーさとしみ込んだ味が出るし。なによりしょっぱすぎない。味付けのことを下味をつける段階で考えるのは難しいよ」
「......。」
「レモンとの相性がいい。最高だ。見事な味変だが、唐揚げ自体にもいくつか味の種類があるな」
「.....そうだけど」
俺は味が違う唐揚げを食べてみる。見た目でわかるもの。見た目が普通の唐揚げと同じでも味付けが違うものを順に口に入れる。
「これは味噌か...。意外と会うんだな。濃厚な味付けだ。ご飯が進むね」
「こ、こっちは?」
「梅? いや
「じゃ、じゃあ今度はこっち!」
『ザクザクッ』
「んむ...んだ、これ」
「ま、不味い?」
「いや、触感に驚いた。時間が経っているのにザクザク感がすごいな。さっきの梅紫蘇より脂っこくない。これ揚げたのか? どちらかというと焼いた感じがする」
「オーブンで焼いた!」
「な、なるほど。それにしてもこの衣、どこかで...」
「柿の種よ」
「あーこれ砕いたやつか。うまいね。触感も楽しめるとか良い唐揚げじゃないか」
「えへへへ」
あからさまに照れる陽菜。良かった、バイト野郎の食レポで元気になったくれたみたいで。手間暇かけて作って美味しくないですは可哀そすぎる。
「.......。」
今度は千沙から視線を感じる。なんでバイト野郎をじーっと見つめるの? まぁいいや、ほっとこ。
「うん、この唐揚げ全部美味しい。ごちそうさまでした」
「お、お粗末さまです」
バイト野郎ができる限りのべた褒めをしたからか、赤面して、柄にもない敬語口調な陽菜。可愛いね。普段もこれくらい愛想あれば可愛いのになぁ。
調子乗った俺。食レポで陽菜に追い討ちをかける。ふふ、食レポの才能あるかもな。
「いやぁ、ずっと食べていられる。味豊富だし」
「っ?!」
「男の胃袋をつかむ最高の料理だよ」
「ず、ずっとって毎日のこと?」
「? 毎日はキツイけど、定期的に食べたくなる唐揚げだ。元気が出るし」
「そ、そそそう。それってアレよね。男の人が毎日、味噌汁作ってくれって言う、アレよね?」
いや、何言ってんの? ああー、なんかそういう遠回しのプロポーズあったな。ん? プロポーズだよね、たしか。
「そうだと思うけど」
「っ?!」
顔がさらに赤くなる陽菜。
お前、最近、彼氏と上手くいってないんだろ。バイト野郎は後押し出来るように言ってるんだよ? 勝手で悪いけど、彼氏の気持ちの代弁として捉えてね? 大丈夫、この唐揚げならいけるって。
でも収穫のときに怒られたし、また怒られたくないからこの場で言わないけど。
「陽菜?」
「わ、私もそれが聞けて嬉しいわ!」
「そう? まぁ(彼氏と)頑張って?」
なんか引っかかるな。
「あなたがそれを言うのかしら.....」
真由美さんが、呆れ顔で俺に言った。横で頷く葵さん。さっきっから俺を見つめる千沙。もうごちそうさまをして、奥でテレビを見始めている雇い。
あ、そうか彼氏のことまだ秘密にしてたのか。危ねー。またブチ切れられるところだった。
雇い主もバラしてないのね。このまま黙っておくが吉と判断します。
「そ、それじゃあ、ごちそうさまでした。満腹です」
俺はこれでいいのかわからないけど、食事を終わらせて早々に立ち去ることを決意した。
なお、食器洗いはいいとの事。最近、俺や陽菜がやってたからか、たまには休んでだって。お言葉に甘えて休ませて貰おう。
「では、また明日よろしくお願いします」
「おやすみなさい」
「おやすみ、高橋君」
「おう、おやすみ。明日も早いから夜更かしはダメね?」
俺は夕飯をいただいたので、今日はゆっくり部屋で過ごそうと思い、南の家を出ようとする。
「何言っているんですか、兄さん。いえ、タクシーさん。私を忘れてませんか? まだ食べ終わってません。ちゃんと待っててください」
「.......。」
お前もブレないね。
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