第61話 俺の肉を盗むな

「お主にそんな素質があるとはな、ガル」


 大将の店でエールを飲みながら、グローが呟く。

 店の一番奥にある4人掛けのテーブル席が俺達の指定席になっていた。

 グローが言っているのは俺の魔術への素質に関して。

 とは言っても、公言出来るような事ではないので、自然と声が小さくなる。


「俺も驚いた事だ。隠しててスマン……」

「何、事が事だ。秘密にしとって当然だわい。エルウィンが必要以上にお主を気に掛けていた意味が分かったわい」

「この事を知っている人間は、出来るだけ少ない方がいいと思ったの」

「その事に関してはワシは気にしておらん。それより、ガルの方だわい。今後、魔王軍の魔術師ストライゴンと出くわす事も増えるかもしれん。その都度、体調不良になられても困るぞい」

「そこは大丈夫。私がガルを訓練するわ」

「お主しか頼れる者がおらん、頼むぞエルウィン」


 そう言って、グローは樽ジョッキを空にした。


「今日はやけに静かね、アンタ達」


 セリファが料理を運んできた。


「作戦会議だ。状況が変わりつつあるのでのぉ」

「状況?」

「『次の魔王がもうすぐ決まる』って話らしい」

「何それ、魔王が倒されてまだそんなに時間は経ってないでしょ?」

「魔王軍の魔術師が言っておったのだ。確度は高かろう」

「そうなると、ギルドで扱う依頼の内容も変わってくるだろうな。パーティ指定が増えるかもしれん」

「今のまま3人だとキツイかもね。受注できる依頼も減りそう」


 そう言ってエルウィンは、俺の皿に乗っていた肉の1つをフォークで刺し、自分の口へ運んだ。


「おい!」

「いいじゃない、ケチケチしないのー」

「ったく……。しかし、人数を増やすにしても誰を入れるんだよ?候補なんていないぞ?」


 俺はフォークで肉を指す。

 いや、刺した筈だ。

 しかし、皿の上にある筈の肉がなくなっている。

 またエルウィンかと思った時だった。


「僕が入る!」


 誰も座っていない筈の俺の右隣りの席から声がした。


「あ?」

「誰だ?」


 そちらに目を向けると、空席の筈の椅子の上に圃矮人ハーフリングが立っていた。


「貴方がガル?」


 圃矮人が俺を見上げてくる。


「あ?あぁ、俺がガルだが?」

「助けてくれてありがとう!僕はスゥだよ!」


 突然の自己紹介にその場にいた全員の思考が停止した。


「ちょっと待て、助けたって?」

「操られてたのをガルが助けてくれたって、軍人が言ってた!」

「あぁ!この子、ガルが最後に助けた子じゃない?」

「あ、お前だったのか!」


 魔術師と対峙する直前、小屋の中に1人でいた圃矮人の子供だ。


「元気になったか!良かったのぉ!」

「うん!元気!ありがとう!」

「スゥだっけ?お前が俺達のパーティに入りたいのか?」

「うん!」

「まずは家に帰るのが先よ、スゥ」


 エルウィンが言い聞かせるように言うが、スゥは再び俺の肉をつまみ食いしながら飄々と言った。


「僕、家ない」

「家がない?」

「西都の貧民窟スラムにいた。親も知らなーい」


 その言葉に全員が押し黙った。

 まぁ、こういう反応になるのは仕方ない。


「スゥ、腹減ってるか?」


 俺がエールを飲みながら聞く。


「うん!」

「好きなの頼んでいいから、俺の皿か肉を盗むな」

「はーい!ガルは何食べてるの?」

「これがいいのか?」

「お肉美味しい!」

「セリファ、同じ奴を2皿追加で」

「え?えぇ、分かった」

「それと、ジュースもな」


 セリファが厨房へ戻る。

 気まずい雰囲気のグローとエルウィンをよそに、俺はスゥに話を振った。


「パーティに入りたいのか?スゥ」

「うん!」

「お前、まだ子供だろ?」

「でも、戦えるよ?」


 目をキラキラとさせながら俺の方を見てくるスゥ。

 確かに、操られていた時にスゥから襲われそうになったが、動きは良かった。


「スゥは義賊ローグか」

「義賊って何?」

「隠れるのは得意か?」

「得意だよー!トラップも作れる!」

小剣ナイフの扱いは?」

「出来る!」

「ホントかぁ?」

「おいおいガル、此奴こやつを仲間にする気か!?」


 グローが慌てて止めに入った。


「貧民窟に帰す訳にもいかんだろ?」

「そりゃそうだが……」

「フフフ、やっぱりガルって正義の味方マンね」

「違ぇーよ。俺もそうだったからだ。その時に助けてもらった人がいるから、今の俺がある」

「恩返しって訳ね、いいんじゃない?」

「おいおい!」

「まぁ、実力に関しては明日にでもテストすればいいんじゃないか?」

「そうね、とりあえず今日はご飯食べてお風呂入って寝ましょう」

「ご飯ー!」

「やれやれ……」


 結局、4人でワイワイと食事をして、その夜は更けていった。

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