第三七三食 恋人たちと最後の戦い②
階段を上がってくる音が一つ鳴る
既にリビングに飾られている家族写真等を目にして知ってはいたが、
そんな〝どこにでもいる普通のおじさん〟といった容姿の親父さんは、しかし流石は警察官をしているだけのことはあり、
「うおおおおッ、真昼うううううッ!」
「!?」
唐突にぶわっ、と涙を流して絶叫した真昼父に、思考をぶった切られた俺はビクッと硬直する。
「おかえり、我が
「う、うん、ただいまお父さん。ケーキもありがとう……」
「あなた、毎回毎回真昼と再会を果たす度に大騒ぎするの、そろそろ
……前言撤回、千歳にも小椿さんにも似ていなかった。真昼のことを大事にしているのは彼女たちと共通だが、少なくともあの二人は開幕から「うおおおおッ!」なんて言わない。そして勢いのあまり真昼を若干引かせたり、明さんから本気の呆れ顔でツッコミを
俺が身体から急激に力が抜けていく感覚を覚えていると、そこでようやくこちらの存在に気付いたらしい親父さんが大きく瞳を見開いた。そしてグシグシと目元をスーツの袖で拭ってから「ウォッホン」と大袈裟な咳払い。
「……君が、
「あなた、〝厳格なお父さん路線〟はもう無理だと思うわよ。あと鼻水垂れてるからチーンしなさい、チーン」
「か、母さん! 今大事なところなんだから黙っていてくれ!? というかこの
「知らないわよ。ごめんね夕くん、ちょっとそこの机の上にあるティッシュ箱、取ってあげてもらえる?」
「えっと……ど、どれですか?」
「あ、そのお花とレースのカバーがついてるやつです、お兄さん」
「うふふ、可愛いでしょう? 実はそれ、私が手芸教室で手作りしたのよ~」
「えっ、そうだったの? それ私も知らなかったよ、てっきりお店で買ったんだとばっかり……」
「慣れれば簡単に作れちゃうのよ、これ。そうね、真昼も少しは女の子らしくなってきたことだし、今度作り方を教えてあげるわ」
「ほんと!? わーい!」
「いや緊張感!? 娘が連れてきた男と父親がいざ対面しようとしている場面でお花とレースのティッシュケースカバーの話題を広げようとするんじゃない!?」
「あ、あの……ティッシュどうぞ」
「ん? ああ、これはどうも……じゃなくて!? 君も君で気遣わしげにティッシュ箱を差し出してくるなッ! でもありがとう!」
「……改めて、私が真昼の父親、旭日冬夜だ」
丸めたティッシュをゴミ箱に放り込んでから、真昼父が仕切り直すように言った。俺はようやく挨拶が出来ると思いつつ、気を引き締め直して頭を下げる。
「は、初めまして、家森夕と言います。今日は突然お邪魔させていただいてすみませ――」
きゅるるるるぅ~……。
ものすごく大切な場面で、ものすごく聞き覚えのある腹の虫の音が台所に響いた。俺と親父さんが揃って音の聞こえてきた
「ま、真昼サン……」
「ごごっ、ごめんなさいお兄さんっ!? い、いつもはもうごはん食べてる時間だし、さっきからずっといい匂いしてるからお腹が勝手に!?」
あまりのグダグダっぷりに、流石にこれ以上の軌道修正は不可能だと思ったその時、真昼父が「む……?」と鼻をひくつかせた。
「言われてみれば、たしかに
「当たり前よ。だって今日の夕飯を作ったのは私じゃなくて真昼と夕くんだもの」
「なに? 二人がか?」
明さんの言葉にこちらを見やる親父さん。そんな彼に、俺は本来ならばもっと緊迫した空気の中で告げる予定だったはずの言葉をどうにか口にする。
「……お父さん。お――僕は一年前の春から、あなたの娘さんとたくさんの時間を過ごしてきました。ご存知だとは思いますが、三ヶ月前からは男女としてのお付き合いもさせていただいてます」
一人称を変えた俺を見て真昼が「お兄さんが『僕』って言った! 激レア!」とでも言いたげに瞳を輝かせているが、それは
「本当は全部言葉にして伝えないといけないんでしょうけど……でも僕たち二人の関係を知ってもらうには、こっちの方が確実だと思ったんです」
「……こっち、とは?」
「お料理」
俺の言葉を、真剣な顔つきに戻った真昼が引き継いだ。
「私たちは
どこか大袈裟にも聞こえる言葉だ。だが真昼父はそれを笑ったりすることもなく、真面目な表情で聞いてくれていた。
そして、少女は続けて言う。
「だからお父さん、私たちと一緒にごはんを食べよう。そうすればきっとお兄さんがどんな人なのか、分かってもらえると思うから」
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