第三五五食 うたたねハイツとデリバリー③

 ひよりが持ち帰ってきた容器タッパーは大きいサイズが二つと、それより一回り小さいものが三つの計五つだった。大きいほうの容器に入っているのは大量の白米と唐揚げ、小さいほうには豚肉野菜炒めとだし巻き玉子、そして以前真昼まひるが作り方を教えたポテトサラダが隙間もないほどみっちりと詰め込まれている。

 最後の一つ以外はどれもゆうが食事当番をする時によく作っていた定番のメニューたちだ。そして他の誰よりもあの青年の手料理を食べてきた真昼だからこそ、匂いをいだだけでハッキリと分かる。目の前に並べられたこれらが、間違いなく彼が手ずから作った料理だということが。この一週間、夢に見るほど焦がれ続けただということが。


「ひ、ひよりちゃんっ!? なんっ、どうっ、こここれっ、これっ……!?」

「とりあえず落ち着きなさい」


「なんで」「どうして」と聞きたかったのだろうが驚きのあまり言語能力を喪失している真昼に対し、親友の少女は落ち着いた様子で告げる。


「『真昼あんたがまた無茶してる』って家森やもりさんに伝えたら頼まれたのよ。『真昼にあったかいめしを食べさせてやりたい』って」

「!」

「でもあんた、テストが無事に終わるまであの人と会うつもりはないんでしょ? だから家森さんの代わりに私がこうして準備を手伝う約束をしてたのよ」

「あとはまひるんと一緒に食べる役もねー。おにーさんが『一人で食べるより、誰かと食べた方が美味しい』からって、私たちの分も作ってくれたんだってー」

「一人で食べるより……」


 それは初めて夕と料理をした翌朝、真昼が彼に言った言葉だ。当時、誰かと一緒に食べるあたたかいご飯にえていた彼女が二〇六号室で食事をするようになったきっかけの一つである。


「お兄さん……全部覚えててくれたんだ……」


 隣室から運ばれてきたばかりでまだじんわりと熱を帯びている容器を手に取り、ぎゅっと胸に抱き締める真昼。


『真昼。あんまり頑張り過ぎないようにな』

『〝頑張る〟と〝頑張り過ぎる〟は別物だよ。ずっと全力疾走してたら、いつか息が切れて倒れちゃうだろ?』

「ひとつなにかを頑張ったんなら、ひとつ自分にご褒美をあげるくらいで丁度いいんだよ。真昼はただでさえ頑張り屋なんだから、息の抜き方も覚えないとな?」


『また一緒にご飯を作って、一緒に食べよう。あったかいご飯を』


「…………そうだよ……私、なにやってるの……」


 くまの浮かんだ少女の目元から、ようやく力が抜けていく。


あったかいごはんの美味しさも、怪我けがをしない包丁ほうちょうの握り方も、息の抜き方も……全部、お兄さんから教わったことなのに……」

「……真昼あんたの真面目さも素直さも頑固がんこさも、あの人にはお見通しだったってわけか」


 真昼の様子を後ろから眺めながら、雪穂ゆきほがそんなことをぽそりと呟いた。それに対して無言のままこくんと頷きを返した少女は、やがて友人たちのほうへ振り向きながら笑う。


「……みんな、ありがと。私と一緒にお兄さんのごはん、食べてくれる?」

「……当たり前でしょ、そのために来たんだから」

「もー私おなかペコペコー。というわけで雪穂ー、私の分の用意もよろしくー」

「あんたもせめて机の上の片付けくらい手伝いなさいっての!? ……ってあれ? ひより、玄関のとこに置いてある鍋、アレなに?」

「ああ、それも家森さんが用意してくれたのよ。温め直すから食べたい人は言って。中身はカレーだから」

「お兄さんのカレー!? は、ハイハイっ! 私っ、私が飲むっ!」

「まひるんちょっと落ち着こー? 心配しなくてもたくさん入ってるしー、そもそもカレーは飲み物じゃないしー」

「……?」

「いや、そんな心底不思議そうな顔されてもー」


 途端に騒がしくなった部屋の中で、少女たちは食事の準備を進めていく。つい先程隣でがったばかりだという唐揚げはそのまま食卓中央に並べ、白米や炒め物等は電子レンジに放り込んでから人数分の食器に移し変える。無論、一人分だけどどんと大盛りになっているのは真昼専用だ。


「えへへ、それじゃあ――いただきまーっすっ!」

「声でかっ!?」

「あははー、まひるんってばテンション上がりすぎー」

「……」


 雪穂と亜紀がそれぞれの表情を浮かべる中、ひよりは気付いていた。真昼が大声でそう言った目先には隣室との間をへだてる壁があることに――彼女の「いただきます」は、へ向けられたものだということに。

 そしてからかすかに「はいどうぞ」と聞こえてきたのも、きっと気のせいではなかったのだろう。

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