第58話 無口な奴がその場にいると気になる説
「.....お兄..............ちゃん」
「は? なんて」
千沙が言ったことをうまく聞き取れなかった。俺の言葉とかぶったためだ。
「あ、いや、何でもありません!」
「なんでもないってことはないだろ」
「なんでもないったらないんです!!」
なんかさっきより元気になった気がする。これでいいのだろうか。
「.......高橋さん、ありがとうございます。少しはこの手に自信がもてました」
「お、おう。それなら良かった」
そう言って千沙は自分の手をさすって微笑む。なにか自分の中で解決したんだろう。良い手なことに変わりないし、誇ってくれたなら何よりである。
「さ、オイル替えは明日しましょう」
「いいのか?」
「どっちみち前回使い切って在庫がありませんからね。発注して届いてからの話です」
吹っ切れた千沙は年相応の元気さというか、華やかさを兼ね備えていた。
「それにちょうど夕食時ですからね」
「ああ、たしかに」
彼女が倉庫を出ようと出口まで歩く。俺も後を続く。
その際、作業のためか後ろで小さくまとめていたシニヨンの髪を解いて、彼女はくるっと180度回転し、俺に向き直ってこう告げる。
「高橋さん! 私の手をちゃんと見てくれてありがとうございます!!」
「っ?!」
心臓がドキドキしているのが分かる。か、可愛かった。くるりと回った時に千沙の黒髪の中にある赤色のインナーカラーが目立っていた。
とっても綺麗で、その赤髪は目に無理やり焼き付けられるかと思えるほどの炎のような髪のようにも思えた。
「高橋さん?」
「あ、いや、おう! 俺もなんかいいもん見れたからさんきゅうな!」
「?」
良いものとはトラクターの修理場面や、悪いけど千沙の手じゃない。今の笑顔だ。
普段、馬鹿正直な俺だけど、素直に言えることと言えないことくらいあるってもんだ。
あーまじ可愛いよな、中村家美人三姉妹。
「俺、夕飯前にお風呂入ってくるわ」
「あ、私も汚れてますし、お風呂済ましておきたいですね」
「じゃ、一緒に入るか」
「馬鹿ですか?警察呼びますよ」
ですよねー。もっとも、夕飯前にそんなことしたら千沙を一晩中食べているから、中村家の夕飯に不参加必須である。
「先風呂入ってろよ」
「え、まさか」
「いや、入んないよ? 昨日の洗濯してくれた服を取り入ってこなきゃ行けないし。それに俺が入ったあとはなんか嫌でしょ」
「ああ、たしかにそうですね」
そこは否定してほしかった。このツナギ服のせいか、バイト野郎は汚いというイメージがあるのだろう。衛生面や臭いには気をつけているんだけどな。
「まぁ、でも」
「?」
「湯船は残してあげますよ」
「え」
「す、すすらないでくださいね!」
すすらねーよ!! どんだけ俺を変態に仕立て上げたいんだよ! 変態だけどさ!!
あーでも、これで千沙の後に入れるのかぁ。美少女の入浴後に入れるなんて、金払っても難しいよね。それだけで美肌効果ありそう、愚息に。ぐへへ。
「はいはい、ありがと」
「あ、でも今から湯船を溜めては時間かかりますね」
「? そうだね」
「私は南の家のお風呂を使いますので、ごゆっくりどうぞ」
「.......。」
なんで上げて落とすかな。これで美少女の残り湯は入浴出来なくなりましたよ。
俺らは中庭で別れて、それぞれ入浴を済ませた。俺は夕飯を食べに南の家に行く。
「高橋、お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
「和馬、遅いわよ」
「高橋君は夕飯も俺の隣ね、かもん」
「今日はお疲れ様。いっぱい食べてね」
「.......。」
中村家のみんなは食卓を囲っていた。千沙もいてようやく家族全員とバイト野郎が揃った。
夕飯のメニューは主に中華料理だった。青椒肉絲に、麻婆豆腐、春雨スープも美味しそうだ。だが一番気になっているのは“春巻き”だ。俺の大好物である。
「あ、それで千沙、トラクター直った?」
「直ったというより、高橋さんのおかげで直せそうです。原因が分かったので」
「やっぱ高橋君も機械いじりできる系の男だな、助かったよ」
話を聞けば雇い主は機械いじり全然できないらしいじゃん。千沙を頼るようになる前は農機具屋さんに機械を見てもらったとか。それでいいんか雇い主。
「いやぁここに住み込みバイト始めてから、毎日料理をいただいてますが、本当においしいですよね」
「あらあら、泣き虫さんはお世辞がお上手ねぇ」
「高橋君はたくさん食べるから作り甲斐があるよ」
「食べることも仕事だと思ってどんどん食べてるんだよ」
「あんたよくそんな量を食べれるわね」
「..................。」
本当に量があるから、お腹を空かせて挑まないと料理を残してしまうかもしれない。そんなの失礼極まりない。絶対に完食せねば。
「ね、ねぇ和馬。特にこの春巻きとかどう?」
「?」
「この子ったら恐れ知らずねぇ」
急に陽菜が数あるおかずの中の一品の感想について聞いてきた。それになぜか、真由美さんがニヤニヤしてた。
「.....ふむ。いい質問だ、陽菜。実を言うと春巻きは俺の大好物だ」
「じゃあ美味しいのね!」
「うまいの言葉しかでないボキャ貧の俺を笑ってくれ」
「その一言が聞ければ十分よ!」
なに喜んでんの? ああ、お前も春巻き好きなのね、わかるよ自分の好物を他人と共感できると嬉しいよね。うまいよなぁコレ。
なぜか真由美さんと葵さんが微笑ましい表情で俺を見る。あ、もっと褒めたほうがいいかな。俺、食レポ苦手なんだよね。.....よしとりあえずもっと感想を言おう。
「本当においしいですね」
「っ?!」
陽菜が急に驚いてバイト野郎を見つめる。俺は無視して続ける。
「このパリっとした外皮。中はとろーりあっつ熱の具がこぼれんばかりに入っていて」
「ふ、普通よ、普通!」
「火加減が絶妙だからなせる食感ですね。それに、揚げているのに油っこくない」
「そうかしらぁ。ま、まぁ、そこはこだわってるかも.....」
「なんといっても具の豚肉に下味がちゃんとあって、噛めば噛むほどおいしさが増します」
「へへへ。そんなに褒めなくてもいいわよ」
なんかさっきから陽菜がやかましいんだけど。顔赤いぞ、大丈夫か。つか、お前食べ専だろ。褒めているのは陽菜じゃなくて、春巻きな。
「これ作れるなら、きっといいお嫁さんになりますよ」
「おおおお嫁っ?!」
「と言っても――――」
「ちょ、ちょっと待って高橋君! そろそろ陽菜が壊れるから! もうなにも言わないで!」
急に葵さんがバイト野郎の食レポを止めに入った。下手だっただろうか。「と言っても、作ったのは真由美さんか葵さんでしたっけ、はは」を言って終わらせようと思ったのに。
上から目線すぎたかなぁ。難しいぞ、食レポ。
そんなこんなで夕飯は終わりを迎えた。お腹がいっぱいでもう動けないほど苦しかった。今日はあとはもう寝るだけ。明日もお仕事頑張れそう。
ってか、途中から千沙がまったくしゃべらなかったけど、これが日常なのだろうか。不思議に思うバイト野郎だった。
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